4話
「邪魔くせぇんだよ、下等生物共がぁぁああッ!!」
轟音と共に、巨大な中層のボスモンスターが文字通り『消し飛んだ』。
ダンジョンの硬い石壁がひしゃげ、天井から瓦礫が崩れ落ちる。
立ち込める土埃の中で、俺はただその惨状を見つめることしかできなかった。
「い、一撃!? いくら初心者向けの第一ダンジョンとはいえ、中層のボスモンスターを一撃で……」
俺が呆然と呟くと、先ほどまでバーサーカーのように叫びながら大剣を振り回していたレヴィアが、何事もなかったかのように振り返った。
「――お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。ご主人様」
彼女は血の一滴すら浴びていない白銀の甲冑を揺らし、淑女のように優雅なお辞儀をした。
つい数秒前までモンスターをミンチにしていたとは思えないほどの、清楚で可憐な微笑みだ。
「ですがご命令通り、この階層の害虫は一匹残らず一掃いたしました。戦利品をどうぞ、お納めください」
彼女が指し示した先には、モンスターがドロップした大量の魔石や素材の山が築かれていた。
たった数時間で、俺が今まで入学時から稼いでいる額を優に超えているだろう。
これが、最高レアリティ『SSR』の圧倒的な力。
「ありがとう、レヴィア。……ん? なんだか俺の体も、すごく軽い気がする。この手ごたえは、もしかしてレヴィアの能力は俺にも影響があるのか?」
「はい。従者の基本仕様として、私に入った経験値はご主人様にも分配されます。そして私の所持スキル『戦乙女の加護』には、契約者の身体能力を底上げする効果がございます」
「なるほど、だから俺の体も強くなってるのか」
「ですので、もしご主人様が直々にこのゴミムシ……モンスターに手を下したい場合は、どうか活用していただいて」
「なら……もう少しだけ、奥に進んでみようかな。俺が足を引っ張るかもと心配していたけど、これなら大丈夫そうだ」
「でしたら、ご主人様。私に一つ、とても良い考えがございます」
レヴィアは妖艶な笑みを浮かべ、俺の胸元へとスッと顔を近づけた。
◆
都内最大の難易度を誇るとされる『第三ダンジョン』の中階層の入り口。
上階層から中層階への休憩地点で明星かざねは、持ち込んだ物資の確認をしていた。
だが想像よりも空箱が多く、残された物資は多くはなかった。
「本当に大丈夫なの? ここに来るまでに、かなりポーションとかの道具を消耗してるけど」
かざねは、不安げな表情でカメラマン兼アシスタントの男子生徒を睨みつけた。
「心配すんなって! 大丈夫、大丈夫! それにかざねのリスナーも、こういうギリギリの状況を観たいに決まってるだろ! 俺が間違ったこと言ったことあるか!?」
プロデューサー気取りで胸を張るその男の名前は、鈴木卓郎。
かざねは内心で大きなため息をつき、頭の中の名簿からこの男の情報を引き出した。
(たしか……同じ学校に通ってるBランクの生徒、よね。最初こそ従順で都合のいいアシスタントだったけど、最近は完全に調子に乗ってるわね……)
今ではこのチャンネルのプロデューサー気取りで、まるで自分がチャンネルを成長させてやった、とでも言いたげな発言をすることも少なくない。
かざねが探索者として、そして配信者として命を懸けているのは、貧しい家族に仕送りをし、這い上がるためだ。こんな見栄っ張りの男の自己満足に付き合う義理はない。
(今回の撮影が終わったら、適当な理由を付けてクビにしましょうか)
かざねは視線を隠し、語気を強めて釘を刺した。
「安全マージンは確実に取ってよ。あくまでダンジョン攻略はエンタメなんだから、命をかけるような企画は却下よ」
「わかってるって! 俺の言う通りに動けば、この企画なら絶対に数字が跳ねるから! ほら、配信開始まで、サン、ニー、イチ!」
鈴木がカメラを回し、カウントダウンの合図を出す。
その瞬間、かざねはプロの配信者として完璧な『アイドルスマイル』を作り上げた。
「はい、こんにちはー! 明星かざねの綺羅星チャンネルへようこそ! 今日は昨日の続きから潜っていきまーす! 都内の『第三ダンジョン』は、中層から難易度が跳ね上がるのが特徴で――」
カメラに向かって元気よく手を振る。
同時接続者数がみるみるうちに増えていくのを確認し、かざねは声を張った。
「もちろん危ないかもですけど、私の実力と……みんなの応援があれば乗り越えられます! 皆さん、温かい応援と拡散をお願いしますね!」
画面の向こうの熱狂とは裏腹に、第三ダンジョンの中層は、濃密な死の気配を漂わせていた。
◆
「と、止まってくれ! レヴィア!」
初めて立ち入った、二十八ダンジョンの中層。
その俺の目の前には巨大なオークが迫り、凄まじい勢いで棍棒を振り下ろしてきた。
だが、その一撃は俺の体を包み込む『白銀の鎧』に弾かれ、オークの腕のほうがバキリと嫌な音を立てて折れ曲がった。
「問題ありません。この程度のゴミムシの攻撃ならば、私の『武装憑依』に傷ひとつ付けることは不可能です」
俺の脳内に、直接レヴィアの甘い声が響く。
「こ、これってもしかして、レヴィアの能力をそのまま俺が使えるってことか!?」
「御慧眼です。私の体を魔力に変換し、ご主人様の体に纏わせる。これこそが私の真の力『武装憑依』です。そしてこの通り――」
軽く腕を振ると、白銀の刃がオークの巨体を真っ二つに両断する。
あまりの威力に、俺自身が信じられないほどだった。
「私も思考を共有し、戦闘を補佐することができます。ご安心を、ご主人様には指一本触れさせません。……私の温もりも、しっかりと感じていただけていますか?」
「あ、あぁ……ありがとう」
物理的な接触はないはずなのに、背中から優しく抱きしめられているような不思議な感覚があった。
レヴィアの過保護すぎるサポートのおかげで、Fランクの俺でも無双状態だ。
「ただ、今日はこの辺にして地上に戻ろう。ドロップアイテムを入れるバックも一杯になっちゃったし、明日はもっと大きなバックを持ってくるよ」
「そこもご心配なく。私の収納空間には、御覧の通りまだまだ余裕はございます」
レヴィアが実体化して虚空に手をかざすと、ドロップ品の山がブラックホールのように吸い込まれていった。
SSR、本当に至れり尽くせりのチートすぎる。
「いや、その、流石に深夜だし……明日の学校もあるからさ」
「ここで引き揚げてしまうのは勿体ないです。夜はこれから。もっと私と踊りましょう? ご主人様」
レヴィアは俺にしだれかかりながら、上目遣いで誘惑してくる。
「ちょ、ちょっと待った! そっちはこのダンジョンのボスモンスターがいる部屋の扉だけど!?」
レヴィアがウキウキとした足取りで俺を引っ張っているのは、重厚な装飾が施された巨大な扉の前だった。
「問題ありません。私とご主人様であれば、害虫を踏みつぶすようなもの。久々の戦場です、もっと楽しませていただきます」
「いや、だから俺はそろそろ戻りたいんだけど……!」
俺の制止も虚しく、レヴィアはうっとりとした表情で、巨大なボス部屋の扉を蹴り飛ばしたのだった。
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