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「今日の検査も長いなぁ」
ソラは安楽椅子に体を預け、可変戦闘車の格納庫のドーム状の天井を眺めていた。整備士たちの休憩室から引っ張ってきた椅子で、どこかくたびれていてギシギシと音が鳴る。
ソラの頭には電極が取り付けられ、一方がジャガーの操縦席へもう一方が診断機に繋がっている。季節はすっかり雨季に移り変わって、日中はジメッと汗ばむ。専属調整員たるルナは、額に汗を浮かばせ、中身が見えそうなタンクトップ&腰で袖を結んだ整備士ツナギという出で立ちで診断機を慣れた手付きで操作している。
訓練のない午前のゆったりとした時間。他の整備士たちはジャガーの定期メンテナンスのため格納庫をだらだと出入りしている。うっすらと聞こえる彼らの話し声、頭上の梁で群れる小鳥たち。
「ところで私からの宿題、したのかな? ソラくん♪」
ルナは優しくも怖い教師のような口調だった。
「えっと、宿題って?」
「もう、ノーズアート。財団から催促のメールが来てるの。デザイナーと塗装会社に予約を入れないといけないからって」
「べつに、無くてもいいんじゃ」
「だめよ!」ルナは気色ばんで、「戦意高揚、敵への威圧、そして財団の宣伝。かっこいい機体が活躍すればそれだけ財団に支持が集まる。うん。もちろん軍にもね」
ぼす、っと安楽椅子に頭をあずけて考えを巡らせた。そういえば数学や文学は理解できても美術の授業はいまいちピンと来なかった。芸術性に関してはブレーメンの能力は関係ない。
「みんな、花がモチーフですよね」
「ええ、そうね。隊長さんは蝶花、アヤカちゃんが菫、ニロちゃんが花車、ファーイ、じゃなくてフェイフェイは向日葵。第3師団の伝統よ。500年前の戦争のときも、戦車の部隊マークが花だったとか」
「それって、花が咲かない国家への当てつけですかね」
アーシャがいう、灰色の大地と草木の育たない黒い砂──というのがどういうものか分からないが、道端の雑草の花を小一時間眺めるアーシャの姿から、なんとなく想像できる。
「さぁ。どうでしょうね」
「財団は? テウヘルがヒトで砂漠の向こうに国家があることについて何て?」
「さぁ。私はただの調整員。政治とか軍事とか小難しいことはわかんないよ」
受け流されてしまった。今まで知らなかったとはいえヒトを嬉嬉と殺していた。ブレーメンとは違う生き物ではあるけれど、赤い血が流れる同じ温かい生き物を、殺した。この前の戦闘で、いったい何人の敵兵が死んだのか。寿少佐は教えてくれなかった。唇に手を当てて“内緒”と言ってたがその目つきは鋭い軍人のものだった=それ以上聞けば懲罰だ、と。
「じゃあ、蘭で」
ソラが唐突に話したせいでルナは面食らっていた。
「ん? 何の話」
「ノーズアート。胡蝶蘭。マフィアのボスの家に飾ってあったのを思い出しました。最初、造花だと思ったけどとてもきれいな花で。いろんな色があるんです」
「うーん、いいんじゃない♪ 了解。財団に伝えとくね」
ルナはパルを2画面に展開し、片方でソラの神経伝達を管理しつつ、もう片方で財団の担当者へのメールを器用に書いていた。
「ところで、頭のこれ、終わらないんですか」
「まだまだ。始まって15分じゃない♪」
どうして楽しそうなんだ。というか他の操縦士は呼ばれていない。目を閉じてため息をつく。
「はーい、もう少しじっとしてて」ルアはグラグラ揺れるソラの頭を掴んで「一般兵、ブレーメンの混血、どちらも調整員が機体との神経リンクを微調整するんですけど、やっぱ純血のブレーメンは違うよね♪ 脳波とかシナプスの速度とか。電子を超えた量子の領域よね♪」
1%くらいしか理解できないが──協力しなければならないのは理解している。財団に雇われているのだから財団から派遣されているルナの指示には従わなければならない。面倒くさくてもだいたい3日おきにルナからパルに連絡が入る。ノーズアートも、不要だと思っても描かなければならない。か
「ルナさんって、ジャガーの整備士なんですか。それとも生物学とかそういう?」
「あはは♪ 安心して。高専はちゃんと卒業してるから。機械工学も設計も。神経生理学も、一応」
「一応?」
「かじった程度だけど、大丈夫。安心できない? ジャガーはブレーメンのために作られた外骨格義肢がコンセプトだから。“つるし”でもばっちり動いてくれるわ」
「じゃあ、わざわざ調整する必要も」
「君の協力があれば、きっといつか、一般兵でも機敏に扱える可変戦闘車が作れるはずよ」
小さなモニターと対生物レーダーから状況判断をしたり急旋回の重力加速度に、普通のヒトが耐えられるとも思えないが。ソラは肩をすくめてごまかした。
「あの、戦争ってどうなったんだろう?」
「戦争? なんの事?」
「いやだって、この前 基地がテウヘルに襲撃されたし、逆にテウヘルの前哨基地を破壊したし、どう見ても戦争でしょ」
「あはは、やだな。昔からあるちょっとした小競り合いじゃん。隊長に教わらなかったの?」
その肝心の隊長には、ここ最近会っていない。連隊本部のある街へ出張とか。
「私はさ、ただの下っ端整備士だからさ。詳しくはわかんないけど、こういう紛争ってずっと昔からあるの。それに財団の敵はテウヘルだけじゃないの。例えば連邦は古い連邦法を理由に州政府の自由を許さないし、州や都市ごとに分離主義派の政治家も多い」
「ちょ、ちょっと待って。何を言っているの? 連邦は僕らの味方でしょ」
ちらりとルナの横顔を盗み見たが、薄暗い格納庫の中でさらに深い影が落ち、それでいて眼光はぎらぎら/口元は笑っている。
その時、ピープ音が鳴り、脳の診断が終わった。ルナは手際よく検査用のコードを手繰り寄せ、輪にまとめた。
「はい、検査終了♪ ブレーメンの脳波モニターを見るだけでリラックスできちゃう。この後は可変戦闘車の定期メンテしとくからさ♪ ノーズアートも、原案ができたらソラ君のパルに届けるだって」
ルナはすっかり機械オタクに戻っていた。
工業用の無骨な時計が、がたがたと分単位で時間を刻む。時間が無慈悲にすぎるに連れ、いらいらが募りつま先をいみもなくパタパタ動かす。
「どしたの? あ、わかった。宿題がまだ、だとか」
「いいえ、そういうわけじゃ」
「じゃあ、やっぱりアーシャちゃんのこと?」
「まあ。この後会いに行く約束なので」
「あらら、お姉さん、男女の逢瀬を邪魔しちゃったカー」
お姉さん? 彼女は高専を出たばかりなら19とか20歳なのに──そして自分は推定25か26歳。
「そんなんじゃない。ただ、友人として会いに行くだけ。一人で暇してそうだし」
「そうやって思ってあげる心が、愛なんだよ」
ルナはニヨニヨしながら、手に持った電子バインダーに書き込む速度を上げた。
「あの作戦の後から、アーシャは気丈に振る舞っていたけど、でもやっぱり同胞を討つように頼んだのは酷だったのかなって」
「私は別に、巨獣が減ってくれて安心したんだけどね……って何? 怒ったの?」
「怒ってないです」
ただ居心地が悪くなって、つま先の貧乏ゆすりを止めただけだ。
「じゃあ、あ、そうだ。アーシャちゃんにお土産を持って行ってあげなよ」
「お土産?」
ルナは工具箱の下段からクッキー缶を取り出した。開封済みだったが、ホコリを被っているわけではなさそうだった。ちょっと値の張る、贈答用のクッキーだ。
「仕事が終わったら食べようとしてたやつ。ソラくんにあげるよ。ほら、私、ダイエットしなきゃだし」
ルナは上着の裾をめくって肉をつまんで見せる──平均的な体型だと思うが。
「ど、どうも」
ソラはクッキー缶を胸の前で抱えた。
「あはっ、脳波に乱れが。お姉さんのプレゼント、嬉しいんだ。それともお姉さんの柔肌に興奮した?」
「お姉さんって何だよもう。僕はただ、感謝してるだけです」
「照れるなって」
ソラは会釈だけして足早に格納庫を後にした。
営倉から開放されたアーシャにあてがわれたのは、基地の敷地の中にあるプレハブ小屋──というか元倉庫。どこかくたびれているし、屋根の合成パネルは錆びついていて雨漏りしそう。それでも、ソラが戸口に建った瞬間、アーシャが勢いよく扉を開けた。
「むぅ、遅い。遅いよ、ソラ」
「ごめんって。ちょっと格納庫に寄ってて」
しかし──なぜかぎゅうぎゅうに抱きしめられた。これが国家式の挨拶か。
「むふぅ。いい匂い。おいしそう」
「ちょ、まった! 匂うの禁止!」
アーシャに羽交い締めにされたまま屋内に引きずり込まれる。ヒトと違ってかなり腕力が強い。ソラの頭の上には緑の軟体動物のポポが飛び乗り一緒に喜んでいるように見えた。
ガランとした室内は、安物のタイルが敷き詰められ、壁や天井には雨季の雨が染み込んでシミになっていた。教育隊で余っている二段ベットが無理に押し込まれ、しかも2段目は不要だからとマットレスが取り外されている。家具はたったそれだけ。1人と1匹にしては広く寂しい。イスもソファも無いので2人でベッドの下段に腰掛けた。底板がギシギシと窮屈に鳴った。
「ね、ソラ、見て。髪がすごいツルツルまっすぐ。むぅ、それにすごいいい匂い。毎日ニロといっしょにシャワーを浴びてる。シャンプーを初めて使った。ほらいい匂いだから、ソラも嗅いでみるべき」
ぐいぐいとアーシャが迫ってくる。たしかに黒くて長い、それにまっすぐした髪は珍しい。そしてニロと同じ匂いがする。藍色の肌も相まってどこか面妖な美しさがあった。
「シャンプー、使ったことがなかったの?」
「うん。無いもん。でもねすぐきれいになれたし、ニロも、わたしの肌がつやつやだからってペタペタ触ってて。ソラも触りたい?」
「いや、いいよ。遠慮しとく」
「むぅ、信じてないの?」
アーシャは、支給品のカーキ色のTシャツを脱ごうとしたがソラは力ずくで裾を押さえた。
「そ、そうだ。お土産を持ってきたんだ。クッキーだよ。もしかしてこれも初めて?」
少しだけ固い蓋をあけると、人工香料とバターの香りが漂い、丸い缶にぎっしり並んでいるクッキーはどこか花畑のようだった。
「むぅ、すごい。すごいいい香りだ。ほら、ポポ、見てごらん。食べる?」
アーシャは丸いクッキーを半分に割って、ポポに近づけた。初めて会ったときと同じように、緑色の半透明な球体の、その半分ぐらいがぱかりと分かれて口が現れた。ポポはあっというまに、1枚を食べた/取り込んだ。
「この子、ポポが喜ぶとわたしも嬉しい。むぅ、ソラ、わかる?」
「うん、僕はわかるよ。アーシャは優しい子だ。ポポもそう思うだろ」
緑色の軟体動物は、アーシャの手の上でぷるぷると揺れた。この動きはたぶん、肯定。
ポポの食いっぷりに負けないくらいアーシャももぐもぐと口を動かす。どこか一心不乱で、ソラはアーシャが飽きるまで好きに任せた。
そしてアーシャがティッシュで口の周りを拭いて、
「ソラ。ソラはわたしと何をしたい? したいよね?」
「あれ、この前言ったとおりなんだけど」ソラはベッドの上に放置されている本の束を持ち上げて「はい、勉強しよ」
アーシャは頬を膨らませて不満げにうなった。
高校生用の文学の教科書をフェイフェイから借りたが少々難しいらしく、とりあえず最初は堅苦しい文字を眺めながらも、売店でノートと鉛筆を買ってきてあげて文字を書く練習からだった。アーシャは簡単な読み書き以外はできず、ニロとソラで交互に教えている。フェイフェイは飽き性でアヤカは短気だから加わっていない。
「大丈夫。連邦の共通語が話せてるんだから、文字だってすぐに覚えられるよ」
そう言って気づくこと=国家も同じ言葉を話すんだな。少しだけ発音に訛りがあるが読み書きには問題ないはず。
アーシャはぺたんと床に座ると、ノートを固いベッドのマットレスに広げた。言葉はどう教えれば良いんだろう。とりあえず身近な言葉からか。
「これは/k/って発音する子音で、こうやって書く。で、そう、右下に母音を書き入れて。ごはん」
アーシャはぎゅっと鉛筆を拳で握って、ノートの罫線を3列を使って大きく書き込む。
「できたよ。ご飯を食べた」
「そう、その調子。子音と母音と、あと書き順もかな。覚えて発音のとおりに並べたら良いんだよ。昇り調子のアクセントは右下に、下り調子のアクセントは左下に母音を書いて」
「むぅ、ソラ。説明が速い」
「ごめんごめん」
細々と指摘するのは間違いなのだろうけど、アーシャは母音の位置を間違えている。その書き方じゃ馬に乗るじゃなくて馬糞だ。しかし──指摘すると怒りそうなので、あとでなんとなく正しい書き方をしておこう。
「その、国家じゃ文字の書き方は習わないの? 子どもの時とか学校で」
そう言いながらも、自分の幼少期の記憶がすっかり抜け落ちていてきちんと勉強したかは覚えていないことに気付かされた。
「むぅ。習わない。だって必要ないもの。そういうのはジヌシさんとかショーヤさんのとこの子が学校で勉強することだし」
「ええっと、誰が勉強するって?」
「連邦の言葉でお金持ち」
なるほど。
「わたしたちは、学校に行くより先に兵役があるの。20年の」
「20年って、長すぎるでしょ。州でも違うけど連邦で兵役があるのはごくごく一部だよ。まあ、素人が多少 銃を扱う練習をしたところで巨獣にかなわないから基地の草むしりをするくらいだけど」
「大丈夫。スイリョ──リョクシュへの適合があれば寿命がちょっぴり伸びるの。普通は50年くらいでしょ。わたしたち適合者は80年くらい。でも時々例外の人もいる。カールスバーグ隊長とかテムさんとか100年以上生きてるし」
アーシャは文字を書くわけでもなく、拳で鉛筆を握ってぐるぐると渦を書いている。
「辛かったね」
しかし、アーシャは首を振った。黒いまっすぐな髪がぱたぱたと揺れてシャンプーの香りが漂う。
「子どもたちはみんな5歳のときにスイリョ──リョクシュの適合検査を受けるんだけど、わたしは高い適合性があった。精鋭部隊に入れる。むぅ、これで給金をたくさんもらえるし、家族もお金に困らないから、厳しい訓練でも我慢できたの」
「家族って自分を犠牲にしても優先できるものなの?」
「むぅ、何言ってるのソラ。当たり前でしょ」
家族というのは血縁でまとまった一種の共同体だ。そう頭では理解しているが実感はない。それがブレーメンらしい孤立主義のせいなのか、20年前の虐殺で親戚すら残っていないせいなのか。
「わたしは、入隊してからええと、何年だっけ。10年くらい。家族に会えてない。でもね、手紙は書いたんだよ。弟と妹も生まれてね。私の給金できれいな水と土が手に入ったんだって」
しかし──ぐるぐると渦を描いていた手が止まった。
「家族が心配?」
「むぅ。わたしが連邦に来たせい。カールスバーグ隊長は、あまり隊員の家族まで気にはしないはずだけど。もしものことがあったらって思うと」
「ごめん。辛いことを思い出させちゃった」
「ううん。聞いてくれてありがとう、ソラ。でもわたしは家族が無事だって信じてる」
アーシャは例の祈りのポーズをした。両の手を組み合わせて額に軽く触れている。
ソラも見様見真似で祈りのポーズをしてみた。手を組み合わせて額に当てて、そして目を閉じる。
「むぅ、ちょっと違うソラ。ここは、こう」
アーシャの細くて冷たい手が触れるのがわかった。なかば力ずくで関節の角度を変える。無理に首を動かされたせいで、痛い。
目を開けると──アーシャの藍色の瞳が眼前にあった。
「近くない?」
「ブレーメンの瞳。若草色。きれいだから」
なおもアーシャが顔を近づける。ソラはいたたまれずに顔をそむけた。
「ブレーメン、国家でも有名なんだね」
「むぅ。当たり前みんな知ってる。おばあちゃんが近所の子どもを集めておとぎ話をしてくれた。半分くらいはブレーメンの話」
ぴとっとアーシャは疲れたようにソラの肩に頭を載せた。
「ワング=ジャイはね、すっごい昔からある街なの。ブレーメンが建てた石の塔とか城壁とかあってね。遺跡の上に獣人が街を作って、そして国家って引き継がれてる」
「ふうん。ブレーメンってどんな生き方してたんだろ」
「ブレーメンのソラにそれを聞かれるの、なんかおかしい」
「しかたないだろう。昔のことなんて全然覚えていないんだ」
「むぅ。じゃあブレーメン七騎士は? 知らない? そう。伝説の七騎士。空を駆け、山を切り、地に大穴を開け、海を割り、川を走る」
「さすがに盛り過ぎじゃない?」
「これは昔話! でもね、七騎士の中でも一番年下の娘が一番強かったの。その娘が手をパチンって叩くだけで、地を埋め尽くす獣人の頭がたちどころに弾けた……」
「えっ、どうやって?」
「だーかーらー昔話!」アーシャはソラの頬をつねって「ブレーメン“ごっこ”で遊ぶときも、その娘の役が人気だった。神から超越した萬像を手に入れた。それは呪いであり祝福でもあった」
アーシャの語り口は、どこか硬く物語を語って聞かせる詩人のようだった。話はブレーメンの伝説についてなのに、それでも彼女はどこか誇らしげに楽しそうだった。
「ところで、ソラ。明日の戦闘演習だけど」
「うん、話は聞いてる。もう中央の査察官も駐屯地に来て司令があちこち案内してて……」
突然、アーシャにぎゅうぎゅうと肩を掴まれる。
「むぅ、わたし楽しみ。楽しみで、どうしよう、絶頂しそう」
おまけ♫
ゴールデンウィーク企画
物語tips:連邦共通語と文字
文字は35種類の子音と18種類の母音と半母音、鼻母音から作られる。人工言語であるが発祥は不明。
連邦での識字率はほぼ100%。一方のテウヘル領域/国家では十分な教育機関が存在しないため読み書きすら困る労働階級が7割を占める。ただし、両国とも言語は共通しており、若干の方言が存在する。




