Episode 2
俺の名前は"澤憑 威"(さわいつよし)。
スロ屋での通り名は 、黒六白の黒豚だから、"ブラック"。表向きの職業は自称、"公務員"である。
現在、俺は休職中の身だった。
勤務先には、うつ病で精神状態に少々異状を来したからと、掛かりつけの精神科の主治医に頼んで書いてもらった診断書を提出し、長期の傷病休暇願を出してある。
だから、こんな所でパチスロに興じていることが職場に知れたら、当然後々面倒な事になるのは自分でも良く分かっている。
だが、傷病休暇を取ってから早くも四ヶ月が過ぎようとしているにも係わらず、依然として肝心の俺の頭の具合は芳しくはなかった。
もちろん、俺が毎日スロ屋に入り浸っていることは家族にも秘密にしてある。妻は仕事に子供達は学校にと、それぞれ昼間は家にいない。妻には、日中は車であちらこちらと、気休めにブラブラし歩いていることにしてあった。
そうして朝十時の開店を待って、毎日スロ屋に並んでいる訳なのだが、この、俺が通うホールでは、朝九時に入場整理券を配布し、九時半に店内に入場させるシステムになっていた。
だから自分の狙う台を確保するためには、誰よりも早く並ぶ必要があったのだが、他の常連の奴等は夜中に店の前に雑誌や空き缶を並べては順番待ちの場所を確保していた。
それで必然的に、俺も場所取りをするため夜中に車を飛ばし、ホールまで来る必要があった。俺は、夜中の二時か三時頃に目を覚ますと、家族に見つからないようにそうっと家を抜け出し、車を十五キロ余りも走らせてわざわざここまで場所取りに来ていた。
だがそうしても、夜の十一時の閉店時間まで打った常連の奴等が既に、場所取りのための本や空き瓶を並べてあった後のことが多かった。
「ちぇッ、何だよ。こんな早くに来てもこれかよ…」
まだ薄暗い早朝、ホール出入り口に設置されている黄色い照明の光に照らされ、ホール入口に並んで置いてある幾つもの空き缶や空き瓶、そして雑誌を眺めながら俺は愚痴っていた。
「しょうがねぇか…」
俺はそう呟きながら、手にした週刊誌を、既に置かれている場所取りの小物達の列の一番後ろに投げ落とした。
「…十一、十二。十三番目か…。いつものあの台が取れるかどうか…、微妙だな ⁈ 」
俺は煙草の煙を吐き出しながらそう呟く。そしてまた、再び来た道を家まで戻って行く。夏の盛りとはいえ空はまだ暗く、星が瞬いている時刻である。
家に帰ると、またそっとベッドに潜り込み、何食わぬ顔で眠りに着く。
そして次の朝はいつもの様に起きると、家族には「出かけてくる」とだけ言い残し、ホールを目指し運転していく。
このホールの常連には色々な奴等がいた。
一番多かったのが近くにあるB.F学院大学の学生で、こいつ等は夜中からホールの入り口に寝布団まで持込んで、毎晩酒盛りをしてはそこに泊まり込み、入場整理券を得るための場所取りをしていた。
だから、いつもこいつ達が一番であるのは当然なことであったのだが、後から来た仲間の奴等までを自分達の前に入れるという、見上げた真似までを堂々としてくれていた。
親子で、朝早くから並んで順番を取っている二人連れもいた。母親と息子の組み合わせだろうが、信じられないことに、どうも本当にスロで飯を食っている様であった。
その他に、カップルで朝早くから並んで場所取りをしている男女。そして、何の仕事をしているのか、あるいはプーなのか分からない中年の親爺。こいつはいつも、パチンコ雑誌を片手に、俺に向かって訳の分からない話を仕掛けてくる。毎日来ているところを見るとただの遊び人だろうが、どうやって食っているのか、この男が勝ったところを見たことは一度もないのだが。
そして営業マンなのだろうが、他のホールの店員をしているという兄貴に、この店で朝から並ばせ台を取らせておいて、会社に顔を出してから悠然と店にやって来ると一日スロを打って、多分会社に戻るためなのだろう、夕方帰って行く若い兄ちゃん。噂では結婚しているらしいのに、ホールで若い彼女と待ち合わせして、いつも並んで一緒に打っている。
頭の髪の毛をツルツルに剃り上げている、まだ二十代前半と思われる若い兄ちゃん。その振る舞いからは、どう見てもゲイにしか見えなかったが。俺は時々、こいつから台やその他の情報を得ていたのだが、奴は、なぜか他の常連達とは距離を置いていた様に見えた。常連の奴等は皆、こいつのことを"スキン"と呼んでいた。
まあ俺も、端から見れば相当怪しい不審者にしか見えないのだろうが、朝早くから場所取りして並ぶようになってから常連達とは多少言葉を交わすようになって、周りの奴等の素性が何となく多少ともは分かるようになっていた。
そんなある日、俺はそのホールの入り口に一枚の張り紙がしてあるのに気がついた。
【入場の場所取りのため、本やその他の物を並べて場所を確保することを一切禁止します。場所取りには、必ずご本人様が並ぶようにお願いします。 ……店 店長】
本や缶、瓶といった物での場所取りが、最近特にエスカレートしていたのを店側も快く思っていなかったのだろう。若しくは、当局のご指導が入ったのかも知れない。何れにせよこの日を境に、生身の身体の本人が、場所取りのために並ばなくてはならなくなった。
例の暇な学生達が、人目も憚らず店の入り口に泊まり込むようになったのはこの時からだった。
これで当然、俺が一番を取れる可能性も、ほぼゼロになってしまった。
だから俺も、少しでも早い番号を取ろうと、自然と朝早く家を出ることが多くなった。妻には『遠くに魚釣りに行くから』との、子供が吐くようなウソが見え見えの言い訳をして。
まあそれでも、毎朝六時頃にはホールに着き、入場整理券の番号も、何とか十番位を確保することができていた。
後は、開店までの四時間余りの時間をどう潰すかだった。まあ、いつもボケっとして、コンビニで買ってきた缶コーヒーを片手に、欠伸をしながら雑誌の活字を目で追っていただけだったが。
この店では、スロットの機種の島毎に、毎日必ず設定6を入れていた。大概のスロットの機種には設定が6段階あり、設定6が大当たり確率と、出玉に繋がる機械割が最も高い一番の高設定となっている。だから設定6の入った台を確保できさえすれば、間違いなくその日一日の大勝ちが約束されていた。
ご多分に漏れず俺も、『アラジンA』のこの設定6を狙い、そうして毎朝順番取りの列に並んでいた訳であるのだが、例の学生達も、いつしか俺と同じこの機種を狙って来るようになった。だから否応もなく俺は奴等と、台を巡ってのライバル関係に陥ってしまったのである。
だが、あいつ等が泊まり込みで入場待ちの順番を取っている以上、俺に奴等より先に狙い台を確保できる可能性は当然0だった。しかも入場後、前日の台のデータを参照して今日の高設定台を予想するためのデータロボも、奴等が先に独占し、先に今日の優良台のりを付けられてしまっていた。
それに多勢に無勢なことも相まって、ホール内に入場した後はいつも、高設定台と推測される台は全て奴等に押さえられてしまった後になっていた。
「何でこいつ等、この店に巣食ったんだ ⁈ 」俺は誰に言うともなく、一人呟く。
常連達の間の噂では、出るホールを狙ってグループで押しかけては店を食い物にしているとの事だった。
実際、奴等がこの店に現れる前は、俺は自由にこの機種の好きな台で遊ぶことができていた。もちろん、あの角台もそうであるが。そして、それなりには勝ってもいた。
だが、それも奴等がここに巣食ってからというもの一変し、俺が前日から狙いを付けていた台は全て、片っ端から奴等に取られてしまうという事態になっていた。悔しいが、こればかりは俺にはどうあがこうが、もうどうしょうもない事だった。
それで自然と俺は、奴等に見向きもされず落ちこぼれ、設定も入っていないことが分かり切っている台を取ると、一日中同じ台を打つようになっていった。
俺は元来、一度座った台を変えることは滅多にしない性分で、幾ら千円札をコインサンドに呑み込ませようとも出るまでは粘っている質だった。しかしコンピューター相手では、幾ら一日粘ったところで、設定の悪さには勝てるはずもないことは十分に分かっているつもりなのだが。
だから今日も俺は、奴等のメガネに適わずに空台になっていたこの角台を取ると、コインサンドに懲りることもなく千円札を溶かし込み、朝からずっとその同じ台を打ち続けていた。
だが昼過ぎ頃から、俺の打つその台の挙動が明らかに変わっていた。
どうやらアラジンチャンスのロングゲームを引いたらしく、俺の台はもう三千枚近くコインを吐き出し続けている。
アラチャンの途中でのビックボーナスの絡み方を見ると、どうやらこの台は高設定台のようである。
例の学生どもが時々こちらの様子を窺い見ながら、互いに渋い顔をし合っている。どうやら、今日奴らの選んだ台は全てハズレ台だったようだ。
「ざまあみろ」と、俺は心の中で奴等に向かって舌を出す。
自分等の確保した台の設定が6でないことが分かると、奴等はさっさとどこかに消えていく。そしてまた夜になるとどこからともなく現れ、ホールの入り口にたむろして泊まり込んでいる。俺にとっては、どこにでも湧き出るゴキブリのようにウザったい奴等だった。
俺の座る角台は、アラチャンゲームの軽快な音楽を奏でながらコインを吐き出していく。
俺は横っ咥えにした煙草の紫煙に目を細めながら、下皿からドル箱へとコインを移していく。そして下皿のコインを手に取ると、ドル箱に山盛りに入れたコインの隙間に木の葉の様にコインを突き刺していく。
「また出しているのかよ、ブラックの奴…」
周りの常連客達が互いの顔を寄せ合い、小声でそうささやき合いながら、憎たらしそうな顔で俺の打つ台を見ている。
「ふっ…」
俺は鼻先に軽く笑みを浮かべると、悠然とアラチャンの残りゲームを消化していった。
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