13話
「失礼いたしました、ご主人様。お怪我はございませんか?」
「ありがとうレヴィア、助かった。だけど、なんでカードが爆発したんだ……? まさか融合が失敗したのか?」
新しく生成されたSSRのカードは、突如として閃光と激しい爆炎をまき散らした。
盾として咄嗟に庇ってくれたレヴィアの腕越しに、炎の海となった周囲を窺う。
「ご心配なく。これも想定の範囲内ですので」
煤ひとつついていない表情でレヴィアが前を見据えた。
爆煙の立ち込める中から姿を現したのは、歪な黒い翼を備えた深紅のドレス姿の美しい少女だ。
だがその幼さの残る顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「へぇ? 『あの』狂気の戦乙女がメイドの真似事? これはわざわざ呼び出された甲斐があったわね。ほら、メイドらしくお茶を出しなさい? 魔竜の姫ルシフェリアの命令よ」
その細められた瞳から押さえつけられるような威圧感が落ちてくる。
息をするだけで喉が焼けつくような、圧倒的な高熱がダンジョンを満たしていく。
これが最上位に君臨するSSRとしての能力の一端なのだろう。
だがレヴィアの表情はといえば、想像以上に険しいものだった。
「大変申し訳ございません、ご主人様。今回のSSRは『ハズレ』と言わざるを得ません」
「は、ハズレ……? SSRにハズレとかあるのか?」
「私の見立てでは、より優れた姉の方が召喚されると踏んでいたのですが……よりによって、このクソガキが召喚されてしまうとは。カードを破壊して送り返しましょう」
これまでのやり取りを見るに、レヴィアとルシフェリアは顔見知りの可能性がある。
それに全く持って話が通じない、というわけではないのだろう。
「レヴィア、答えてくれ。彼女は……ルシフェリアは間違いなく、SSRの性能を持ってるんだよな?」
「最低限の性能は備わっています。SSRのサモンカードから召喚されたことが何よりの証拠です」
「残りの素材でもう一度SSRを融合できるか怪しいんだ。なら、仲間になってくれるよう説得しよう。たぶん、レヴィアはルシフェリアと顔見知り……なんだよな?」
「残念ながら。ですが知人だからこそ、あのクソガキが会話に応じるとは思えません。それでもよろしいですか?」
「頼む」
逡巡を経て、レヴィアはゆっくりと炎の少女――ルシフェリアの前に歩み出た。
だが依然として、レヴィアのその手は剣の柄に添えられている。
「ルシフェリア、大人しく契約する気はありませんか。カードの召喚に応じたのであれば、貴女にもその義務があります」
「馬鹿じゃないの? アンタ達が契約を通してなにを企んでいるのか知らないけれど、アタシはアタシのやりたいようにやるわ。このカードの形をした異世界との回路を使えば、当分退屈しないもの」
「退屈しない? 自分を呼び出した相手を殺して回っているだけでは?」
「そうよ? だから言ったでしょ、退屈しないって。さっきも惜しかったわね。レヴィアが邪魔しなければ、面白いことになってたのに」
召喚主の命令や命すら一顧だにしない、反抗的で好戦的な意思。
それが長い間、ルシフェリアのカードが欠番になっていた理由でもあるのだろう。
空中から見下すルシフェリアを下から仰ぎ見て、レヴィアが深く溜め息をついた。
「御覧の通り、あのクソガキを仲間にするのはリスクしかありません。このまま続けますか?」
「ずいぶんと偉そうな口を利くわね、レヴィア。討たれた神の創造物風情が、魔竜の王族に向かってその口の利き方、万死に値するわ」
「これはこれは、申し訳ございません。神と文明に生きる私達には、薄暗い洞窟を根城にするだけのトカゲ風情を『王』と呼称する慣習はございませんので」
レヴィアは全く表情を変えずに――恐らくだが――侮辱の言葉を並べたてる。
効果は、数秒もせずに現れた。
ルシフェリアの体から放たれる熱量が瞬時に赤黒い本物の殺気へと膨れ上がる。
「一度殺すべきね。そうしましょう。生意気にもアタシを呼び出した、そっちの弱小生物ごとね」
「あ? ご主人様を殺す? 下等生物如きが、ふざけたこと言ってんじゃねえよ。ぶち殺すぞ」
「れ、レヴィア!? 仲間にするって話はどうしたんだ!?」
もはや交渉の場とは思えない言葉のやり取りに、思わずレヴィアの肩を掴む。
いつも穏やかな笑みを浮かべているレヴィアの眼からはハイライトが抜け落ち、剣呑な視線をルシフェリアに向けていた。
そして手にした剣からは、いつぞやの青白い魔力と光が零れ落ちていく。
「ご心配なく。少々お時間を頂きますが、このふざけたクソガキを従順な奴隷として調教いたしますので」
「い、いや、ちょっと待――」
制止の言葉が完了するより前。
俺の干渉を全く許さない殺し合いが開始された。
◆
時を同じくして。
配信用の専用機材を備えた専用の一室から、かざねはカメラに笑顔を向けていた。
「ということで『重大発表』の内容は、明後日の夜からの第六ダンジョンへの挑戦でした!」
『おおおおお! かざねちゃんキタ!』
『第六!? この間のトラウマ大丈夫なのか!?』
コメントの流れを追うかざねは、企画が好意的に取られていることに胸をなでおろす。
なぜなら、この『重大発表』の告知をSNSで打ち出したのが昨日。
急な発表で不安がっていたリスナーも多くいたが、これはかざねの本意ではない。
全てはあの『白銀の使い魔』に命令されてやったことだからだ。
昨日の深夜、急に現れたあの使い魔が提案……という名の命令を押し付けてきたため、企画を急遽立ち上げたのだ。
その押し付けられた命令の内容とは――
「今回は完全にチャリティ企画で、得られた収益は全て都内の経済的な支援が必要な児童養護施設へと寄付されます! だからみんな、どんどん拡散してね!」
『チャリティきたー! 偉すぎる!』
『応援するぜ!!』
『で、なんでこの企画を思いついたん?』
「企画の理由? そうだね、このチャンネルの熱心なリスナーは知ってるかもだけど、わたしって実家が貧乏だったんだよね。お金がないことがそのまま不幸だとは言わないけど、経済的に貧しいことの苦しみはわかってるつもりだから、かな」
かざね自身の嘘のない等身大な経験の吐露が、多くの共感と支持の波となってチャット欄に流れる。
だがそれは企画の立案の真意をリスナーには悟らせないという狙いもあった。
流石に謎の使い魔からチャリティ企画をするよう強要されたから、とは言えないのだ。
「配信上での応援はもちろん、探索者の飛び込みも歓迎! だけど条件としてはBクラス以上の探索者であること! これだけは絶対に守って。チャリティで怪我人や犠牲がでたら本末転倒だからね」
告知のための配信を完全に締めくくり、電源の落ちたレンズをじっと見つめ返す。
そして静寂が訪れた部屋の天井を仰ぎ見てから、一人ごちた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。乗ってあげたんだから、そっちも期待に応えてよね」
思い浮かべるのは、脅迫まがいの交渉を押し付けてきた、あの白銀の使い魔。
アイディアに乗っかれば、自分にも多大な恩恵があると言われているが、そんな甘言に乗せられたわけではない。
純粋に力関係から、断ることができないからだ。
どうか無難にこの企画が終わることを、かざねは願うことしかできなかった。
◆
青白い閃光が迸り、ルシフェリアの体が硬い岩肌の地面へ深々と沈み込んだ。
勝負はあまりにも一方的だった。
地面に伏したルシフェリアをレヴィアが踏みつけ、見下ろす。
「おや、口ほどにもありませんね。ご主人様のお力を借りるまでもありません」
「く、クソが! アンタ、なんで『召喚体』のくせにそんな力が使えるのよ!」
「れ、レヴィア。もうそのへんで、いいんじゃないか?」
頼むと言った以上、いまさら口を挟むか迷ったが、たまらずレヴィアを制止する。
しかしレヴィアは、地面に伏したルシフェリアに向けて剣を押し当て、首を小さく横に振った。
「このクソガキをわからせるには、まだ足りません。私達の手を取ることが利口な判断であると理解できるまでは、続けるべきです」
「アンタなんかと手を組むなら、死んだ方がましよ!」
「えぇ、私も貴女と組むつもりはありません。ですがご主人様の配下として、共に戦う栄誉を与えようというのです」
ルシフェリアの言葉にレヴィアが食い気味に割り込み、剣の刃をさらに深々と当てた。
だがルシフェリアに怯えの色はない。
むしろその表情には嘲笑が浮かんでさえいた。
「とことん馬鹿ね。その弱小生物になんでそこまで心酔してるのかわからないけど――」
「ルシフェリア。ご主人様がどうやって、SSRのカードを手に入れたか理解していますか?」
「アンタが手を回したんでしょ。戦乙女が付いていれば、最高位のカードだって手に……。」
「さすがに気付きましたか? 私の力に頼っているのであればまず、私を召喚するカードをどうやって手に入れたのか。ご主人様、このクソガキにご説明を」
殺意に満ちた視線を向けるルシフェリアに歩み寄り、そしてゆっくりと視線を合わせる。
どうにか対話できる状況をレヴィアが整えてくれたのだ。
それを無駄にしないためにも、頭の中で伝えるべきことを整理していく。
「俺には『融合』という能力がある。カード同士を融合して、別のカードを作り出す能力が。それを使ってレヴィアや、君のカードを作り出したんだ」
できるだけ端的に、事実を告げる。
話を聞いていたルシフェリアの大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。
先ほどまでの狂暴性は鳴りを潜め、自分を見下ろしているレヴィアを見上げた。
「……は? まさか、冗談でしょ? そんなこと……ありえるの?」
「事実です。この意味が、分からないわけではないでしょう? ルシフェリア」
Fランクに認定されていた俺の能力に、なぜそこまで驚愕するのか理解できなかった。
それも人の限界を遥かに凌駕するSSRという格付けを受けている、このふたりが。
だがふたりの中では、この融合という能力に俺とは別の価値を見出しているのか。
なにやら納得がいったように、ルシフェリアの体から力が抜ける。
その様子を確認し、レヴィアも押し当てていた刃をようやく離す。
立ち上がったルシフェリアは見上げるように俺を見つめ、そして小さく鼻を鳴らした。
「いいわ、このアタシが契約してあげる。ただひとつだけ条件があるわ」
「聞かせてくれ。無茶なことじゃなければ、応えたい」
背後に控えているレヴィアの様子をうかがいながらも、ルシフェリアの要求を聞く。
すると魔竜の姫を自称する彼女は、なんの疑問も持たずにその一言を言い放った。
「アンタ、アタシの物になりなさい」
「死にたいなら素直にそう言いなさい、クソガキ」
「ちょ、ちょっとまった!」
再びの殺し合いが勃発するかと思われたその時。
結局、ルシフェリアが俺の手伝いを終わらせたら、俺がルシフェリアの要求をひとつだけ聞く、という条件で契約を取り付けたのだった。




