12話
「調子に乗って、ほんとうにすみませんでした!」
目の前で、馬我は訓練室の固い床に完全に額をこすりつけていた。
URのサモンカードを抱きかかえる馬我からは、先ほどの高慢な態度は跡形も消え失せていた。
「お見事でした、ご主人様」
「いやいや、全部レヴィアのおかげだろ?」
涼しい顔で歩み寄ってきたレヴィアに、俺は思わず苦笑を返す。
約束通りカードを全て没収する手はずだったがしかし、馬我は半狂乱になりながら俺の足元にしがみついてきた。
「どうか、どうかお願いです! URのカードだけは、どうか勘弁していただけないでしょうか! これを取られたら探索者としてもやっていけないんです! 購入時のローンもまだ残ってるんです! これを取られたらもう――」
「この手の相手に、慈悲など必要ないかと」
無慈悲に言い切るレヴィアだったが、俺は短く息を吐いて馬我を見下ろした。
確かにURカードを3枚回収できれば、素材として使える可能性もなくはない。
だがここで下手に逆恨みされ、周囲を嗅ぎまわられるのも避けたい。
俺が欲しいのはあくまで、『狙っているSSR』の素材カードだけだ。
「今から言う条件を呑むなら、URカードは勘弁してやってもいいが、どうする?」
「の、呑みます! な、なんでも言うことを聞きます!」
「一つ目は、ここでのできごとを口外しないこと。特にレヴィアに関して。二つ目は持っているVR以下のカードの中から、悪魔系とドラゴン系のカードを全て持ってくること」
「わ、わかりました! すぐに持ってきます! 今すぐに!」
首が千切れるのではという勢いで頷いた馬我は、ショップの方へと走っていった。
それを見送ると背中から、レヴィアの不満げな声が上がった。
「よろしかったのですか? 契約済みのURカードとは言え、素材に使えたのでは」
「あの手の相手に粘着されるのも面倒だ。それにURじゃなくても素材さえ手に入れば、俺達の狙ってるSSRを作るのも不可能じゃないだろ? あの手の熟練のコレクターなら、相当量を持ってるはずだ」
「ご主人様がそうご判断されたのであれば、私に異論などありません」
僅かにレヴィアが唇を尖らせたのを見て、俺は素直な本心を口にする。
「そういうなよ。ここからはレヴィアに頼りっぱなしになると思う。だから、よろしく頼むよ」
「……はい、ご期待に応えて見せます」
◆
馬我から譲り受けた大量のカードの束と、購入したカードをバックに詰め込み、俺は第六ダンジョンの入口へと訪れていた。
IDを提示して次々とダンジョンの中に吸い込まれている探索者達。
だがその中でも俺達とは違うルートに進んでいる探索者達に気付く。
「そうか、ランクの更新も申請すればよかった。通るかどうかは別として」
『更新、ですか?』
「探索者の階級みたいなものだよ。高いランクならダンジョンに入る際も優遇される。今回だと中層や深層への大昇降機を使えるらしい」
大昇降機が使えるのなら、徒歩で第一階層から攻略する必要が無い。
なぜなら中層や下層でも通用するという実力の保証を、ランクという形でもらっているからだ。
『ご主人様であれば、当然最高ランクが相応しいはずですが』
「レヴィアが居るからね。ただ実績がないとランクは上がらないんだ。持ち込んだアイテムの換金だけだと、どうしてもな」
悪目立ちをすることを避けるため、第二十八、二十九ダンジョンの攻略申請は出していない。
そのため俺の実績は魔石やアイテムの換金のみとなっており、それらも目立たないよう御織さんを通して少しずつ捌いている状態だ。
下手に目立つことは避けたいが、高いランクならその分融通も利く。悩ましい問題だった。
「邪魔だ。退いてくれないか?」
「あぁ、すみません」
不意に背後から、不機嫌そうな声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは高級ブランドの上等な戦闘服を身に纏った優男風の探索者――というか、日上レイだった。
取り巻きのように数名の探索者を従えており、その誰もが同じように上質な装備を揃えている。
日上は俺のIDに気付いた瞬間、顔を侮蔑の形へあからさまに歪ませた。
「なんだ、Fランクの雑魚か。この第六ダンジョンになんの用事だい? 低ランクの探索者にウロチョロされると気が散るから、視界に入らないで欲しいな」
「探索者がダンジョンに来ちゃ悪いのか?」
「笑えるね、Fランクの分際で探索者気取りかい? 探索者っていうのは僕達のように、ダンジョンを探索する者のことだ。けれどFランクは浅い層をうろうろしてるだけで、探索などしていない。徘徊しているだけだろ?」
日上の嘲笑に、周囲のパーティメンバーたちも同調するように嫌な笑いをこぼす。
「日上君、はやくいこうよ。そんなの相手にしてる時間がもったいないよ。今日は下見なんでしょ?」
「そうだったね。それじゃあな、Fランク。死ぬなら、そうだな。誰にも見つからない場所で頼むよ。白銀の騎士も無価値な人間を助ける程、暇じゃないからね」
「……まるで騎士の正体を知ってるような口ぶりだな」
「当然だろう? だってこの僕こそが……いいや、やめておこうか。それじゃあ」
自らがその騎士であるかのようなセリフを吐き捨て、日上は大昇降機の方へと向かっていった。
あの様子だと、周りにも同じように振る舞っているに違いない。
狙い通りではあるがしかし、実際に接してみて少しばかり苛立ちを抑えきれなかった。
『いい加減、黙らせるべきかと。私に任せていただければ、痕跡も残さず消して見せますが』
物騒なことを提案してくるレヴィアを抑えつつ、俺はため息をついた。
「先を急ごう。あんなのを消したところで、俺達の問題はなにも解決しないからな」
◆
俺とレヴィアは数階層を移動した後に、他の探索者が来ないであろう小規模な洞窟の中へと移動してきていた。
もちろん、融合の現場を誰にも見られないための措置だ。
「さて、肝心の融合を始めるか。レヴィア、念のために周囲の警戒を頼む」
「承知いたしました。主人様はどうぞ、存分にその力を振るっていただければと」
「手持ちの素材カードも、SSRを作るには十分な量だ。ただ問題は、狙ったSSRを作れるかどうかだな」
手元のカードプールを見渡し、思考を巡らせる。
モンスターの狩りを手伝ってもらうためには、相応のレアリティ――できればSSRが好ましい。
だが、すでに他の探索者が所持しているSSRは融合できない。
これはSSRが二枚と存在できないという特性ゆえだ。
だからこそ、欠番のカードを狙い撃ちする作戦を組み立てていた。
最初の融合で、『素材元のカード』と『融合先のカード』に強い因果関係があることは証明済みだ。
となれば特定の素材を使えば、狙ったSSRを手に入れることは十分に可能なはず。
「種族は悪魔系とドラゴン系か。材料も……十分に揃ってるな。レヴィア、確認を頼む」
「はい、これで間違いございません。流石です、ご主人様」
融合するSSRの選定には、ネット上の記録、探索者のデータベースも参考にした。
だが最終的な決め手になったのは、なんとレヴィアからの推薦だった。
なんでも悪魔系やドラゴン系のサモンモンスター非常に攻撃能力が高いという。今回の俺の目的にもぴったり合致する。
だが欠点として、扱いずらい気難しい一面もある。
その証拠に今から融合する予定のSSRは、名前や概要が残っているが長いこと欠番が続いているのだ。
情報が残っていることから過去に誰かが手に入れたが、その後に所有者が死亡して紛失したか、あるいはそのカード側が何らかの理由で持ち主の元から勝手に去ってしまったのだろう。
だが万が一が起こっても、此方にもレヴィアが居る。
問題が起これば自分が何とかすると強弁され、結果としてそのSSRを融合することに決まったのだ。
素材のカードを選定し、融合を始めようかというその時。
「れ、レヴィア!?」
「お気になさらず、続けてください。私はここで見守っておりますので」
ふと背中に柔らかな重みと、心地よい心地よい甘い香りを感じて振り返る。
いつの間にかレヴィアが俺の後ろからそっと覆いかぶさり、魅惑的な笑みを浮かべていた。
彼女の抱擁によって、途方も無い魔力が背中から全身へと流れ込んでくるのがわかる。
俺はレヴィアに促されるがままに、カードを手の中で幾度となく融合へし続けた。
そして――山ほどあった素材は2枚へ行き着いた。
「頼む、成功してくれ! 『融合』!」
URカードである『《災禍の紅蓮竜》ヴォルテスト・ドラゴン》』。
同じくURカード『《蒼き月の魔刃》カオス・アプレンティス》』へ手をかざす。
ふたつのカードが混ざり合い、莫大な光が視界を覆いつくす。
『成功。おめでとうございます。SSR『《嚇怒の眼の堕天竜姫》スカーレッド・アイズ・ドラゴンプリンセス』が生成されました』
「や、やった! 成功だ! これで――」
目の前に現れた、神々しい紅色のカードを手に取ろうとした、その時。
視界が再び赤い閃光によって塗りつぶされる。
なにかの演出かと思ったがしかし、次の瞬間には――
ドゴォォオオンッ!!
――カードから解き放たれた紅蓮の炎が、俺の全身を覆いつくしていた。




