10話
「おりゃあ! 喰らえ!」
「ズルいよ! 僕も白銀の騎士の役やりたい!」
チビ達の遊び声を聞きながら、すでに懐かしささえ感じる施設――『ひだまりの家』に足を踏み入れる。
庭の方を見れば、やはり古びた遊具の周りでチビ達が木の棒を振り回して遊んでいた。
かつての自分の姿と重なり、思わず笑みがこみ上げる。
「見ての通り、あの子達ったら『白銀の騎士』に夢中みたいなの。ゆう君は探索者の学校に行ってるから知ってるよね?」
乙葉さんが、子供たちの無邪気な姿を細めた目で見つめながら言った。
「あ、うん。そうだね、噂話ぐらいは知ってるよ」
探索者は危険な仕事だが、一方で子供達には人気な職業として毎年ランクインしている。
子供が多くいるこの施設で、乙葉さんが騎士の話を知っていても不思議ではなかった。
どうにか苦笑いしながら答えると、乙葉さんは少しだけ寂しそうな顔で夕暮れの空を見上げる。
「……あんな救世主みたいな人が、わたし達のところにも来てくれたらいいんだけど」
「……え?」
「ううん、なんでもない。久しぶりに来たんだし、ゆう君もご飯食べてくよね? すぐに準備するから待ってて」
どれだけ追い詰められていようと、子供たちの前では決して弱い部分を見せない。
それが乙葉さんの優しさであり、同時に危うさでもあった。
「俺も手伝うよ。もう乙葉さんの世話になりっぱなしにはいかないからさ」
「ほんと? やっぱりゆう君は優しいね。学校の寮に入るって言ってここを出ていったときも、みんな大泣きしてたっけ」
「まだ一年とちょっとなのに、すごい昔のことに感じるよ。俺に探索者の適性があるってわかった時も、みんなでお祝いしてくれたし」
昔話に花を咲かせながら台所へ向かおうとした時、玄関の引き戸がガラガラと勢いよく開いた。
「ただいま、乙姉。ごめん、今日は早く帰ってチビたちの面倒みるつもりだったんだけど、なんか知らない男子から呼び出されてさ。告白断るのに時間取られちゃって――」
玄関から勝手知ったる様子で入ってきたのは、制服を着た女子だった。
俺も通っていた、ここからほど近い中学の制服だ。だが不思議と新鮮味を感じていた。
かつては少年のように短かった黒髪を肩口まで伸ばしていたが、少し強気な眼差しは相変わらずだ。
「あれ、雫か? 久しぶりだな、元気してたか?」
俺が声をかけると、かつては妹分だった雫は一瞬驚いたように目を見開いた。
なにか言おうとしたのか何度か口を開けては閉めてを繰り返し、そして最後にはプイッとそっぽを向いた。
「お、お兄……優吾じゃん。勝手に出ていったくせに、なんで施設にいるわけ?」
「偶然、外で会ったの。ゆう君は学校帰りだって言ってたから、夕飯を一緒に取ろうと思って来てもらったのよ」
「ふ、ふーん、そう。乙姉が呼んだなら、別にいいけどさ。あ、アタシ着替えてくるから!」
雫はそう言い残し、足早に奥の部屋へと消えていった。
昔から素直じゃない性格だが、それは今でも変わっていない様子だ。
その背中を見送って、乙葉さんが小さく笑う。
「雫ちゃん、大人っぽくなったでしょ? 学校だと凄く人気みたいなの。あのまま楽しく、普通の学生生活を送らせてあげたいんだけど……」
そして、乙葉さんの表情が再び陰る。
俺は周りに誰もいないことを確認し、声を潜めた。
「乙葉さん。雫やチビ達は、事情のことを知ってるんですか?」
「ううん、知らないよ。ただでさえ、わたしみたいな頼りない大人が保護者代わりなんだもの。これ以上、あの子たちを不安にさせたくないの」
「そんなことないです! みんな……俺だって、乙葉さんが親代わりでずっと感謝してますから。だから、俺にも事情を話してください。乙葉さんの力になりたいんです!」
◆
施設の奥にあるキッチンで、乙葉さんは短くない沈黙を続けていた。
そして乙葉さんは迷った後に、観念したように小さくため息を吐き出した。
「……ゆう君は、この周辺が一気に活気づいた頃のこと覚えてる? 三年前のこと」
「もちろん。第十八ダンジョンの出現で都内の主要路線が大きく変更した時、ここの近くにも新しい駅ができて、再開発が進みましたよね」
「その時に、前の施設長さんがこの施設を守る為に色々と手を回してくれてね。この周辺地域での『合同組合』を作ってくれたの。その時に調整を色々と協力してくれたのが、さっき会った木戸竜也さんだったんだけど……。」
乙葉さんの声が途切れ、視線を彷徨わせる。
つまり――
「その合同組合を乗っ取られてしまった、と」
俺の推測を聞いて、乙葉さんは重々しく頷いた。
「木戸さんのお父さんが国会議員で、木戸さんもその事務所に所属してるの。それで、この土地を事務所を入れた大型の雑居ビルを立てるために使いたいんだって。それが嫌なら、組合の規定に従って土地を買い取れって……」
「そういうことか。相手が議員絡みで、しかも違法性がない分、質が悪い」
「だけどね、私が組合の秘書として木戸さんのお手伝いをすれば、支払いの期限を延長してくれるらしいの。それどころか、木戸さんも個人で援助をしてくれるって言ってて……」
「あの男の話ぶりや目つきを聞いていて、ただの『仕事の手伝い』だなんて、乙葉さんも本気で思ってませんよね?」
「……大丈夫だよ。わたしって愛嬌だけが取り柄だから、きっと悪いようにはされないと思うの」
乙葉さんが無理に笑おうとした、その瞬間だった。
「乙姉、いまの話って……ほんとうなの?」
台所の入り口に、着替えを終えた雫が青ざめた顔で立っていた。
「雫ちゃん、聞いてたの?」
「相談してくれればよかったのに! アタシもアルバイトして乙姉を手伝うよ! いつまでも子供じゃないんだから!」
雫が涙目で叫ぶ。
「違うの、雫ちゃん。わたしは、そんなこと……」
「雫、辞めるんだ」
「命令しないで! 施設から出ていった部外者は黙っててよ!」
「乙葉さんは大人として……保護者として、雫達には今まで通りの生活を送って欲しいんだよ。聡いお前なら、わかってるはずだろ」
俺の言葉に、雫はハッとして俯き、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「じゃあ、どうしろっていうの! アタシ達の問題でもあるんでしょ!?」
嗚咽を漏らす雫の頭を撫でながら、俺は乙葉さんに向き直った。
「乙葉さん。今は、どれぐらいのお金が必要なんですか?」
「……今だけで、1億の借金をしているわ」
「土地の買い取り問題を含めると?」
「土地の買い取りをするとなると、4億円。これ以上返事を先延ばしにするなら、さらに値上げをするとも言われているわ。本当に、ごめんなさい。こんなことになってしまって……」
「4億円……!? それに借金を合わせて……ご、5億円!?」
金額を聞いた雫が、絶望したようにへたり込んだ。
だが、俺の心は驚くほどに冷静だった。
「……乙葉さん。俺に任せてください」
俺の言葉に、雫が顔を上げる。
「お、お兄ちゃんなに言ってんの!? 必要なの5億円だよ!? 5億円!! いくら探索者になったって言っても、どうやって稼ぐのさ!」
「雫ちゃんの言う通り、無茶はしないで。探索者は凄く危ない仕事なんでしょ? ……ゆう君のその気持ちだけでも、十分だから」
二人の心配をよそに、乙葉さんの目を見て力強く笑いかけた。
実際には、強がりだ。だがそれでもふたりを不安にさせたくはなかった。
いや、ほんの僅かであっても安心させたかったのだ。
「さっき、言ったじゃないですか。白銀の騎士みたいな救世主が、ここにも来たら良いのにって」
「……ゆう君?」
「頼りないかもしれないけど、俺に任せて欲しい。だから乙葉さんも、それに雫も……絶対に、あの男の要求なんか呑まないで、俺を信じて待っていて欲しい」
元々、この施設の経営が苦しいとは聞いていた。
だがまさかここまで追い詰められているとは想像もしていなかったのだ。
それに5億円を一週間で稼ぐ方法なんて、正直に言えば思い浮かばない。
そもそもFクラスの探索者が一生かかっても稼げる金額ではない。
しかし今の俺の手元には、レヴィアがいる。
そして白銀の騎士の力もある。絶対に不可能な数字ではないはずだ。
こんな時に、大切な人達を守る為に、SSRのサモンカードを使ったのだから。
だからこそ、念を押す。
ふたりと、そして自分自身に言い聞かせるように。
「必ず俺が、どうにかして見せるから」
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