6話
第三ダンジョン中層。
死の淵に立たされた明星かざねの瞳に映ったのは、絶望を切り裂く一筋の『白銀』だった。
巨大な黒いモンスターが振り下ろした、鋼鉄すら両断するはずの巨大な爪。
それが、突如として間に割って入った『白銀の騎士』の片手によって、いとも容易く受け止められていたのだ。
「え……?」
かざねは地面にへたり込んだまま、呆然とその背中を見上げていた。
その白銀の甲冑は、彼女がこれまで見てきたどの高ランク探索者の装備よりも美しく、そして圧倒的な魔力を纏っていた。
そして少し離れた場所に落ちている配信用のカメラが、その信じられない光景を完璧なアングルで世界中に配信し続けていた。
『え?』
『は???』
『なんだ今の!』
『上からなんか降ってきたぞ!?』
『あの白い鎧の騎士、管理局の特級か?』
『おい嘘だろ、あの黒いバケモノの攻撃を片手で止めてるぞ!?』
コメント欄が異常な速度で滝のように流れ始める。
だが、驚愕の光景はそれだけでは終わらなかった。
「――レヴィア、力を貸してくれ」
兜の奥から、少し声変わりしきっていないような、若々しい少年の声が響いた。
次の瞬間、白銀の騎士の全身からダンジョン全体を真っ白に染め上げるほどの凄まじい魔力が噴き出した。
騎士が腰に帯びていた長剣を無造作に引き抜く。
青白い光が零れ落ち、その光を前にモンスターが後ずさる。
先ほどまでの狂暴性とは裏腹に、その姿には怯えさえ浮かんでいた。
そして背中を見せたモンスターに向かって、騎士が長剣を振り下ろす。
一閃。
閃光。
音すらも置き去りにした、絶対的な一撃だった。
Aランクパーティーですら全滅を覚悟するモンスターが、断末魔を上げる暇もなく、ただの『一撃)』で光の粒子となって消滅した。
跡に残されたのは、ダンジョンの硬い石壁に深く刻まれた、凄惨な斬撃の痕跡だけだった。
『!?!?!?!?』
『はあああああ!?!?』
『ワンパン!? 嘘だろ!?』
『神回すぎるwwwwwww』
『なんだこの威力、Sランクのトップ連中よりヤバくないか!?』
配信の同時接続者数は、一瞬にして10万人を突破し、コメント欄は熱狂の渦に包まれていた。
だが、現場にいるかざねの思考は完全に停止していた。
「あ、あの……」
かざねが震える声で呼びかけると、白銀の騎士は剣を鞘に納めゆっくりと振り返った。
その神々しい佇まいに、かざねは思わず息を呑む。
「助かったの……? あ、貴方は、管理局の人?」
かざねが恐る恐る尋ねると、騎士は兜の奥で少し慌てたような素振りを見せた。
「ち、違うんだけど……その、配信を見てて、思わず」
「えっ……?」
かざねの目が限界まで見開かれた。
「配信を見ててって……じゃあ、私たちが襲われたのを見てから、外からここまで来たってこと!?」
ここ第三ダンジョンの中層までは、順当に進めば一日、安定を取れば数日はかかる道のりだ。
それを、配信でピンチを知ってから数分で駆けつけたというのか。
空間転移か、あるいはそれに準ずる規格外の移動スキルを持っているとしか考えられない。
「な、何者なの……?」
かざねが呆然と呟く中、騎士はコホンと咳払いをした。
「それじゃあ、怪我もなさそうだから、ここらへんで!」
「ま、待って! せめて名前だけでも――!」
かざねが手を伸ばした瞬間、白銀の騎士の姿は文字通り『一瞬』にしてその場から掻き消えるように消えてしまった。
誰もいなくなったダンジョンに、かざねの「待って」という声だけが空しく響いた。
彼女は、命を救われた安堵と、圧倒的な力への羨望で胸を高鳴らせながら、騎士が消えた空間をただ見つめ続けることしかできなかった。
◆
「間に合った様子ですね。お見事でした」
第三ダンジョン近くの、人気のない路地裏。
俺はレヴィアとの『武装憑依』を解除すると、ゆっくりと壁に体を預けて腰を下ろした。
纏っていた白銀の甲冑が光の粒子となって解け、本来の学生服姿に戻る。
そして隣には、実体化したレヴィアが満足げな微笑みを浮かべて立っていた。
「本当にありがとう、レヴィア。君がいなかったら、あの人達は間違いなく全滅してたと思う」
「ご主人様のご命令であれば、いかなる要望にもお応えするのが、使い魔の務めですので」
感謝を伝えると、レヴィアは恭しく頭を下げた。
「昨日の夜に『武装憑依』の練習をしておいて本当によかったよ。もしぶっつけ本番だったら、あそこまでの速度でダンジョンを攻略できなかった」
「レベルの上昇に合わせて、私とご主人様の『同調率』も上がっております。このまま戦いを続ければ続けるほど、より高く、『私の全て』を発揮できるかと存じます」
俺は自分の両手を見つめ、何度も強く握りしめた。
「まさか、こんな圧倒的な力が手に入るなんてな。今でも夢みたいだ……」
今まで掃除を押し付けられ、鈴木たちに見下されてきたFランクの俺が。
Aランクすら絶望するバケモノを、ただの一撃で粉砕してしまったのだ。
「……力を手に入れることが、ご主人様の夢だったのですか?」
レヴィアが少し不思議そうな、けれど熱を帯びた瞳で俺を見つめてくる。
「うーん、どうだろう。純粋な『強さ』を求めてたわけじゃないんだ。力を手に入れたかったのは……誰かを助けたかったから」
俺は夜空を見上げ、ポツリと本音をこぼした。
「この力でもっと魔石やアイテムを集めて、いずれ家族達のいる施設を新しくしてあげたいんだ。雨漏りも酷いし、弟や妹たちはいつも我慢ばかりしてるからさ」
俺のささやかな願いを聞いて、レヴィアは少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうでしたか……。申し訳ありません、ご主人様。もしそのような崇高な目的がおありだったのなら、あの場ですぐに立ち去るべきではありませんでしたね」
「えっ?」
「あのままあの場に留まり、数多の愚民どもに注目を集め、ご主人様の偉大なる名を名乗るべきでした。そうすれば、すぐにスポンサーがつき、施設の建て替えなど容易かったものを……」
妙に生真面目で熱心なレヴィアに、思わず苦笑して首を横に振った。
「たしかに、それも一つの手だったかもしれないな。だけど……ダメだ」
「なぜですか?」
「俺の素性が世間に知れたら、間違いなく施設のことや、そこに住む家族たちにも好奇の眼差しが向けられる。中には、金をたかりに来る奴や、嫌がらせをする連中も出てくるかもしれない」
使ってみて肌で感じた。レヴィアの力は、俺の想像を遥かに超えている。
Aクラスの探索者であっても全滅するというモンスターを相手に、一撃で決着を付けたのだ。
目立てば目立つほどに、好奇や興味を引きつけ……そして嫉妬や悪意も同じように集めてしまう。
「だから、俺の素性は表に出なくていい。俺は『ただの学生』として、目立たずに必要な資金を集める。そして、家族を安全に助けられれば、それだけで十分なんだ」
俺の言葉を聞いてレヴィアは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、不満そうに唇を尖らせたように見えた。
「承知いたしました。ご主人様がそう望まれるのであれば、わたくしはそれに従うのみです」
レヴィアはそう言って微笑んだ。
だがその瞳の奥には、何やら良からぬ光が燻っているのを、俺はまだ気づいていなかった。
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