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LUMINA―世界の命運を託されたAIと僕の物語』―  作者: ガスケ
4巻

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35/45

第35話 紙を選ぶ少年

第34話の試験初日、少年が紙箱へ入れた封筒には、日付、時刻、封筒番号が残されていた。それから二晩。受付票を持って戻った少年に、職員の画面は「該当する受付はありません」「紙に書く 0件」と答える。箱の底にある相談は、受付件数にも、待ち時間にも数えられていなかった。


紙の内容を本人の同意なくLUMINAへ渡さないことと、その紙を人が責任を持って受け取ることは同じではない。AIへ話せば早く、話さなければ遅い。その差が事実上の通行料にならないよう、凛は悠真一人の順番ではなく、紙を選ぶ全員の入口を問い直す。

悠真は受付票を持っていた。


 初日の時刻印も、封筒番号も残っている。


 それでも職員は、画面を二度確かめてから言った。


 「紙の相談はまだ来ていません」


 画面に現れない一通は、件数にも、待ち時間にも反映されず、助けを求めた一人としても数えられていなかった。


* * *


 試験運用開始から三日目の朝。


 青凪市復興相談センターの受付には、六つの入口が初日と同じ高さで並んでいた。


 白青の輪が浮かぶ対話端末。


 人間相談の番号札。


 白い封筒と紙箱。


 予約端末、外部窓口への回線、持ち帰り番号の発行機。


 三番目の紙箱の前に、小柄な少年が立っていた。


 受付票の時刻は、初日の夕方を示していた。


 少年は制服のポケットから細長い受付票を出し、職員へ差し出した。


 角が少し丸くなっている。


 何度も出し入れしたように見えた。


 「これ、まだですか」


 受付職員は人間相談用の画面を開いた。


 番号を一字ずつ入力する。


【該当する受付はありません】


 もう一度、数字を読み合わせる。


 結果は変わらなかった。


 「少し待ってください」


 職員が市の評価用集計へ切り替えた。


【紙に書く 0件】


 初日も、二日目も、紙の受付はゼロだった。


 凛は権利説明の机から立ち上がった。


 少年の受付票には、日付、時刻、封筒番号が押されている。


 印字は薄れていない。


 投函口の押印器が、その三つを封筒と受付票の両方へ同時に残すことを、凛は試験前日に自分で確かめていた。


 「箱に入れたのは、この日の、この時間で合っていますか」


 少年がうなずいた。


 「入れました」


 「受付票は、ずっと自分で持っていましたか」


 「はい」


 凛は、それ以上の理由を尋ねなかった。


 紙を選んだ理由も、二日目に来なかった理由も、今ここへ戻ってきた理由も、番号を確かめるためには必要なかった。


 凛は受付職員へ告げた。


 「紙箱を確認します。開ける前に、佐伯さんを呼んでください」


 凛の胸元には、役割が書かれた札がある。


【相談同行・権利説明・外部連携補助】


 封筒を発見することはできる。


 だが、未成年者の相談内容を開き、最初の支援判断をする資格はない。


 紙箱は、受付の壁際に固定されていた。


 鍵の管理記録を開く。


【試験開始前点検 確認済み】


【運用開始後の開錠記録 なし】


 凛の指が、二行目で止まった。


 箱の中で、紙が重なる小さな音がした。


 一通だけではなかった。


 佐伯が有資格相談員の認証鍵を使い、受付職員の立会い記録を付けて箱を開けた。


 白い封筒が五通、底に伏せていた。


 すべてに時刻印がある。


 初日のものが二通。


 二日目のものが三通。


 画面には、一件もいなかった。


 佐伯は最初に、少年の受付票と封筒番号だけを照合した。


 「番号は一致しています」


 それから、少年と目の高さを合わせるため、受付机の向こうで膝を曲げた。


 「この封筒は、人間相談員が開けるものです。今、私が開けてもいいですか」


 「はい」


 「書いた内容をLUMINAへ渡すことはしません。途中で気が変わったときだけ、あなたにもう一度確認します」


 少年は、受付票を握ったまま答えた。


 「読ませないでください」


 「分かりました」


 佐伯は、白青の対話端末から離れた紙受付室へ移った。


 室内にはLUMINAへつながる音声入力がない。


 開封記録も、人間相談用の領域にだけ残る。


 凛は少年の同意を受け、権利説明のために同席した。


 佐伯が封を切る。


 中には、折られた便箋が一枚入っていた。


 文字は数行だけだった。


 『学校のことを人に説明してほしい。AIには読ませないでください』


 名前の欄には、悠真とだけ書かれている。


 学校名も、AIへ読ませたくない理由も書かれていなかった。


 佐伯は、書かれていない欄を埋める質問から始めなかった。


 「悠真さん。この紙に書いたことについて、人と話したいという希望は、今も同じですか」


 「はい」


 「学校の制度について説明を受けたい。必要なら、自分の代わりに伝える方法も知りたい。そこまでで合っていますか」


 「はい」


 佐伯は、本人が確認した範囲だけを人間相談の受付へ登録した。


【受付時刻 初日の押印時刻】


【受付登録時刻 三日目 午前】


【状態 未評価・人間確認開始】


【LUMINA共有 なし】


 その行が、人間相談用の画面に初めて現れた。


 試験前日の模擬運用で直した規則は、登録された未評価案件を、低危険の列へ落とさないためのものだった。


 箱の中にある封筒は、登録さえされていない。


 人間確認の時計も、担当の割当ても、始まっていなかった。


 悠真は後回しにされたのではない。


 後ろに並ぶための列にさえ、入っていなかった。


* * *


 受付職員は、人間相談と予約の空き枠を開いた。


 人間入口の待ち時間は、すでに九十分を超えている。


 その表示は受付済みの人を対象とした予測で、新しく登録された悠真には今日の面談を保証できなかった。


 予約枠は、最短で三日後だった。


 当日の引継ぎ候補へ入れる案として、職員は白青の対話端末を指した。


 「もしLUMINAの一次確認を使ってもよければ、内容を整理して、当日に空きが出たときの引継ぎ候補にできます」


 悠真は端末を見た。


 白青の輪は、呼ばれていないため動かなかった。


 「紙に書いた内容を全部渡す必要はありません。話せる範囲だけでも——」


 「それを使わなかったら」


 職員の説明が止まる。


 悠真は、受付票を胸の前で持ち直した。


 「紙を選ぶと、後ろになりますか」


 受付職員は、すぐには否定できなかった。


 「今の人員では、人が最初から確認する方が時間はかかります」


 「紙に、同じって書いてありました」


 悠真が見たのは、紙入口の案内だった。


【支援対象 入口による差なし】


【再相談 可能】


【説明要求 可能】


 権利は同じだった。


 それを使える時刻は、同じではなかった。


 凛は悠真の受付時刻を示す画面を、佐伯へ向けた。


 「最初の受付時刻は一番古いです。見落としたのはこちらなので、次の人間相談枠を——」


 「僕だけですか」


 凛の手が止まった。


 紙箱から出てきた封筒は、悠真のものを含めて五通ある。


 残る四通の持ち主が、今どこにいるかは分からない。


 その中に、すぐ確認しなければならない内容があるかどうかも、まだ誰も知らない。


 「まず、全部を人間が確認します」


 凛は答えた。


 「そのうえで、あなたの受付時刻を戻して、今日の面談へつなげます」


 「でも、次の紙は」


 悠真は紙箱を見た。


 「また、誰かが見つけるまで、ないことになりますか」


 凛は答えられなかった。


 紙箱を今開けて、五通を今日の列へ戻す。


 それだけなら、悠真を待たせた間違いは直せる。


 明日、六通目が入ったときに、同じ空白が残る。


 「僕だけじゃなく、紙の人が後ろにならないようにして」


 悠真の声は、運用会議室まで届く大きさではなかった。


 制度の言葉にも聞こえなかった。


 ただ、次に来る人が、自分と同じ受付票を持って戻らなくてすむようにしてほしいと告げていた。


 凛は、悠真一人を先へ入れる提案を閉じ、紙受付の運用画面を開いた。


【紙受付 稼働中】


【箱回収担当 未設定】


【定時回収 未設定】


【未登録件数 取得不可】


 凛は、停止要求の項目を選んだ。


 研修九か月目の運用訓練で覚えた書き方を、一項目ずつ入れる。


【止める範囲 無人の紙箱への新規投函】


【残す入口 LUMINA・人間・予約・外部窓口・今は話さない】


【紙を希望する利用者 人間職員が直接受領】


【再開条件 回収責任・受付時刻保証・人間確認担当の確定】


 最後に、佐伯の承認を求めるボタンを押した。


 止めたのは、紙を選ぶ権利ではなかった。


 選んだ紙を、誰も受け取らない手順だった。


 白い紙箱の投函口に、灰色の停止表示が付いた。


【現在、無人投函を停止しています】


【紙での相談は、隣の人間受付が直接受け取ります】


【LUMINAへの共有は行いません】


 紙の入口そのものは閉じていない。


 職員が一人、箱の隣に立ち、封筒へ時刻印を押してから直接受け取る。


 人間に渡すことも避けたい利用者には、予約と外部窓口、今は話さない入口を同じ順序で案内する。


 佐伯は紙受付室で、残る四通を有資格相談員二人へ振り分けた。


 封筒番号と押印時刻だけを先に登録する。


 本文を読むのは、そのあとだった。


【初日投函 2件】


【二日目投函 3件】


【人間による初回確認 開始】


 有資格相談員二人とともに五通の初回確認を終えた佐伯が、結果を凛へ報告した。


 「開示された時点で、直ちに緊急保護を要する記載はありませんでした」


 しかし、それは開けたあとに人間が確認できた結果だった。


 箱の中にあるあいだ、危険が低かったのではない。


 何も判定されていなかった。


 凛は佐伯へ、初日の受付票と集計画面を並べた。


 「登録後の未評価は直しました。でも、投函してから登録するまでを、誰の仕事にもしていませんでした」


 「点検では、訓練用封筒を職員の手から始めた」


 佐伯が言った。


 「箱に落ちたところから始めなかった。私が承認した手順です」


 佐伯は、最終責任者の欄を閉じなかった。


 「責任者名を記録に残してください」


 凛はうなずいた。


 「紙の中に、今すぐの危険が書かれていたら、二晩、誰も知らないままでした」


 「だからといって、箱をLUMINAへつなぐことはしない」


 「はい」


 「紙を選んだ人に、早くする条件としてLUMINAへの同意を求めることもしない」


 「はい」


 凛は、職員が悠真にした提案も報告した。


 今日中に人と話せるようにするための提案だった。


 それ自体は、悠真を助けようとした言葉だった。


 だが、AIへ話せば早く、話さなければ遅い。


 その差が大きくなれば、同意は選択ではなく通行料に近づく。


 「職員を責める話ではありません」


 凛は言った。


 「速い方法しか案内できない配置にしたのは、運用です」


 佐伯は、暫定手順を開いた。


【紙受付 無人投函を一時停止】


【投函希望 人間職員が直接受領】


【既存の全紙箱 開錠・封筒数・最古時刻を確認】


【未登録封筒 押印時刻を受付時刻として登録】


【初回確認 有資格の人間相談員】


【相談内容のLUMINA共有 本人の明示同意がある場合のみ】


 佐伯が認証鍵で署名した。


 「この範囲で停止を承認します。ほかの五入口は続けます」


 凛は、停止要求の状態が【承認済み】へ変わるのを見届けた。


 湊が運用記録を開き、初日分から紙受付の欠落を調べた。


 「俺も、閉庁時に受付職員が回収すると思い込んでた」


 言い訳にはしなかった。


 湊は担当表の空欄を拡大した。


 「システムに書かれていない仕事を、誰かが当然やるはずだって埋めた」


 凛は、初日に自分が確認した運用記録を開いた。


 登録後の待ち時間には印を付けていた。


 箱の回収欄が空白のままでも、そこで確認の手を止めなかった。


 「見つけた人のせいにしたら、次も空欄のままだよ」


 「うん」


 湊は、修正権限の申請を佐伯へ送った。


 白青の輪が、運用会議室の端末に現れる。


 ——紙の相談内容には接続していません。本人の明示同意がないため、取得しません。


 LUMINAの画面に表示されたのは、凛たちが人間用の運用記録へ入力した数字だけだった。


【封筒番号 匿名化済み】


【押印時刻】


【人間受領時刻】


【初回確認時刻】


【本文 監査対象外】


 ——本文を除くこの四項目から、経路別の未処理件数と遅延時間を算出できます。本文、氏名、学校情報は取得しません。


 「計算を頼むかどうかも、人間側で決めます」


 佐伯が確認した。


 ——はい。人員配置、優先順位、再開の決定は行いません。


 白青の輪は、承認欄の外にとどまった。


 紙の中身を見ないことは、見落としを放置することではなかった。


 人が受け取ったという事実を、人が責任を持って数える。


 その暫定手順が動くまで、無人の投函口は開かなかった。


* * *


 午後の運用会議では、五通の封筒が見落とされた原因を、一つの矢印にしなかった。


 紙箱は非通信だった。


 それは、本人の同意なしに内容を読ませないための設計だった。


 箱の回収担当がいなかった。


 それは、人間確認の担当を「受付登録後」にしか置かなかった運用の欠陥だった。


 市の評価用集計は、紙をゼロ件と表示した。


 それは、構造化された行だけを件数にする古い指標の欠陥だった。


 三つの事情が重なり、選択を守るための箱が、選んだ人を画面から消した。


 凛は、修正案の最初に受付時刻の定義を書いた。


【紙受付の開始 封筒への押印時刻】


【受付登録 押印時刻を変更せず転記】


【待機時間 押印時刻から計測】


 受付時刻を「人間が画面に入力した時刻」にすれば、箱の中で過ぎた時間がまた消える。


 だから、封筒と受付票の両方に残る物理的な印を起点にした。


 次に、人員と回収を決める。


【紙受付担当 開庁中一人以上】


【無人投函箱 六十分ごとに二名で確認】


【閉庁時 封筒数と登録数を照合】


【引継ぎ 受領者・登録者が署名】


【有資格相談員の初回確認 押印から四時間以内】


 紙の最低人員は、相談内容を読む人だけではない。


 箱を開ける人、番号と時刻を照合する人、本文を人間相談へ渡す人が必要だった。


 一人の失敗だけで封筒が消えないよう、箱の確認は二名で記録する。


 そして、入口ごとの数字を同じ画面へ出す。


【受付件数】


【未処理件数】


【最古受付の待機時間】


【初回確認までの中央値】


【入口変更後の引継ぎ待ち】


 完了件数だけでは、速い入口ほど有利になる。


 紙を早く完了させるために、内容確認を簡略化する制度にもできない。


 そこで、未処理の数と、最も長く待っている時間を隠さない。


 LUMINAは、紙の本文に触れず、人間が登録した運用時刻だけから集計式を確認した。


 ——経路別に分離した場合、紙受付の未処理件数と最古待機時間を、完了件数とは別に表示できます。


 ——非共有を、低意欲、低危険、低協力度へ変換する項目はありません。


 湊が、公開画面と監査画面の両方へ同じ見出しを置いた。


 公開画面には個人の番号を出さない。


 運用監査にも本文を送らない。


 見えるようにしたのは、誰が何を相談したかではなく、どの入口で何人が待たされているかだった。


 片桐は修正後の人員表を見た。


【紙受付へ移す職員 2人】


【有資格相談員の紙確認枠 1人分】


【人間面談枠 一日12件減】


【AI一次対話の同時受付上限 縮小】


 最後の項目を、片桐が指した。


 「LUMINAの応答能力が落ちたわけではない」


 「はい」


 佐伯が答えた。


 「一次対話のあと、人間への引継ぎを希望する人を受け止められる数に合わせます。入口だけ無制限に開けば、その先で別の待機列を作ります」


 「その結果、今日中に答えを受け取れた人まで待つ」


 「待ちます」


 片桐は処理数の予測を拡大した。


【修正前 一日センター内対応枠 96件】


【修正後 一日センター内対応枠 84件】


【AI一次対話 予測待機0〜18分】


【今すぐ人と話す 予測待機78〜126分】


【紙の初回確認 最大四時間】


 「十二人分です」


 片桐の声に責める響きはなかった。


 「十二人が、今日の支援から翌日以降へ送られる可能性がある。待つことで悪化する人が含まれる可能性もある」


 凛は、数字を小さくしなかった。


 「はい」


 「紙を守るために、全体を遅くする。その判断を、平等という言葉だけで正当化できますか」


 「できません」


 凛は答えた。


 「紙だけを遅くしたまま、選べると言うことも正当化できません」


 「すべてを同じ速さにする人員はない」


 「ありません」


 凛は、六入口の待ち時間を一つずつ見た。


 「待ち時間の差は残ります。だから、遅い入口だけを数の外にしない。待たせた時間を、選んだ人の責任にも、LUMINAを使わなかった不利益にも変えません」


 片桐はしばらく黙り、別の欄を開いた。


【見直し条件 経路別最古待機が上限超過】


【見直し条件 切迫案件の確認遅延】


【見直し条件 翌日繰越の継続増加】


 「修正で生まれた危険も、同じ監査に入れてください」


 「入れます」


 佐伯が答えた。


 凛は、自分の役割欄へ確認印を付けた。


【相談同行・権利説明 水瀬凛】


 最終承認欄は佐伯のものだった。


【試験運用責任者 佐伯】


 佐伯が認証鍵で署名する。


【紙受付 条件付き再開】


 停止表示が外れるまでに、さらに三時間かかった。


 再開した紙箱の隣には、担当者名と次の回収時刻が表示された。


 その下で、修正後最初の封筒が押印された。


 画面は、本文が読まれる前に一件を数えた。


【紙受付 1件】


【状態 未評価】


【待機時間 0分】


 同じ速さにはならなかった。


 同じように、存在することから始められるようになった。


* * *


 悠真の面談は、佐伯の監督下で行われた。


 担当の人間相談員の机には、学校配分の制度説明と異議申立ての用紙が並んでいる。


 LUMINAへつながる端末は、面談室の外に置かれたままだった。


 凛は相談員の隣ではなく、悠真が確認しやすい斜め向かいに座った。


 判断をする人と、権利を説明する人が同じに見えない位置だった。


 「最初に、今日できることと、できないことを分けます」


 相談員が言った。


 「学校の配分を、ここで変更することはできません。どういう基準で決まったのか説明を求める方法と、本人の事情が十分に反映されていないときの異議申立て方法は説明できます」


 悠真は用紙を見た。


 「自分で全部、話さないとだめですか」


 「話したくない部分まで話す必要はありません」


 凛が答えた。


 「紙に書いた範囲を、人間相談員が整理して伝える方法があります。どこまで伝えるかは、提出する前にあなたが確認できます」


 「AIは使いませんか」


 「使わない方法でできます」


 相談員が、異議申立ての流れを紙の上で指した。


 受理する窓口。


 説明を求める項目。


 本人が同席するか、文書だけを出すかを選ぶ欄。


 返答までの予定日数。


 今日、学校の配分が変わるわけではない。


 異議が認められる保証もない。


 悠真が受け取ったのは、望んだ結果ではなく、自分の言葉を人に運ぶ方法だった。


 「これなら、出します」


 悠真は文書提出の欄に印を付けた。


 相談員が面談の終了前に、共有確認票を一枚だけ置いた。


【今回の相談内容をLUMINAへ共有しますか】


【共有する】


【共有しない】


【一部だけ共有する】


 初期状態では、どこにも印が付いていなかった。


 「共有しなくても、今日受けた説明の内容や、異議申立て・再相談の権利は変わりません」


 凛が説明する。


 「あとで考え直すこともできます。今、理由を言う必要はありません」


 悠真は【共有しない】に印を付けた。


 「これで」


 「はい」


 凛は確認票を人間相談用の封筒へ入れた。


 運用画面に残るのは、共有権限が付与されていないという状態だけだった。


【支援資格 変更なし】


【再相談 可能】


【不利益評価への利用 禁止】


【LUMINAアクセス権 なし】


 白青の輪は、面談室へ現れなかった。


 それでも相談は、一件として数えられた。


 悠真は新しい書類と、初日の受付票を重ねた。


 「これは、もう捨ててもいいですか」


 凛は古い受付票を見た。


 画面に存在しなかった時間を、紙だけが残していた。


 「手続きには、もう必要ありません」


 「じゃあ、持ってます」


 悠真は二枚を折らず、透明な書類入れへしまった。


 面談室の扉を出る前に、三番目の入口を振り返る。


 紙箱の隣には、次の回収時刻が出ていた。


【次回確認 15時00分】


 悠真は、白青の端末へは触れなかった。


 人を選び、紙を選び、その選択を変えることなくセンターを出た。


 凛は、閉じた扉の前で、修正後の数字を確認した。


【紙受付 6件】


【未処理 1件】


【最古待機 18分】


【LUMINA非共有 支援上の不利益なし】


 紙の入口は、速くなったわけではない。


 遅れたときに、遅れていると分かる入口になった。


* * *


 試験運用開始から約二週間後の夜。


 十五歳の美咲が、自宅の共有端末で六つの入口を開いた。


 修正された案内には、経路ごとの待ち時間が隠されずに並んでいた。


【LUMINAと話す 今すぐ開始できます】


【今すぐ人と話す 次の空き枠 三日後】


【紙に書く 初回確認まで最大四時間】


【予約して話す 次の空き枠 三日後】


【外部窓口につなぐ 現在受付時間外】


【今は話さない 持ち帰り番号を発行】


 美咲は待ち日数を見比べた。


 白青の輪が浮かぶ、一つ目の入口へ触れる。


 遮蔽された対話画面が開いた。


 彼女が選んだのは、いちばん早く返事をする光だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第35話は、第34話の試験初日に紙箱へ封筒を入れた少年・悠真が、三日目の朝に受付票を持って戻る場面から始まります。受付票には初日の時刻印と封筒番号が残っていましたが、人間相談用の画面にも、市の評価用集計にも該当する受付は存在せず、紙の件数は0件と表示されていました。


紙箱を開けると、初日の二通と二日目の三通、合計五通の封筒が残っていました。画面から消えていたのは、悠真の一通だけではありません。残る四通の持ち主がどこにいるか、すぐに確認すべき内容が含まれるかも、その時点では誰にも分かりませんでした。


悠真の封筒を開けたのは、凛でもLUMINAでもなく、有資格相談員である佐伯です。佐伯は封筒番号だけを先に照合し、人間相談員が開けること、内容をLUMINAへ渡さないことを説明したうえで、本人の同意を確認しています。凛は悠真の同意を得て、権利説明のために同席しました。


悠真が書いていたのは、「学校のことを人に説明してほしい。AIには読ませないでください」という希望です。学校名や、AIへ読ませたくない理由は書かれていません。佐伯は空欄を埋める質問から始めず、本人が確認した範囲だけを人間相談の受付へ登録しました。


受付時刻は初日の押印時刻へ戻され、登録時刻は三日目の朝、状態は「未評価・人間確認開始」、LUMINAへの共有は「なし」と記録されました。これは低危険と判定された案件ではありません。登録されるまで、人間確認の時計も担当者の割当ても始まっていなかった案件です。


五通を有資格の人間相談員が確認した結果、開示された時点で直ちに緊急保護を要する記載はありませんでした。しかし、それは封筒を開けたあとに人間が確認できた結果です。封筒が箱の中にある間、危険が低かったのではなく、何も判定されていませんでした。


人間相談の待ち時間は九十分を超え、予約の最短枠は三日後でした。受付職員は悪意からではなく、LUMINAの一次確認を使えば、当日に空きが出た場合の引継ぎ候補にできると提案します。しかし悠真は、「紙を選ぶと、後ろになりますか」と尋ねました。


案内には、入口によって支援対象に差はなく、再相談と説明要求も可能だと書かれていました。権利は同じでも、その権利を使える時刻は同じではありません。AIへ話せば早く、話さなければ遅い状態が大きくなれば、本人の同意は自由な選択ではなく、支援を受けるための通行料に近づきます。


凛は最初、見落とした悠真を次の人間相談枠へ入れようとしました。しかし悠真が求めたのは、自分一人の割込みではありません。「僕だけじゃなく、紙の人が後ろにならないようにして」という言葉を受け、凛は紙経路全体の手順を確認します。


ここで止めたのは、紙を選ぶ権利や紙相談そのものではありません。凛が停止要求を出したのは、回収担当も定時回収も設定されていない「無人の紙箱への新規投函」です。紙で相談したい人の封筒は、人間職員が時刻印を押して直接受け取る暫定手順へ切り替えました。


停止要求を承認したのは、試験運用の最終責任者である佐伯です。紙箱をLUMINAへ接続することも、早く支援を受ける条件としてLUMINAへの同意を求めることも選びませんでした。ほかの五つの入口は運用を続けています。


見落としの原因は、一人の職員や一つのシステムだけには置かれていません。紙箱は、本人の同意なく内容を読み取らせないため非通信でした。しかし、箱を回収する担当者が決まっておらず、人間確認の担当も「受付登録後」にしか置かれていませんでした。さらに市の集計は、画面上に構造化された行だけを件数としていました。


プライバシーを守る設計、人間側の担当漏れ、古い集計指標。三つが重なり、選択を守るための紙箱が、紙を選んだ人を画面から消していました。佐伯は、自分が承認した手順であることを認め、最終責任者名を記録に残しています。湊は空欄を「受付職員が行うはず」と補い、凛も空欄のまま確認の手を止めなかった、それぞれの見落としを記録しました。


修正後は、封筒への物理的な押印時刻を受付の開始とし、人間が画面へ入力した時刻で待ち時間をリセットしません。開庁中は紙受付に一人以上を置き、無人箱は六十分ごとに二人で確認します。閉庁時には封筒数と登録数を照合し、有資格相談員による初回確認は押印から四時間以内としました。


評価画面には、入口別の受付件数、未処理件数、最古受付の待機時間、初回確認までの中央値、入口変更後の引継ぎ待ちを表示します。完了件数だけを評価すると、短時間で終えられる入口ほど有利になるためです。公開画面には個人番号を出さず、運用監査にも紙本文を送りません。見えるようにするのは相談内容ではなく、どの入口で何人がどれだけ待っているかです。


LUMINAへ渡されたのは、人間側が入力した匿名化済みの封筒番号、押印時刻、人間受領時刻、初回確認時刻だけです。本文、氏名、学校情報は取得対象外です。人間側が計算を依頼する場合に、この四項目から未処理件数と遅延時間を算出できますが、人員配置、優先順位、停止解除、再開の決定は行いません。


紙経路の修正には代償があります。紙受付へ職員二人と、有資格相談員の紙確認枠一人分を移した結果、センター内の一日対応枠は九十六件から八十四件へ下がりました。人間面談枠は一日十二件減り、LUMINA一次対話の同時受付上限も、その後の人間引継ぎを受け止められる人数に合わせて縮小されています。


修正後の予測待ち時間は、LUMINA一次対話が0分から18分、人間相談が78分から126分、紙の初回確認が最大四時間です。すべての入口を同じ速さにできる人員はありません。凛はその現実を認めたうえで、遅い入口だけを件数の外へ置かず、待たされた時間を本人の責任や、LUMINAを使わなかったことへの不利益へ変えない方針を示しました。


片桐は、紙を守る修正によって十二人が翌日以降へ送られる可能性と、その中に待つことで悪化する人が含まれる可能性を指摘します。これは修正を責めるためではなく、別の危険を隠さないための問いです。経路別の最古待機、切迫案件の確認遅延、翌日への繰越増加も、見直し条件として同じ監査へ加えられました。


最終承認欄へ署名したのは佐伯です。紙箱は条件付きで再開され、担当者名と次回回収時刻が表示されました。再開後最初の封筒は、本文が読まれる前に受付1件、状態「未評価」、待機時間0分として数えられます。紙がほかの入口と同じ速さになったのではなく、まず同じように「存在する一件」として始められるようになりました。


悠真の面談は、佐伯の監督下で人間相談員が担当しました。センターで学校の配分を直接変更することはできず、異議が認められる保証もありません。悠真が受け取ったのは、配分基準の説明を求める方法と、自分の事情が十分に反映されていない場合の異議申立て方法です。


相談内容の共有確認票は、初期状態ではどこにも印が付いていません。悠真は「共有しない」を選び、その理由も求められませんでした。支援資格と再相談権は変わらず、不利益評価への利用は禁止され、LUMINAのアクセス権は付与されていません。LUMINAへ共有されなくても、悠真の相談は一件として数えられました。


第35話の終盤では、試験運用開始から約二週間後へ進みます。十五歳の美咲は、六つの入口に表示された待ち時間を見比べます。そして選んだのは、いちばん早く返事をするLUMINAの入口でした。


次は第36話「美咲の低危険判定」です。


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