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パチスロ遊戯日記  作者: Eisei3


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9/13

Episode 9

 

 その中年の夫婦は、東京に程近い、関東の近県で養豚業を営んでいた。

 

 夫婦が営む養豚経営は、飼養する母豚の頭数が約300頭、年間に出荷する肉豚の頭数は約6,000頭と、この地域にある養豚経営の中でも一、二を争う規模である。

 農場で生産される肉豚は、県内にある食肉流通センターに出荷されており、そのほとんどが県のブランド銘柄豚肉として流通され県内外の消費者に消費されている。

 農場は株式会社として法人化されており、この経営者の夫婦二人と、夫婦の長女とその娘婿、そしてベトナムからの職業訓練生4人の、計8名を労働力として営まれていた。

 

 この農場は、その県の平野の大部分を占める、こじんまりとした盆地の南端に位置する、この地域で遥か昔から歴史を重ねてきた町村が、近年合併してできた新興の市内にあった。南に大きな一級河川の土手を背負い、農場周辺は水田と畑地に囲まれていたが、農場の東から北側、そして西側にかけては古くから続く集落が立地していた。

 特に東側の一帯は近年宅地としての開発が進み、新興住宅地や団地が建設され、多くの新住民達が居住するようになってきている。

 

 そのため近年、この農場への環境苦情、その中でも特に悪臭の発生に対する苦情が頻繁に、周辺に居住する住民から申立てられていた。環境苦情は地元自治会からも市役所へ幾度となく寄せられ、その度に市からの要請を受けた県による、農場への悪臭苦情の発生防止のための技術指導が実施されていた。

 だが、家畜の飼養を行う畜産業から発生する臭気の中でも、養豚経営からの臭気は発生する臭いが強く、近隣の住民にとっては誠に不快で、酷い臭いであると感じられやすかった。

 臭気の発生防止対策に対しては、悪臭の発生を防ぐ魔法の薬がある訳でもなく、また、近年の農場と周辺居住住民との無秩序な混住化の進展もあり、環境苦情の発生を根本から防止し、そして解決できるような効果的な防臭対策は中々取ることができないというのが実情であった。

 例えるなら、もし根本から環境苦情を解決できる手段があるとしたら、それは、農場と周辺に居住する住民達との良好な人間関係の構築しかなかった。

 

 だが残念ながら、この唯一の手段である周辺住民との良好な人間関係さえ、もう既にとっくの昔に拗れ果て、対策として活用するには何の役にも立たないほどの険悪な人間関係に陥ってしまっているという事例も全国的には多く、この養豚場も前例に漏れず、周辺住民との関係ははるか昔に崩れはて、両者がお互いへの不信感だけで塗り固められ繋がっているだけの状況にあった。



 「はい、県北家畜保健衛生所です」

 「もしもし、保健所? K養豚場からの臭いが酷いんだけど‼ 」

 受話器の向こうの若い男性が、そう強い語調で言い放つ。

 今日もまた、養豚場近くの住民からの悪臭苦情が、県の家畜保健衛生所に寄せられた。

 「こう毎日毎日、臭いが酷くちゃぁ …、せっかく、ここに家を建てたというのに。どうしてこんな所に養豚場を造るのを許可したんだ?」

 苦情の申立者は、その養豚場の近くに、最近新しく住居を立てた住民のようだった。

 「申し訳ありませんが、養豚業を行うのに、行政からの許可は特に必要ありません。ただ、農場からの家畜の伝染病の発生を防ぐために、農場に守って頂くルールはあるのですが」

 悪臭苦情の申立の電話を受けた担当者が、そう苦情主に説明しながら話を続ける。

 「申し訳ありません。電話を掛けて頂いている、貴方のご住所とお名前を教えて頂けませんでしょうか?」

 「苦情の申立の場合、お名前をお聞かせ頂けませんと、匿名での申立ではこちらでも対応を取ることが難しいのですが …。もちろん、お聞かせ頂いたお名前等は、農場を始め、部外者には一切公表は致しません。匿名での対応をご希望されているということで、こちらも対応させて頂きます。ご心配はいりませんから …」

 苦情を申立てたその住民は、担当者からそう説明を受けると、電話口の向こうで一瞬言葉を呑み込んでいたようだった。それでも直ぐに、自分の氏名と住所、それに連絡先の電話番号などを電話口の担当者に伝え始める。

 「分かりました。これから市役所に連絡して、市の担当者と現地の養豚場周辺の臭いの状況の現地確認を行いますから。その上で必要があれば、農場からの悪臭の発生を防止するため、農場への環境指導を行います。その結果については後日また、今伺いましたこの連絡先に電話致しますから」

 家保の担当者は、苦情者からの電話を切ると、直ぐに養豚場のある市役所の担当課に悪臭苦情の申立があった旨を電話して伝える。

 「農場周辺の現地確認をしたいので、同行をお願いしたいのですが、今日の午後はどうです? 2時頃本所に集合ということで」


 「やっぱり悪臭の苦情は、この養豚場からの臭いが原因のようですね」

 「ええ …。これだけ臭うと、間違いはないですね。農場では、何か普段と変わった作業をしているのでしょうか?」

 市の担当者と農場周辺の臭いの状況を確認しながら、家保の担当は呟く。

 「ふー …。養豚農場の臭いは発生防止のための対策が取り難くて、対応が非常に難しいのですが …」

 「農場にこれからこのまま立ち入って、今日行った農場での作業内容の確認と、できる範囲での悪臭の発生防止対策の指導をしてしまいますか?」

 「はい、そうですね」

 市の二人の担当者も、そう頷く。

 養豚場から少し離れた市道脇の待避帯に白いバンの公用車を停めると、貨物室のドアを跳ね上げ、そこに積まれた農場への立入に必要な白い防護服や長靴などの装備を身に着けていく。

近年は特に、国外から持ち込まれた豚の伝染病が国内で流行っており、農場への立ち入り指導時には、農場への病気の持込みや持ち出しを防止するためのルールが国により厳格に決められていた。

 「もしもし、古屋さんですか? 県北家保の立花ですが、農場からの悪臭が疑われる環境苦情が家保にあり、市の担当さん達と農場周囲の現地確認をさせてもらっていたのですが …。やはり農場からの臭いが原因のようです。何か今、普段と違う作業を農場でやっていますでしょうか? よろしければ、これから農場に立ち入らせて頂きたいのですが。どうですか?」

 作業ズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、農家台帳に記載された娘婿の古屋氏の携帯に電話を入れる。現在の農場は主にこの娘婿の古屋氏が、両親等に代って経営の全般を取り仕切っていた。

 「そうですか、また苦情がありましたか …。ええ、いいですよ。今は農場内の糞を、朝から堆肥舎で切り返す作業をしていたところです。それが苦情の原因かもしれませんね」

 「では、農場入り口の事務所でお待ちしていますから」

 携帯電話をポケットの中に仕舞うと、白いタイベックをたくし上げ、袖を通して前面のチャックを顎の下まで引いて閉める。そしてフードを被ると、マスクやディスポーザブルの青い手袋を身に着けていく。


 農場の古屋氏の案内で、家保の担当者は市の農政担当の職員二人と、農場内の悪臭の発生場所を確認していった。

 「ここが、糞尿の発酵処理を行う縦型コンポからの臭気を、脱臭処理するための水槽ですね?」

 「高濃度のアンモニア等を含む臭気を、水槽内の散気管から微細な泡にして水に吸着させ脱臭する仕組みとなっているのですが、散気管までの水深が浅く、臭気のほとんどが水の中に溶け切れずに、水面から大気中へとそのまま放出されてしまっていますね。恐らくはこれが、農場から発生する悪臭の原因の一つとなっていると思います」

 「対策としては、脱臭槽の側壁をかさ上げして槽自体の水深をもっと深くして、更に散気管の位置を今よりもっと深い位置に設置し直すこと。これで脱臭槽でのアンモニアの水への溶存効率が上がり、除去率が向上します」  

 「他に、この水槽を囲む建屋には屋根が設置されていませんが、ここに屋根を掛けて塞ぐことで、かなり臭いの飛散を防げますし、その屋根の下に細かいミストを噴霧できる散水ノズルを設置して、タイマーで定期的に水を噴霧してやることで、一層、外部へ出る悪臭を減らせると思います」

 家保の担当者は、縦型コンポの脱臭槽の前で建屋を指差しながら、そう説明をする。

 隣では、古屋氏と市の二人の担当者が、並んでその説明を聞きながら大きく頷いている。

 「そしてですね。農場内の臭いは、ホコリの粒子に付着して外に飛んでいきます。それが悪臭苦情を起こす原因となります。ですから、この外に飛んでいくホコリの粒子を落としてやれば、臭いの苦情を減らすことができます」

 「具体的な対策として、豚舎内、特にこちらの農場の肉豚舎の大部分を占めているハウス豚舎内に、飛散するホコリの粒子を落とすためのミストの噴霧装置を設置して、やはりタイマーで定期的に水を噴霧してやることで、農場内から外の住宅地に飛散する悪臭をかなり少なくすることができますし、悪臭苦情も今よりもずっと少なくなると思います」

 家保の担当者の説明に、古屋氏は再び大きく頷いてみせる。



 「ええ。ですから昨日の午後、農場に市の担当者らと立ち入って、悪臭の発生防止指導を実施して来ました。農場では朝から堆肥舎で糞の切り返し作業をしていたようですので、これが悪臭苦情に繋がったのではと思います」 

 「農場には、天候や風向きなどを考慮して作業をすることや、作業時に埃の発生を防ぐため消臭剤などを噴霧するよう指導をしました」

 「今後、また悪臭の発生があれば連絡をお願いしたいと思います」

 苦情の申立て者に、現地確認と農場へ行った改善指導結果をそう報告すると、電話を置いた。

 「臭いの苦情は一筋縄では解決できませんし、それに、特に養豚農場ですから。あれだけ農場周辺の宅地化が進んで来ると、一層、対策が難しいですし」

 窓側の机に座り、電話でのそのやり取りに聞き耳を立てていた課長に、そう言葉を向ける。課長も黙って首を縦に振ると、頷きながらその言葉に同意してくる。

 「根本解決はとても …。臭いを無くしてしまう、魔法の薬がある訳でもないし ……」

 担当者はそう呟きながら胸の前で腕を組むと、暫し黙り込んでしまう。

 それ程、養豚農家からの悪臭の発生防止対策は改善指導が難しく、その根本解決までには、中々至ることすらできない難題でもあった。



 「これが、タンポポの葉から抽出した粉末で、『ダンデラーゼ』と言って、国内では私の会社だけが扱っている商品です。この粉末を定期的に浄化槽に入れてやるだけで、豚糞からの悪臭の発生は全く無くなりますし、水にこの粉末を融かして堆肥舎での堆肥の切り返し作業の時に噴霧してあげれば、悪臭の発生もピタリと防いでくれますよ」

 その養豚農場の事務所で、農場の経営者夫婦二人と経理を担当しているその娘、そして娘婿の古屋氏を前に、どこかの畜産資材の営業マンだろうか、薄緑色の粉末の入った袋を片手に声を張り上げながら、そう流調に説明している。

「 … は⁉ 」

 その営業マンの顔を良く見ると、それは、スロ屋でいつも俺と並んで『アラジンA』を打っている、『()』の姿だった。

 「何で、… 奴が?」


 「俺、友達と組んで、東京で商売をやっているんだ」

 いつか奴が俺に、そう話したことがあった。いつもの、あの無駄で不毛なホールへの入場待ちの列に、奴と一緒に並んでいた時だったかもしれない。

 「商売? へー、何の?」

 その時、俺はブラックの缶コーヒーを片手に、そう奴に尋ねたと思う。遊び人に毛が生えただけだと思っていた奴が、珍しく、そう真面目そうな顔を俺に見せながら言ったからだった。

 「まあ、それで時々、東京や関西の方に出掛けている訳さ …」

 多分奴は、その時そう言っただけで、それ以上詳しいことは何も言わなかったと思うのだが。


 「この『ダンデラーゼ』を定期的にご利用して頂くためには当社との契約が必要で、年間を通した利用に関する委託契約を交わして頂くこととなります。契約の内訳としましては、『ダンデラーゼ』の使用料が、税込みで8万円/月。年間の浄化槽等の維持管理費と技術料が、50万円/年間となります」

 「ですので、8万円×12か月で96万円。プラス50万円の、合計146万円が年間を通じ、管理費として私どもの会社が頂く費用となります」

 奴はそう滔々と、向かい合って座る農場の経営者夫妻らに説明していく。

 「年間で、146万円ですか⁉ これで、周辺住民からの悪臭苦情を少しでも減らすことができれば …。経費としては安いものだが。ただし、本当に効果があればですが …」

 先刻から、奴のその説明を食い入るように聞いていた経営者の主人が、隣に座る奥さんと顔を見合わせながら、そう言葉を続ける。

 「もちろん、うちの商品の『ダンデラーゼ』の消臭効果は抜群で、お墨付きです。全国の、やはり悪臭苦情で苦しむ幾つもの大きな養豚場で使って頂いている実績がありますから」

 奴は、経営主のその言葉を受けると、そう淀みなく説明を加える。

 「そうですか …」

 経営主夫妻は、農場管理の責任者である、娘婿の古屋氏の顔に視線を投げかけた。

 古屋氏は、経営主のその視線を正面で受け止めると、小さく頷き、義父に相槌を返しながら奴に尋ねる。

 「それで、年間を通じての『ダンデラーゼ』の利用方法や、悪臭の発生を防止するための具体的な技術指導なども、そちらとの年間の委託契約の中で実施して頂けるのでしょうか?」

 「はい、もちろん。わが社で手掛ける、それら他の養豚農家での悪臭苦情防止のための対策事例等について、その都度情報提供をさせて頂きますし、具体的な対策指導もさせて頂きます」

 奴は、古屋氏や経営主らの顔を交互に見ながら、そう答える。

 「その悪臭の発生防止のための対策というのは、周辺の住民から苦情が出た時に、リアルタイムで具体的に防臭対策を指導してもらえるの?」

 古屋氏が腕組みをしながら、テーブルの向こうの、自分の前の椅子に座る奴を見詰めながら尋ねる。

 「はい。そうですね …。当社で手掛ける他県の農場でも実施して効果を上げている対策を、直ぐにこちらの農場へ提案させて頂きますから」

 そう、奴は答える。

 「苦情の発生があったら、直ぐにこちらの名刺の電話番号に連絡すればいいんですね?」

 古屋氏は、机の上に置いてあった、奴が最初に手渡した企業名が入った名刺を手にすると、そこに記載されている電話番号を指差し、そう念を押してみせる。

 「実際の農家現場で指導を行っている、担当の技術者さん等の携帯電話の番号は教えてはもらえないの?」

 「その方が、現場の我々としては、フットワークが軽く、対策についても相談がしやすくて一層安心できると思うんだけど …。どうです?」

 古屋氏は、経営者である義理の父母夫妻の顔に再び交互に視線を送りながら、そう奴に向かい言葉を続ける。


 『ダンデラーゼ』、商品名『万勝』は、もう三十数年も前に提唱された、豚舎から排出される豚の糞尿を効率的に処理するための浄化システムである『S式浄化槽』で利用されていた糞尿の発酵促進剤で、その原料はタンポポの葉から抽出した植物質資材であった。

 この浄化システムは、豚舎から排出される糞尿を固液分離(糞の固形分と、尿などの液体部分を分離させ、固形分は堆肥舎で堆肥化処理を、尿などの液体部分は浄化槽で浄化処理する家畜の糞尿の処理方法)をすることなしに、そのまま、豚舎下部にあるスノコの下に設けた排水ピット内を循環させている循環水に『万勝』を定期的に投入し、この循環水にBOD濃度の高い糞尿混合物を溶け込ませ、これをそのまま各豚舎から浄化槽内に流入させることで、完全に浄化槽内で省力化かつ低コストに糞尿の浄化処理をすることができた。

 

 だが、浄化槽を利用した家畜の排せつ物処理においては、事前に排せつ物の固液分離を行う必要があるということが、その前提条件としての常識になっている。

 だから、この夢のような効果をうたった糞尿の処理方法が、それ以上は一切、他に何の手も加えること無く巧く稼働するはずもなく、結局、この『万勝』を販売していた当時のこの会社は、全国の養豚農家にこの『S式浄化槽』システムと、これを活用するために必要な資材である『万勝』を売り込み、金を集めるだけ集めるとその後計画倒産し、雲隠れすると姿を消してしまっていたのだった。

 後には、畜産の常識からは外れたこの糞尿処理システムの話を信じ、高額な『万勝』を買わされ、『S式浄化槽』システムを導入するために莫大な資金を借り入れ施設改修に費やした大規模養豚農家が全国各地に残され、正当な糞尿の処理方法である固液分離処理を行うには真に使い勝手の悪い構造の豚舎と、残された膨大な借金がその後長期に亘り、これらの養豚農家の経営を圧迫し続けたのであった。


 『奴』が、ダチ達とつるみ立ち上げた会社は、その当時『万勝』を扱い、その後倒産した会社が残し、どこかの倉庫で不良在庫となっていた大量の『万勝ダンデラーゼ』の資材をどこからか手に入れ、奴等が今やっているような、環境苦情に苦しむ養豚農家をターゲットにした詐欺話を仕掛け荒稼ぎをしているのだろう。

 そして多分そこには、奴が俺を、奴の勤める会社の人間と偽り、その養豚農家の実質的な経営者である初老の夫婦に引き合わせるという、一芝居を打たなければならない必要性があったのだろうと思う。


 「それではですね。この『ダンデラーゼ』を活用した豚舎からの防臭技術についての専門家を、今度ご紹介いたしますから。その方は【()()さん】と言って、以前、つくばにある国の試験研究機関で、畜産経営から発生する悪臭対策を専門に研究されていた方です。今は特別に、わが社の特別顧問をしていただいています」

 「その日時は、6月7日の午後2時、上条市の …公園 … …、です」

 「そして … …」

 だからこうして、奴が目論んだ様に、俺とこの初老の夫婦は奴の手の平の上で転がされ、引き合わせられることになったのだろう。


 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではあったのだが。





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