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物語tips:救国のノヴァ
一斉を風靡する女性アイドルグループ。
軍の広報という建前だが実際に人気なアイドル。いまやその収入は軍予算の屋台骨でもある。今のメンバーは第6世代で、メンバーの卒業を機に新人1名のオーディションをしている。
フェイフェイに言わせれば「軍の良いところだけを宣伝するいけ好かないやつ」「乳がでかいだけで偉そうな顔して男を釣るクソ■■■」などと言わしめる。
メンバーのうち1人は男。
軍の基地というのは寂れていて静かで、時折 血の気の濃いマッチョたちが走っている。そういうものだと思っていた。
ここ第2師団管轄のオーゼンゼ基地は、とにかく巨大だった。正門から入って敷地の反対側のフェンスが見えないくらい、だだっ広い平野に建てられていた。
基地の半分は巡空艦の駐機場になっていて、5隻が駐機している。鉄道の引込線は駐機場と第2師団が直轄する工廠と繋がっている。貨物輸送のために合理化された基地。それぞれの区画は高い堤で区切られていて万が一の敵襲にも耐えうる要塞にも変化可能だった。
ソリドンブルグ駐屯地ではせいぜい小型の高速輸送艦が1隻程度だ。あとは中隊規模の対テウヘル戦闘をこなす歩兵隊、レンジャー、可変戦闘車が3小隊のみ。ヨシギが駐屯地に転属になってうだつがあがらなかった、と言っていたが、この差を見せつけられたらその理由もなんとなくわかった。
ここにいる軍人たちは、第3師団と同じ軍人たちだが微妙に異なる徽章が肩で光っている。その度にソラはよそ者への疎外感を感じて萎縮してしまう。
そして広い広い基地を埋め尽くしているのは見渡す限りのヒト、ヒト、ヒトの群れだった。
オーディションとその広報のためと聞いて来てみたら、この日は基地の一般開放日で観光客が街中から押し寄せてきていた。催し物も様々で、炊事班が腕を振るう屋台、戦闘糧食試食会、マッチョな兵士たちのボディビル大会は炎天下の中開催されている。家族連れとは対象的に、軍事マニアたちは巡空艦に乗り込んではしゃいだり、可変戦闘車のシュミレーター体験とそのスコアに喜んでいた。人波の間を歩いているのは軍の採用広報官たちで、めぼしい若者を見つけては採用案内のパンフレットを手渡している。
「俺達のところじゃ、こうは行かないな」
ヨシギがタバコ休憩に行くときにぼやいていた。ソリドンブルグはテウヘル出現地域に近く、いつ緊急発進がかかるかわからない。基地も広くなく広報係も会計士が兼任しているせいで一般開放できる人手がない。
事前説明では、針部隊は4機の可変戦闘車にオーディションの最終候補4人がそれぞれ分乗しジャガーに乗ってパフォーマンスをするんだとか。それぐらいならまだ良かったが、朝イチに第2師団の広報官から、午前中はジャガーの展示のため機体のそばで立っていてくれと命令が来た。
「立っているだけなら。何もする必要ないんだろう?」
ソラは機体のそばで言われたとおりに立っていた。集まってくるのは主に軍事マニアたちで、パルの映像記録ではなく、古風なデジタルカメラを構えている。しかし被写体として人気なのは、例えば軍人らしい風ぼうのヨシギだったり、あざとくポーズを取るニロだった。操縦士用のスーツは体のラインが浮き出るので、マッチョと乳は人気があった。フェイフェイは、その両方が無かったが、無骨&反抗的精神が逆に気に入られていた。そして3人の機体は第3師団と財団の技術者が独自に改造した特別仕様で、外見上でも第2師団のジャガーと異なっていた。
一方で、言われた通り立っているだけのソラにはカメラが集まらない。ソラはカメラを背負ったオタクたちを目で追ってみたがわざとらしく視線を逸らされる。
「僕の専用機は、ブレーメンの急な戦闘機動に耐えれるようシャーシに特殊金属が組み込まれてる。旧居住塔から発掘されたテリチウム合金製。旧居住塔もナントカ合金もよくわからないけど、とにかくすごい。半可塑性炯素の人工筋肉の閾値を理論上のぎりぎりまで上げているピーキーな仕様。外装は流体を挟んだアルミニウムウェハース構造。軽くて防弾防刃のどちらもこなせる。4機のなかで一番金がかかっているのに」
ぼやぼやと、小声で恨み節に似た呪詛を吐いた。整備のたびにルナが嬉々と語ってくれるのでそらで言える。しかし外見が重迫撃砲装備の通常機体というだけあってオタクたちも興味を示さなかった。
そんなファンたちも、昼から始まった救世のノヴァのオーディションライブに行ってしまい人もまばらに。
「立っているって、言われたのに」
ソラは恨み節を、誰もいないからこそ、言えた。ヨシギは長い長いタバコ休憩に。ニロとフェイフェイは長い長いトイレにでかけたまま帰ってこない。
学園祭ではさんざん写真を取られたのに、本職の今、写真を誰にも撮ってもらえないのは悲しかった。ブレーメンの操縦士がいる、そういう噂が広まればきっと、隠れ住むブレーメンにどこかで出会えるはずだと、勝手に期待してしまっていた。
中央広場の特設ステージでは巨大なスピーカーが大音量を鳴らしていた。ネットやテレビあちこちで聞いたことのある歌だ。子供でも口ずさんでいる。
妄想──もし自分が女装してあの場で歌えば、ブレーメンの存在を喧伝できるのか。メンバーのうち1人は男だってニロが言ってたな。
いや、いや、ダメだ。そんな恥ずかしいことできない。
「なにしてんの?」
ソラがぶんぶんと首を振っていると、小さな女の子が声をかけてきた。黒髪にお団子×2ヘアで、歳は10歳か12歳くらい。しかし大人びた黒いスーツは袖口に白いフリルがあしらわれ可愛さを付け足していた。左手だけ黒い革手袋をしているアンシンメトリー志向。
ソラは女の子と同じ視線になるようにしゃがむと、
「ええと、あの。いらっしゃいませ」
だめだ──失敗した。とっさに出てきた言葉があの学園祭で染み付いてしまった言葉だなんて。眼の前の少女はクリクリとした瞳でまっすぐ見つめ返してくる。その瞳は、若草色で独特の虹彩模様があった。
「あんた、変なの」
「こらこら、そんな言葉遣いしちゃいけないんだよ。君、迷子?」
妙な色彩の瞳はカラーコンタクトか、もしくはニロみたいに義眼という可能性もある。あまり突っ込んで聞けない。相手も子供なんだし。
「迷子じゃない。でも疲れたから抱っこして」
まぁ、子供は迷子でもそう言うよな。ソラが背中を向けたが少女はぐいぐいとソラの後ろ髪を引っ張った。
「いててっ。何するんだ」
「抱っこして。おんぶじゃない」
生意気なガキだなぁ。ヨシギがニロたちを面倒くさがる気持ちが少しわかった。
しかし、迷子の処理は初めての体験だ。座学でも迷子の対処は聞いていない。こういう場合は、担当の広報官に尋ねるか。どこにいるか見当もつかない。
ソラは2度振り返ってジャガーのハッチを閉めてあることを確認して、少女を抱きかかえたがさほど重さを感じない小さい体だった。イベント本部なら迷子の案内係もいるはず。
「君、今日は誰と来たの? お父さんとかお母さんとか?」
「いない。もう死んだ」
しまった。いきなりの墓穴。自分も両親は多分死んでいるが、記憶に無いせいで気にしたことがなかった。
「そう気に病むことはない」
少女のいらえは大人びていた。少女はソラの首に腕をまわし──そのまま寝息を立て始めた。高い体温が伝わってくる。
「まいったまいった。こんなことになるなんて」
本部事務所に着いたが、迷子は救護所に連れていけと言われ、基地の医療棟に着いたらここじゃない、とたらい回された。それぞれの係官が指差す方に歩いたつもりだったが、音楽が鳴り響くステージ裏近くまで来た。やたら警備の兵士が多く止められるかとも思ったが、彼らはソラと少女を一瞥すると特段 関わろうともしなかった。彼らの徽章は見たことのないデザインだった。
見覚えのある背広姿──第2師団の広報官をやっと見つけた。駅まで車で迎えに来た士官だ。
「あの、すみません、広報官さん」
名前はなんだったか。騒音の中で思い出しているとき、
「あぁぁぁぁぁぁ、やっと見つけた! 何してんのよショタコンロリババァ!」
甲高い声の恐ろしい剣幕──薄青色のドレス姿で④の番号札が腰についている。凝ったデザインで、フリル、リボン、ブローチそれに騎手用の白革手袋などこの世の可愛いと言われる部品をぎちぎちに詰め込んである。胸元は隠しているが背中は大胆に開いている。彼女の言葉は雑だが金持ちそうな品格があって、くすんだ色の金髪は緩やかにカーブしたセミロングで、プロの手で丁寧になでつけてあった。
腕の中の少女はムクリと起きて場違いなほどゆっくりとあくびをした。この子よりドレスの子は年上に見える。13か15歳くらい。姉妹とも思ったが似ていない。髪の色からして違う。
年下の方の少女を地面に下ろしてやると、金髪の少女の剣幕に動ずることなくニコニコしていた。
「あの、何か迷惑をかけましたか。軍人さん」
金髪のほうが丁寧に挨拶した。さっきの甲高い怒号とは違う、上品さを内包した声音だった。
「いえいえ。僕は迷子を届けに来ただけです」
「あっ。あっ、もしかしてブレーメンの?」
少女がソラの瞳を覗き込んだ。
「え、ああ。まあ。一応」こういうとき、何というんだったか。練習した言葉をそのまま思い出して、「第3師団 第67可変戦闘車連隊 “針”部隊のソラです。よろしく」
びしっと本職っぽい敬礼をしてみせる。誰にも写真を求められなかったので本日初めての敬礼。
「わっ! わっどうしましょ。本当にブレーメンだわ」
少女は口に手を抑えて、なにか珍しい動物でも見たかのように視線が揺れた。
「そんなに、珍しいかな。ああ、いや珍しいか。僕も自分以外にブレーメンに会ってないし」
「うん、そうじゃなくて。うん、大丈夫。記憶のせいでちょっと心が揺れただけだから」
少女はぐっと息を呑んでほんの1秒だけ目を閉じて気持ちをリセット/途端に現れるアイドルっぽい決めポーズ。
「あたくし、カミュ。よろしく。エントリーナンバー4。未来のアイドルよ」
金髪の少女──カミュと握手するために手を伸ばした/同時にパルに着信:「もうすぐオーディションの展示走行がはじまる。とっととしょんべん済ませろ」ヨシギからだった。カミュもその下品極まりないメッセージを見て苦笑いした。
「じゃ、僕、もう行かなきゃ。オーディションがんばってね」
「あ、ちょっとまってくださいまし。あたくしに投票もよろしく。というか、してね! 絶対に」
ソラはオーディション会場をまっすぐ横切って可変戦闘車の駐機スペースへ向かった。観客の動きは、前座のコンサートが終わりぞろぞろと動き始め、基地警備員に誘導されながら観客席に集まり始めた。
「おせーぞ、ソラ!」
蝶花のノーズアートの上で、ヨシギが怒号を飛ばす。
「す、すみません」
「お前がこっそりアイドルに会いに行ってるのはわかってんだぞ」
なぜバレた、と頭を振るとニロがジャガーのハッチから頭を出してニヨニヨしている。機体はすでに起動し、索敵モジュールカメラがニロの頭の動きに合わせて上下していた。あのカメラの撮像素子なら、確かに会場の反対側からでも顔の認識ができる。
ソラは操縦席に滑り込むと始動用スイッチを長押しし、機体のOSがソラの生体情報を読み込む/起動。すべてのスクリーンに『OS義式』の格式張ったフォントが浮かび上がる。
『よし、全員に通達。今日は戦闘でも訓練でもない、式典用の展示走行だ。お上品に頼むぜ』
隊長機から各機へ上位権限/搭載されている兵器類に電子的な安全装置が掛かる+物理的にトリガーも固定された。明後日の訓練のため搭載されている実弾は、万が一でも観客席に発射されることはない。
『はいはい、こちらニロ。広報官にもらった式典会場と走行ルートを全員にシェアするね。地図の通り、所定位置へ前進そして変形機構を作動。隊長とソラくんは格闘姿勢で待機。で、足元でアイドル候補たちがなんだかんだパフォーマンスをした後、候補を乗せて展示走行。候補たちはハッチを開けたまま歌ったり踊ったり。その間、決められたタイミングで前進旋回そして超信地旋回』
「ハッチを開けたまま? 危なくないですか」
『そ。だから隊長の言う通りお上品に。操縦だけだと思ってたけど、メンドイわ』
ニロは本音が聞こえるか聞こえないか、ギリギリで通信回線を閉じた。
『なんてことない』フェイフェイが鼻を鳴らして『乳がでかいんだからコケたって大丈夫よ』
とんでもない悪態を残して通信が途切れた。
頭部に装着した投影バイザーの映像も良好。第2師団の地上オペレーターが先頭のヨシギ機を誘導する。防音マフを装着し、ジャガーの推進機の炎を浴びてもいいように耐火服を身にまとい、両手の手袋は緑と赤の強い発光信号が点滅している。このあたりの誘導手順は第3師団とおおむね共通していた。
じわじわと歩くような速度で、ヨシギ機に合わせて基地の練兵場を動く。ブレーメンの動体視力/脳の処理速度なら止まっているのとほぼ同義。眠くなる。
観客たちは練兵場外周の、ランニングコースに沿って立っていた。時折カメラのフラッシュが見える以外、お行儀のいい人たちだった。頭部に装着した投影バイザーから見える景色には、戦闘補助AIが表示してくれる「民間人:保護対象」という飾りっ気のない文字が浮かんでいる。
さっきまでアイドルたちがコンサートをしていた特設会場は、その中央に上座があり貴賓客が並んでいる。高級将校、スーツ姿のおじさん&おばさん。そして中央の一段高くなった台座で座っているのが、たぶん……。
『ほう、あれが連邦の皇の娘か』
ヨシギのボヤキが通信機から聞こえた。ソラも外部カメラを拡大して皇女を見た。顔は見えない。ベールのようなものを被っている。肌を一切見せない白スーツと手袋のせいで年齢さえわからない。公共放送で年末年始の挨拶で声を聞いて、女性ということだけは知っている。赤外線カメラで素顔を覗こうとしたがAIの介入で警告表示が出た。頭がいい。
4機のジャガーは進行表通りの位置に停車した。ソラは操縦桿を手前に引っ張る。すると機体の上部構造が起立し、重迫撃砲が水平方向を向く。さらにそこから操縦感をソケットから引き抜くと格闘姿勢に移行し、2本の足と2本の腕が生えた。機体は地上スレスレを浮いているが、機械的に常に水平を保っていた。同じくヨシギ機も格闘姿勢に、ニロ機は4本のアウトリガーが生え、狙撃/砲撃姿勢に切り替わった。フェイ機はごてごてと爆発反応装甲を付けたまま、連装機関砲2基が空を向く。
拍手する観客が見えたが、その拍手の先は4人のアイドル候補たちだった。1機につき1人ずつが、機体の足元のお立ち台に登ってマイクを片手になにか話している。自己紹介のようにべらべらと喋った後、丁寧にお辞儀していた。その後は司会とやり取りをして、次の候補者の番になる。
やはり最終選考だけあって、誰もが顔立ちよく整っている。たくさんの観客を前にしても物怖じせず背筋をピンと真っすぐ伸ばして揺るぎない。
エントリーナンバー3までは良かった。3人ともプロ顔負けで素人目では誰が勝つかはわからない。プロダクションの審査員と一般投票で決まるが、ソラはふとカミュとの約束を思い出してパルに投票用のアプリをダウンロードした。
カミュに投票するのはあくまで約束からであって、支持しているとかそういうわけじゃない。4番機の前に立っているナンバー4のカミュは、しかし表情が凝り固まったまま、瞬きすることすら忘れていた。両手でがっしりとマイクをダンベルのように握りしめ、両の足で地面を踏みしめている。水鳥のような優雅な立ち姿ではなく、どちらかといえば懸垂降下訓練に臨む新兵に見えた。
投影バイザー越しに目の焦点をカミュに合わせると、戦闘補助AIが自動的に指向性マイクをカミュに向けてくれた。
『かかかかっか、カミュです。アイドルになりたいです。みんなのためのアイドルです。よろしくおねがいします』
何だその挨拶は──カミュはぺこりとお辞儀したが、金髪がばさりと顔全体にかかってしまってあたふた直している。
「あれは、だめだなあれは。素人の僕でもわかる」
とてもじゃないがプロを目指すとは思えない。せいぜい町内会の美人コンテストで入賞する程度。まだニロのほうがスタイルもいいしはきはきと喋る。ニロの歌がカラス並みに音痴なのと好戦的な刈り上げ頭という点を除けば、だが。
カミュのお金持ちな雰囲気からの推測=金とコネで勝ち進んできた。本人は頑張っているようだが、勝てそうにない。
司会に質問を振られ、カミュは再び胸の前でマイクを握りしめた。
『得意なことですか。ええと、歌。そう歌が好きです! あ、違う、えっと得意なことか。えへへ。ちょっと待ってください。あれ、えへへ、何が得意なんだろうあたくしは』
だめだな、ありゃ。ちょっと声がかわいい、という程度。
カミュは笑って誤魔化していたが会場の雰囲気が凝ってしまい、むしろ司会のほうがやきもきしていてて気の毒だった。こいうの、なんというんだっけか。そう、共感性羞恥。
会場のタイムキーパーから連絡/ヨシギ機から各機へ通達。
操縦桿を元のソケットの戻して通常の走行姿勢に戻した。地上のオペーレーターが階段付きの台車を持ってきて機体のそばに寄せ、アイドル候補者たちが機体の上へ登る。
ソラがハッチの開放操作を行う。轟轟とアイドリング状態の推進機の音が響いた/それと同時にパルに3つの通知があった。
1つ目──ナンバー1は乳がでかいというか長いぜ=いい大人が何を言っているんだ。
2つ目──ねぇねぇ、ナンバー2と私とどっちがかわいい? 10秒以内に返信して=速射砲を背負ってパワハラすべきではない。
3つ目──ヒィーヤ=なんだったか、古いブレーメンの言葉で罵倒する意味だったような。
みんな、なんだかんだ楽しんでいる。自分の機体に乗る候補者が勝ったらしばらくは話の種に困らない。
ハッチの縁で丸く切り取られた空に、ひょっこりとカミュが現れた。テレビカメラに見られていないとわかるや、唇をギュッと噛んでいた。ソラはカミュに手を貸してあげた。ほっそりとした指に風で吹き飛んでしまいそうなくらい細い体だった。
「やあ、久しぶり。未来のアイドル カミュちゃん」
「うるさい。嫌味ならネネにもお母様にも散々言われたから」
「嫌味なんかじゃないよ。ただ、僕は応援してあげようと。ほら、さっき偶然会ってもう一度会えたんだし、運命だよきっと」
言ってて自分でも、安っぽい言葉だとわかっていた。
「運命なんかじゃない。ううん、ネネがきっと根回しして……」
「ん?」
「ううん、こっちの話」
「まだオーディションは終わってない。挽回するチャンスはあるよ。それにほら。もう君に投票してある」
ソラはパルの立体画面を拡大させカミュにかざしてあげた。
「ありがと。あたくし、がんばる」
「そう、その調子」
カミュの素直さ/あるいはしおらしさは、少なくともうちの隊のかしまし娘×4+ルナには欠けている素質だった。
カミュの腰に安全帯を回し、荷物を固定するためのタイダウンベルトとカラビナを噛み合わせた。私物の入っているダッフルバッグをカミュが踏みつけているが、壊れるものは入っていない。カミュは目尻を赤くしながらも、ハッチから体を乗り出した。
「ねぇ、あたくしのいいところ、何かな」
「急に言われても困るけど。声がかわいいとか?」
カミュは──とたんに笑顔に=まんざらでもなさそうだった。
操縦席に戻り投影バイザーを顔に装着する。視界には予定進路と前車との距離も丁寧に提示してある。
まずは競技場を2周する。すぐ背後でカミュはピンマイク越しに何かを話しているみたいだったが、聞こえないし会場のスピーカー音も入ってこない。
周回を終えると、次はジャガーの舵を左右に切り返しながら前進する。4機のジャガーが交差しステージを演出する。背後でカミュが動いている感覚があった。ダンスをしているのかあるいは歌っているのか。ちらりと投影バイザーの隙間からカミュを見た。
「額に汗して、頑張ってるじゃないか」
結果がどうなるにせよ彼女に投票したことは間違いじゃなかった。ならばカミュの見栄えがよくなるよう協力してやる。
車体の揺れはさほど無い。低速の移動だし、反重力機構が常に均衡を保ってくれる。そのおかげか、普段の訓練では気にしていなかった推進機の振動と熱気を感じる。
続いては超信地旋回。左右のペダルを逆向きに入力するとその場で回転ができる。ヨシギ機の合図で各機がぐるぐると回る。
突然、背後から肩を掴まれた。バイザーを脱ぐとすぐ方の横にカミュの顔があった。
「な?」
「とま、止まって」
安全帯のせいでカミュが宙ぶらりんになっていた。足でも滑らしたか/違う。カミュの顔が青い。
そして──吐瀉物の生暖かい感触が背中から肩まで伝わった。




