Episode 11
その日の朝、俺はホール通いをこれで最後にするつもりで、いつもの道を店に向かってサーフを走らせていた。
店に着くと、既にホールの前には常連客達が集まり、入場待ちの長い行列を作っていた。俺もいつもの通り順番待ちの列の後ろに付き、そこでオープンの時間を待った。
最近、『奴』はホールに顔を出してはいなかった。
入場の順番を待つ列の最後尾に並んでホールへの入場開始時間を待ちながら、俺は頭の中で、「今日会えなければ、奴とも、これで最後になるな」と、ぼんやりと考えていた。
やがて、ホールへの入場開始時間となった。
俺はいつもの様に、出る当てもない例の角台の下皿へ『セブンスター』を投げ込んだ。相変わらず、今日も出そうな台は全て、いつもの学生達に占領されてしまっている。
(結局俺は、最後の最後までこの台に拘っていた訳だ。我ながら自分の馬鹿さ加減には、いい加減可笑しくなるぜ)
そう心の中で苦笑しながら、俺は両替を済ませると遊技台に向き合って椅子に座った。そして、いつもの “ 静かな沈黙の瞬間 ” が訪れるのを待った。
煙草を右手の二本の指に挟み両目を閉じると、俺は煙草の煙を燻らせたまま、このホールであったこれまでの出来事への想いに、静かに沈み込んでいった。
休職した後、俺がこの店に通い始めたのは、一体いつ頃からのことだったのだろうか。
仕事を休み始めた頃、俺はうつによる人間不信と、他人の心への恐怖心から完全に家の中に籠り切りで、病院への受診以外は一歩も家の外へ出ることはなかったのだが。
果たしてこのホール通いが、いつ何の切っ掛けで始まったのかは、今はもう忘れてしまっている。まあ、うつという病に取り憑かれる前から俺が生粋のスロ好きであったことに加え、スロが、自己の世界に引き籠り現実逃避の世界でしか自己を生かすことしかできないうつ病患者に取って、社会生活の中でできる唯一無二の、究極の遊技だったこともあるのだろう。
何れにせよ、今日がこの店でスロを打つ俺の最後の日になる訳だし、そんなことはもうどうでもいいことだったのだが。
しかし、このホールには連日飽きもせず、よく通ったものだと思う。。
このホールに通い始めた最初の頃は、俺がその爆発力にハマり好んで打っているあの機種も、自分の思う通りに自由に選び確保することができていたから、俺は毎日、自分が思う通り自由気ままに打つことができた。
それが一変してしまったのは、この店に例のあの学生達が現れてからだった。いつからかあの学生達が現れ、狙い台が俺とし、しかも多勢に無勢だったこともあって、俺は、それまでの立ち回りの気楽さを奪われてしまっただけでなく、博打の勝負としての面白味も半減してしまっていた。まあ、ギャンブルもどきのスロではあるのだが、これも一種の勝負の世界の常だと、今は素直に認めることができる気がする。
改めて振り返ると、俺もこのホールではまあまあ出させてもらい、趣味としての範囲での、遊技としてのパチスロとしては十分に遊べた方だろう。覚えているだけでも万枚は十数回あったし、それに近い数の出玉も相当あった覚えがある。しかもその全ての記録が、俺が常に打ち込んでいた例のあの機種であった。
それに、俺がいつも負け続けても懲りもせずに打っていたあの角台も、その万枚記録の内の何回かをこの台で出した記憶がある。しかも、俺のこれまでのスロでの最高出玉枚数の一万九千枚の記録も、この角台で出したものであった。
あの時は、アラチャンとビックボーナスの連打が際限もなく続いたものだった。その時は、この台を打ち始めると直ぐに、この台の設定が最高設定の6だと分かった。だから俺も時間を気にして、営業時間内に回せるだけ回そうと、焦りながら打っていた記憶がある。そして俺の座る椅子の周りには、コインを木の葉積みにしたドル箱が、瞬く間に山となっていった。
だが、その時の俺には優越感というよりも、周囲に座る奴等が俺に向けて放つ嫉妬に溢れた視線が、何にも増して痛く、そして嫌だったことを鮮明に覚えている。
「また、こんなに出して。貴方、お店の人?」
そんな時はいつも、『奴』が俺の座る椅子の周りに積まれているドル箱に眼をやりながら、そう俺に皮肉交じりに言ってきた。
「お店の人⁉ 何、それ?」
俺は首を傾げると、奴に尋ねる。
「店のサクラか、ということ。だから “ お店の人 ” 。分かる?」
奴は俺と店の中を交互に指差しながら、さも俺を馬鹿にするように、そう言い捨てる。
「また、適当なことを …」
俺は煙草を咥えると、火を点ける。奴のことなど相手にしていない風で。
しかし、勝った時ばかりではなく、むしろ負けた回数の方が遥かに多いのは当然のことだった。
それは、この角台の様に特定の台だけに好んで座り、しかもそれが低設定で出ないことが分かり切っているのにも係らず、最後まで同じ台を追っかけてしまうという俺の性分がかなりの部分で災いしていた。商売である以上、胴元である店が勝つのは至極当然なことで、この不況の最中、いや不況だからこそ滅多に潰れるホールが無いこともそれを証明している。
それまでを振り返ると、連日のホール通いで大負けを喰らったことが、勝ち逃げができた日の記憶に比べれば遥かに多く、俺もトントンで遊べたなどと言うのは真っ赤なウソで、それなりの授業料を持ち出しで払って遊ばせて貰っていたというのが正直なところかもしれない。
まあ、それが俺の趣味だと、割り切ってしまうことさえできるのなら。当然、趣味を楽しむには、費用が掛かって当り前のことなのだから。
授業料と言えば、面白い話がある。攻略法という言葉を知っているだろうか。パチスロ雑誌の裏の方に、何社もが広告を出しているやつである。(だが最近は、全く目にすることが無いのだが …。)
【 … 機種攻略法。投資千円以内。手順たった三手順。ボーナス直撃…、…。】
の、あれである。
ある日俺は、ホール近くのコンビニの雑誌が並んでいる書籍コーナーで、パチスロ雑誌『パチスロ○○ガイド』を立ち読みしていた。幾つもの最新機種について書かれた解析情報をページを繰りながら読み飛ばしていると、その雑誌の後ろの方のページに、俺がホールでいつも打っている機種『アラジンA』の攻略法なるものの広告が出ているのに目が止まった。
【 手順は、たったの五手順のみ。アラジンチャンスゲーム直撃。スーパーアラジンチャンスゲームも思いのまま。価格は要ASK。】
そこには、この攻略法がいかに効果があるかを謳い煽る内容が、至極シンプルな文面で記載されている。
(アラチャン直撃か⁉ 『SAG』も思いのまま …)
俺は見ていたページを閉じると、その雑誌をレジに持って行き、レジに立つ若い茶髪の姉ちゃんにそれを手渡した。
「… ピッ。千三十円になります」
俺は店員に千円札と百円玉を一つ渡す。そしてお釣りとコンビニの白いビニール袋に入れられた雑誌を受け取り、店の自動ドアを出た。
気がつけば、俺はその攻略法の広告に釣られ、思わずその雑誌を衝動買いしていたのだった。
元々俺には、こういう手の物に興味をそそられるというか、弱いというのか、内容を知りたくてウズウズしてしまうという悪い癖があった。だからその雑誌を購入してからも、時々その攻略法が載ったページをまくり見たり、ホールで実機を打ちながら、その攻略法のことを思い出したりしていたのだった。
それである日、遂に我慢し切れなくなった俺は、思い立ってその広告に記載されていた電話番号に電話を掛けていた。
「… 有限会社○○商事さんですか?」
「はい。そうですが」
数コールの呼び出し音の後で、胡散臭そうな声の男が電話に出ると、そう答えた。
その男は心なし、こちらの話し出す話の内容を待ち構え、そして息を凝らし窺っているようにも感じられていた。
「雑誌に出ている、『アラジンA』の攻略法が欲しいんですが …」
「そうでしたか。これは …」
男は、俺のその問いかけの言葉を聞くと、声の調子を和らげ、話を続ける。
「それでは …、… こちらの、指定する次の口座に代金のお金を振り込んで下さい。振り込みが確認でき次第、至急攻略法を郵送しますから。口座は、△△銀行の普通預金。口座番号は …」
俺はそういう受け答えの後、指定された銀行口座にその攻略法とやらの代金を振り込んだ。
その時、その男が俺に告げた攻略法の代金は、十二万円だった。まあ、授業料としては少し高い金額ではあったのだが、それを実際にホールで試してみたいという衝動に、結局俺は勝つことができなかったのだ。
無論、俺にはその攻略法を使って、ホールで荒稼ぎをしようなどという気は毛頭なかった。まあ本心では全くなかったと言うと、それは嘘になるのだが。
そして数日の後、その攻略法が入った茶色い封筒が、自宅宛てに郵送されてきた。
早々、俺は封筒を開け、中身を確かめてみる。
B5版の紙に二枚、ビックボーナス直撃法と、アラチャン直撃法というやり方の説明が、それぞれ別々にコピーされた物が入っていた。
「ほー。これが攻略法ねェ」
それぞれのやり方について書かれた文面を読むと、五手順程で効果があるとの事が書かれている。
「なるほど、これではホールで実際に試してみても、余り周りの人目にも付かないだろうな」俺はそう、妙に納得してしまう。
やはり、こういう物を手に入れた時、直ぐに試してみたくなるのが人間である。俺も、その手順を頭の中にコピーすると、その足でホールに急いだ。
店に着くと、多少緊張しながら、空いていた台の前に座る。
周りの客達の目を窺いながら、俺は小さく深呼吸をする。
手順通りに一からやっていく。
「コインを二枚投入し、右側のストップボタンを押す。そして …」
「は?」
もう一度やってみる。
「ん?」
額の汗を左腕の袖で拭う。
焦りながら、また繰り返す。
「何だこりゃ …」
俺は両目を大きく開けると、強く瞬かさせる。その時間、正味三分弱。
もうお分かりであろう。効果があるどころの話ではなかった。指定された攻略法の手順そのものが、でき得なかった。
つまり、デタラメ。ただのガセ情報である。
「やっぱりなぁー …」
心の中で、覚めた顔をした自分がそう呟いている。
「十二万か …。高い授業料に付いたもんだ」
もう一人の自分がそう囁く。
まあ最初から、全てが胡散臭いなとは思ってはいたのだが、ただこうもあっさりと何の役にも立たない代物だと分かってしまうと、正直、言葉は何も出て来はしなかった。ただ首を振りながら、呆れるしか他に術はなかった。
「まあ、十二万円の授業料でいい勉強をさせてもらったと思うことだ。しかし、こういう詐欺商法が堂々とまかり通っているとは …。恐ろしい世の中だヮ」
「溺れる者、ワラをもつかむ …… か。俺みたいな馬鹿が他にも、世の中には多いってことか …」
俺はもう全てを諦めると、そう呟きながら小さな溜息を吐き煙草を咥えた。ジッポーを鳴らし火を点ける。
《 カチッ! 》
《 シュボッ 》 ( … ふうー… )
「 …、……。」
そしてそのまま椅子に座り、黙ったまま遊技台を見詰め煙草の煙を天井に向かって大きく吹き出す。
( ふうーっ …。 …… )
暫く遊技台に無言で向き合った後、俺は煙草を咥えたままホールを後にした。
その時俺は、その攻略法が書かれた二枚の紙を、わざと人目に付くように、歩きながらホールの床に落としておいた。
駐車場に停めたサーフのドアを開けながら、俺はホールの方を振り返り、小さく呟く。
「今頃、あの攻略法の紙を誰かが拾って、やってみているかもしれないな …」
そう考えると、可笑しさがへその辺りから湧き上がって、自然と顔が緩んでいた。
《 ザリッ … 》
俺は咥えていた煙草を足元に吹き落とすと、右足の踵で踏みつけながら揉み消した。そして車に乗り込むとセルを回し、エンジンを掛けた。
もう心の中にあった蟠りも、大分薄れかけていた。
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