Episode 5
閉店時間の十一時ぎりぎりの時間まで台に被り付き、一枚でも多くコインを吐き出させようと粘っていた依存症患者達も、閉店時刻を告げるのに追い立てられる様にドル箱のコインをジェットカウンターに流すと、皆、店の裏手にひっそりと佇む景品交換所へと消えて行った。
客達が全ていなくなった店内は、昼間の客達が放つざわざわとした騒めきや、ホールに流れる音楽などの喧騒が全て消え去り、場違いとも思えるような静寂な空間が、今だ遊技台から洩れ零れ続ける鮮やかな照明の光の中に広がって見えている。
その空虚な空気に満たされたホールの中を、店員達の姿だけが忙しく立ち働き、台のホッパーから余分なコインを掻き出すジャラジャラという音の響きの中で、コインサンドから投入された分厚い紙幣の束を回収している姿が見えている。
店の裏手にある事務所の控室からは、揃いの青いユニホームに身を包んだ近所のパートのおばちゃん達が一斉に店内に入って来ると、ホールの床へのモップ掛けや、遊技台の横に設置された灰皿などの掃除を始める。
《 ギ―、ガシャ。チャリッ、ガシャガシャッ。ザー、ガタン 》
《 シャッシャッ。カタン、ザー。ガサガサ 》
客達が奏でていた刺々しい昼の喧騒とはまた違った、騒がしくもただ黙々と、そして整然とした小さな喧騒が続いていく。
「お疲れ様でした!」
やがて、ホールマネージャーが店内を見渡しながら、全ての作業の終わりを告げる労いの声を掛ける。すると、その声とともに従業員達は皆、ホールの中から出ていった。
後にはまた、耳を押し包むような静寂さの音色だけが残され、その中に、時々遊技台から放たれる受け手のいない呼びかけの声だけが朗々と、もう誰もいないホールの中に響いている。
《 カチャリ、ギ―。チャッツ、カチャ … 》
シーンと静まり返ったホール内に、小さな金属音が響いている。
《 チャッ、カチッ。カチカチ 》
筐体左側にあるコインカウンターに表示されていた数字の2が、設定ボタンを押すたびに変っていき、やがてそこに数字の6が表示される。
《 ギッ、トン 》
《 チャッ、スッ。カチャッ。パタン 》
カウンターに6が表示されている事を確認し、台から小さな設定キーを引き抜き扉を押し閉めると、手に持った各島のスロットの設定振り割り表に目を落としながら、また次の台へと移動していく。
《 カチャッ、ギ― … 》
設定師は黙々と、静まり返った深夜のホール内を島から島へと移りながら、そうして設定変更の作業を続ける。
そして時々、自分の背後に広がる空間に視線を向け暫しそこに泳がすと、眉根を顰め、そこにいる得体の知れない何かに急かされるかのように仕事を終えるべく、また同じ作業に没頭していく。
「ふーっ。終わったか …」
腕に巻いたORIENTの単針は、既に午前2時を指している。
設定師は首を回しながら、ぐるっとホール内を見渡すと、胸のポケットから取り出した煙草の箱から煙草を一本咥え取る。
彼は、一瞬ホールの天井の一角に視線をやると目を伏せ、また眉根を顰めて見せる。そして小さく身震いをすると、直ぐに吐息を吐きながらホールから出ていった。
やがて間もなく、ホールフロアの島々に設置されている遊技台の電源が落され、それまでカラフルな淡い色彩を放ち続けていた遊技台達は一斉に沈黙し、ホール内を真昼のごとく照らし出していた天井の照明も消されると、一瞬にホール内は暗黒の闇の中に落し込まれる。
誰もいない、暗くシーンと静まり返ったホールの中に、出入り口の上に設置された非常灯の淡い緑色の光だけがただ寂しげに光り、磨き上げられたホールの床に、その光をぼんやりと映し出している。
( ふわッ、ふっ … ふわッ )
その闇の中、ジャグラーが設置された島の中で、トイレに近い奥から2台目のクラシックジャグラーのG△G△ランプの灯りが、黄色く淡く、そしてほんのりと温かく懐かしい色彩の光を放ちながら、暗くジッと押黙るかのようにホール内に広がる漆黒の闇の中でゆっくりと、ただその光の点滅だけを繰り返しながら、おぼろげに灯り続けている。
( ふわッ、ふっ … )
《 カコッ、カコッ … 》
また別の島では、中央に設置されている遊技台のスタートレバーが、叩く者も誰もいるはずもないというのに《 カコッ 》という音を立てながら、上下に動いては規則的にその音を微かにホール内に響かしている。
電源も全て落とされているにも係らず、ホールの暗く動くものも何もない暗闇の中、規則的にゆっくりと、そして音もなく静かに点滅するG△G△ランプの黄色い光の明滅は、もしその場でそれを目にする者がいたならば、心の中の本能の奥底に眠る恐怖の感情を呼覚まし、その恐怖に身動きも取れないまま命さえも失いかねなかったかもしれない。
「はっ‼︎ …、…夢か⁉︎ ……」
俺は首を回すと、枕元の目覚まし時計に目をやった。
時計の針は五時二十分を指している。夕べ寝る時にセットした六時までには、まだ暫くの時間があった。
ベットを出てしまうにも、再び二度寝するにも中途半端な時間に目を覚ましてしまった俺は、今し方まで見ていた夢の影響なのだろうか、寝床の中で余計な妄想に囚われていた。
スロ屋には色々な種類の人間が集まってくる。
中にはここでの時間の潰し方を上手に心得ている者もいるのだが、むしろその大部分は、ギャンブル依存症と呼ばれる中毒患者達だろう。もちろん、俺をも含めて。
パチやスロを一括りに、ギャンブルと呼ぶのがおこがましい事だとは、当然、俺も十分に承知している。所詮その全てが店に管理され、店の手の平の上でただ転がされているのに過ぎないのだから。時々、甘い餌をもらっては店に飼いならされ、従順な家畜として、せっせと毎日金を捨てに通い続ける。
それも何万分の一だか、何十万分の一だかの確率だと思い込まされている、突然訪れる一瞬のフリーズ画面や、G△G△ランプが点灯する瞬間の光に魅入られ、そして文字通り洗脳される事で中毒患者に仕立て上げられ、再びそれらを目にするために連日店へと通う。
依存症とは言われるが、フリーズした瞬間や、ハマり空けや連荘中の狂った様なG△G△ランプの点灯の衝撃が脳内の快楽ホルモンと結びつき、薬物中毒と同様の禁断症状の結果として、自分が依存症という病気だという自覚も無いまま、店に金を貢ぎ続ける奴隷として自らを自縛霊として店に縛りつけている。
射幸心と一言で言えば簡単だが、高々スロで動く金はほんの僅かな金額である。しかし、それでもそれが長期間に亘り積み上がってしまえば、直ぐにそれは首を吊ろうかという衝動に囚われ兼ねないレベルにはなってしまう。
だから当然のように、スロ屋にはその手の話が常に付いて回っていた。
どこそこの店のトイレの個室の一番奥では、何時いつ客の首吊り事件があったとか、あるいは立体駐車場の三階から飛び降り自殺があったという話は、当たり前の事として客達の間で語られる。
だから、俺がネグラとしているこのホールでも当然客の自殺の噂話は常にあったし、実際俺がその店でスロを打っていた時も、薄々それと知れたことがあった。それは後日客仲間から、トイレの個室で客が首を吊り自殺したと聞いて知ったのであったが。まあ、スロ屋と警察の裏の繋がりからすればそれは至極当然の事だったから、客でその時、それらの動きに気づいた者は極少数であったようだった。
だからこそ、人気の無い暗闇に包まれた深夜のホールでは、店を逆恨みしたままここで命を絶ち、この場に自らを地縛霊として縛りつけている者達の思念が、毎夜、怪しげな宴を奏でていても不思議はないだろう。
最も、自称スロッターの俺にとっては、店の昼の喧騒に身を任せることがそこにいる理由の全てだった。だから誰もいない深夜のホールで異形の者達により毎夜何が行われていようとも、それは当然俺には全く関係のない事であるのだが。
「ふぁー、あッ …」
大きな欠伸と伸びをしながら、俺はのそのそとベットから這い出た。
「今日は、どの台にするか …」
相も変わらず、頭の中では今日のホールの事を考えていた。
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