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パチスロ遊戯日記  作者: Eisei3


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6/13

Episode 6

 その日は、月に一度の病院の受診日だった。

 俺は糖尿病とうつ病という二つの持病を抱えていたから、毎月必ず二つの病院に通い、朝夕のインシュリン注射と朝昼晩と、大量の薬を食前食後に飲んでいる。

 この二つの病は、俺にとって本当に厄介なものだった。

 糖尿病は血糖値の変動で、異常なだるさや足指の攣り、そしてこむら返りなどを起こす。そしてうつは、気力の喪失、身体の痛みと強ばりなどの不定愁訴(ふていしゅうそ)と呼ばれる様々な症状が、次から次へと現れた。

 その時の俺を他人から見れば、それこそ “ 怠け者 ” と、烙印が押されるような人間にしか見えないだろう。もしこれが、どこかの骨を骨折して白いギブスでも填めているのであれば、一目で相手に自分の今の状況を分からせることができるのだが。

 だから一々他人に、自分の病気のことを説明するのは、正直、非常に面倒でもあった。特に人との関わり合いを、生まれ持った性分として嫌っていた俺にとっては尚更のことでもあったから。

 ただ俺本人にとって、その症状は非常に辛く、そして耐え難いものである。酷くなると体の動きに反して、精神がこれを拒むのである。うつ病は、体と心の連動の働きをコントロールできなくしてしまうのだった。

 

 うつ病を発症して間もない頃のある朝、俺はいつものように車で職場に向かっていた。しかしふと気がつくと、誰もいるはずもないような山奥の林道に分け入ってしまっていた。私はその場に車を停めると、暫く、山の中へと続く林道の上を覆う鬱蒼とした木々の梢をぼんやりと見つめていた。そしておもむろに携帯電話を取り出すと職場に電話を掛けた。

 「申し訳ありません。体調が悪く、今日は休ませてください」

 これは本当に恐ろしいことだった。体に、心の働きが付いてこられなくなってしまう。言葉では中々、上手く表現できないのだが。それは本当に ” ふと ” した瞬間なのであるが、同時に心の芯から湧き上がってくる逃れようのない恐怖をもまた感じたのであった。こうして病気に心が追い詰められ、皆、自殺へと向かっていくのかと …。毎年、自殺者の多くがうつ病を原因とするという話も、その経験から俺には当事者の実感として感じられる。

 

 だがこのうつ病も、最近は良い薬が出来ていて、俺も処方される薬さえ毎日きちんと飲んでさえいれば、日常生活への支障を感じることは全くなく仕事も健康な者と同じように普通にこなすことができていた。唯一、俺が一番怖かったのが、一年の内の季節の変わり目、特に冬の寒くなる頃であった。この時期に仕事や日常生活で精神的なストレスが加わるような出来事があると、その作用は即座に精神に及ぼされ肉体的な不調として表面化した。

 それが、今こうして俺が、傷病休暇で勤めを休んでいる理由であった。だから家族や、そして職場に大きな迷惑をかけていることは、何よりも俺自身が一番良く解っている。だからこそ、心が自分の言うことを聞いてくれないというジレンマが、一層俺自身を苦しめていた。

 だからそれが、この連日のホール通いという、【 現実逃避 】の形で表れていると俺自身勝手に解釈している。スロ打ちは本当に、自分だけの世界での遊びである。ホールに入れば一日中、俺は煩わしい人間関係に囚われることもなく、独りで時間を食い潰すことができた。

 うつ病を患い、しかも人間嫌いの俺が、スロにのめり込んだ実際のところの理由が、果たして俺の心の中の闇の部分とどう繋がっていたのか? 当然、ギャンブル依存の事を主治医に話すつもりはなかったから、医者もその核心部分に触れることもなく、俺自身にも、正直、その本当の理由は理解できてはいない。

 ただ、心の中にあった自分でも良く解らない “ ウヤムヤ() ” をどこかにぶつけ、それから逃れたいという思いが、俺の中に強くあったのは確かなことだと思う。


 次の日からまた、俺のパチンコ屋通いの日々が続いた。

 その日も朝早く、俺は同じ道をホール目指して車を走らせていた。

 その朝もいつものように、早くから店の入り口には人の並ぶ列ができていた。十六、七人はいるであろうか。そのほとんどは、いつもの常連客達であったが。列の先頭ではやはり、ホールの庇下で例の学生達が布団に包まりまだ寝ているのが見える。俺はゆっくりとその列に近づいて行くと、列の最後尾に座り込んだ。

 すると常連客達の一人、スロだけで生活していると噂の親子と目が合った。彼等がこちらに会釈を向けてきたので、俺も反射的に軽く会釈を返した。

 この親子は毎朝、俺がホールに来る前には必ず先に来ていた。しかも、相変わらず庇の下で眠り込んでいる学生達の直ぐ後ろに常に並んでいたから、毎日相当早い時間にここに来て順番待ちの列に並んでいるのだろう。傍目にではあるが、母親と息子の二人とも、まだそれほどの年齢(とし)ではないように見える。

 この親子のパチスロの立ち回りを、以前垣間見たことがある。

 彼等はホールに入ると最初に例の学生達の後ろに並び、データロボで昨日の機種毎の出玉状況を確認する。そして二人で相談しながら、手帳にその日の狙い台の候補を記入していく。

 彼等が打つ機種は、どうやらこのホールにある全ての機種に及んでいるようであった。だから、俺と同じように常に『アラジンA』の最高設定だけを毎朝追いかけている学生達との競合も、ほとんどなかった。 

 だからそれは、彼等が毎朝ホールに一番乗りしているのと同じことを意味していたから、いつも彼等は誰に邪魔されることもなく、自分達の予想する、その日の狙い通りの高設定台を確保できているようだった。

 実際にこの親子は連日、俺の知る限り確実に勝ちを収めていた。二人で別々に立ち回り打つそのスタイルから、毎朝二人のどちらかが高設定台を一台確保すれば良く、それでその日の勝利は約束される。しかも、二人揃って高設定台を掴み、大勝しているところも何度も目にしていたし、何より彼等の見せる立ち回りは俺なんかより効率的で非常に上手かった。

 だがそうかと言って、彼等は周りに目立つ様な派手なコインの出し方は決してしなかった。同じホールで長く食い繋ぐには、それが最善策だったのだろうから。

 

 〖 1‐ 6 ‐3の法則 〗俺は、これがパチンコ屋の全てだと思っている。

 常に勝ち続ける客が一割。常に勝ったり負けたりと、収支がトントンに収まる客が六割。そして残りの三割は、常に負け続ける客達である。

 上位一割の客は常にこのポジションをキープし続け、下層に転落することはほぼ無い。まあ中には、店からこのポジションを、客寄せパンダとして与えられている客達もいるのだろうが。パチプロが根付く様な優良店としての広告料として。 

 客が落とす三割の上りの内、一割が上位一割の常勝客達への餌として還元され、残りの二割の上りが全て店の儲けとなる。

 この最下層の三割の客は、常にパチ屋に金を運ぶだけの養分と言われる客達で、中間の六割を占める客層と適度に入れ替わるなら客の傷も小さく済むのだろうが。まあ、全てはその店の経営理念次第かもしれない。

 ただ、残念ながら俺も凋落(ちょうらく)し続け、今の俺はここが定位置になりつつある。

 負け惜しみを含め、俺はスロは趣味の範囲での、一種の暇つぶしだと割り切っている。趣味である以上、そこにお金が掛かるのは当然な事ではあるのだが、そう考えるとパチスロは、決して少なくない投資を伴う特殊な趣味だとも言えのかもしれない。もちろん、スロだけで生活が立ち行くのであれば、それは当然、趣味と実益を兼ねる最高のとなるのだが。

 スロの専門雑誌などで時折目にする、パチスロ打ちを職業と自称するスロプロに対して、俺は正直、これまで良いイメージを抱いてはいなかった。仕事もせず一日中スロを打って生活しているとは、何とお気楽でヤクザな輩だと。

 だが連日のホール通いから、俺がこれまで漠然と感じていたスロプロへの後ろ向きなイメージは、多少とも変化してきた気がする。

 “ スロプロ ”。それは、社会生活での面倒な人間関係や煩わしい何物にも束縛されることもなく、自分の思うままに人生を自由に生きて行くことができる “ 職業 ” なのかもしれない。

 仕事の人間関係のごたごたからうつという病魔に取り憑かれ、生来の人嫌いに磨きがかかっている俺は、そういう人生の生き方も良いなと、最近特にそう思うようになってきている。

 それは自分の人生であり、その生き方も当然、自分自身で決めることができる。だから人様にさえ迷惑をかけなければ、十分にありだなと。

 そう、全ては、“ 勝った者勝ち ” であるのだから。

 人にとって最大の幸福は、趣味を職業として生きる事だと、昔誰かが言っていた気がする。趣味と実益を兼ねる。良い言葉だと思うし、俺も実際そうだと思う。

 起こる事の全てを自己責任だと割り切り、自らの責任だけで生きていく。もしも、それで生活できるのであれば、それは一種の才能だと思うし、もしスロプロを職業の一種だと考えると、それは限られた人だけが就くことができる、言わば【 超難関の仕事 】なのかもしれない。

 自称セミプロは、どこのホールにも腐るほどいるのを目にする。だが本当のプロに徹するとは、その全てのリスクを黙って受入れ、その結果としての責任を全て自分自身で負う覚悟があるかどうかであると思う。

 それは、俺のようなうつ病持ちの上に甘ったれで、社会からの現実逃避だけに明け暮れている無責任者が、どうあがいたところでとても太刀打ちできるようなレベルの ” 仕事(ビジネス) ” ではなかったのだが。


 今日も『奴』がやって来た。

 いつもの似合わない黒縁のレイバンのサングラスを掛け、ザックを肩に背負って。

 「おはよう」

 俺は、奴と軽く挨拶を交わすと、いつも通りに入場待ちの列の俺の後ろに入れてやる。だが、その直前まで俺の直ぐ後ろに並んでいた常連客は、俺に何も言わない。ただ黙ったまま、目で俺に抗議するだけで。


 「ほいよ!」と、奴が肩に掛けていたザックの中からブラックコーヒーの缶を取り出すと、俺に投げてよこす。

 「サンクス。わりいな …」

 「いつも、列に入れてもらっているから」

 「ブラックね。体に悪いんでしょ?」

 奴はそう言う。

 いつの間にか俺は、奴に手懐けられてしまった様で、自分の事を奴にぼつぼつとではあったが話すようにもなっていた。

 俺は煙草の箱を胸のポケットから取り出すと、ジッポーを《 カチッ 》と鳴らし一服付ける。いつものように、ホールへの入場時間までにはまだたっぷりと二時間以上はあった。

 俺達はアスファルトの上に直に腰を下ろして座ると、缶コーヒーのプルタブを《 カコッ 》と開ける。

 奴はザックからスポーツ新聞を取り出すと、競馬面を丹念に見ている。

 「お前、競馬もやるのか?」

 俺は尋ねる。

 「ああ、でもでかいレースだけはね。しかも時々、知り合いから美味しい情報が入るんだ」

 「情報⁉︎ …。裏情報なのか?」

 「ああ …。裏には裏があるってことさ。この前なんか、三百万稼がせてもらったし」

 「は⁉︎ 三百万‼︎ …本当かよ?」

 俺は思わず目を見開くと、奴の顔を見詰め直す。

 「何なら、今度情報が入ったら、貴方も、俺の言う通りに買ってみない?」

 「俺は、馬はやらんがな。…まあ、その時は買ってもらうか」

 俺は、また例の奴の “ フカし ” かと、心の中で奴の言葉を思い直しながらも、曖昧にそう答えた。

 まあ、この時の話は実際、後日情報が入ったからと言う奴に、一万円預け、奴が本命だと勧める馬を買ってもらったのだが、それはもう見事に外されてしまっていた。

 「おかしいなァ?」と言いながら、首を傾げる奴の裏情報も、どこまで当てになるのやら。


 そして、入場時間を待つ退屈な時間がやっと過ぎ、ホールへの入場開始時刻となった。

 俺は入り口で店員に十八番の番号札をもらうと、ゆっくりとホールの中に入って行った。

 いつも通りに入場の先頭は学生達で、その後ろに例のスロプロ親子が続く。ホールに入ると、彼等は早々にデータロボに昨日の出玉の確認をしに走って行く。

 俺達は、どうせもう高設定台は取れないからとあきらめ、昨日の台の出玉のチェックすらしない。スロの島への入場開始時間まで備え付けの雑誌の写真ページを眺めながら、ただ活字を追っているだけだった。


 「ねぇ、このまま学生達に台を独り占めされるのも面白くないじゃん。何とかして順番待ちの一番を取って、奴等の鼻をあかしてやろうと思わない?」

 奴が俺に向かって唐突に、そう言い出した。

 「一番ね ェ…。まあ、それも面白いかもな」

 俺は奴のその言葉に気乗りのしないまま、雑誌から目を上げずにそう答える。

 「真面目に聞いているの?。奴等の裏をかけば面白いさ。きっと奴等、面喰って悔しがるぜ!」

 「そうだな …。しかし奴等が泊まり込んでいる以上、俺等もホールの閉店直後には、ここに並んでいなきゃならないぜ。どうすんだ?」

 俺は雑誌のグラビアから顔を上げると、奴にそう問いかける。

 「雀卓を持ち込んで、徹夜で麻雀でもするさ。どう?」

 「無理、無理‼︎ 俺は結婚して家庭を持っているの。お前とは違うの! 解る⁉︎ …。第一、ホールに来ていることも、女房には内緒なの。ただでさえ、俺はいつも夕方の七時までには帰らなきゃならないのに …。どうすればここで泊まり込みができるの? うん …⁉︎ 独身でお気楽なお前とは、俺は違うの。解った? バーカ!」

 「馬鹿は無ェだろうに、馬鹿は。ひでーなー …。そんだけ俺は、奴等の事が面白くねェってことさ。解る? この気持ち」

 「はい、はい。でもね、無理な物は無理なの!」

 俺はそう軽く口先で、まだ不満げな顔をしてぶつぶつ言っている奴をあしらうと、左腕の腕時計に目をやった。奴と馬鹿話をしている間に、もうホールへの入場が開始される時刻になっていた。

 「さてと、並ぶとするか。行こうぜ」

 俺は手にしていた雑誌を書架に戻すと、奴にそう言いながら席から立ち上がった。

 そして煙草を一息吸うと、煙を吐き出しながら灰皿の上で揉み消した。


 ホール内への入場はいつも通りに何の変哲もない表情を見せながら、静かに、そして粛々と始まった。

 先頭に並んでいた学生達が、『アラジンA』が並ぶ島目掛け走って行く。 

 その後を、パチプロ親子が二手に分かれると、それぞれが違う機種の島に向かい小走りに走って行くのが見える。その後に十数人の客達が、それぞれ思い思いの方向に向かって流れて行く。

 そして俺達は、自分達の番が来ると半場諦め顔に、例の学生達が既に走って行った、優良台は全て奴等に押さえられてしまっているであろういつもの島に向かって、ゆっくりと歩いて行く。

 「いつもの通り、何も変わらねェか …。本命も穴台も全部、既に押さえられているだろうしなァ …。…ふー。早く来て並んでも、やっぱり意味なしか …。こう毎日、これじゃあー。奴じゃねえけども、あいつ等の鼻をあかしてやりたくもなるわな。全く …」

 俺はそう愚痴りながらも、いつもの角台の下皿に『セ〇ンスター』を投げ込んでいた。

 台上のデータカウンターを見やると、それは、この台が昨日三十二回のビックボーナスを引いたことを示す履歴を表示している。

 「ふっ …。これじゃあ、誰も取りもしない訳だ」

 俺は冷めた笑いを顔に貼り付け、そう自分に囁いた。

 「また、いつもの角台を打つつもり? 馬鹿みたいに、毎日角台ばかり打って …」

 俺とは離れた台を押さえた奴が、角台の前に立つ俺に向かって、そう言いながらあきれ顔で近づいて来る。

 「何とでも言え!。俺は出なくても角が好きなの。拘り。解る⁉︎ え?」

 「はい、はい。コーヒーを買いに行こうよ。今日は奢ってよ⁉︎ 」

 「この野郎が …。そうするか」

 俺達は、台の見定めに混み合う通路の客達を縫いながら、休憩コーナーに設置されている自販機コーナーへと向かった。

 遊技の開始時間には、まだあと三十分あった。

 周囲では大勢の客達が、データロボまで昨日の台のデータを確認しに行ったり、紙幣の両替や飲み物を買いにと、てんでに賑やかに歩き回っている。そして声高に、昨日の出玉の話題に盛り上がり、ホールの中がそれらの雑多くな雑踏の放つ音で溢れ返っている。


 俺は、自販機コーナーから戻って来ると、奴のことも相手にせず、黙って角台の椅子に座る。そして右手の指に煙草を挟みコーヒーを舐めながら、やがて訪れる朝一の、 ” 静寂の一時 ” を静かにジッと待っていた。

 両目を閉じ、周囲の気配を背中に感じながら。間もなく、この喧騒の空間を切り裂いてやって来る、静寂な一瞬を思い浮かべて。





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