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物語tips:混血のブレーメン
連邦政府の生物学的な援助のもとで、生物種の異なるヒトとブレーメンが結婚し子供をもうける事ができた。裏を返せばゲットー(居住区)への強制移住は回避できるがブレーメンとしての文化や子孫を残せないという選択でもあった。
100年前の第3次テウヘル戦役と、その混乱に乗じたブレーメンの武装蜂起が発端。結果的に見ればブレーメンの強い遺伝因子をヒトの遺伝子に取り込むことができた。クォーターより血が濃ければ、何らかの形でヒトの能力を凌駕する。
20年ほど前までは反・亜人主義のアオリを受けて社会の隅でひっそりと暮らしていたが軍務での活躍や500年前の皇とブレーメンの友情秘話が映画化されるなど、現代では差別感情はほとんどない。
「僕もあんな顔をしていたんだろうか」
教室のいつもの同級生たち──ニロとフェイフェイもいっしょに──ホワイトボードの前に立つ教師と、制服に袖を通したアーシャを見ていた。アーシャはいつも思考が読み取れない表情をしているが、今だけはよく分かる。緊張して固まっている。
学校の、さらにその教室の仲間というものはやはり独特な雰囲気がある。基地の兵士や職員たちも仲間ではあるが、自己紹介程度では緊張するものじゃない。仕事の範囲でうまく関係を繕っていればよい。だが教室の仲間というものは少し違う。輪、というものがあって、そこに並べるよう同調しなくれはいけない。しかし輪を突き抜けて内側に入りすぎてしまうと途端に部外者扱いとなる。そういう明文化されない理が働いている。
「むぅ。えっと。アーシャです。ええと、名前は藍沙なんだけど、みんなからアーシャって呼ばれてます。どうぞよろしくおねがいます」
ペコリ。アーシャの深々としたお辞儀で、黒くてまっすぐで長い髪がバッサリと顔にかかる。それをぽてぽてと整える。ニロが選んだコンディショナーのお陰でいまや可変戦闘車の砲身のようにつやつやに輝いている。それに加え、男子生徒たちは目を輝かせ、そんな下心満載の彼らに女子生徒たちが冷たい視線を送る。連邦の共通語とは違う訛り、そして藍色の肌が目立つ。しかしそんなことを気にせずアーシャのプロポーションに目を輝かせている。背が高いし、兵士だけあって背筋もまっすぐに伸びている。ニロ曰く「乳の品位は私と同等」らしい。その意味は辞書を調べても理解できなかった。
現在の席順は、ニロとフェイフェイが前側、ソラが一番後ろだった──主に勉強を難なくこなすブレーメンが皆のカンニングの対象になるのを防ぐためだとか。アーシャは、格子状に整えられた座席の中の、その中心に座った。ときおり見せる屈託のない笑顔は女子生徒たちにも人気のようで、最初の授業2コマの間、生徒たちは横目で終始、アーシャを盗み見ていた。
「あーあ、人気がとられちゃったね」
休み時間のとき、フェイフェイがソラの所まで来た。ソラの肩の位置がちょうどいいらしく、そこに肘を乗せて寄りかかっている。ソラは、以前アヤカから譲り受けた歴史小説をパルで読んでいたが、ふと顔を上げた。
「僕、注目されるの、あまり好きじゃなかったし。それにアーシャがみんなの輪に入れたみたいで安心してる」
「殊勝なことで。ご立派」
物好きな生徒たちの輪の中にアーシャが居た。その隣ではニロがまるでアイドルのマネージャーのように声高にアーシャの宣伝をしている。次のクラスは休講でホームルームのためか、隣の教室からもアーシャの姿を一目見ようとわらわら人数が増えた。
「あんなにすんなり受け入れられてちょっと驚いてる」
「なーにいってんの。ブレーメンの混血に純血のブレーメンがいるのようちのクラス。だったら、国家だっけ? ちょっとくらい違う出自が混じっても誰も気にしないって」
「なるほど。ヒトとは存外に柔軟な生き物なんだね」
「あんた、ヒトを何だと思ってんのよ」
アーシャはまだ人だかりにぐるりと囲まれたまま、時折ちらりと目が合うが、すぐ他の生徒の質問に答えてほんわかした笑顔を浮かべている。彼女の頭頂部では緑色の軟体動物がグラグラと揺れ、目らしき2つの点が代わる代わる現れる生徒を不思議そうに眺めている。ニロは「ポポだよーペットじゃないよーさわっちゃだめだよー」などと係員を演じている。
「ああいう人畜無害って笑顔、みんなすぐ騙されるんだから」
「フェイはああいう笑顔はできないもんね」
案の定、こめかみを小突かれた。
「昨日の演習も、すごかったもんね」
アーシャの通学は、軍への貢献と財団の推薦もあって実現した。先日の格闘演習を見た師団本部から新たにアーシャに演習での敵役の役割が与えられ、一般兵の可変戦闘車と訓練を毎日している。そしてその給金は、針小隊よりも高かった。
「本人は実弾を撃っていいいって言ったけど本当に砲弾も機関砲も避けちゃうんだもん。ま、さすがにあたしの可変戦闘車の機関砲は避けきれなかったみたいだけど」
「1秒で100発撃って、当たったの2発でしょ。しかも反撃されてたじゃん」
「あれはね、射撃管制AIのせい。AIがトロいからやられたの。ま、そうはいっても、あの戦闘好きはすごいわ。あたしら、金のために戦ってるけど、あの子、戦うために生きてるって感じ」
「普段は虫も殺せません、って顔してるのにね。笑顔の裏の……何ていうんだっけ」
「ギャップ?」
「そうそれ」
「でもみんな好きでしょ、ギャップ。フェイだって、ヤンキーに見えてその実──」
「それ以上言ったらぶっとばすかんね!」
フェイフェイは息遣い荒く、ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら自分の座席へと戻った。それとほぼ同時に、生真面目を絵に描いたような学級委員長が教室に入ってきた。名前はジャオ。姓は発音しづらい麝のせいで皆は下の名前で呼んでいる。ジャオは教壇に立つとバンバンと手を叩いた。
「ほら、ホームルームを始めるから席について。あなたたち、隣のクラスでしょ! 戻りなさいよ。アーシャさんを困らせないの! もう」
真面目そうな丸メガネが光る。頭頂部の丸みに合わせてきっちりと整えられたポニーテールは、まるで生徒手帳の服装規則を体現したかのようで、襦袢は新兵のようにアイロンをかけてある。規則に対する神経質さもまた、兼ね備えている。教師たちから見れば“優等生”の少女。
「ふぅ、やっと静かになった。じゃあ、来週の学園祭のことについて話します。そうね、アーシャさんはわからないよね。ソラくんの隣に行っていいですよ。教えてあげてください」
ジャオはホワイトボードを電子スクリーンに切り替え、自身の手帳型パルと同期させた。すると、学校全体でのスケジュールとこのクラスが受け持つ行事の予定、役割分担の仮決定がずらずらと並ぶ。
「むぅ、何が始まるの? 演習?」
アーシャはガラガラとイスを引っ張って来て、ソラの隣にお行儀よく座った。襦袢の襟元とうなじの隙間で、ポポは疲れたせいか寝ている。黒い2つの点が小さくなったので寝たとわかった。
「単なる学校の行事だよ。学園祭。2日間あって、1日目は運動会、2日目は文化祭」
「学校は勉強するところだと思っていた。勉強じゃないのに意味はあるのかな」
勉強好き──というわけではなさそう。勉強好きのアヤカなら素で言ってのけそうな言葉だった。
「生徒同士の協調性、社会性を養う体験型の学習」
パルでさっと調べた、学園祭の意義を読み上げたがアーシャは的を得ていないようで、
「ほら、駐屯地でもたまにあるだろ? 部隊対抗のボクシングとか、音楽祭とか」
「むぅ。わかった。前の部隊のときもあった。カールスバーグ隊長の意向で乱■──」
はっと気づいてアーシャにそれ以上言わせなかった。以前聞いたことがある。ここで、たとえ小声でも口に出さない方がいい。
「運動会の組分けは、まあこんな感じ。体育会系のみんなにはリレーを頑張ってもらうとして──」ジャオがパルを操作して画面を切り替えた「2日目の文化祭はこんな感じでいきます」
ご丁寧に手描きの予想図まで添えられている。生徒たち、特に男子生徒たちがどよめき、ソラは眉を細めた。
「私! 大賛成!」ニロが意気揚々に両手を挙手する。
「まぁ悪くないんじゃない。イインチョーにしては良い発想」フェイフェイも同調するように親指を立てる。
「僕は嫌だけど」
「そこを、なんとか!」
ソラはぼそりと呟いただけだったけれど、ジャオは聞き逃さなかった。
「あまり、こう人前に出るのは」
ジャオの“妙案”をどう否定しようかと考えを巡らせていたが、ソラの腕にアーシャが絡みついた。
「わたしも、見たい。お願い」
そんな目をしないでほしい。断ろうにも断れなくなる。




