11話
「ここがエントランスか。日本最大級とは聞いてたけど、ここまでなんて……。」
巨大なドーム状に広がる大空間には、ひっきりなしに探索者たちが行き交っている。
空には情報端末が飛び交い、モンスターの出現状況やダンジョンに潜っている探索者の数が表記されていた。
第六ダンジョン。全百階層を誇る、日本でも最大級のダンジョンだ。
目標金額である5億円を正攻法で稼ぐには、小型のダンジョンを攻略していては間に合わない。
そこで俺が思いついたのは、最も苛烈にモンスターが出現する、超大型ダンジョンの最下層で数日間の狩りをするという手法だ。
だがその為には、下準備も欠かせない。
物資の補充のためにストアへと足を踏み入れようとした時だった。
『ご主人様、少々よろしいでしょうか』
「もちろん」
胸元のポケットからレヴィアの声が伝わってくる。
それに回りを警戒しながら、小声で答える。
『覚えていらっしゃいますか? 私とご主人様の出会いの日を』
「あぁ、忘れるわけがない」
『ありがとうございます。私はあの出会いが運命であったと、そう確信しています。そして再び、運命を信じるべきではないでしょうか?』
「実を言うと、俺もそれを考えてたんだ。だからここを選んだと言ってもいい。ダンジョンに入る準備も整えるついでに、カードも買っていこう」
第六ダンジョンはひとつの階層が非常に広いことでも有名だ。
レヴィアの力を借りた俺だけでモンスターを狩っていては効率が悪い。
そこでもう一枚、サモンカードを手に入れようと考えていたのだ。
残った資金を手元に確認しつつ、俺は店内でコーナーへと足を進めた。
◆
「このカードを箱でお願いします」
「……あいよ」
気怠げな店員に、サンプルを手渡しノーマルカードの詰められた箱を受け取る。
箱の中身は主に悪魔系とドラゴン系のカードが多くを占めていた。
これはカタログを見た結果、空番となっているのがこの二種類が多いからだ。
最終的に生成されるSSRは、当然だが素材となったカードにも左右される。
だからこそ素材に悪魔系とドラゴン系のノーマルカードを選んだのだ。
少しでもSSRを手に入れるための確立を上げるための策でもある。
そして箱の中身を確認し、受け取とろうとしたその時。
横からヌッと嫌に脂ぎった顔の男が体をねじ込んで来た。
「おいおい、ちょっと待った! アンタもしかして初心者!? あのさぁ、カードを買う時は周りの経験者に意見を求めるのが第六ダンジョンの常識だよ? 知らない? 知らないよなぁ、最近の若い奴らは。界隈の知識を入れてから来いって話なんだよな」
薄ら笑いを浮かべた探索者が、馴れ馴れしく俺とカウンターの間に立ちはだかる。
無意識に発される上から目線の口調だった。
「急いでるので」
「だから? 俺は急いでないから。あのね、サモンカードってすごく奥が深いわけ。初心者が気軽に手を出していい物じゃないのよ」
『殺しますか?』
「相手にするな。今は一分一秒が惜しい」
頭の中で冷たく言い放つレヴィアの忠告。
それを無理やり制止するも、勘違いした男の嘲笑は全く止まる様子がなかった。
「アンタ、Fランクでしょ。ならそのカードを選んだ時点で詰んでるよ? 悪魔系のサモンモンスターは使い物にならないし、金をドブに捨てるようなもん。大損確定しちゃってるわけ。今すぐに謝れば、初心者にお勧めのカードを教えてあげるよ。30万円で。どうする?」
「結構です」
こんなものに使う時間も金もあるわけがない。
無視して立ち去ろうとしたが、怒りで顔を真っ赤にした男は俺の肩を思い切り鷲掴みにした。
「あのさぁ、優しくしてあげてるからって調子に乗ってるよね? こっちが下手に出てるってのに、その態度はなに? 一度痛めつけないと理解できないかな? この第六ダンジョンのルールってやつを」
「探索者同士の争いは、管理局側から禁止されていますけど?」
「残念、サモンモンスター同士での戦いなら禁止されてないんだよね。そんなことも知らないのにカードを買おうとしてたわけ? やめた方がいいよ、才能無いから」
どういう神経で、Fランクの相手にこれ見よがしに圧力をかけているのか。
俺と違って完全に客商売に迷惑している奥の店主は、忌々しげに顔を出して警告を飛ばした。
「暴れるなら外の訓練室を使えよ。店に被害が出たら、その分請求するからな」
「カードでのバトルが嫌ならそれでもいいよ。今なら、勉強代としてそのカードと有り金を全部置いていけば勘弁してあげる。俺はランクが上だし、優しいからさ」
男のランクはB。つまりランクを利用した恐喝に近いタカリだ。
しかし俺としてはこの申し出で、頭のなかのもうひとつの計算式が浮かんでいた。
ここまで男が大きく出られるのは、ある程度のカードを持っているからだろう。
「……なら俺が勝ったら、お前のカードを全て貰う。いいな?」
「おいおい、本気で言ってんの? Fクラスで、しかもハズレカードを買うような奴が、なに言っちゃってんの。まぁいいよ、万が一にもそんなことありえないし」
◆
店の外の脇道。
人気のない戦闘専用の訓練施設へと足を踏み入れた途端、男はすぐさまカードを取り出した。
「『《迅雷の牙》ヴォルト・フェンリル』、『《幽鬼の騎士》ファントム・ゲイラー』『《鬼神大将》羅刹』、召喚!」
三つの魔方陣、そして閃光と煙幕があがる。
姿を見せたのは巨大な狼と、幽霊の騎士。最後はこん棒を持った鬼だ。
どのサモンモンスターも見上げる程に大きく、そして威圧的だった。
「デカいな。サモンモンスターって、普通はこれぐらいのサイズなのか……。」
「あれ、ビビっちゃった? まあ仕方ないよね。このカード達はサモンカードの中でも最強のURだからさ。それがここに3枚あるわけ。調子に乗って喧嘩を売ってきたのはそっちだから、今さら謝ってももう遅いよ?」
男は満足げに笑みを浮かべて頷いている。
だが当のサモンモンスターは主とは違い高いプライドを持ち合わせていたようで、巨大な狼が不満を漏らす。
「馬我。我々は契約を結んだ身ではあるが、お前の召使いではない。気安く呼ぶなと言っているはずだが?」
「いやぁ、それがお前達を叩きのめすって豪語する探索者が現れてさ。馬鹿にされて黙ってはいられないでしょ。僕としても、君達としてもさ」
「ほう、我らを愚弄するか。であるならば、話は別だ。その軽挙妄動、後悔させねばなるまい」
「然り、然り! 我らの誇りにかけて、粉砕せねばなるまい!」
「おいおい、こんな雑魚みてぇな奴を狩って強がる気か? だせぇな全く」
馬我と呼ばれた男の挑発を真に受け、サモンモンスター達が標的をこちらへと合わせてくる。
どちらかと言えば利害が関係しているからこそ、契約を結んでいるように見える。こう考えるとレヴィアは何を思って俺と契約してくれたのだろうか。
そんなことを考えながら、胸元のカードを人撫でする。
身を揺らすだけで地面が抉れるほどの大迫力の三体。
その刺すような殺気と覇気を受け、俺は最も信頼するその名前を呼んだ。
「レヴィア、頼む」
「承知いたしました、ご主人様。迅速に処理いたします」
青白い魔力の残滓とともに、舞い降りるのは白銀の戦乙女だ。
可憐な少女にも見えるその姿だがしかし、目の前の威圧的な三体よりも存在感を放っていた。
レヴィアを前にして馬我の表情に、わかりやすい動揺が浮かび上がる。
「へ、へぇ? レヴィア……聞いたことないカードだな。けどどうせ、SRあたりのマイナーなカードだろ? 到底、俺のUR3枚には――」
レヴィアのカードは、馬我や相手のサモンモンスターには見せていない。
SSRのサモンカードなど見せれば、余計な混乱と問題を招くからだ。
だが、サモンカードで呼び出された者同士には相手の実力がすぐに理解できるらしい。
主たる馬我の呑気な笑いが途絶えるよりも先に、最強と豪語したはずのURサモンモンスター達が怯えながら後ずさりしていく。
「馬我! 俺をカードに戻せ! 早くしろ!」
「わ、我は急用を思い出したので、ここで失礼する!」
「俺はなにも言ってないぞ! 喧嘩を売ろうなんて気もない!」
恐怖によるパニックは、三者三様だった。
ただただレヴィアの姿を見ただけで、勝ち目のなさを悟ったのか、次々と戦意を喪失していく。
一方のレヴィアはただただ視線を向けるだけで、圧倒的なプレッシャーを放っていた。
そして冷ややかで美しい声色の命令が下る。
「跪いて命を差し出せ、下等生物共。この私の命令だ」
「……は?」
理解が追い付いていないであろう馬我をよそに、サモンモンスター達は抵抗をあきらめていた。
三体の強力無比なモンスター達は、従順に這いつくばり、その身と頭を地面にこすりつけている。
まるで処刑を望む罪人のように。
「正しい選択だ。では、死ね」
「おい、どうしたんだ!? あんな一体に、なんでそんな――」
なにも理解できていない馬我の情けない悲鳴。
その間に、レヴィアの剣が瞬く間にモンスター達の首を、撥ね飛ばす。
サモンカードによる勝敗は、一方的な処刑で幕を閉じた。




