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ブレーメンの聖剣 第2章 慟哭(どうこく) 上 (上下2巻)  作者: マグネシウム・リン


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物語tips:第一次テウヘル戦役

 500年前に終結した、ヒト・ブレーメンと獣人テウヘルとの戦争。

戦火は大陸中央から最西端の首都オーランド近郊まで及んだ。連邦(コモンウェルス)東部の都市はことごとく焼け落ちた。死者数は全人口の1/5、1億人に達したがこれに軍の備品である強化兵は含まれていない。

 当時の戦乱は映画や小説で多く語れるが、ことの仔細は一般的には知られていない。新開発の侵食弾頭(しんしょくだんとう)と弾道弾によって獣人テウヘルは非戦闘員、知能の低い労働者階級を含め100億が犠牲になった。

 挿絵(By みてみん)

 目的の人物はすぐに見つかった。午前の授業が終わってそうそう、同級生の目をかいくぐって、ブレーメンらしい快足で食堂の弁当をひとつ確保すると、校庭の裏側──この時間はいつも日陰になっているところを目指した。

「あら、誰かと思えば。おっぱい大好きのブレーメンの戦士君じゃない」

 目的の人物=アヤカは日陰の中のベンチに佇んていた。

「もうそれ、一週間も前のことだよ」

 アーシャとの模擬戦闘の後の出来事は、針小隊で噂されると思っていたが、駐屯地のあちこちで噂に尾ひれが付きスケベ話にまで膨らんでいた。ただ、アーシャ“が”抱きついただけなのに。

「そんなに息を切らせてどうしたの? なにか用?」

「だって、上級生の昼休憩って僕らより30分ずれてるでしょ。だから」

 ソラやニロの緑の襷(たすき)と違い、3年生らしい青の襷をかけている。手に持っている弁当の中身は残り1/3ほど。彼女の好物の芋の甘露煮とベンチには野菜ジュースのパックが置いてある。

「だから? 用があるなら宿舎で話しかければいいじゃない」

「だって、アヤカ、宿舎じゃずっと勉強してるから。そんなことより大切な話があるんだ」

 ソラは、アーシャを見習ってアヤカとの距離をぐぐっと縮めた。アヤカが居心地が悪そうに居直したがそれでもまっすぐ見つめたまま、

「えっと、コホン。ちょっとまってね。心の準備をするから」

「ブレーメンのことをもっと知りたいんだ。文化とか歴史とか」

「えっと、勉強? はぁ、なんだそんなことか」

 アヤカはこわばった肩を落胆とともに落とした。

「えっ何だと思ったんだ?」

「てっきり告白されるのかと」

「僕が、君に? するわk……」

 しかし言い終わる前に膝を叩かれた。真面目な顔をして案外乙女(おとめ)なところがあるらしい。

「でも何? どういう風の吹き回しなわけ。ブレーメンのことや自分の出自さえ興味なかったのに今さら」

「うん、ごめん。変だよね」

「ううん、過去を気にせず未来だけを見て生きるのも、ブレーメンらしさだから。『過ぎ去った過去よりこれから訪れる未来を見据える』」

「それは?」

「有名な剣士の言葉。ヒトと時間の感覚が違うことをそうやって説明してたの──これ食べてからでいいかしら」

 アヤカはパクパクと昼食を食べ終え、ソラもそれに合わせて急いだ。

「僕、七騎士の話を知りたい。ブレーメンの」

「七……騎士?」

 アヤカが眉をひそめる。怒ったときの表情とそっくりで、顔が整っている分 迫力があった。

「ほら、獣人(テウヘル)と戦ったブレーメンの話。空を駆け、山を切り、地に大穴を開け、海を割り、川を走る。第1次獣人(テウヘル)戦役のことだと思うけど」

「ちょ、ちょっと待って」アヤカは首を振った。「話が色々混ざっちゃってる。七人の戦士の話のことかしら。それなら知ってるけど、子供向けのおとぎ話みたいなものよ。どうして突然?」

「アーシャに聞いたんだ。あっち側、国家(ネーション)でもブレーメンの昔話があるんだって」

「ああ、アーシャ……おっぱいの」

「だーから、あれは僕の意志じゃないしただ抱きつかれただけで」

「ふふ、冗談よ。いいわ、話してあげる」

 アヤカは、ソラを弄(もてあそ)ぶのに飽きて、小さく咳払いした。

「──むかしむかしあるところに七人の勇猛果敢な戦士がいました。ある者は身軽で鳥とともに舞い、ある者は長大な刀で山を切り裂き、またある者は鉄塊を振り回し大地に穴を開け、鋭い刀は海を切り裂き、身軽な彼は川の上を疾走できました」

「ブレーメンだからって盛り過ぎじゃない?」

「昔話っていったでしょ。昔話に整合性を求める意味がない」アーシャと同じことを言われたが、アヤカは、でも──と続けた「これは500年前の第1次獣人(テウヘル)戦役よりずっと前、さらに500年前だから、ざっと今より1000年前の話」

 壮大な話についぽかんと口が開いてしまった。というより1000年もテウヘルと争っていることなんて誰も知らない/興味がない。

「1000年も前だと、記録が残ってないんじゃない?」

「そ。正解。ブレーメンはもともと文字を持たなかった。口伝(くでん)だけ。だから正確に何があったかなんてわからない。パルじゃ正確な情報は調べられないからオーランド大学の図書館に行けば一次資料が閲覧できるはずだけれど」

 アヤカは顎に手を当ててじっと考え込んだ。

「ということは、僕も水の上を走ったり、指をぱちんと鳴らすだけでテウヘルの頭を弾け飛ばしたりできるのかな」

「それは……うん、無理だと思う。伝説の話だけど、古(いにしえ)のブレーメンは神(ア・メン)の加護を受けていた。ブレーメンってだけでも常人離れした体力なのに、それ以上に強かったってことね」

「神(ア・メン)……」

「ともかく、ブレーメンの伝承では、世界は元々一(いち)だけだった。それを切り分け天と地、風と海を作ったのが神(ア・メン)。で、さまざまな生き物を作り出す中で最も愛したのがブレーメン。ブレ・ア・メン(神に愛されたヒト)、共通語風に発音すればブレーメンね」

 アヤカはどこか遠い目をして空の高いところの雲に焦点を合わせた。

「その、神(ア・メン)ってすごいね。世界を作ったなんて」

「伝承よ伝承。科学的には細かな塵やガスが気の遠くなるぐらい長い時間をかけてくっついてまとまって、惑星や恒星、そして生命が誕生したの。神だとか超自然的な存在を信じるの、アミニズムっていうの。まあ、でもあなたなら」

「でも僕なら?」

 アヤカは腕時計型のパルを覗き込んで指をクルクル回して操作をした。そしてソラのパルにコツンと突き合わせた。途端に大量のデータが送り込まれてくる。

「これは?」

「私のお気に入りの書籍。論文、自伝、伝記とか。たとえば『トラ・カトー奮戦記』は自伝で誇張も多いけど第1次獣人(テウヘル)戦役の遷移(せんい)が詳しくわかる。『第1次獣人(テウヘル)戦役詳察』は軍の機密指定が解除された200年前に書かれた論文。客観的に書かれてるからおもしろくないかもね。でも1次資料が失われていて推察が多い部分もある。私の一番のお気に入りは『鏡月記(きょうげつき)』。当時の皇(おう)とブレーメンの剣士の友情のお話。戦後100年目に書かれたもので半分は歴史小説だけど戦史研究の入り口には良いかもね。正直、今の連邦政府は気に食わないんだけど、かつての皇とブレーメンの戦士、友情が戦争の惨禍(さんか)を終わらせたの。絶対に知っておくべきことなんだから」

「これ、全部で5000ページもある」

「ええ。軽い読み物としては良いでしょ」

 アヤカの全力の笑顔──初めて見た気がする。普段 冷静で短気なアヤカの頬が紅潮している。それにかなり早口でまくしたてる。

「ありがと」

 アヤカの全力スマイルから放たれた感謝の言葉に、ソラはキョトンとアヤカを見つめ返した。

「それ、僕が言うべきなんじゃ」

「ううん。ブレーメンの歴史に興味を持ってくれて、ありがと。あなたがそれを知ろうとしないとブレーメンの再興(さいこう)なんて本末転倒でしょ」

 アヤカはすっと立ち上がると、袴(はかま)の裾を払って正し、襷をちょうど胸を隠す位置に調整した。

「じゃ、私は行くね。もうすぐ午後の授業の時間だから」

「うん、僕こそ。ありがとう。わざわざ色々教えてくれて」

「ふふ。じゃあ、また。明日の戦闘訓練は負けないんだから」

 アヤカはパタパタと靴を鳴らして校舎の中に消えた。どうなることかと思ったが、案外、素直に教えてくれた。それでもブレーメンらしく生きるにはまだまだ知らないことが多すぎた。パルにダウンロードした5000pの論文と小説は、時間を見つけて読むことにしよう。アヤカの性格だとどのみち感想を訊かれるに違いない。

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