2話
翌日。
俺は授業の空き時間を利用して、迷宮管理局の鑑定窓口を訪れていた。
ここはダンジョンで得たドロップ品や魔石を適正な価格で買い取ってくれる、探索者にとって必要不可欠な公的機関だ。
番号札を引き、下級探索者向けの窓口へ向かうと、カウンターの向こうには真新しいスーツに身を包んだ若い受付嬢が座っていた。
「どうも。鑑定の依頼ですか?」
「はい。サモンカードを詳しく鑑定してくれると聞いてきたんですけど」
俺が丁寧に尋ねると、彼女は値踏みするような目で俺の胸元を見た。
そこに光る『Fランクバッジ』を確認した瞬間、彼女の営業スマイルが明らかな嘲笑へと変わった。
「一応は、そうですね。でも……Fランクが入手できるようなゴミカードだと、高くて数十円とかですよ?」
「そ、そうですか。とりあえず鑑定をお願いします」
「わざわざ窓口に持ってくるなんて、よっぽど暇か、頭の弱い貧乏人ぐらいですけどね。本当は仕事を増やす嫌がらせはやめてほしいんですけど」
聞こえる声量で露骨な嫌味を吐き捨てながらも、彼女はトレーを差し出してきた。
俺は平静を装い、昨晩生み出したばかりの『カード』を裏向きのままトレーに乗せた。
受付嬢はため息をつきながら、面倒くさそうにそれを手に取り、カウンターの横にある最新式の鑑定機に放り込んだ。
「ったく、なんで国立大をトップで出た私が、Fランク相手の掃き溜め窓口なんか……」
爪を弄りながら愚痴をこぼしていた彼女の言葉が、機械の無機質な音声によって遮られた。
『――鑑定完了。対象の《天翔ける白銀の戦姫》ルミナス・ヴァルキュリア・アーマーは、最高レアリティ『SSR』と判定』
静まり返る窓口。
受付嬢の持っていたボールペンが、ポトリと床に落ちた。
「……は? え、SSR!? Fランクが持ち込んだカードが!?」
「本物で間違いない、ですよね? 詳細とかは聞けたりしますか?」
ここに来たのはカードが間違いなく本物かどうかを確かめるため。
そして本物だった場合は、その性能を詳しく知りたかったからだ。
だが俺が念を押すように尋ねると、受付嬢の顔色が一気に変わった。
眼球をせわしなく動かし、何やら良からぬ計算をしているのが丸わかりだ。
「う、うーん、そうですね! 詳細をお伝えすることは可能です。可能ですが……えっと、少し問題がありまして。このカードは違法性がある、と言いますか……。」
「い、違法性!? 本物だと判定が出たのに、ですか?」
心臓が跳ねる。
まさか融合で作ったことがバレたとか――
「そうなんですけどね、優吾さん。貴方の探索者ランクは最低のFです。となるとこのカードを『どこから手に入れたのか』という話になるんですよ」
「そ、それは……」
ここで『スキルで融合して作りました』とは言えない。
俺が言葉に詰まると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「言えませんよねぇ。だから我々迷宮管理局も、このアイテムの取り扱いには慎重にならざるを得ないんです。出所不明の、Fランクには不相応のアイテムです。入手手段になにかしらの『事件性』があるとも考えられますから。最悪、警察沙汰ですよ?」
「そうですか。わかりました、では……」
詳細を聞くことは難しそうだ。
それにこれ以上、話を続けて、ボロがでないとも限らない。
俺が諦めてカードを回収しようと手を伸ばすと、彼女はサッとそれを手元に隠した。
「ですが、優吾さん! ここからは非常にプライベートな話になりますが……私『個人』が買い取ることは可能です。そうですね、特別に500万まで出しましょう。いかがですか?」
まさか500万で買い叩こうというのか。
しかも警察をチラつかせた脅し文句までセットで。
あまりの強欲さに言葉を失っていると、背後からドスの効いた声が響いた。
「おい、新人。なにしてやがる?」
窓口の向こう側。
受付嬢の背後には、管理局の制服を着崩した目つきの鋭い女性職員が立っていた。
首から下げたネームプレートには『御織』と書かれている。
「み、御織先輩!? な、なんで下級探索者向けの窓口なんかに……」
「新人の面倒見るのも、先輩様の役目だろ? それで、なにしてんだ?」
「そ、その、サモンカードの鑑定依頼を受けていまして……」
受付嬢が取り繕うように言うと、御織さんはモニターの鑑定結果を見て目を見開いた。
「おいおい、SSRのサモンカードかよ! それにナンバー49! こりゃ最低でも億は下らねえぞ!? 売買が成立したら、大手柄じゃねえか! 流石は口癖が国立大首席なだけはあるな!」
御織さんは豪快にバシバシと受付嬢の肩を叩く。
だがそんな言葉に、俺はすかさず反論した。
「え? さっきは、買い取りできないって……。」
「そ、そういう可能性があるという話をしただけであって、本当に買い取りできないかまでは断定していません! 勝手な決めつけはやめてください!」
顔を真っ赤にして言い訳する受付嬢。
御織さんは冷ややかな目で、彼女を見下ろした。
「……新人、奥に行け。ここはアタシが引き継ぐ」
「て、私の手柄を横取りする気ですか!?」
「てめぇの首を飛ばすことなんざ訳ねぇんだよ。黙って奥に引っ込んでろ。さっきの会話の録音と一緒に、警察に突き出されてぇか?」
「ヒッ……!!」
凄まじい威圧感を持った一喝。
受付嬢は顔面を蒼白にして、逃げるように奥のスタッフルームへ消えていった。
「悪かったな、えっと……二ツ野。あの新入りはこっちで『処分』させてもらう。ったく、採用早々に汚職なんざ馬鹿な野郎だ。いや女だから……野郎じゃねぇか」
頭を掻く御織さんに、俺は恐る恐る本題を切り出した。
「それで……このカードのことなんですけど」
「あぁ、鑑定機の結果も本物で間違いないと出てる。召喚されるモンスターの性能によるだろうが、最低でも……3億は固いだろうな」
「さ、3億ですか!?」
「驚きだろ? だがな、ここを見てみろ。ナンバー49。これはつまり、50枚しかないSSRのうちの49枚目ってことだ。そんで世界中でまだ見つかってないSSRは、もう数える程しかない」
「それって……。」
「既存のSSRは買い手が付いていない、性能がピーキーなものばかりだ。だがこのカードは違う。正直に言って……SSRの中でも最高峰だろうな。ほんと、どうやって手に入れたんだか」
3億。
その途方もない金額に、俺は思わず机の下で拳を握りしめた。
それだけあれば俺が探索者となった目的である、施設の建て直しが可能だからだ。
俺が育った施設は、現在激しい資金難に陥っている。
だがこのカードを売るだけで、家族同然の弟や妹たちを救える大金が手に入るのだ。
生唾を呑み、カードを見つめる。そこに描かれた、白銀の騎士を。
「まぁ、どうやって手に入れたかは、聞かないでおく。管理局の売買記録にも載ってないし、盗まれたって届け出もでてない。だが売るにしても、よく考えろよ」
「よく考えろって……Fクラスが使うようなものじゃない、ですよね?」
「あぁ、そうだ。だがな、そいつは上級探索者でも簡単に手に入るような代物じゃない。三億って値が付くのも、上級探索者がこぞって欲しがるほど強力だからだ」
「それほどの『力』、このカードに……。」
「そうだ。そんで上級探索者には、それを支払えるだけの莫大な収入がある。それを売って一時の金に換えるか、ソレとも自分で使って上級探索者を目指すか。それを、ゆっくりと考えるんだな」




