9話
激動の数日を経て、月曜日の朝。
学園の教室は、朝から異様な熱気に包まれていた。
「ねぇ、金曜の配信見た!? かざねの配信、やばかったよね!?」
「『白銀の騎士』だろ。今朝のニュースでもずっと取り上げられてたしな。ほんと誰なんだろうな」
クラスメイトたちが集まり、口々に『第三ダンジョンでの事件』について熱く語り合っている。
俺はと言えば、なるべく反応しないように教室の隅の席で息を殺して気配を消していた。
「かざねが襲われたモンスターって、Aランクのパーティーでも勝てるかどうかなんでしょ? じゃあそれより上の高ランク探索者を当たれば、正体がわかるんじゃないの?」
「いやいや、Sランクの探索者って日本には5人しかいないんだろ? 都合よくあんな中層の場所に現れるか?」
「なに言ってんだよ。もっと身近にいるだろ? 次期Sランク候補生の筆頭がさ! おい、日上! この白銀の騎士ってお前じゃねえの?」
男子生徒の一人が、得意げに声を張り上げる。
その視線の先にいたのは、窓際の席で取り巻きに囲まれている男子生徒――日上レイだった。
国内有数企業の御曹司であり、学年トップのAランク探索者だ。
明星かざねと同じく、教育機関に通う探索者として広く知られている。
特にその容姿と高い実力で、女子から絶大な支持を受けているらしい。
「いやぁ、またその質問かい? 困るなぁ」
日上は笑顔を浮かべ、前髪をかき上げた。
「そう聞かれても、僕の口からここで『そうです』とは答えられないだろ? ギルドの機密や、かざねとの兼ね合いもあるしね。……けれど、否定はしないでおこうかな。君たちのご想像にお任せするよ」
「えぇ~!? これってやっぱりレイ君だったの!? でも確かに、あのスタイルの良さとか似てるかも!」
日上の思わせぶりな態度に、教室中の女子たちが黄色い歓声を上げる。
この教室……いや、世界中で騎士の正体を知るのは俺とレヴィアだけだ。
そして日上が広めているその誤解は、少なくとも俺にとって不快なものではなかった。
むしろ好都合と言っていい。
なぜなら周囲のスポットライトがひとりに集中してくれているのであれば、俺に注目が集まることなど絶対にないからだ。
しかし――
『――ご主人様』
不意に胸ポケットに収まっているカードの中から、レヴィアの冷ややかな声が脳内に直接響いた。
『あのレイという名のゴミムシ……今すぐ消し去る許可を頂きたいのですが』
「周りが勝手に勘違いしてくれる方が、俺も動きやすいだろ」
『アレはご主人様の偉大なる功績を、横から掠めとろうとしている害虫です』
「功績なんてどうでもいいんだよ。俺に必要なのは、仕送りに必要なお金だけなんだから」
小声でレヴィアをなだめていると、別の生徒がスマホの画面を見せながら声を上げた。
「それよりさ、SNSで回ってきたこの切り抜き動画も本物なの? だとしたらこの鈴木とかいう奴、やばくない?」
「あぁ、隣のクラスの奴だろ?」
「どんなやつだっけ? 自分よりランクの低い相手をいびってるところしか覚えてないんだけど」
「あと、かざねのアシスタントしてるアピールな。凄いのはお前じゃなくてかざねだってのに、とことん馬鹿なやつだよな」
鈴木が大衆の前でかざねを囮にして逃亡した動画は、ネット中のおもちゃになっていた。
噂では配信の直後に鈴木は探索者ライセンスを取り消された、その後に自主退学という形で学園を去ったという。
「かざねちゃんも救ってくれたし、やっぱ白銀の騎士に感謝だな!」
◆
騒がしい一日を終え、放課後。
いつもなら通らない通りを、速足を通り抜けていた。
ここ数日間で稼いだ金を施設へと届ける、諸般の手続きを済ませるためだ。
その時、前方の喫茶店のテラス席で見覚えのある後ろ姿を見つける。
「あれ? もしかして……乙葉さん?」
声をかけると、その女性はビクッと肩を揺らして振り返った。
元木乙葉。俺が育った施設の職員で、俺にとっては優しい姉のような存在の女性だ。
前施設長が逝去したため、彼女が事実上の施設の責任者だと言えた。
そんな乙葉さんの顔色は記憶にあるものとは程遠く、酷く青ざめていた。
「ゆ、ゆう君!? なんでこんな所に……?」
「それは……。」
俺が言葉に詰まっていると、仕立ての良いスーツを着た中年の男が現れる。
オールバックに整えられた髪に、嫌悪感を催すような爬虫類じみた細い目。
男は俺に一瞥もくれずに、乙葉さんに対してその嫌な笑みを浮かべていた。
「おや、約束の時間より少し早いようですが……これはつまり、今日こそは色よいお返事をお聞かせいただけると考えて、よろしいのですかね」
男は乱雑にイスを引き、乙葉さんの向かいに座る。
それを見た乙葉さんは、右手で自分の左手首をギュッと強く握りしめた。
昔からそうだ。乙葉さんが手首を掴む仕草は、決まって困っている時や何かを必死に我慢している時だ。
「木戸さん……。えっと、その……お話はありがたいのですけど、もう少しだけ、お返事は待っていただきたいんです」
「迷う必要などありませんよ。貴女はただ、私の要求に頷きさえすればいい。簡単なことでしょう。それとも、あの施設と子供達がどうなってもいいと? 私はそれでも一向に構いませんがね」
木戸と呼ばれた男は、乙葉さんの怯えた顔を見て嗜虐的な笑みを深めた。
俺の胸の奥で、冷たい怒りがふつふつと湧き上がる。
「……返事を待って欲しいと、本人が言っているんです。その言い方はないでしょう?」
俺が一歩前に出て間に入ると、木戸は不快そうに顔をしかめ、俺を足元から見定めた。
「おや、施設の子供ですか。乙葉さん、大人の話し合いに子供を連れてくるのはどうかと思いますよ。それとも同情を誘う作戦ですか? これだから頭の弱い女は……」
「おい! お前――」
「ま、待って! ゆう君、わたしは大丈夫だから。ね? 心配しないで」
木戸の胸ぐらを掴もうとした瞬間、乙葉さんが慌てて俺の腕を引いた。
無理に作った笑顔だ。余計に握り締めた拳に力が入る。
だが木戸は、半笑いで俺を睨み返していた。
「素晴らしい大人の対応ですね、元木乙葉さん。ですが、こちらも慈善事業ではないので、待てる時間も限られています。まずは、そうですね。借金の一部を返却していただけますか? ざっと2000万ほど」
「に、2000万……!? 必ず、必ず返します。ですから、もう少しだけ時間を――」
「俺が支払うよ」
俺の声が、路地裏に響いた。
乙葉さんが驚いて目を見開く中、木戸は鼻で笑った。
「私が欲しいのは金であって、その反吐の出るような子供の強がりではない。大人同士の話し合いに、口を挟むな」
「お前こそ、大人だと言うなら礼節を守ったらどうなんだ?」
俺が木戸を睨みつけると、木戸は不愉快そうに舌打ちをした。
「ゆ、ゆう君!? ダメだよ、そんなこと言っちゃ……!」
「大口を叩いたこと、後悔するなよ。2000万、明日までに振り込んでおけ。でなければ、お前達のあの施設を跡形もなく潰す」
「金の回収ができるなら問題はないだろ。用が済んだら、さっさと消えろ」
俺の態度に、木戸の顔が怒りで朱に染まるが、すぐにスーツの襟を正して乙葉さんに向き直った。
「……元木乙葉さん。来週末には、その子供抜きにゆっくり話せる場所で会いましょう。そうですね、近くのホテルなどどうでしょうか。貴女の交渉には、非常に有利な場所でしょう?」
「次お会いする時には、必ずお返事します。ですからここでは、そういうお話は……。」
「私の援助が欲しいのであれば、その返事の内容は熟慮すべきだと言っておきましょうか。それでは」
木戸は嫌味な笑みを残し、去っていった。
残された静寂の中、乙葉さんは申し訳なさそうに俺を見つめた。
「ごめんね、ゆう君。こんな話し合いに付き合わせちゃって」
「謝る必要なんてないよ。けど……いまの男は?」
「……わたし達を、救ってくれるひとだよ」
乙葉さんは、自分に言い聞かせるように、震える声でそう言った。
それはつまり、彼女が自分自身を犠牲にして、あの男の要求を呑もうとしているということだ。
2000万なら、御織さんに魔石を換金してもらってすでに手元にある。
だが、それだけでは根本的な解決にはならないだろう。
「乙葉さん、詳しく話を聞かせてください。俺が絶対に、解決して見せますから」




