Episode 7
『 ピ・ポッ・パ・ポー、ピ・ポッ・パ・ポー …… 」
今朝もいつものように『アラジンA』の角台も学生達に取られてしまい、どうもその角台には設定が入っている様で、朝からずっとコインを吐き出し続けている。
「ふーっ。…」
隣の台で、朝からその様子を見せつけられ嫌気が差していた俺は、椅子から立ち上がると、そこから隣のジャグラーの設置してある島に移動した。
そのコーナーにはジャグラーが四十台ほど、各機種ごとにズラッと並んで設置されていた。
恐らくは年金生活の年寄から、心の片隅でスロプロ生活を夢見ているだろう若者まで大勢の客達が、挙動不審者さながらに常にきょろきょろと周囲に視線を泳がせ、他の台をハイエナするタイミングを見計らいつつも、黙々とコインを投入しては盛んにスタートレバーを叩いている。
俺は島の中央の通路を歩きながら、左右に設置されたジャグの挙動を見てていった。
平日の午後だというのに、ジャグの機種毎の各島数台ずつが台の上に木の葉積みにしたドル箱を二箱くらい並べていた。やはり店にとって稼ぎの柱となるジャグラーには店側でも気を使い、平日にも係わらず設定を入れてきていることが窺える。
だがそんな中に、客が付いていない台が各島の中に一~二台、空いているのが目に付く。
台の上部に設置されているデータカウンターを、島の端の台から順番に眺めていく。
やはり、ドル箱を並べている台はそのどれもが、ビック、そしてレギュラーボーナス共に既に二十数回以上の履歴を示し、その台が高設定であることを窺わせる。その中で、ビッグボーナスだけが突出してコインを吐き出している台も何台かはあったが、恐らくそれは中間設定の一時噴きなのだろう。
「ふーん …」
俺は煙草を咥え、小さく頷きながら順番に台の挙動を見ていく。
しかし大半の台は、メダルを吐き出させようと客達が必死になってレバーを叩いてはいるものの、朝からずっとコインが下皿に出ては飲まれてを繰り返し、台の上に置かれたドル箱が活躍できていないことを示す履歴が見てとれる。
客達は、それでも何とかジャグ連を引き当てコインをドル箱に移し替えようと、次々とコインサンドに千円札を呑み込ませ続けている。だがそれらの台は全て、低設定の回収台か中間設定の遊ばせ台であることは、履歴から既に分かり切っているのだが。
俺は、客が付いていない空台のデータカウンターに手を伸ばし、これまでの履歴を確かめていく。
「昨日の当たりの合計が六十回か …。レギュラーもしっかりと付いているし。恐らくこの台が、昨日のパンダだったんだな …」
心の中でそう呟く。
両側に座る客の間に一つだけポツンと取り残されているその台は、今日これまでに僅かにレギュラーボーナスを一回、朝一からの八回転目で引いてから、二百七十三回転回した所で捨てられている。
その台の左側では、ドル箱を二つ木の葉積みにした若い兄ちゃんが、ちょうどビックボーナスゲームを消化しているところだった。その兄ちゃんが打つ台の履歴を見ると、昨日はビック一回、レギュラーボーナス三回だけで、合計確率も百九十四分の一を示している。
「今日の設定は恐らく、低設定からの上げか …」
その右隣りの台では、初老のおばさんがコインサンドに千円札を投入しようとしている。その台の履歴からは、朝から下皿でのコインのもみもみだけを、これまでずっと繰り返していることが見て取れた。
「下げ確定か …」
俺は首を小さく傾げながらそう呟くと、その空台の下皿に煙草の白い箱を投げ込み、自販機コーナーへと歩いて行った。背後には、ジャグラーの当たりを告げる《 キュイン‼︎ 》の音色が、ホールの天井へと高く突き刺さるかの様に聞こえていた。
ジャグラーは完全確率が売りとされ、何時も大当たりはその台に打ち込まれたその日の設定で決められている確率通りに、常に抽選されている。だから大当たり後の一ゲーム目でも、もし千数百ゲームハマった後でも当たる確率は常に一定である(はずである)。いつ打ち始めても、そして打つのをいつ止めたとしても当たりを引く期待値は常に同じ。GOGOランプが点灯したら当たり確定という極めてシンプルなゲーム性と併せ、それがお年寄りから若者までが好んでこの機種を打つ理由となっている。
まあ、ART機でその日大負けを喰らった後の、閉店間際の負債の回収機としての役割も大きいのだろうが。
しかしその一方で、ジャグラーには数々の都市伝説とも揶揄される、数々のオカルトが存在している。
例えばボーナスゲーム終了後、ブドウが連続して落ち続け、クレジットの50枚のコインで90ゲーム近くも回る時がある。そんな時、クレジットに残った最後のコインをベットして、リールをから回ししたままトイレへと席を立つ。そして何食わぬ顔で席に戻ると台のG△G△ランプが点灯していて、周りの客が横目で俺の顔を伺い見てくる。
実際俺も、これを両手の指で余るほど経験していた。まあ、単に確率と出玉の割数の帳尻合わせのための結果だろうが、斜めに見れば、確かにこれはオカルト以外の何物でもない。
他には、当たりを引くゲーム数もそうかもしれない。
『593(ゴクロウサン)、494(シグヨ)、197(イクナ)、…』上げだしたら切りがないし、ぞろ目での当選など自分だけでなく島中ごろごろしている。まあ、思い込みの強い俺の事だし、差枚が0になったのが偶然その回転数だっただけの事なんだろうが。でも、まぁ半分は店におちょくられている結果なんだろう。
そのオカルトの中でも割合よく聞くのが、ベルが揃った次のゲームでベットボタンを連打すると、そのゲームでG△G△ランプが点灯する台は高設定台だというものだった。
ベルの揃う確率は公証で約一千分の一以上と、ボーナスの当たりの確率である百数十分の一に比べ遥かに当たる確率は低い。だからジャグラーを一日打ち続けても、ベルが揃うことは滅多にない。まあ俺の場合、毎ゲーム目押しなどしてはいないし、ベルが成立したゲームでも特に目押しをしている訳でもないから、ベルを取りこぼしているからだと言われてしまえばそれまでの事であるのだが。
俺はあまりジャグは打たないのだが、それでもベルが揃うと、間もなく当たりを引くという印象がある。しかも、ベルの成立した次のゲームにG△G△ランプが点灯し、大当たりを引いた経験もこれまでにあった。元々低確率の上に、その大部分を取りこぼしている事を考えると、滅多に来ないベルが揃った後に当たりを引いたという記憶は、誰の頭にも特に残りやすいのだろう。
俺は、ジャグは単なる時間勝負だと思っているから、打つ時は一切目押しなどしない。だからベルが揃うのは全て向こう合わせなのだが、ベルが来た数ゲーム後に当たりが引けなかった事はこれまでにほとんど無く、むしろベルの後には当たるというイメージしか持っていない。逆に、ベルが揃っても当たりを引けなかった時は、その後大ハマりを喰らうイメージが強い。まあこれも、刷り込まれた思い込みから生まれる都市伝説の一つであるのだろうが。
だからベルについての都市伝説も、確かに多くの人達の経験を基にでき上がっているのだろう。多分、打ち手の射幸心を煽るため、敢えて意図的にメーカーがそう仕組んでいるのだろうが。決められた数値に収束させるための確率とは、まあそういうものなんだろう。
シンプルなゲーム性が売りだけに、こうしたオカルト感がはびこっているジャグラーであるが、俺が実際に感じている事は、決して毎ゲーム大当たりの抽選などしてはいないということだ。完全確率などという謳い文句は、所詮審査を通すための表向きの建前でしかないのだろう。
表向きは完全確率を謳い、実際は当たりの抽選を全く行わない無抽選ゾーンが存在し、そのゾーンに滞在中は、ただ黙ってどこまでもハマり続ける。そして台毎に、その日予め設定されたスランプグラフを描くため、一定の差枚数に達した時点で当たりの抽選が開始され、その台に打ち込まれた設定の確率通りの抽選が行われる事でやっと当たりを引くことができる。
多分この抽選ゾーンでは当たりの抽選だけではなく、ベルとピエロのフラグの抽選も実施していて、だからこのゾーンに入った途端に約束の確率に落とし込むためブドウが連続する事でコイン持ちが良くなり、差枚の端数調整役としてベルやピエロが揃うとともに、その後直ぐに当たりを引くことになるのだろう。
そういう意味では、ベルの後に当たりを引くというオカルトは、実際に多少とも根拠のある都市伝説だと言えるし、ベルの次ゲームにG△G△ランプが点灯するというのも、大当たり確率の高い設定6だからこそだと言える。
まあそれも、完全確率の意味を善意で良い方に解釈してあげての話で、実際の仕組みなんて、乱数も何も無い至極単純なものなんだろうが。
「三百六十五回転か …」
俺の座ったその台は、コインサンドに五枚目の千円札を呑み込ませたところでレギュラーボーナスを引き当てた。
「ふー。ハマって、更にレギュラーか …」
俺は、データカウンターに表示されているレギュラーボーナスの履歴を示す数字の2を見詰めながら、煙草の煙を吐き出すと、そのレギュラーゲームを消化していく。
「昨日の最終ゲームの回転数は、一体幾つだったんだ?」
そう呟きながら、ベットボタンを押しやる。
《 ガコッ 》
スタートレバーを軽く弾くと、三本のリールが軽くバウンドしながら回転を始める。俺は無心で左側から順番にリールのストップボタンを押していく。
《 キュイン‼︎ 》
左下のG△G△ランプが黄色く点灯するのと同時に、台の上部に設置された赤色の回転灯が一瞬赤く回転し、俺の打つ台の当たりを島中に告知する音が響き亘る。レギュラーゲーム後の一回転目、一ゲーム連だった。
「 おっ⁉︎ 」
俺は一瞬息を呑む。そして慎重に右のリールのストップボタンを押してリールを止める。
「⁈ ……」
右のリールの上段に、赤い数字の7が止まる。思わず、身体から力が抜けていく。
「ふーっ。レギュラーか⁉︎ …。しかも一ゲーム連とは。運が無い」
俺は小さく溜息を吐くと、左と中のリールの赤い7を狙ってストップボタンを押す。
《 ジャーン … 》
俺の打つ台は、レギュラーボーナスゲームの音色を奏で始める。
「レギュラーの一ゲーム連とは ……」
頭の中に過去の嫌な記憶が蘇る。やはり同じ様にレギュラーボーナスの一ゲーム連を引き、そのまま千ゲームオーバーのハマりに連れて行かれた事があった。
「縁起でもねェ …」
俺はそう呟きながら椅子から立ち上がると、ブラックコーヒーを買いに自販機コーナーへと向かった。左隣の台では、先刻から打っている若い兄ちゃんが、やはりレギュラーボーナスを引き当て、嬉々とした顔でゲームを消化している。
俺がこのホールに通うようになった時から、いつも朝からジャグラーを打っていた親父がいた。
この親父は、その島にいる誰にも友達気分で気安く声を掛けてくるだけでなく、通路を挟んだ向かい側の台に座る客や、自分の近くにいる客の打つ台のG△G△ランプが点灯したその瞬間、一瞬それらの客の挙動に違和感が現れたのに気づくと、その親父はわざわざ席を立ち、その客の後ろの通路から表示窓の奥に浮かんだG△G△ランプを覗き込んでいる。
そして自分の打つ台が大当たりを引き当てG△G△ランプが表示窓の中に浮かび上がると、他の常連客達に大声で呼び掛け、手招きしながら大騒ぎしている。
「うざい …」
俺は毎回、その姿を横目にそう呟く。
俺を含め、多分ジャグを朝から打ちに来る客のほとんどは、G△G△ランプの点灯する瞬間をただ楽しむために打っているのだろうと思っている。まあ、他の台をハイエナするタイミングを推し測るため、無言で周囲の台の挙動を伺っているというのもあるのだろうが。
だから他人の迷惑も省みず、この親父のように、ジャグの島全体が自分の所有物であるかのような顔で騒いでいるのを見ると、興ざめするだけではなく正直、ムッとさせられるのだった。
何のために、俺は朝から安くもない遊技料を店に払ってまで、わざわざ店へと通って来ているのかと。
逆にこの店でスロで勝とうと思うなら、ある意味、他の常連客達は自分に取っては商売敵であり、むしろ誰とも親しくなろうとは思わない心理の方が自然だとは思うのだが。
「可哀そうに。あの親父、きっと発達障害なんだろうな …」
見たところ、もう勤めていた会社は既に定年退職して、こうして毎日スロ屋に通っていられるのだろう。多分あの様子では、これまでの会社や社会生活の型にはまった生活の中では、きっと酷く生き辛さを感じながらそれに耐えてきたのだろうか。
それは、自らも自分にASDの傾向があることを自覚し、こうして誰にも邪魔されずに自分だけの孤独な世界で遊ぶことができるスロ打ちにのめり込んでいる俺だからこそ、それを敏感に感じ取るのだろうと思う。
「 ” キチガイにジャグ " か、…。名言だな⁉︎ 」
自分の打つ台に視線を戻すと、そう小さく俺は呟いた。
《 スロプロ 》。それは、ASDとしての特性を持つ者に取っては、天職とも言える職業なのかもしれない。
もし、自分が、才能に恵まれているのであれば。
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