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物語tips:可変戦闘車の推進機関
可変戦闘車は2種類の動力装置を備えている。
ひとつは反重力機構。巡空艦の気嚢やブレーメンの剣に使われる鉱石が原料で、微弱電流を流すと浮かぶ性質がある。自動車程度の重量なら、偏向推進のみで移動できるが、戦闘車両の重量では浮かび上がり、徐行する速度が限界。
もうひとつが加圧推進機。機械的に圧縮した空気と燃料を混ぜ燃やして噴出させる。その推力で前進できる。
反重力機構があるため、前進するだけなら空気抵抗分だけの加速で済む。しかし停止や方向転換には推力を打ち消すスラスター操作が必要なため、戦闘機動なら余計に燃料消費が増大する。一般兵なら30分、混血ブレーメン兵なら15分程度で燃料が空になる。
基地と戦場の移動は列車か巡空艦での空輸が実施される。あるいは特殊作戦の場合は固形燃料の補助ブースターや支援部隊の油槽小隊が後ろから追いかける。
車体自体もさることながら、年々減少する化石燃料を莫大に消費するため運用コストが高い。
ソリドンブルグ駐屯地は、かなり昔からあるらしい。一般客向けの案内看板にそう書いてある。500年前の第1次獣人戦役のとき綺麗さっぱり焼き払われて、そして戦後、現代風に改修した。
しかし当時の巡空艦の駐機場はまだ残っており、今は可変戦闘車の戦闘演習に用いられている。駐屯地の外れにあるただ広いだけの空き地。
演習場のど真ん中にアーシャがいた。裸足で肩からマントを羽織っている。肩にはポポもいる。その脇にでは駐屯地の工兵たちが巨大な戦斧をふたつ、クレーンでトラックから荷下ろししていた。
スタッフが安全な距離まで下がり、師団本部から来た査察官が赤い旗を上げる──演習開始の合図。観客の兵士や一般兵の操縦士たちはずらりと遠巻きで見守り、士官たちは屋根付きのテントで双眼鏡を構えた。その中では寿少佐が優雅に足を組んで微笑んでいた。
アーシャの胸の中へ緑の軟体動物のポポが吸い込まれる。体表が緑色の粘液に覆われる/はらりとマントが脱げ風で飛んでいった。
アーシャの体が膨らんだ。縦に横にスルスルと伸び、顔は尖った鼻の犬のように変化した。
観客席からどよめきが広がる。パルの使用と持込みは禁止/情報士官の構える巨大レンズのカメラが高速でシャッターを切る。
数秒と経たないうちに、演習場には見上げるほど巨大なテウヘルが立っていた。体長は5間(15m)ほど。逆三角形の上半身は筋肉が浮き上がり、細い腰から下は強靭な足があった。細い両腕が巨大な戦斧を2つ、軽々と持ち上げて構える。
「いけー隊長!」「やっちゃえー隊長!」
ニロとフェイフェイが歓声を上げた。演習場の外側から、ヨシギ機の蝶花のノーズアートの可変戦闘車が現れた。それが走行姿勢から格闘姿勢へ変わり、5本指のマニュピレーターがテリチウム合金製の棍棒を構える。
歓声が観客席に広がる/それをたしなめる教官たち。あくまで巨獣との格闘戦闘演習とその勉強なのだが、すっかり拳闘のような熱気に包まれている。
ヨシギ機もテウヘル化したアーシャも、間合いに入らず入らせず、距離を保っていた。
機先を制したのはアーシャだった。両腕の巨大な戦斧が振るわれる/回転する勢いを生かしたまま体が空中へ躍り出て捻り一回転=もう一方の戦斧を頭上から叩き下ろす。
ヨシギ機は棍棒を振るい、斧の打撃を受け止めずいなし、“足”を動かして距離を取る/接近する/アーシャの横っ腹に棍棒を叩きつけようとしたが、あっさりかわされた。
「あなた、そんなにあの二人が心配?」
アヤカがソラに声をかけた。アヤカは軍務のときの制服姿だったが、ソラは操縦士用のスーツに着替えていた。
「それもある。この次に戦うのは僕だし」
「そりゃそうでしょ。あなたのジャガーが近接戦闘仕様なんだから」
「アヤカのジャガーも格闘姿勢がとれるよね」
「私は……私はあまり体力がないから。射撃専門」
「僕の心配事は、隊長もアーシャもやりすぎないかってこと。戦闘狂な一面もあるし」
「あら、あなたも戦闘狂でしょ?」
指摘が的確すぎて、ソラは言い返せなかった。
「安心しなさいよ。あそこの査察官が審査員。有効打と認められたらそれで試合終了だから」
「試合が死合いにならないか、心配なんだよ」
「フフ、ブレーメンらしい言い方ね。だいぶ様になってきたじゃない」
観客たる兵士たちは、全員が同時にどよめき、そしてヨシギの操縦にジャガー操縦士たちは拍手を送っていた。一方でレンジャー隊の教官たちはどこかアーシャの格闘術に関心があるようで、互いに格闘術の意見を述べていた。
「よかったじゃない。あなたのお姫様も、すっかり駐屯地の仲間よ」
一瞬のすきを突いて、ヨシギ機が斧で吹き飛ばされた。査察官は赤い旗を上げようとしたが、打撃が斧刃ではなく斧頭だったため、旗を持った腕を下ろした。観客の兵士たちは、アーシャの勇姿に声援を送り手を叩いて喜んでいる。アーシャが生身のような体術&テウヘル化した腕力で戦っているが、ヨシギも機械の可変戦闘車を生きた戦士のように操っている。
「お姫様って、どういう意味?」
「やっぱり、ニロはあなたに隠していたのね」
アヤカは、今時珍しい紙に印刷された写真を見せてくれた。保温用のアルミシートのアーシャを抱え、銃を持って走るソラの姿だった。
「なっ、これは!」
「機密事項だからね~。ニロが押収される前の映像データをコピーして印刷してたの。アナログだとバレないでしょ」
アヤカはすぐ、紙の写真を懐に戻した。
「見つかったらまずい」
「そう? 私は寿少佐からもらったの。巨獣がヒトだった、なんて機密も今日までね。藍色の肌が私達と同じヒトと定義できるならだけど」
演習場では棍棒と2つの戦斧が押し合い、力と力がぶつかった。
「機密って結構簡単に明かされるものなんだね」
「というより誰も知ろうとしないからじゃない? 一般人にとってテウヘルの襲来なんて縁のない話だし、軍の内部でも実際に戦闘に加わるのはごく一部。興味がない、って意味。かつての“強化兵”とおなじよ」
「強化兵?」
てっきりブレーメンとヒトの混血のことだと思ったが、キリッとアヤカに睨み返された。
「私があげた教本、ちゃんと読んだの? 500年前の第1次獣人戦役のときの、連邦政府が製造していた人造兵士のことよ。体が炯素でできてる」
「炯素、ルナが言っていたような」
「可変戦闘車の人工筋肉も炯素でできてる。だからあれだけ強靭で柔軟なのよ。で、どう思う? 造られた兵士って。もちろんヒトと同じ自我と感情も持ってる」
「どうだろうね。人権だっけ? 近年になって始まった概念。ヒトと“違うところ”が炯素と炭素だけなら、酷い話だと思う。意志に反して戦いを強いられるなんて。それを許していた当時の人々も」
「でもね、一般市民は気にしなかったらしいわ。現代と同じ、戦争なんて遠く離れた辺境の地の話。強化兵のお陰で兵役だって緩和されるし家族や親戚が死ぬわけでもない。そういう無関心が、結局は1億人の犠牲者に繋がったんでしょうね」
「じゃあ、今回も、現代のこの戦いも同じ結末になるってい言いたい? 藍色の肌のヒトたちと戦争になっても、連邦の大半の人々にとっては関係がない」
「ええ。明日のスーパーのセール情報のほうが、毎度毎度の小競り合いより大切ってわけ。そうそう、新聞を読んだ? 社会学者が面白い言葉を作っていたわ。これは戦争ではなく紛争なんだって。馬鹿みたいよね」
アヤカは珍しく笑っていたが、ソラはそれに同情できず顔が硬かった。
「それは、それは少し悲しい。彼らも事情があって戦ってる。生きるためだ。なのに僕らは──」
「ハイ、ストップ。師団本部からも士官が来てるの。ブレーメンがそんな意見を持ってたら今度はあなたが敵視されるわよ」
「僕にだって、意見を言う権利はあるよ!」
「今は軍務中。ただの兵士に権利はないの」
「う、わかったよ。諦める」
「わかったならよろしい」
アヤカにはじろりと睨まれたが、しかし口元はゆるく笑ってくれていた。
戦闘演習は動から静に変わっていた。
「不思議よね」アヤカの声がはっきりと聞こえ、「あなた、巨獣の体に触ったことある?」
「いや。機体に張り付いた死骸の掃除を手伝ったぐらいだけど」
「触っても冷たくない。むしろ赤外線カメラじゃヒトと同程度」
「おかしいって言うなら、どうやって5間(15m)もの大きさに変化するかってほうが先だと思うよ」
「膨らむのなら、体温は逆に冷える。密度が下がるからよ。ヘアスプレーを使い切ったとき冷たくななるアレと同じ原理。だけど巨獣は平熱。」
ソラは笑って返したが、アヤカは真面目にまっすぐテウヘル化したアーシャを見ていた。
「何もかもがおかしい。質量が増えている、生き物の範疇を超えている、活動するエネルギーだって熱総量を無視してる。物理法則のすべてを無視した存在が、いま私達の目の前にいるの。不気味よね」
「つまり、学校で習う物理法則が間違えていた、と?」
「もしくは故意に物理法則が書き換えられている」
「そんなわけない。教科書の落書きじゃないんだ。そんなことできるとしたら神ぐらいなものだよ」
「そういえば、ブレーメンもずいぶん物理法則に反しているわね。案外、その答えは間違えじゃないかも」
アヤカはテウヘル化したアーシャを見据えたまま、口の中で不気味ね、ともう一度 唱えた。
ヨシギ機は棍棒を構えたままだったが、アーシャは左側の戦斧を前に突き出し、右手の戦斧は右手で逆手に構えて少しも動かない。
「あれ、ブレーメン式の戦い方ね」
アヤカは腕を組んで、遠くを見据えていた。
「ブレーメンってどんどん前に出ていく戦い方じゃないの?」
「武器と一体になるって意味。あの構えじゃ、隊長がどう出てきても対処できる。逆に隊長が動かなければアーシャから機先を制することができる」
観衆たちの眼前で、アヤカの分析通りヨシギ機が動いた。真正面/ど正面の突貫=棍棒を槍のように突き立てる。
アーシャもこれに応じて右手で逆に持つ戦斧で棍棒の切っ先を払おうとする/しかしブラフ=棍棒が後ろへ大きく振り回された。そしてヨシギ機が最大加速でアーシャに体当りした。
「さすが隊長ね」
「偶然じゃないかな」
あの技は見たことがある。
「あなたはアーシャの味方しすぎ。やっぱりお姫様と王子様?」
「違うって!」
演習場では可変戦闘車と巨獣が取っ組み合って動かない/体当たりでは十分に体勢を削れず、アーシャは左手の戦斧を捨てると棍棒の真ん中あたりを掴んだ。そのまま機体と巨体がぎしぎしと唸るが、その場から動かない。さっきまで声が枯れるまで叫んでいた観衆たちもぐっと固唾をのんで見守る。
バキン。
何か硬くて高価そうなものが壊れる音が会場に響いた。ヨシギ機の5本指のマニュピレーターを備えた手首から先がちぎれていた。半可塑性炯素の人工筋肉の繊維が生き物っぽく動いている。
入れ替わるように、アーシャは右手の戦斧をヨシギ機の脳天に向けて振り下ろした──その数寸頭上で刃がピタリと止まった。
「そこまでっ!」
会場中のスピーカーで査察官の声が響いた。赤い旗が上がり試合終了を告げていた。ヨシギが負けたが兵士たちは興奮が冷めない中、右へ左へ騒いでいた。一方で可変戦闘車操縦士の一般兵たちは半ば青ざめた顔で戦いを見ていた──自分たちなら10秒と持たない。
ヨシギ機は一部が壊れていたが自走可能で、走行姿勢に戻ると小隊の駐機場へ最徐行で戻っていった。
「私達も行こ」
ソラはアヤカの歩調に合わせて演習場を半分渡って駐機場へ向かった。
誘導員の指示通り、4機が並んでいる小隊の横へヨシギ機が戻ってきていた。周囲は整備士とヨシギ機の専属調整員が眉間にしわを寄せて話し合っている。
戦いを終えた機体の周囲は推進機の熱で温められて陽炎が揺れていた。温められた金属が冷え、あちこちでカチンカンチンと音が鳴っていた。
ジャガーのハッチが開き、頭髪の乱れたヨシギが現れた。あちこちが汗だくで10歳ほど老けてしまったようにも見えた。
「隊長! 残念でした」「隊長! あと少しでした」
先に駆けつけていたニロとフェイフェイが、機体の下からヨシギを見上げて言った。
「おめーら。許すから本音を言ってみろ」
「私、隊長が勝つ方に1000、賭けていました」「あたしは500」
「けっ、そんなことだろうと思ったよ」
しかしヨシギは怒るでもなく笑っていた。そしてタバコを1本 咥えると火をつけた。推進剤が燃え残った臭いと、女物の細巻きタバコの甘い匂いが漂う。すぅっとゆっくりと息を吸い、白い煙が長く空へ伸びた。
「ソラ、次はお前だ。俺の敵を取ってくれ」
ヨシギはまだ空の彼方を見たままだ。
「敵ってそんな大げさな。ただの格闘演習ですよ」
ソラは演習場の方を見やった。アーシャは元のヒトのサイズに戻っていた。一瞬だけ藍色の裸が見えたが、すぐ救急車に乗ってきた医療班が外套を被せ、診察を受けながら情報士官があれこれ質問をしている。途中、ソラの視線に気づいたらしく健気に大手を振っていた。
「ヒトにしては目がいいんだなぁ。隊長、やっぱり取っ組み合いは厳禁ですね。人工筋肉の強度が足りない。ルナも言っていたけれどこれ以上強度を上げてしまうと柔軟性が損なわれるそうで」
「ソラ──」ヨシギは可変戦闘車の機体から飛び降りて、「今日は、あれだ。調子が悪い日だ。ちょっと湿度が高くて背中の筋肉がこう、張っていて思うように動かない。俺ももういい歳だ」
「負けた、言い訳ですか」
「それにテウヘルの中身があんないたいけない少女だって思うとどうも棍棒がうまく走らない」
「負けたのなら、次に活かせばいいだけです」
ヨシギはソラの肩をぽんぽん、と叩いてまたタバコを吸った。普段 タバコのフィルター近くまで吸わないくせに、ヨシギは火を消そうとしなかった。
「しかし、おっかねー女だよ、アーシャは。普段はのほほーんと何を考えているかわからないくせに、戦いとなったら、何だあれ? 昔話に出てくる業魔みたいに強えぇ」
ダウナーなヨシギを無視して、ソラは自分の機体へ向かった。途中、調整員のルナとハイタッチし、可変戦闘車の上へ予備動作無しで飛び上がる。
「ソラっ!」
ハッチに体を半ば滑り込ませたときだった。アヤカが手を振っていた。「アーシャに負けちゃだめだよ。頑張って」
「うん、問題ない。全力を尽くすよ」
ソラは操縦席に収まり投影バイザーを頭につけた。すでに電源は入っていて、外ではルナが外部電源ケーブルを外し、システムが内部電源に切り替わった。反重力機構に青い光が灯り機体が浮かび上がる。推進機はすでに暖気が終わりいつでも出力を上げられる。
機体の真正面では誘導員が先端の光っている誘導棒を横に持ち、首を振って周囲の安全を確認する。誘導棒が縦に振られる/合図=「発進許可」。5本指のマニュピレーターを操作するグローブを付け、操縦桿を握ると、あのブレーメンの力の発露を感じる。万能感と全能感と若干の恍惚。
駐屯地の中なので最徐行。推進機はアイドリング状態。反重力機構の偏向機能のみで駐機場から演習場までタキシング移動した。
ぐるりと取り囲んでいたはずの観客たちはすでに小さくなって見えず、機体の前にはアーシャと肩に乗ったポポ。その背後では医療班が救急車に乗って駐屯地の施設の方へ走り去るのが見えた。
ソラは操縦桿をソケットから引き抜いて可変戦闘車を走行姿勢から射撃姿勢、そして格闘姿勢へと変形した。
真正面=アーシャがまっすぐ見つめ返してくる。ばさりと払われた外套/露わになる藍色の肌の裸体。彫刻のような滑らかさと曲線、平均値以上の長身と長い乳。腰骨や肋骨は浮き出ているが、柔軟な筋肉が四肢を覆っている。
ポポが溶けて体と一体化するとき、アーシャは唇に人差し指を当てて何か話している。
「あま……り、じろ、じろ、みちゃ、嫌?」
つい──見とれてしまっていた自分に気づき目をそらす/投影バイザーがその動きを拾い、頭部カメラも動く=視線をそらしたことがバレバレ。
視線を前に戻すと、すでにそこにアーシャの姿はなく、短い黒い毛で覆われた筋骨隆々な巨獣が立っていた。尖った鼻の犬の顔がどことなく笑っている気がした。
アーシャは、本気だ。あの赤い瞳の向こう側に彼女がいる。
こちらも本気でやらないと、殺られる。
スロットルの頭のボタンを押し込む=補助武装を選択/両腕の内側から短刀が飛び出し5本指のマニュピレーターが自動で握る/武装を固定。
通信が入る。
『もしもし~ルナお姉さんだよ♪ 事前の打ち合わせ通り、燃料は20%、追加装甲も重迫撃砲も無し。推進機の稼働時間は長く見積もって5分。全速力を出して! 短期集中!』
「了解」
『あらあら緊張しちゃって。頑張ってね♪ 壊してもちゃんと直してあげるから』
ぷつん、と通信が途切れた。
演習会場のスピーカーからけたたましいサイレンが流れる/機体の外部マイクがそれを拾い、機内まで届く。戦闘支援AIは投影バイザーにいくつも警告文を流す=「敵接近」/アーシャを敵と認識するAIのバク/機械学習が直っていない。
「敵は敵でも、精鋭部隊の一人だから。気は抜けない」
ソラは操舵ペダルを一気に踏み込んだ。AIの補助なし/ブレーメンなりの戦闘の勘。瞳が黄色に輝く。見える世界の時間が緩慢に動いて体は羽のように軽かった。
間合いを無視したソラの突撃に、アーシャ/巨獣も一歩たじろいだ。2つの戦斧は重量を生かしたスピードと間合いが取り柄だった。しかし内間に入られたら刃が届かない。
ソラ機の進路を狙って左下から斧が振り上げられる=かわされる。
ソラ機の回避を読んで右から斧が横薙ぎに振られる=ジャガーが走行姿勢に変形してかわす/ヨシギ機よりも可変システムが速かった。
ソラの両手はグローブ越しに短刀を握っている感覚があった。ヒトの身長ほどあるそれも、5間(15m)の身長の疑似感覚がある今ではちょっと長いナイフという頼りなさ。あの分厚い戦斧を受け止めるには強度不足。
ソラ機はアーシャの間合いに入った。ソラはマニュピレーターの基本設定を変更/AIを無視する指令を上書き=短刀は刃を逆さに持ち非殺傷に。
短刀の切っ先が到達する寸前、アーシャは後ろに飛び退いて間合いを取った。
「嘘だろ。入ったと思ったのに! あの姿勢で後ろに飛びのけるなんて、ありえない」
あり得るとしたら、生身の人間の体幹とは違う、上半身と下半身が別々に動いているか。それでも並の巨獣とはわけが違う。
「さすが赤ヘル部隊の元兵士、というだけあるな」
アーシャ/巨獣は巨大な2つの戦斧を両手に持ったまま、ずしずしとソラ機を中心に円状に走った。
「さぁ、次はどうくる? 王道に背後か、視野の盲点をつくか」
アーシャ/巨獣がぐるぐると周り戦闘支援AIはその座標位置をグリッド地図に光点で表示し続けてくれた。しかしそんなおせっかいがなくても、不思議と戦場を走り回る敵の位置は手に取るようにわかった。
ここまでの格闘戦は訓練していない。ヨシギはスピードと言うより間合いの取り合いと重い一撃にこだわっていた。大抵のテウヘル相手ならそれで十分。
AIが告げるよりもコンマ数秒早く、ソラは操舵ペダルを左右逆向きに踏み込んで機体を左回転させる/加速度に姿勢制御がついて行かず、左脚部の反重力機構が地面をこすって火花を散らす。
アーシャ/巨獣はやはり左斜め後ろからの突貫を試みていた。先程とは逆でアーシャが飛び込んでくる番。両手の斧を左右に広げたまま、どちらに斬り込んでくるか直前までは見抜けない。
「はははっ、おもしろい。すごいや、アーシャは」
ソラは両手を前に掲げて突き合せた。機体も同じ動きで短刀を体を交差させる。操舵ペダルを片側だけ踏み込んで半身/臨戦態勢へ。
しかし/アーシャ/巨獣の姿がカメラの視界から消えた=真上に飛び上がっていた。ジャガーの身の丈を超える高さで、あの巨体からは想像できない身軽さだった。
「そうきたか!」
ソラはグローブとマニュピレーターの連携を一時解除/流れる手付きでAIの警告文を消去=脚部の反重力機構を最大に/同時に操舵ペダルを全開前進。
機体が斜め上に飛んでいた。ど正面にアーシャ/巨獣が=赤い瞳が驚いているように見えた。空中ではあの巨大な斧は振り回せない。
空中でアーシャ/巨獣に掴みかかった。その後1秒も立たずに、2つの巨体は地面へ落下した。古い舗装路がひび割れひしゃげ、もうもうと砂埃が舞った。アーシャ/巨獣が下に、そしてソラ機の右腕の短刀が首元にあった。
戦闘支援AIの赤い警告文で視界がいっぱいになる=“お前 機体を壊す気か?”
普段は強制停止している操縦支援AIからの警告文=“自殺的操作に遺憾の意を表す”
しかし損傷箇所を機械に逆質問するととたんに静かになった。強化シャーシのお陰で、外装のヒビと傷以外は損傷なし。電気系統もすぐ接続が回復した。
演習会場の巨大なスピーカーから流れるブザー/そして索敵カメラの望遠レンズが捉えた、査察官の赤い旗=死合い終了。
「アーシャ! 怪我はない?」
ソラは狭いハッチから体をひねり出した。格闘姿勢のままではハッチからの出入りが想定されていないせい。
可変戦闘車の機械腕の中で、すでにアーシャは巨獣から元の姿に戻っていた。豊かな胸の上で緑色のポポが揺れて宿主の表情を覗き込んでいた。ソラは慌てて駆け寄ってアーシャを抱え上げた。
「どうしよう、怪我してるんじゃ? 脈は、大丈夫。呼吸も聞こえる。出血、無し。アーシャ、聞こえる? どこか痛いところは?」
ソラがポポと一緒にアーシャの顔を覗き込んだときだった。ぱっちりとアーシャの瞼が開かれ、濃紺の瞳が見えた。
「ソラ、すごい」
ムクリと起き上がったアーシャはその長い腕をソラに巻き付けた。細いのになまじヒトよりも強い腕力で抱きついた。2人の隙間からポポが窮屈そうに抜け出してアーシャの頭の上に登った。
「むすぅ! すごい! ソラはわたしより強い。部隊でわたしより強いの、カールスバーグ隊長だけだったのに。あははっ、楽しかった。すっごい楽しかった」
「ちょっと、アーシャ。離れてよ」
「むぅ、ソラはわたしのことが嫌いなの?」
アーシャの整った眉がことさらに下がる。
「そーじゃなくて!」
裸のまま抱きついている点だった。救護班の乗った救急車が到着し、師団本部の情報士官もカメラを構え、しかし撮影するかどうか決めあぐねている。
「私、強い人、好き。こっちに来てよかった」
アーシャに怪我がないのは幸いだったが、ソラの社会的信用が崩れそうだった




