8話
「……あの振る舞いからして、単純に目立つのが目的ってわけじゃなさそうね」
都内の一等地にある、高層タワーマンションの一室。
明星かざねはソファに深々と腰を沈めながら、手元のタブレット端末で動画投稿サイトの検索結果を眺めていた。
そこに並ぶのは昨日の配信の切り抜き動画ばかりだ。
『【神回・奇跡の救出】空間を切り裂き現れた『謎の白銀の騎士』! 災害級モンスターを一撃で粉砕!』
センセーショナルなサムネイルと題名がいくつも踊り、その多くは数万から数十万再生されている。
特に人気な切り抜きなどは、アップロードされてから半日程度で100万再生を突破していた。
それらのコメント欄はおおむね、かざねを心配する声、鈴木の無様な逃亡を小馬鹿にする声、そして――名も名乗らずに去っていった『白銀の騎士』を賞賛するコメントで延々と埋め尽くされている。
「普通なら……売名をする絶好の機会だったはずなのに」
かざねはタブレットをスクロールさせながら、小さく息を吐いた。
あの瞬間、ライブ配信の瞬間的な視聴者数は最高で15万人まで記録されていた。
それだけの視聴者が見ているカメラの前で、彼が名前や所属チャンネルを名乗っていれば、一瞬にして世界トップクラスの知名度とスポンサーを獲得できただろう。
しかし、白銀の騎士は逃げるようにその場を立ち去った。
「……じゃあ、話題を作ることが目的なの? だとしたら、後からSNSで『あれは俺だ』って名乗り出るはず。だけど、いくら探してもSNSやD=tubeに上がっているのは、私の配信の切り抜き動画だけ……」
ネットの特定班が血眼で騎士の正体を追っている。
定かではないが迷宮管理局でさえ、あの騎士の正体を把握できていないという噂もある。
事実として、ネット上にも管理局のデータベースにも騎士に関する情報は一切落ちていなかった。
「……まぁ、私にとっては命を助けてもらった恩人だし、鈴木という邪魔な寄生虫を排除できたのはラッキーだったけど」
明星かざねは、根っからの拝金主義者である。
いや、正確に言えば『そうならざるを得なかった』のだ。
かざねは、非常に貧しい家庭に生まれた。借金まみれの実家に、まだ幼い弟や妹達。
子作りには熱心だった父親は子育てには興味がなかったようで、父親が蒸発したあと母親は家庭を支えようとした無理がたたって、体調を崩してしまった。
そんな中、かざねに『探索者適性』が発現した。
探索者育成アカデミーに入学すれば、訓練だけでも国から補助金が貰える。さらにダンジョン内での魔石やドロップ品の稼ぎは、一般職と比べて桁が2つも3つも違うのだ。
かざねは迷いなく命を懸けてダンジョンに潜り、同時に『配信』という手段を使って知名度をお金に換えてきた。
今でこそ家族に十分な仕送りをしつつ、自分自身もこうしてセキュリティが完璧な高級マンションに住めるまでになった。
装備も、安全を買うために乗用車が買えるほどの値段の防具を身につけている。それらすべては、命を守り、さらに稼ぐための『先行投資』といえた。
お金はほぼすべての問題を解決すると、かざねは考えていた。
だからこそ、それに直結する知名度を簡単に捨てるあの騎士に、強烈に興味がそそられた。
「知名度と人気は、それだけで莫大なお金になる。もし……あの人を私のパーティーに引き込めれば――」
かざねの瞳に、野心の炎が灯る。
あの異常個体を一撃で粉砕した圧倒的な武力。そして見返りや打算を感じさせない魅力。
彼あるいは彼女が隣にいてくれれば、安全に深層のダンジョンを攻略できる。それに配信の同時接続者数も数十万……あるいは数百万に達するかもしれない。
「どうにかしてコンタクトを取れないかしら。相手が何を望んでいるのかさえ分かれば、私が全面的に協力してあげるのに……」
かざねが一人ごちた、その時だった。
「――ごきげんよう。良い夜ですね」
「……っ!?」
突然、背後からかけられた透き通るような声。
ここは地上25階。オートロックは三重にかかっており、窓も完全に施錠されている。
誰もいるはずのない自室で起きた異常事態に、かざねの全身の毛が総毛立った。
「だ、だれ!?」
かざねはソファから跳び起きると同時に、テーブルの下に隠しておいた魔道具と取り出した。
ダンジョンで培った反射神経で振り返り、声のした方――窓際を睨みつける。
月明かりが差し込む窓の傍に、一人の少女が立っていた。
息を呑むほどに美しい、白銀の髪。
透き通るような白い肌と、華奢な身体を包む白銀の甲冑。
この世のすべての美を凝縮したかのような、神々しいまでの存在感を放つ少女が、妖艶な笑みを浮かべてかざねを見つめていた。
「わたくしの名前は、レヴィア。本日は貴女に、とても素敵なご提案をお持ちいたしました」
「レヴィア……? それに提案って……。」
かざねはジリッと後ずさり、魔道具を前に突き出した。
美しい少女だが、その内側から立ち昇るプレッシャーが異常すぎる。
昨日遭遇した、あの黒い災害級モンスターすら赤子に思えるほどの、圧倒的な死の気配。
本能が激しく警鐘を鳴らしていたが、かざねは震える声で威嚇した。
「残念だけど、不法侵入者の話を聞く気はないわ。今すぐ出ていかないなら、警察と管理局に通報するわよ!」
「えぇ、構いません。わたくしも形式上は『お話を持ってきた』と人間らしい言葉を使っているだけで、最初から貴女の意思など聞いてはおりませんので、お構いなく」
「なっ……!?」
レヴィアは魔道具など歯牙にもかけず、優雅な足取りでかざねに歩み寄る。
彼女が一歩踏み出すたびに、部屋の空気が重くのしかかり、かざねは息をすることすら困難になっていった。
(なんなの、このバケモノ!? 人間じゃない、それにこの魔力……まさか!)
かざねの脳裏に、昨日自分を救ってくれた『白銀の騎士』の姿がフラッシュバックする。
同じ白銀の装備には、やはり白銀の騎士と同じ意匠の装飾が施されている。
この少女は、あの騎士の仲間――あるいは、ネットの考察で言われていた『召喚獣』や『使い魔』の類なのではないか。
「あ、あなたが……あの騎士の……?」
「おや、察しが良いですね。さすがは、ご主人様が目をかけられた小娘といったところでしょうか」
レヴィアは妖しく微笑み、かざねの目の前まで来ると、その華奢な顎を白魚のような指先で持ち上げた。
逆らえば一瞬で首を刎ねられる。
かざねは蛇に睨まれた蛙のように、一歩も動くことができなかった。
「お金なら、好きなだけ払うわ。だから――」
「ふふっ、そのような下等な紙切れに、わたくしが興味を示すとお思いで?」
「だ、だったらなにが目的なの……?」
レヴィアはクスクスと笑い、月明かりを浴びてその双眸を細めた。
「わたくしの目的は、ただ一つ。崇高なる『ご主人様』の圧倒的な力によって、この世界を導くことです」
それは、忠誠という名の狂信。
「貴女のその知名度と配信チャンネル。ご主人様のために、少々『有効活用』させていただきますね。光栄に思いなさい?」
「……え?」
かざねは、目の前の怪物が言い放った言葉の意味を理解し、顔を引きつらせた。
二ツ野優吾が、学生寮で安堵の寝息を立てているその裏。
最凶にして最強の使い魔による、本人の知らぬ間に進められる英雄の『プロデュース』が、今まさに始まろうとしていた。
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