18
「乗り物酔いがひどいんなら、先に薬でも飲んでろよ」
ソラは、可変戦闘車の整備工場の裏手でパンツ1枚だけを着て、冷たい水道水を浴びていた。会場から死角になっていて見えず都合がいい。しかし日陰でもあるので寒い。
ブルッと震えて、水道の蛇口を締めた。寒いと言うより吐瀉物の生暖かさを思い出したせいだ。あれはヒトの内臓と同じ温度。そしてあの虐殺事件のとき、頭から浴びた血の暖かさを思い出してしまい鳥肌が立った。
さっきのオーディションは途中で中止。ソラ機だけが整備区画へ先に戻ってきた。ヨシギは、アイドルの吐く姿なんてなかなか見られないと笑っていたが、しかし、会場全体にあの吐瀉物をぶちまける音が響いていたらしい。
可変戦闘車はすぐに黒服の兵士たちに囲まれ、カミュは看護師に付き添われてどこかへ行ってしまった。責任を問われるかと思ったが、黒服の兵士たちは汚れた服とジャガーは洗車場で洗ってくれた。体も洗おうか、と女性兵士が申し出てきたがさすがに断った。自分でできる。
気配──ニロとフェイフェイが建物の陰から顔を出してニタニタ笑っていた。
「言いたいことがあるなら、僕の前ではっきりと言ったらどう?」
パンツ1枚だけの姿でそちらの方を睨むと、かしまし娘たちはさっと身を引っ込めた。
「そういえばあの黒服たち。あの徽章は近衛兵団だったか」
昔々に習った新兵教育。その家系図のような軍の組織図を思い出した。すべての頂点が──あくまで建前上は──皇が最高指揮官に立っている。その皇の直轄が近衛兵という精鋭部隊で指揮を執るのは侍従長だった。まったく縁のない組織なので今の今まで忘れていた──
「近衛? どうして近衛のエリート兵士が僕のジャガーを洗ってくれているんだ」
見知らぬ陰謀の気配にぞっとする。このイベント自体が師団とオーランド政府との政治的な駆け引きの舞台だった。それだけでも十分にお腹いっぱいなのに。
「これ以上やっかいごとに首を突っ込んだらそのまま首を持っていかれそうだ」
ソラが着替えを取ろうと、ダッフルバックに手を伸ばしたときだった。
「ごきげんうるわしゅう」
「どわっ! いつの間に」
突如現れた甲高い子供の声に驚いて、大声を上げてしまった。さっきのあの、お団子頭の少女がすぐ背後に立っていた。
「君は、さっきの」
「ええ。挨拶がまだでしたね。妾のことはネネ、とお呼びください」
「わ、妾?」
慇懃な態度の子供。妙ちくりんな言葉遣いに眉をひそめた。
「君、ネネ……ちゃん? でいいのかな。カミュの妹か、親戚の妹?」
家族の話なので言葉を慎重に選んでみた。
「何というべきか。そうですわね。クフフ、先生と生徒、でしょうか」
ソラは不安げに一歩身を引いたが、ネネはその態度に満足げだった。
「ところで、カミュがあなたに一言謝りたいと。妾は──その裸体のままでも目の保養になるんですが、何かおべべを着てくださるかしら」
ソラが予備の操縦服とカーゴパンツを着終えると、ちょうどフーディーを着て全身にバスタオルを巻いたカミュが黒服の女性兵士に手を引かれてやってきた。まだくすんだ色の金髪がしっとりと濡れている。シャワーを浴びたせいで化粧も落ちて、年相応の幼さが現れている。
「やあ。カミュ。残念だったね。どう、気分は良くなった?」
極力笑顔を振りまく。しかしカミュはタオルの裾をギュッと掴んだままだった。
「しゃきっとせんかい! あんたぁが、自分で謝りたいゆぅたじゃろが!」
え?────ネネの剣幕に、ソラは身を捩った。連邦の共通語にない妙な発音だった。
カミュは、小さな悲鳴を上げたが、徐々にフードの端から顔を見せた。青い瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。
「あたくし、あたくし。うぅぅ。ソラさん。ごめんなさい」
なんというべきか。泣いている女の子にかけるべき言葉が見当たらない。
「カミュは、よく頑張ったと思うよ。ちょっと運が悪かっただけだよ。僕はぜんぜん、気にしてないから」
「本当?」
「今日は残念だったけどさ、でもカミュはアイドルになりたいんでしょ……そうだ、もっと小さいところから始めるのはどう? 町内会とか学校とか」
「学校?」
「そう。まだカミュは中学生くらいかな? 僕の高校はね、学園祭があるんだ。で、まあ僕の本望じゃなかったんだけど女装させられてさ。メイド服。ひどいよね。でも友達とかお客さんには好評でさ。先輩にも後輩にも名前を覚えてもらって。カミュ、こんな大ステージに立てたんだから、きっと学校でも大人気になれるよ!」
舌が空回りしながら、ソラは思いつくがままに喋った。その隣で、ネネは意味深に微笑んでいた。
「あたくし、人気に、ですか」
「うん、そうだよ」
「みんなに、好きになってもらえる?」
「もちろん。だから自信を持って」
「……失態を演じたあたくしが、それでも好きですか」
「うん好き……もちろん。いやえっと、ファンとしてだよもちろん」
「じゃ、じゃあ、あたくしのファン1号になってくださるんですね」
そんな潤んだ瞳で期待されたら断りきれない──しかし1号とは、まだファンがいなかったのか。
カミュは涙に目を赤く腫らしていたがひとりでにうなずくとくるりと回れ右をしててくてくと歩き去ってしまった。
「君たちは、いったい何者なんだ」
ソラは、残されたネネに訊いてみた。
「クフフ、知りたいですの? 若きブレーメン」
「自分の誕生日は知らないけど、でも君よりは歳上だよ」
違和感。ネネの瞳も若草色で、ヒトとは異なった独特の虹彩があった。
「君も、もしかして本当はブレーメン?」
「クフフ、どうでしょう」
去り際、ネネはソラの尻を撫でてそのまま黒服の兵士たちと去ってしまった。そして直感が降りてくる。
「関わらないほうがいいな、うん。長生きしたいし」
着替えと水浴びを終え、駐機場に戻るとソラの可変戦闘車も元通りだった。洗浄されほのかに芳香剤の匂いも漂っている。ブレーメンの嗅覚ではすこしキツすぎるフローラルな香り。
「災難だったねー」ニロが自機の花車のエンブレムの上に座っていた。
「でも案外、アイドルの嘔吐姿なんて見れるものじゃなくない?」額に冷却シートを貼ったフェイフェイが爆発反応装甲の上でウキウキステップを踏んでいた。
「やっと帰ってきたか。もう一仕事残っている。優勝トロフィーの授与だと。優勝はナンバー2の女の子。名前、何だったか? アイ? アイナとか。いや違うか。顔がどれも同じに見える」
ヨシギは甘いタバコの煙をすいーと空に向けて吐いた。年相応にアイドルに興味がなく、淡白な仕事の一環にとらえている。
ヨシギがパルを操作し、ソラへ式典の配置図が来た。なんてことない。ステージの横に駐機するだけ。ヨシギがやる気がないのもうなずける。
「僕はナンバー4のカミュを応援してます」
「へぇ、もの好きだな。ああいう田舎娘っぽいのが好きなのか」
「そうじゃありませんけど。でも頑張ってるじゃないですか。ファン1号に認定されましたから」
「ちょろいな―お前。お人好しも、度が過ぎると面倒事に巻き込まれちまうぜ」
ヨシギはぽんとソラの肩をたたいて笑った。
式典のため、連邦政府やプロダクションのお偉方が続々と集まる。しかし上空の天気は悪くなる一方だった。
「なんだか天気が悪いですね。もう雨季も終わりだってのに」
丸いハッチに切り取られた曇天を見上げた。
「あらあら、ソラくん、地学の授業をサボったのかな」
ニロが可変戦闘車から頭だけ出して地声で話す。すでに機体との視覚リンクを終え、メガネを取っている。
「サボってないけど、というか全教科満点だし。でも僕、何か間違えた?」
「ソリンドンブルグは年がら年中晴れか、あとは大雨が1ヶ月続くけど。でも大陸西部は季節が4つあるの。面倒よね。雪も降るんだって」
「じゃあ、今日の天気は雪?」
「んー天気予報では晴れだったんだけど妙ね」ニロは考えるように顎に指を当てて「私たちは車内にいるから大丈夫よ」
ニロはけらけらと笑いながらハッチを閉めた。
4台のジャガーは誘導員に従って、特設ステージの横へ駐機した。2本足で立てるヨシギ機とソラ機が真ん中側だった。機体の足元では、来賓、メディアの記者たちが並び、新アイドルへのティアラ授与式を今か今かと待っていた。選考に漏れたナンバー1とナンバー3も笑顔でメディアの対応をしている。
「やっぱりカミュはいない。アレだけのことがあったら、まあ、出れなくて当然か……ん、通信?」
小隊通信──ヨシギからだった。
『各機、機体操作システムを自閉モードに。妙だな。AIが言うには異常パルスを検出。ハッキングの類と判断してるが、AI自身も原因不明のエラーを吐いてる。自己診断プログラムは……おいおい循環思考? マニュアルどこにしまったか。嫌な予感がする』
音声はかなりノイズが混ざっている。
『こちらニロ。こちらにも同様にエラーが出ています。これで聞きやすくなりましたか? レーザー通信です。有視界内ならラグなしで会話できます』
「僕の方には、特に異常はないようです」
『お前はブレーメン専用機だからだ。AIの補助なしに機体を動かしてるだろが。ったくどこで故障したんだか。輸送中? メーカー送り直しでオーバーホールだったら。はあ、いくらかかるやら。財団に師団本部に大量の書類を送らなきゃならない』
ジャガーの戦闘訓練なら少年のようにはしゃぐくせに、ヨシギは書類仕事となったらいつもこうだ。
「別に隊長のポケットマネーで修理するわけじゃないでしょ」
『違うのよ、ソラくん。隊長は寿少佐に会うのが嫌なだけ。それに報告とか接待とかも』
『このっ、ニロ! お前、言うようになったなまったく。お前らだって昇進したら俺の気持ちが嫌というほどわかるんだからな』
ヨシギは年不相応に拗ねて通信を終えてしまった。
ニロとフェイフェイは、音声のクリアなレーザー通信で優勝したナンバー2と救世のノヴァのメンバーについてあーだこーだと卑猥な言葉で話している。7割方が、乳の長さに対する論議だった。
『おっ、いよいよ皇の……ってちがうちがう。みてみて皇女が出てきた』
フェイフェイが前のめりになる。機体の索敵カメラがぐるぐる動いていた。しかし皇女は出たというよりもともと横断幕の向こう側の椅子に座っていて幕が取り払われただけだ。
『30分遅れで登場とは。さすが超特権階級。顔は、流石に見れないか。ベールが掛かってる。AIのせいで赤外線分析できないし』
皇女は薄い青色のドレスを着ていた。まだ成熟していない身の丈だったが、大人っぽ胸元の開いたドレスだった。その胸元には赤く輝くブローチがあった。巨大な宝石で身を飾って身分を示している。
優勝トロフィーが侍従の兵士から手渡される。鳴り止まぬ拍手とカメラのフラッシュ。同時に曇天の空はゴロゴロと雷が鳴り、光り、そして虹が出ていた。気持ち悪い天気だ。
ちょうどその時、操縦席のメインスクリーンが切り替わった/緊急入電=コード1-11
『ニロ、発信元は!』
ヨシギが叫ぶ。基地を見渡すとにわかに兵士たちがざわつき始めている。
『このプロトコル・アドレス──発信元は第2師団 統合作戦本部、ううん、ちがう。中継地点ね。東部の基地各所から同時に緊急入電──』
ニロが話し終えるよりも前に、曇天の虹から雷鳴がとどろき、巨大な稲妻が基地の横のハイウェイに落ちた。あまりの爆音に空気が揺れ機体がガタガタと揺れた。ハイウェイの高架道路が崩れあちこちで車から火の手が上がっている。
同じ稲妻が市内の各所に落下している──煙を上げている爆心地から巨大なテウヘルのっそりと起き上がった。
『うそうそうそうそうそ! 何アレ! 今、観測データを共有します』
ニロから送られてくる画像──たしかにテウヘルだ。しかし体長は3倍にも大きかった。2本足で立っているかと思ったが、別の足がもう一本生え、他の足は肉塊のように膨らんだ体から突き出していた。腕は2本3本とどんどん増え、手にはねじれた棍棒や斧を持っている。そして、黒く淀んだ緑の肉塊は、模様に見えたそれはヒトの顔だった。それらの顔が同時にこちらを見た。
何が起きた?──理解不能。すべきこと──わかっている。基地のあちこちで緊急サイレンが鳴り響く。
『各機、防衛陣形を。会場の市民と皇を守る』
ヨシギ機から指令が飛ぶ。
「りょ、了解」
オーゼンゼ所属のジャガー操縦士も駐機場を全速力で走っているが、火薬スターターで緊急始動しても発進に5分はかかる。砲弾だって積んでいないはず。
『フェイ、先行して敵を牽制。基地に近づけるな』
『えへへ。がってん。こういうの待ってました!』
フェイフェイは地上オペレーターが群衆を押し留めて作った通路を驀進/向日葵のノーズアートが踊った。
『ニロは索敵情報の共有、それと第3師団本部との通信回復。寿を呼べ』
『了解。すでに始めています』
ニロ機はワイヤーを射出/ウィンチで管制塔の屋上へ登る。花車のノーズアートの横で狙撃銃/砲を巨大なテウヘルへ向けた。
『──現状、市内に複数のテウヘルが出現! 警察と消防の無線が、あぁ大変なことに。数えきれないくらい犠牲者が出ています』
「じゃ、じゃあ、助けに行かないと!」
『落ち着けおまえら。今は目の前の敵に集中して対処する。いくぞソラ』
「了解」
スケートのようにヨシギ機が地上を滑るように移動/ソラもそれに追いすがった。
フェイフェイはすでに戦闘を開始していた。テウヘルの巨体の後ろでは燃料が燃え黒い煙を上げている。車の残骸の周りでは燃料に焼かれ逃げる市民=巨大テウヘルはそれをまとめて踏み潰した。
先行するフェイ機が全力射撃。正面から侵入し機体を左へ傾けながらながら右方向へ平行移動する/敵に移動方向を錯覚させる操縦技術/5秒間の掃射で最初の弾倉が空に──空弾倉が空中へ跳ね上がる/次の弾倉を装填中。砲身が真っ赤に焼け水蒸気が立ち登る。
『ああ、ちくしょうめ。全然手応えがない!』
肉塊をずたずたに引き裂いたが、すぐに内側から再生してしまう。
頭上を超高速の狙撃/砲弾がまっすぐテウヘルの肉塊に包まれた顔のひとつに着弾/破裂。しかしその他の顔たちが不気味に叫ぶ/苦痛に顔がゆがむ。
『なにあれ、気持ち悪い。徹甲弾じゃ無意味ね。焼夷弾──もう、持ってきてない!第2師団さんは貸してくれるかしら』
「全員が集中して一箇所へ攻撃を集中させれば!」
『いい判断だ、ソラ』ヨシギが応えた『フェイ、足の肉を削げ。ニロ、足の骨を撃ち抜け。ソラ、倒れたところを榴弾で仕留めろ』
『うへぇ。全部の目があたしを見てる』『補助AIは役に立たない。勘で撃とうか』
「こちらソラ。了解」
巨大テウヘルが動き出した。複数あるうちの腕が柄付き戦斧をフェイフェイ機めがけて振り下ろす。ヨシギ機がテリチウム合金の棍棒でそれを受け止める/もうもうと舞い上がる砂埃。攻撃は弾いたがヨシギ機の姿勢が崩れる。
『チクショウ、なんて力だ』
違う腕が続けざまに槍を振り抜く/ソラが滑り混む=反重力機構の出力を最大/飛び上がる。
両腕の短刀を展開。自動的に5本指のマニュピレータが短刀の柄を握る/左の短刀でいなし腕の腱を切り裂く。槍はてんで的外れの軌道を描いて地面に突き刺さった。
『よくやったソラ。危ないところだった』
ほんの数秒の隙を突いてフェイフェイ機が飛び出した。連装機関砲×2の準備完了:車体の上半身を起こす/火器管制装置が標的の両膝を狙い砲身が有機的に動く。
にわかに閃光=肉塊の中から──腐った木の幹のような腕が機関砲を握っている。砲身が赤くただれるほどの苛烈な連射で腐肉が灼ける。それも構わず巨獣は巨大な銃弾で地面を耕した。
フェイフェイ機/しかしそれでも一直線。敵の砲弾が爆発反応装甲に当たり盛大に火花を散らすが邁進した。
『効かない効かない!』
射撃音&ノイズ混じりでフェイフェイの声が聞こえる。連装機関砲の苛烈な掃射/残像のように薬莢が舞う。
巨大テウヘルの両膝から腿にかけて肉片と緑色の鮮血がぶちまけられる/そこへ狙撃の到来。ほぼひと連なりで3発の射撃──
『効果あり! やったっ! 当たった。今の手動操作よ。ソラくん、見た? 見てくれた?』
ニロはかつて無いほど喜んでいた。
テウヘルの巨体が、驚くほどゆっくりと倒れる。地面に散らばっているゴミ/肉塊/死体そして巨大な空薬莢がまとめて吹き飛ばされる。
『ソラ、俺に続け。チャンスだ』
ヨシギ機が棍棒を振り上げる/振り抜く。肉がごっそりと削げ落ち、脈動する緑の肉塊があらわになる。
『ソラ、傷口だ。頭を撃ち抜け』
「頭って、これが頭なんですか」
『俺の勘だ!』
ソラ機の背負う重迫撃砲が射撃位置を修正/薄い白煙が機体を包み飛び出した榴弾が肉塊に突き刺さる。小爆発が体内で起きて肉塊が盛り上がる。すぐに装填/すぐに射撃。2発目の榴弾もぐずぐずに崩れた肉塊の奥深くに突き刺さり、爆発/肉塊が破裂。ヨシギが頭と呼んだ部分の大半が崩れ落ちた。
「ふぅよかった。ちゃんと信管が作動してくれた。というか実弾積んで出張させてくれたお偉いさんに感謝だ」
『寿にか?』ヨシギが聞いていた『やめとけやめとけ。“私は軍師よ”とかつけあがってまた俺たちに無理な任務を押し付けるだけだから』
「仲がいいなぁ。夫婦になってしまえばいいのに」
ボヤキ──マイクがミュートに切り替わってることを指差し確認してから言った。
市内の方では巨大テウヘルの巨影がちらついているが、ひとまず基地の危機が去った。オーディション会場は混乱していたが、基地が広いおかげか、市民は軍用車に分乗しテウヘルの進路と逆方向へ避難が完了している。オーゼンゼ基地のジャガーも、半ブレーメンのいない一般兵ばかりだが、隊列を組んで砲弾や機関砲弾をリレー方式で給弾している。
『隊長! 後ろです! まだ生きています!』
まさか──機体全部が大きな影に包まれる/のそりと起き上がるテウヘルの巨体=まだ残っている顔とテウヘルの顔がぎょろぎょろとジャガーを睥睨する。
『おいおい、やつは不死身なのか』
巨大テウヘルは複数の腕で戦斧と幅広の剣を振るう/ソラは短刀で受け止め、流し、迫撃砲で腕をまとめて吹き飛ばした。それでもまだ腕も足も生えている。弾が足りない。
『ソラは殿だ。一旦、基地の防衛線まで退く。気にするな、時間稼ぎはできた』
ヨシギの素早い指示。ソラは後退しながら振るわれる刃をブレーメンの視力と勘で捉えていなす。アラートを鳴らすばかりの戦闘補助AIはすでに手動で切ってある。
楽しい。楽しぃなあ。戦いはこうでなくちゃ。
次はどう来る? ただ巨大で力が強いだけ。戦略も剣術もない。こんなの敵じゃない。
『オーバーライド? 上位通信。これは……ソラくん、気をつけて』
ニロの声で頭に登った血がすぅっと下がる=何に気をつけるって?
にわかに眼前の巨大テウヘルが破裂した。骨、肉塊、崩れかかった瘤までまとめて破裂した。外部モニターは瞬時に鮮やかな緑の肉塊と鮮血に覆われて見えなくなった。
『まじかよ。風船みたいに吹き飛んだ!』ヨシギが珍しく興奮している。
『もう、警告が遅すぎ。急に回線を回せとか無理無理』イライラのニロが鼻を鳴らす。
『うへぇ。ソラ、また汚物にまみれてんの。あたしはさっさと退いてて正解だったな』フェイフェイはケラケラ笑っていた。
操縦席からは、外がどうなっているのか判別できず/ワイパーがカメラのレンズの汚物を拭き取る。
何が起きたんだ──ペリスコープから外の様子を眺めると、僅かな骨片を残してあたり一面に緑の鮮血が飛び散っている。ひときわ大きい肉塊は木をなぎ倒し基地のフェンスがひしゃげている。
『あ、そうそう。忘れるところだった』ニロのボヤキ『隊長、秘匿回線を中継します』
『ああ。なんだって近衛どもが……いやだが。だが……ソラの戦力は俺達のだ!』
ヨシギ機のマイクは部隊内レーザー通信に繋がったまま。そして届くニロとフェイフェイから届くメッセージ。
<ソラくん、もてもてだ>
<よっ、さすがブレーメン>
余計なお世話だ。
ややあってヨシギとの回線が繋がった。
『状況更新。ソラ、お前は皇女と近衛兵団の車両に随伴し、退避地点まで同行しろ、だと』
「どうして僕が」
『さあな。ブレーメンだし、背負ってる迫撃砲は致命弾にはならないが効果がある。市内は渋滞しているからぞろぞろと可変戦闘車を連れて走るわけにも行かないんだと』
「直掩ってことですよね。僕、まだしたこと無いですよ。訓練さえ」
『ブレーメンだからなんとかなる。ほら、さっさといけ。6番格納庫だ。俺達は第2師団の指揮下に入る。しばらくお別れだ』
ヨシギは、わざわざジャガーを格闘姿勢に変形させ、器用に機械手で手を振った。
ソラはジャガーの操縦桿をソケットに戻して走行姿勢に戻ると、基地を横切って言われた格納庫へ向かった。基地のあちこちでは、対テウヘル用の電磁ライフルを携えた兵士が小隊を作り、一般兵のジャガーの中隊も市内の巨大テウヘル討伐に向かった。
6番格納庫の入り口では対人用のライフルを携えた黒スーツの近衛兵たちが立っていて、ソラの機体を見るや格納庫のシャッターを開けてくれた。
「死骸がこびりついていて酷いありさまよなぁ」
ソラの機体を見たネネの、最初の言葉だった。
ソラはハッチから頭を出し、テウヘルの死骸が推進機の熱で焦げその悪臭に鼻が曲がり、場違いとも思えるネネの存在で眉間にもしわを寄せた。
「どうしてネネがここに」
「知りたくない、と申したのは小童であろうが」
「こわっ? 君に言われるほど僕は小さくない!」
しかしネネの左手に目が寄った。この前に会ったとき、黒革手袋をしていた手は、青い宝石のように輝く義手だった。しかも生身の体のように自在に動いている。
ぴしっと記憶の点と点が繋がった。侍従長はブレーメン──指を弾くだけで万のテウヘルの頭を弾け飛ばす──ネネに付きそう黒服達=精鋭中の精鋭。ぞっとした。そしてネネが叱咤した少女は、まさか。
「おいしそうな小童とおしゃべりも悪くないが」ネネは襟首のマイクに光る指を添え『以後、この回線を使うぞ』
頭に付けっぱなしだった投影バイザーの骨伝導スピーカーから幼女の声が大音量で響いた。
「いつの間に」
『うちには最高のエンジニアが付いている。ジャガーに“聞き耳”を付けるぐらいわけない。で、状況だが市内を突破し最短経路でチャットスリー通りの駐車場へ向かってもらう。古い学校の敷地にある。そこで皇女護送用の巡空艦と落ち合う』
「そんなわざわざ危険なことを。この基地の巡空艦を使えばいいじゃないか」
そう言って市内の方の空を見上げたが、同時に基地から飛び立った巡空艦が巨体テウヘルの機関砲掃射を受けて墜落、背の低い古いビルを丸々燃やした。
『どのみち撃ち落とされるぞ。市街地のど真ん中で反撃できない巡空艦なんぞ、射撃の的よ。いくらブレーメンとて小童の頭で考えつくことは、この妾がとっくに考えておるわ。黙ってついてこい』
ネネは、百戦錬磨の戦士のように落ち着いた物腰だった/しかしブレーメンの視力で、ネネの額に浮いた脂汗は見逃さなかった。
皇女を守る車列は、先頭にフルスモークガラスの黒いSUVが走り、2台目が第2師団の軽装甲戦闘車、3台目に皇女の乗る反重力駆動の浮遊セダンが続く。4台目のSUVの窓は空いたまま、対テウヘル用の電磁ライフルを構えた兵士が箱乗りしているのが見えている。ソラのジャガーは最後尾で推進機の熱で道路のアスファルトを溶かしながら進んだ。
市内はどこも混乱していた。道端に乗り捨てられた車が逆に渋滞を作り、軍の可変戦闘車が車をスクラップに変えながら道路脇の水路に蹴落としている。途中から市警のバイク部隊が先導をしてくれ、渋滞の中でも優先して通ることができた。
歩道は逃げ惑う市民で溢れかえっているが、あちこちで火の手が上がり、巨大テウヘルの不気味なうめき声も響き、どの方向へ逃げていいかわからず皆 混乱していた。強固そうなビルや地下鉄駅に逃げ込む市民たちがいたが、だいたいは満員で、その入口で押し問答している。
「いったいどうしてこんなことに」
もし巨大なテウヘルだけじゃなく、通常のテウヘル個体まで来ていたら逃げ隠れできない。ハウンドも来ていたら地下鉄駅まで逃げても追いかけられてしまう。というか内地の更に内側にどうやってテウヘルが現れたんだ。
『若いの、あれは転送装置じゃな』
「若いの、じゃなくて僕はソラだ。でも転送って?」
『あるところから遠いところへ、物体を瞬時に移動させることができる。量子のゆらぎを利用してな』
「そ、そう」
ネネの言葉は理解できなかった。
『どのみち旧獣人の遺産でも掘り起こしたんじゃろ。“連中”にはあのメス犬も組みしておるからな。ともあれ不完全でなにより。転送体が融合してしまって自我も残っておらんだろうに』
「そんな、他人事みたいに言うなよ。これがアーシャの言っていたテウヘルの本格侵攻だとしたら、他の都市もまずい」
ソリドンブルグの駐屯地には、アヤカもアーシャもいる。2人の状況を知りたいが、情報が降りてこない。パルも、通信アンテナが壊れたか回線が混雑しているせいか繋がらない。
『安心せい、若いの。転送なんてそう上手く行くもんじゃない。大気中に分子が散らばって意味喪失することもある──残り6ブロック』
ネネが飄々と言ってのける途中、真正面の交差点で小爆発が巻き起こった。右から左へ、バスやら自動車やらがおもちゃのように転がっていく。割れた窓から人が飛び出し、そして地面にぐしゃりと墜落した。交差点では4本腕のテウヘルが仁王立ちし、まだ中にヒトが残っている車を投げ飛ばしていた。
『テウヘルだ! 進路変更! 都市高速に向かえ』
通信機の向こう側で、ネネは部下に鋭い指示を出す。車列は封鎖されている都市高速のゲートを突き破る。最後尾のSUVが殿で残り、電磁ライフルで射撃を加えながらテウヘルの注意を引く。ソラは残る仲間と逃げる市民を目で追いかけながら、全速力で車列に追いすがった。
「狭い都市高速だと逃げ場がないだろう」
『逆に、射角が取りやすくなって戦いやすいだろう?』
それもそうだが。
「そういえば、最初の敵。破裂した、というか破裂させたのはネネなのか」
『あーらあら。ブレーメンのくせに鈍いですわね。とーぜんでしょうが』
「じゃ、他の敵も」
『生憎、そう何発も撃てるものではない。妾も、もう歳なのですわ』
ネネの言葉が足りずに理解がおよばない/しかし分かること──僕が戦わなければならない。
投影バイザーを付けた頭を左右に振る/索敵用のカメラも同時に左右を向く。
高架道路の両側からテウヘルが接近。右のほうがやや足が速い。
弾種変更=再装填に21秒。
ソラ機は反対車線に躍り出ると、足元の無人の車両を跳ね飛ばしながら邁進/逃げる市民たちを気遣い避けながら爆進。巨獣が振るう幅広の両刃刀の攻撃を短刀で受け流す/受け流す/受け流す=装填完了/弾種:散弾
ごく至近距離でテウヘルの膝から下を撃ち抜く/まるで蜂の巣のように肉塊がズタボロに/緑の鮮血が吹き出る。
新手のテウヘルが左から接近。可変戦闘車がまるで生身の戦士のように身をひねる/飛ぶ/機械足を開いて着地=真下には皇女とネネの乗る高級浮遊セダンが走る。
新手のテウヘルが棍棒を振るう/遅すぎる──しかし重すぎる一撃。それをソラが受け止めた。
沈み込む車体/反重力機構がアスファルトを削る。操縦席に踊る警告表示:重量過多。なんとか払い除けることができた。
「次は無いな」
装填完了/弾種:榴弾。重迫撃砲の射撃で砂埃が舞う。巨大なテウヘルの正中線を狙い1発。バランスが崩れた。さらに1発。肉塊から浮き出た顔という顔が潰れ、車列の速度に追いつかれなくなった。
「ふぅ、なんとかなった」
『よくやった若いの。さすがブレーメンと言ったところだ。一般兵100人を磨り潰す場面をたった1機でくぐり抜けるとは』
「笑って言うことじゃないと思うけど」
『かつてのブレーメンは千人隊長と呼ばれ戦力は1000人の一般兵に匹敵したが。まだ小童はそれには及ばぬ。精進することよ。ところで若いの。良い話と悪い話、どちらから聞きたい?』
「もったいぶるなよ。これは戦争だぞ」
『戦争、な。ククク。まあいい。いい話は目的地まで残り3ブロック。悪い話はこの先道が崩れている上にテウヘルの包囲が妾たちに迫っている。それはつまり市民たちには目もくれず、テウヘルが妾たちを狙っておるという意味でもあるが』
「じゃあ、どれもいい話だよね。僕はいい話だと思う。市民に被害がでなくなる」
『ほーん、そろいもそろってと同じこと言いおる』
「誰のこと?」
『次のランプで降りる。残り2ブロックだが、なんとか包囲から抜け出せねば』
1台減った車列は、都市高速から降りると、地下駐車場へ進んだ。ぞろぞろとライフルを構えた近衛兵士が車外で警戒している。最後にネネが車両から降りて喉のマイクに指を当てた。
『この先渋滞していて車両が通り抜けできない。そこで、2手に分かれる。若いの、皇女を連れてチャットスリー通りに向かえ。25番地だ。場所は……いまパルに送った。妾たちは徒歩で移動する。心配するな』
「えっ、いつの間に僕の番号を」
『背中におぶさっているとき』
あの時か。
「ということは、皇女は──カミュか」
ソラはハッチを開けて外へ出た。さっきよりも腐敗臭がきつくなっている。しとやかに、高級セダンから降りてくる皇女=カミュ。式典で見せたときと同じ、薄い青いドレスに、胸元には大きな赤い宝石が輝いている。泣き腫らしているせいか目が赤く充血して化粧も崩れている。
「さあ、カミュ。手を伸ばして。そこ、腐った肉片が付いてるから踏まないように」
「う、うん。ありがと」
ブレーメンの力でひょいと、カミュの体をジャガーの装甲板へ持ち上げてあげた。見て分かる。腐敗臭のせいで口で呼吸して、それでいてカミュはむせている。
「ごめんなさい。ブレーメンのあなたのほうが、その、臭いには敏感なのに」
「もう、慣れたよ。さ、中へ。早く移動しよう。そのダッフルバッグの上に座っていいから」
カミュは操縦席後ろの空間に膝を立てて座った。ソラも手際よくハッチを閉じ、定位置に座った。操縦用のグローブをはめ、投影バイザーを装着する。お客さんのために空調の温度をやや下げてあげた。
「さあ、行こう。もし戦闘になったら話しちゃいけないよ。舌を噛むかも知れないから。何か質問は?」
「あの、ひとつだけ。あたくし、ちゃんと酔い止め薬を飲んであります!」
「なんだ、そんなことか。僕はもう気にしてないよ。じゃあ、全力で機体を振り回すから」
投影バイザーを少し上げたら、後ろに座っているカミュと目が合った。カミュも緊張しながらニコリと笑ってくれた。
ソラのジャガーは、推進機の陽炎を残して発進した。後ろではネネたち近衛兵たちも手に銃を携え路地を進んだ。
どこも渋滞していている。ジャガーの反重力機構の出力を最大/推進機を下へ。渋滞している車という車すべてのガラスを割り、天井を凹ませて進む。
「なあ、カミュ。疑問なんだが」
「はい?」
「オーディションの時、貴賓席には皇女が確かにいた。でもカミュは僕の後ろで踊ってた。あれはいったい?」
「あたくしと背格好の似た従者です。やはりあの場に皇女がいなければならないと言われたので」
「あーなるほど。最後の最後まで、それだけが疑問だったんだ。どうして救世のノヴァのオーディションに?」
「あの、いえ、ただあたくしは」
「別に、話しにくいなら僕は聞かない。こういうのに慣れてる。軍隊って知りすぎないほうがいいこと、すごく多いから。政治とか戦争とか特に」
「戦争? いえ、そういうわけじゃないんですが。あたくしは瓦解しかけている連邦を、あたくしなりの力でひとつにまとめたかったからです。分離独立主義は500年前からずっと続いていたのですが、ここ50年は州によっては連邦法より財団や企業連合の意向が重視されてコントロールできなくなっています」
「あー結構 難しい話?」
「あら、聡明なブレーメンにとってはお茶の子さいさいでしょうに」
「政治に興味がないだけ」
「ふーん、そうですの。でもあたくしは将来、連邦を背負って立つ身ですから。あたくしなりに危惧していたのです。離れつつある人々の心をまとめたかったんです」
「それで、カミュの答えがアイドル?」
「だって、みんなアイドルが好きでしょ? “記憶”を通じて、歌や踊りは人々を魅了して信頼を得ることができる、と知りました。お母様は賛同してくれませんでしたし、ずっとネネに監視されながらでしたが」
「ネネが来たおかげで助かってる」
「まあ、そうですけど」
目的地に着いた。専用の回線で巡洋艦の到着がまだ知らされていない。都市部からは離れ、周囲は背の低い住宅と芝生ののどかな風景だった。窓ガラスのくすんだ古い学校のそばに空っぽの駐車場がある。
ずしん。地響きで周りの木々が揺れて未熟な木の実がばらばらと降る。
周囲でテウヘルに取り囲かこまれていた。最初に遭遇した見上げるほど大きいテウヘルほどではないにしても、蹴飛ばされたスクールバスがごろごろと転がる。3本の武器を握った3本腕のテウヘルが4体、四方から迫る。背丈は可変戦闘車と同じぐらいだが動きが俊敏だった。
「なんとまあグロテスクな」ソラは操縦桿をギュッと握ると、「じゃ、敵を突破するね、カミュ。しっかり捕まってて」
弱々しい腕が背中から回される。ヒトって弱い存在だったんだな。同僚たちはどれもこれも態度も力もデカいせいで忘れていた。カミュの小さい手は汗ばみそして小刻みに震えていた。
「大丈夫。落ち着いて。ゆっくり呼吸するんだ。少しガタガタ動くし、大きい音も超えるけど大丈夫。それに、なんだって僕はブレーメンだ。任せてよ」
ぎゅっと握る手は固いままだったが、震えは収まっていた。
「行くよ!」
ソラは全速力で飛び出した。そして笑っていた。楽しいなぁ。楽しい。戦いだ。
この状況──囲まれたらダメだ。小隊内の模擬戦闘と同じ。相手の間合いに入らず、こちらの間合いに誘い込む、そして各個撃破。
最初の1匹/3本腕に槍を3本。頭の両側に顔が2つ。正面から迫る。
右から更に1匹。3本腕に鎖付き鉄球が3本。重そうな音でブンブン振り回している。
残り2匹は待機中?──否。
殺気を感じて格闘姿勢から走行モードへ変形。装甲をかすめるように、機関砲の掃射が到来/一時停止の標識がちり紙のように舞う。
射手も紛れていた──3匹目。古い学校の煙突の陰に隠れている。腰だめに両手で機関砲を備え、残る1本の腕で郵便ポストみたいな大きさの梱包爆弾を持っている。
粉煙の中から4匹め。武器は──なし。3本腕で掴みかかってくる/体術か。
戦場の流れが変わる/不利に傾く。
一歩下がり格闘姿勢へ。体術のテウヘルと対峙/短刀を構え光らせる=ブラフ。背中の重迫撃砲が真正面を向き散弾を放つ/避けられた。
問題ない。背後の2匹は牽制できた。射手は粉塵で狙いがそれる。
体術のテウヘルの構え/ブレーメンらしい視力と勘と胆力で見切る。1発目を受け止める/重い。生身とは思えない。車体全体がぶるぶると震えた。
2発目の殴り/見きった=マニュピレーターを手動操作し右機械手で短刀を逆手に持つ。浅く切りつけながら1発目の腕を切り落とすが3本目の腕に掴みかかられる/しかしニケも掴みかかった。ぐいと引き付け射撃/散弾がテウヘルの上半身を吹き飛ばす。
残り3。甘い。変身したアーシャの体術に比べれば格下。
すでに散弾が無くなった。機銃掃射を避ける/何発か食らって装甲に穴が開く。戦闘支援AIから警告=“回避しないと死ぬぞ” つまり徹甲弾か。操縦席殻、電装と推進機は問題なし。燃料も漏れていない。
榴弾装填完了=同時に発射。障害物の古い学校が崩れた。
ソラは操舵ペダルを互い違いに踏み変えて機体がダンスするように踊り、前進と見せかけて後進。ちょうどその幻影に槍が突き刺さる。ヨシギをも騙した小技。こいつらにも有効だ。
槍のテウヘルの背後に周り、しかし目指すは鎖付き鉄球のテウヘルだった。側面から急加速/急接近。榴弾の最後の1発で腕2本をまとめて吹き飛ばす。しかし残った1本の腕の鎖付き鉄球が右機械手に絡みつく。
ブレーメン専用機の本領発揮。表面の装甲はグシャグシャにひしゃげたが特注のシャーシはびくともしない/出力反転=同時に空になった重迫撃砲を切り離す/接続エラー=爆破ボルトを点火して装備を吹き飛ばす。
軽くなった反動を利用して敵に急接近。左機械手を伸ばして深々と、顎から脳天へ短刀を突き刺す。
残り2。
槍のテウヘルに狙いをつけられる=戦況が不利に傾くのを感じ反転/死体を放り投げて間合いを取る。
ぐるりと1ブロック分を周回/ヒトの操るジャガーではあり得ない有機的機動。
見えた。射手のテウヘル。こちらを牽制しようと梱包爆薬を投げる。
ソラは操縦桿をソケットに戻して走行形態に移行/にわかに空中で爆発が起きた。地面がめくれ上がって爆風が木々や家屋をなぎ倒す。
車内──複数の警告表示/複数の電子的エラー/複数の損傷=外部カメラがオフライン。
おもしろい。戦いはこうでなくちゃ。
ソラは投影バイザーを脱ぎ捨てると、古典的なペリスコープで外を確認した。射手のテウヘルはすぐ目前。左の機械手で機関銃を掴んだ。機体の人工筋肉がぎしぎしと唸る。空いた右の機械手で射手のテウヘルの頭を殴りつけるとそのまま動かなくなった。
残り1。
機械手の設計思想──敵の武器を拾ってでも戦える。テウヘルの機関砲を腰だめで構える/ペリスコープで覗くと真正面に槍を振りかざすテウヘル。彼我の距離はほとんどどない。
「僕の勝ちだ」
グローブでマニュピレーターを操作/機械手が機関砲の引き金を握り、槍のテウヘルをずたずたに引き裂く。足元にバラバラと巨大な薬莢が転がり、ベルトで繋がった弾丸の帯がじゃらじゃらと揺れる。
残り=0。
全弾を撃ち尽くす/片付いた。恍惚=わくわくとどきどき。戦いの楽しさを味わった。こんな高揚感、いつぶりだろうか。
『もしもし。聞こえるかの?』ネネだった『カミュは無事かしら?』
戦いに夢中で忘れていた。すぐ後ろでカミュは青い顔で震えていた。それでも怪我は無いようだった。
「ああ、大丈夫みたいだ。今車内のスピーカーとマイクに切り替える」
ぱちん。古典的なスイッチで切り替えると、やや雑音が続いたあとでネネの声が聞こえた。
『カミュ、無事ですか?』
「え、ええ無事です。ブレーメンのソラさんがあたくしを守ってくれました」
カミュはまだ細い腕でぎゅうぎゅうと締め付ける。
『そのようですわね。敵を回避すると思ったらよもや戦って、よもや完全勝利するとは。いやはや。さすがホノカが直接設計したブレーメン専用外骨格義肢。伊達ではありませんでしたか』
ネネの溜息は老婆のようだった。
『巡空艦から連絡がありました。もうすぐ到着します。市内のテウヘルもほぼ鎮圧できたと。もう出てきても大丈夫ですわ』
周囲の建物は流れ弾のせいであちこち倒壊していた。その瓦礫の間からネネと黒服の近衛兵がわらわら走ってくる。
ハッチを開けると、テウヘルの緑の血の臭いと、そして車体に染み付いた腐敗臭が鼻を突いた。まるで腐った海魚の臭いだった。
ソラはカミュを抱きかかえると、ブレーメンの力で装甲板から地上へすとんと飛び降りた。周囲で黒服たちは紫の発煙筒を炊き、ゆっくりと降下してくる小型の巡空艦を誘導していた。
「あの、ネネさん?」
「なんじゃ、若いの」
「カミュはそっちに着いていた方が安全だったんじゃないのか?」
「それは結果論だ、若いの」
しかし──と、ソラは自分の機体を振り返った。あちこち装甲板が外れてテリチウム合金で補強されたシャーシが見えている。弾痕も、あと少しズレていたら操縦席が危うかったのが見て取れた。だがそれ以上に、強烈なテウヘルの臓物の腐敗臭が鼻についた。
「ネネが吹き飛ばした、あのテウヘル。あれの臭いが着いたままだったから、僕の機体ばかりが狙われたんじゃないの?」
「あう、それは。そうですね」ネネは小さな顎に手を当てて考え込んだ「結果論ですわね」
「子供っぽい笑顔でごまかすなよ。カミュがひどい目に遭ったんだ」
「カミュカミュカミュ。そんなにこの子が大切なんですね」
「当たり前だろう」
「ヒトなのに? ブレーメンだからヒトを守る、という意味で?」
「当たり前、だよね? というか種族とかなんとか、関係ない。危険な目に遭っているなら助ける。それが当然だ」
ネネの、奥歯にものが挟まったような物言いは、もう少し追求したかったが目の前にいるのが軍の最高司令官──の娘とその腹心とあっては言葉を強くできない。駐車場では轟轟と巡空艦のエンジンがうなり、中から重装備の兵士がぞろぞろと出てくるとカミュを真っ先に取り囲んで収容してしまう。カミュとは一瞬だけ目が合い、その唇の動きは『ありがとう』だった。
僅かな重み/ネネがソラの背中に飛び乗った。
「あイタっ!」首筋を抑える「なぜ噛むんだ!」
指先には血が着いていた。
「妾は力をだいぶ消費したゆえ。ブレーメンの若い血がよく効くのですよ」
「だったら、一言 言えばいいだろ。いきなり噛むなんてひどいよ」
「言えば? そう、“あやつ”とはだいぶ違うのだな。優しいな、ソラ」
ネネも、黒服の近衛兵に連れられて巡空艦へ戻った。ソラは地上に1人残され、巡空艦が雲に隠れて見えなくなるまで見送っていた。
†
ガラガラとエンジンのうるさい巡空艦でも、皇やその家族を輸送するとあっては最高品質の防音素材と防弾装置で覆われ高級ホテルのスイートルームのような居心地の良さだった。
ネネは深々と革張りのソファに腰掛け、代わる代わるやってくる部下たちの報告にうんうんと頷き、一方で視線は膝を合わせて座っているカミュに向けられていた。
どこかうっとりとした少女は、ネネ以外の人物が部屋からいなくなると、
「これは、きっと恋ですわ」
「まだ毛も生えてない子供が何を言うかと思ったら」
「は、生えてますから!」
「ほーん」
ネネにとってみれば、同じ顔の少女と話をするのは100人を超えていた。皇たちは無性生殖で増えていくといっても育つ過程で若干の個性が生まれる。それでも100人を超えている今、この少女も1/100の皇女だ。
もっとも皇たちの言う“人類”という枠で考えれば、数億年に至る歴史の中の、ほんのきらめきのような時間に過ぎない。
「もう、ネネったら。聞いていますの?」
「婆婆は眠いのじゃが」
ネネは重いまぶたをこじ開けてまだまだ子供の皇女の相手をしてやる。
「ソラのことよ。あのブレーメンのパイロット。一見すると頼りないのですが、いざ戦いに身を置くと、こう、なんというか変わるんです、わかりますかネネ!」
ネネは興奮気味のカミュをなだめる。
「それが、ブレーメンの気質というものです。戦いの中に生き様を見出す」
「あたくしのため、身を挺して守ってくれるなんて。これはきっと恋に違いありませんわ」
こほん。ネネは眠気を押して教師モードに切り替えた。
「いいですか、カミュ。まずブレーメンというものは本能的に戦いに興を覚える生き物です。きっと戦いのさなかにカミュのことはこれっぽっちも考えていなかったはず。第二に、ブレーメンは強くあるべきという矜持とともに弱きものを守るべきという義務も背負っています。第三に、彼は軍属の操縦士。カミュを守ろうと思うのは当然でしょう」
大人げない論破。1000年も生きていれば14歳そこそこの少女の言なんて他愛無い。
「もぅ。でも、ソラはあたくしのファン第1号なのですよ」
「まだそんなことを。あなたは連邦の皇になる。アイドルなんてできるわけ無いでしょう」
しかし、カミュは涙目になってしまう。こんな顔も100人と見てきた。然るべき対処もわかっている。
よっこらしょ──ネネは立ち上がるとミニバーからソーダの瓶を取り出し、グラスに注いでやる。高級酒も並んでいるがこの子にはまだ早い。
「カミュ、キエ陛下の話は?」
「もちろんよ! 伝記は10回も読んだし映画はどれも見たもの。ブレーメンの英雄との友情物語。でも古いのが一番ね。最新作のは反・反亜人主義? の終わった後に作られたせいか美化しすぎよ」
「ともかく。どれも友情モノでしょう? ブレーメンはヒトとは違う生き物。ブレーメンはヒトを守ることはしても恋心は懐きません。あのキエですら何度もデートを重ね暗に思いを伝えているのに、あぁ、あの朴念仁は気づきもしなかった」
懐かしい──100人を超える同じ顔を見続けてきたけれど、キエとあの男は特別だ。あの男が恋をしたのはキエと瓜二つの小さな兵士。そして結ばれたのは──名前は何だったか。乳がやたら長いのは覚えている。晴式剣術のあやつ。
「ともかく、お母様に言います。ソラを、たとえば近衛兵に迎え入れるとか」
「ブレーメンを奪えば、また第3師団との軋轢が深くなるでしょうね」
「アツレ……?」
「不仲という意味です。第3師団というより財団の方でしょうかね。ブレーメンを後生大事にしておる」
「変なネネ。ブレーメンなのだから、当然でしょう?」
しかし、ネネはぺろりと舌を舐めて、
「あの味。ブレーメンではありませんでした。はぁ、まったく。財団は何を考えているのやら」
物語tips:ネネ
ブレーメンの侍従長。オーランド政府で皇の護衛と教育係を務める。幼女の見た目とは裏腹にフリルをあしらったスーツを身にまとう。共通語を話すが言葉が古臭く、ときにブレーメンの古語でまくしたてる。
約1000年前 獣人とブレーメンの戦乱の中、重傷を負い瀕死のところを神と契約し命を永らえた。そのとき失った左手はオリハルコン製の義手が生え、萬像と呼ばれる超自然的な能力を得た。
ネネが指を弾くだけで数万のテウヘルの首が弾け飛び、敵はことごとくすり潰された。大陸の反対側の戦地へも瞬時に移動ができた。それは伝説にも残る活躍だったがあることがきっかけで、敵であるはずのヒトの皇に仕えることになる。
神との契約の代償で不老の身になる。契約した時の幼女の姿のまま、しかし精神年齢は加齢するため若い男が好き。特にブレーメンの血を飲めばその体力が回復する。歴代の皇は記憶を保存し自由にアクセスできる。”ショタコンロリババア”とは、かつての皇ロン・スーによる造語。




