5話
「なぁ、二ツ野。今日のニュース見たか? 郊外にある『第二十八ダンジョン』と『第二十九ダンジョン』が、立て続けに攻略されたらしい。ふたつとも、これまでの最速攻略記録を大幅に更新してだ」
翌日の放課後。
俺は迷宮管理局の奥にある、防音設備が完備された応接室に座っていた。
向かいのソファでコーヒーを啜りながら、御織さんは鋭い視線を俺に向けてくる。
「あ、あはは……。なんだか、すごい精力的な探索者もいるんですねぇ。一晩のうちに、ふたつもダンジョンに挑むなんて」
俺が頬を引きつらせて誤魔化すと、御織さんは小さく鼻を鳴らした。
「別に、ふたつのダンジョンを攻略したのが『同じ人物』だとは、アタシは一言も言ってねえけどな」
完全にカマをかけられていた。
昨晩、最初のボスを蹂躙したレヴィアは「まだまだ足りません」と言って聞かず、そのまま都内のダンジョンを物理的にハシゴして回ったのだ。
おかげで俺は一睡もできていない。
「さて、『偶然にも』お前がこの凄まじい量の魔石とドロップアイテムを持ち込んでくれたわけだが……。なるほどな。結局、あのカードを自分で使う決断をしたわけだ」
テーブルの上には、昨晩未明までにレヴィアが狩り尽くしたモンスターのレア素材が山のように積まれている。
下級窓口に持ち込むつもりだったが、俺を見かけた御織さんが融通を利かせて個室へ通してくれたのだ。
「はい。目先の利益より、自分の為に……俺の目的の為に、この力を使うべきだと判断しました」
「賢いな、二ツ野は。実を言うと、もしお前があのまま『売る』という判断をしてたら、色々と危なかったぜ」
「え、えっと、それはどういう……?」
俺が首を傾げると、御織さんは声を潜め、真剣な顔つきになった。
「高レアリティのサモンカードには、いくつか隠された特徴があるんだ。まず、SR以上は一度マスター登録されると再契約できない。URより上のカードは外の出来事も知覚できるらしい。そしてそれ以上に恐ろしいのは……人間以上の知性を持つようになることだ」
「カードの外の出来事を……? それじゃあ、俺が昨日窓口で話していた会話も……。」
「あぁ、間違いなく全部聞かれてるだろうな。もし自分を安値で売り払おうとするような強欲なだけの小物だと判断された場合、召喚と同時に首を刎ねられることもあるらしいぞ」
背筋に冷たい汗が伝う。
俺が昨日、受付嬢の誘いに乗って五百万で売る選択をしていれば、命はなかったかもしれない。
「嫌ですわ。私はそのような野蛮なことは好みませんの」
「れ、レヴィア!?」
不意に、俺の胸ポケットから眩い白銀の光が溢れ出した。
光の粒子が集束し、応接室の空間に白銀の甲冑に身を包んだレヴィアがふわりと実体化する。
「おいおい、使い魔が勝手に出てくるなんて話は、アタシも聞いたことないんだけどな」
歴戦の探索者である御織さんが、目を見開いて後ずさる。
それほどまでに、彼女から放たれる魔力のプレッシャーは圧倒的だった。
「私はご主人様の使い魔ですから。いつでもご主人様のお傍に控え、その安全をお守りしております。えぇ……『いつでも』」
レヴィアは妖艶な笑みを浮かべながら、御織さんをジッと見つめた。
その瞳の奥には、確かな物騒な意思が見て取れる。
「……あ、ありがとう。すごく心強いよ」
俺が慌ててフォローを入れると、彼女はパッと花が咲いたような笑顔になり、控えめに俺の後ろへと立った。
「さ、さて、清算が終わったみたいだな。一気に市場に流すわけにはいかねえから、魔石の換金レートは少しばかり下落してるが……まぁ、ざっとこんなもんだ」
御織さんが端末を操作し、俺の口座に振り込まれた金額を提示する。
「に、2000万……!? たった一晩で、こんなに!? 本当に桁は間違ってないんですよね?」
「もちろんだ。上級探索者にとっちゃ珍しくない額だが、学生の身分でこれだけ稼ぐとはな。なかなかやるじゃねえか」
施設への支援としては十分すぎる額だ。
俺が感激に打ち震えていると、レヴィアが誇らしげに胸を張った。
「いかがですか、ご主人様? 私めは少しでもお役に立てているでしょうか?」
「もちろん! これからもよろしく頼むよ、レヴィア!」
俺が笑いかけた、その時だった。
『ウゥゥゥゥゥッ!!』
突如、迷宮管理局の建物全体に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
壁のランプが赤く点滅する、高レベルの緊急事態を知らせるサイレンだ。
御織さんは舌打ちをし、すぐさまインカムを起動して部下に怒鳴りつける。
「状況を報告しろ! なんだ、第三ダンジョンの異常警報だと!? 昨日から入ってた学生のパーティーがいたはずだ、安否を確認しろ!」
「昨日から第三ダンジョンに入ってる学生……って、まさか」
脳裏に、エントランスで息巻いていた鈴木と、明星かざねの姿がよぎった。
「ご主人様? それはいったい……お知り合いですか?」
「同じ学園の同級生なんだ。ダンジョンの中を配信してて、今はこれが流行ってて管理局も黙認してるんだけど――」
俺がスマホを取り出し、かざねの配信チャンネルを開く。
画面には、血の気を引いた顔で逃げ惑う彼女の姿が映し出されていた。
『ま、不味いよ! 撤退! 上の階層に向かって走って!!』
「御織さん! これ!」
「あぁ、こっちでも確認した。……どうも、最悪のハズレを引いたらしい。噂の『異常モンスター』が出たぞ!」
「う、噂ってなんですか!?」
「既存のモンスターを模した、黒い瘴気を纏う異常個体だ。あのクラスになると、Aランクのパーティでも全滅する。今から救援を向かわせても、間に合うかどうか……!」
御織さんが歯噛みする。
画面の中では、黒い瘴気を纏った巨大な獣型のモンスターが絶望的な速度で迫っていた。
鈴木は嫌いだが、目の前で同級生が惨殺されるのを見過ごせるほど、俺は冷酷になれない。
「へぇ……こんな大勢の人間が、この映像を見ているのですね……。」
レヴィアが、配信画面の『同時接続者数:8万人』という数字を見て、何やら妖しく微笑んだ。
「レヴィア! 俺達なら、間に合うか!?」
「御意のままに。ご主人様の望む場所へ、私が必ずお連れいたします」
レヴィアが俺の体を抱き寄せた瞬間、視界が白銀に染まった。
◆
――第三ダンジョンの中層。
宙を飛ぶ配信用ドローンのレンズが、凄惨な逃走劇を世界中に映し出していた。
『ヤバイヤバイ!!』
『かざねちゃん逃げて!! 異常個体じゃんあれ!』
『最近目撃されてるバケモノだぞ!』
「だから、アレだけ安全マージンを取れって言ったでしょ!!」
明星かざねは、泣き叫びながら必死に走っていた。
後ろを振り返れば、黒い瘴気を纏う巨大な異常モンスターがすぐそこまで迫っている。
Aランクの自分の攻撃はもちろん、他のアシスタント達の攻撃など一切意に介していない。
「い、嫌だ! 死にたくない! 助けてくれぇぇっ!!」
『おい、鈴木お前何やってんだよ!!』
『アイツ勝手に陣形崩して逃げやがった!』
『盾役が逃げたら終わりだろ!! 最悪だ!』
プロデューサー気取りだった鈴木は完全にパニックに陥り、味方を盾にして自分だけ逃げ出していた。
その結果、モンスターの完全な殺意が最後尾のかざねへと向いてしまったのだ。
「勝手に陣形を崩さないでよ、馬鹿っ!!」
かざねが叫んだ直後、すさまじい衝撃がその体を貫いた。
猛然と振るわれた獣の右手が、アシスタント達を地形ごと一撃で粉砕したのだ。
地面に転がったかざねは、血を吐く仲間たちを尻目に最適解を探す。
戦えば、全滅。しかし逃げることも不可能。
そんな絶望的な逡巡の中で、かざねは気づいてしまった。
見上げれば、巨大なモンスターが頭上に恐ろしい爪を振り上げている。
逃げる時間も、戦う機会も、もはや訪れることはない。
ただただ、その爪がかざねの小さな体を両断しようと振り下ろされる。
『あ』
『かざねちゃん!!!』
『見たくない!!! 』
『終わった……。』
(あ、これ……死んだ……。)
かざねが絶望に身をゆだね、ぎゅっと目を閉じたその瞬間。
「間に合った……!」
一筋の閃光が、かざねの前へと踊り出た。
爆発のように巻き上がる土埃と、けたたましい金属音。
『……は?』
『え? 今何起きた!?』
『こいつ誰だ!?』
巻き上がる土埃の中。
モンスターの巨大な爪を、片手でいとも容易く受け止めていたのは――白銀の甲冑に身を包んだ、正体不明の『騎士』だった。




