Episode 1
《 ジャーン、ジャンジャンジャーン …… 》
午前十時ジャスト。
開店を告げる音楽の音が、天井に取付けられている大口径の大型スピーカーからホールへと、津波の音色の様に鳴り響いていく。
ジーン と耳の奥で耳鳴りが聞こえそうなほど重く、そして鉛色に静まり返っていたホールフロアは俄かに活気づき、いつも通りの色彩と動きを取り戻していく。
《 チャリ、チャリッ … 》
スロットが居並ぶ各島で、椅子に座り手にコインを握り締め、凍りついた様に筐体を凝視していた奴等は息を吹き返し、ホール内に鳴り響く音楽の音とともに素早くスロットのコイン投入口にコインを三枚投入すると、一斉に黒く丸いスタートレバーを叩きつける。
その瞬間、スロットの筐体の正面に覗く三本のリールは僅かに小さくバウンドすると、カラフルな光彩を引きながら回転を始める。三本のリールはそれぞれに微妙な回転むらを見せながら、低くくぐもったモーターの回転音とともに回転し続ける。
俺は左のリールから順番に、リールが回る窓枠の下で鈍く銀色に光るストップボタンを右手の人差し指の先で押し止めていく。左、そして中、右と。
「畜生、ラクダ無しか …。外したな ⁈ 」
心の中で、俺はそう呟く。
俺の左隣の台では、ラクダが、筐体右側にあるドット液晶画面を頻繁に横切っている。
「設定変更。アラチャン朝一確定か …。羨ましいことで」
その左隣の台は、それから数ゲーム目でアラジンモードに突入していった。そして、十ゲームでワンセットのアラジンチャンスが延々と、終わる素振りも見せずに繰り返されていく。
俺は横目でその台を気にしながらも、黙々と自分の座る台にコインを投入してはスタートレバーを叩き、ストップボタンを押し続けていく。
俺がひたすらレバーを叩いているこの台は、この島の一番右側にある角台で、俺は大抵席が空いている時はいつもこの台に座ることに決めていた。
そこは、『アラジン』が二十台近く設置されているパチスロコーナーだった。
「ハズレ目も来ないか。うーん、…。今日は、外したか ⁈ 」
左隣の台が好調にコインを吐き出しているのを横目で窺いながら、俺はスロットにコインを投入する。
レバーを叩き、ストップボタンに指を走らせ左のリールを止めると、左の窓枠の中に赤いチェリーが止まる。
「うん ⁈ …。単チェリー? やっと来たか」
俺は、リールの上で回り続ける赤いチェリーの残像目掛け、真中と右のストップボタンをゆっくりと順番に右手の人差し指で押していく。
「はいっ!、と。単チェリーの完成ね。後はラクダのご登場を待つだけねっ、と」
そう心の中で軽口を叩きながら、またコインの投入口に三枚づつコインを投入してはリールを押し止める作業を続けていく。
コインサンドに、朝からもう何枚目の千円札を呑み込ませたのだろうか?
隣の台を横目で窺うと、まだ順調にアラチャンを引き続けている。恐らくこのまま二千枚は放出し続けるだろう。今で、大体千枚オーバーといったところだろうか。
俺の打つ台も、右横の液晶を、ドットで形作られたラクダが何回か横切って行く。
「当たりか、外れか。どうだ ⁈」
その何ゲーム後かで、ドットの画面の中のラクダの上を月が横切って行った。そしてストップボタンを止めると、リールにはリプレイが揃う。
「はい、アラチャン確定!」
既にもう、コインサンドに千円札を二十枚は呑み込ませているだろうか。
「ここでロングを引いてくれなきゃ、目も当てられないぜッ!、と。」
俺はそう呟きながらコインのベットボタンを押すと、スタートレバーを思いきり叩く。
その瞬間、筐体の奏でるバックミュージックが軽快な音楽に切り替わり、アラジンチャンスの始まりを告げる。
「この台が高設定なら、ここでのアラチャンはロングのはずだが ⁈ …」
そう心で自問しながら、コインの投入とストップボタンの連打を繰り返し、黙々とゲームをこなしていく。
横の台は既に、アラジンチャンスが終わり低確率へと落ちてしまっている。液晶のドットも暗いまま、横切るものも何もいなかった。
「コインの出玉は、約千五百枚というところか?。思ったより、案外伸びなかったな …。設定変更が確実そうな挙動だったが、多分、低設定への設定打ち直しだったんだろうなぁ …」
横目で隣台の挙動を伺いつつ、そう心の中で呟く。
この四号機である『アラジンA』という機種は、設定変更時にリセットを掛けなければ、何分の一かの確率で朝一でのアラジンチャンスが確定するのだった。
アラジンチャンス(AC)とは子役の集中役で、毎ゲーム押順をナビしてくれるため取りこぼす事なく百㌫子役を取ることができる。
また、このアラジンチャンス中にハズレ目を引くと、極めて低確率ではあるがスーパーアラジンチャンス(SAC)に突入する。スーパーアラジンチャンスの最高ゲーム数は五千ゲームで、上乗せを入れると九千九百ゲーム以上の継続が確定する。だが、(SAC)五千ゲームを引き当てるのは交通事故に遭う確率くらいに低く、引き当てる事はまず無いと言った方がいいだろう。
しかも(SAC)千ゲームをこなすのに約二時間掛かることを考え合わせれば、スロ屋の営業時間内に終わらせるためには五千ゲームが限度だろう。もちろんそれは、(SAC)を引き当てる時間帯にもよるのだろうが。実際に噂に聞く、どこかのスロ屋等での最高獲得枚数もその殆んどが六万枚程度の出玉であることを考えると、(SAC)を取り切るには朝一からの五千ゲームが上限であるのは間違いない。
これは俺が実際に(SAC)千ゲームを引いた時の経験からも言えることだが、その時のゲームの消化時間が約二時間、コインの出玉が約一万八千枚(その当時はまだ等価交換になる前だったこともあり、約三十万円ほどの換金だったのだが。)であったことからも窺い知れる。
最も、(SAC)の何ゲームを引いたのかは、ゲームを消化し切って初めて分かるのであったのだが。まあ、俺が実際に引いたのも千ゲームが一回きりで、五百ゲームが数回、後は引いたとしても百や五十ばかりで、当然、投資に見合うだけの見返りはとても得られなかったのであるが。
今から見ればスロの四号機の時代は、射幸心を煽るだけの非常にギャンブル性の高い時代だったし、それはその後、『アラジンA』の検定が取り消され、ホールから撤収されたことからも容易に肯ける。
まあその頃、その台の挙動に一喜一憂しながら打っていた当事者の俺としては、常に万枚を追いかけ狙っては負け続けていた、本当に狂ったイカレタ時代だった。
俺の打つ角台は順調にアラチャンを引き続け、その間に理想的な間隔でビックボーナスを絡ませながら出玉の枚数を増やしていく。
たまにアラチャン中にハズレ目を引くのだが、その約半分の確率で当選するハズレには遭遇できずに、スーパーアラチャンは中々引くことができない。たまに引いても良くて五十ゲームが精々といったところである。
朝一でアラチャンを引き当てた隣の台は、アラチャンが終わってからコインを飲まれ続け、さっき出したドル箱一箱半分のコインも底を尽きかけている。
その台を打っている若い兄ちゃんは、横目で俺の打つ台を気にしながら、もう少しその台に突っ込むかどうか迷っている様子である。
俺は、スロの脇に置いた煙草の箱を引き寄せ一本引き抜くと、銀のジッポーを《カチッ》と鳴らし煙草に火を点けた。もちろん、煙草の煙を吸い込みながらも手を動かすことは止めない。
そしてアラチャンが一旦終わったところで手を止めると、煙を吐き出しながら周りの台の様子を窺う。
二十台程のアラジンの島の中で、三台が朝一からのモーニングアラチャンに入り、その中の二台が今もまだアラチャンの継続中だった。俺の左隣の台が設定の下げが確定で、もうアラチャンを終了してしまったことから見ても、それら二台は高設定への上げ台であるのが窺える。
朝一から高確率モードに入れば、初期投資が千円から多くても三千円までにはアラチャンモードに突入し、例えそれが二十セットで終ったとしてもコインを二千枚以上獲得することができる。
それだけで金額にして三万円以上が確定することに加え、もしそれが高設定への設定変更台であれば美味しい事この上ない。
俺は目だけで周囲の状況を窺い見ると、自分の打つ台に視線を戻し、ベットボタンを叩いてスタートレバーを押し下げる。するとドット画面の中にラクダが顔を出し、画面の中を悠然と横切っていく。
俺はそれを横目で見ながら、またリールのストップボタンを左から順番に、右手の人差し指の指先で探るように押していく。そして俺の打つ台は間もなく再びアラチャンモードに突入すると、軽快な音楽とともにコインが下皿に吐き出されていく。
俺は煙草を咥えたまま目を細め台だけを見詰めると、ホールを覆う周囲の雑踏の騒めきを気にすることもなく、ただ黙々とアラチャンをこなし筐体からメダルを吐き出させていく。
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