1話
放課後の教室。
そこで俺――二ツ野優吾は、同級生の男子生徒からバッグを押し付けられていた。
たしか相手は、鈴木卓郎という名前だったはずだが、向こうが俺の名前は覚えてはいないらしい。
「おい、掃除係君。今日は訓練室の掃除もよろしくな」
ヘラヘラと笑う男子生徒の隣で、一緒にいた女子生徒が困ったように眉を下げる。
「ちょっと、名前で呼んであげなよ。クラスメイトでしょ? 可哀想じゃない」
「べつに良いだろ。それに、アイツの名前知らねえし。お前は知ってんの?」
「そ、それは、えぇっと……ごめん、なんだっけ?」
気遣うような口調とは裏腹に、彼女も俺の名前すら覚えていなかった。
この探索者を教育する学園では、そのランクがそのまま身分を現す。
そして俺のランクは最低のF。この学園内では奴隷のような扱いだ。
「いいよ、掃除はやっておく」
波風を立てないよう、淡々と引き受けた。ここで言い争いをしても得られるものはない。
なら掃除を引き受けるついでに、少し訓練室を使っていく方がよほど建設的だ。
「ほんと優しいよなぁ、なんとか君は。都合が良くて助かるぜ」
「ねぇ、嫌ならはっきり言った方がいいよ」
「ずいぶんと肩持つじゃん。なに、そいつが好きなの? お似合いだと思うけど、俺と別れてそいつにするの?」
「そういうんじゃないでしょ!? ごめんね、その、君が好きとかそういう意味で言ってないからさ。勘違いしないでね、掃除係君」
なぜ俺は、このしょうもない芝居を見せつけられているのか。
押し付けられたバッグ――貸出用の練習器具の入ったバッグを肩にかけ、背を向けると鈴木は満足げに鼻を鳴らした。
「じゃあよろしく頼むわ。俺は『明星かざね』のダンジョン攻略の手伝いで忙しいからさ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「今日から第三ダンジョンだ。腕が鳴るぜ」
二人は足早に教室を出ていく。
静かになった空間で、俺は黙々と掃除の準備を進めるのだった。
◆
そしてバッグの中身を確認して、思わずため息をついた。
探索者に発行されるIDカードがそこには詰め込まれていた。
名前はもちろん、鈴木拓郎。あのいけ好かない男子生徒のものだった。
「嘘だろ」
トイレに流してやろうかとも思ったが思いとどまる。
鈴木がバッグの中にIDを入れていたことを覚えていたら、俺が盗んだと騒がれる可能性もある。
Fランクの俺の立場からすれば、これ以上学園側に目を付けられることは避けたい。
俺は掃除を最低限で済ませ、彼らが向かったという第三ダンジョンのエントランスへ足を運んだ。
◆
案の定というべきか。
第三ダンジョンのエントランス付近で、迷宮管理局の職員と言い争いをしていた鈴木を見つける。
大方、IDなしでダンジョンにいれとでも文句を言っていたのだろう。
疲れた表情の職員に会釈をしてIDを本人に渡すと、鈴木は悪びれた様子もなく笑って見せた。
「いやぁ、ありがとな。わざわざ届けてもらっちゃって」
「ごめんね、コイツ昔っからこういう所があってさ。忘れっぽいんだよね」
「そうだ、届けてくれたお礼にこれやるよ。ほら」
鈴木はポケットから数枚のカードを取り出し、何枚か選んで俺に投げつけた。
当然、バラバラと広がって地面に散らばる。
なぜ普通に渡せないのかは……聞く必要もないだろう。
俺は土埃のついたそのカード達を手に取り、そして首を傾げた。
「……これは?」
「まさかサモンカードも知らねえの? まぁ、ダンジョンに潜れないんだから当然か。ダンジョンでたまにドロップする、使うと雑魚のモンスターを召喚できるカード。言うことも聞かないから、普通にゴミだけど」
「サモンカード……? モンスターを仲間にできるのか」
「その雑魚カード、ちょうどFランクのなんとか君にはお似合いだろ? 感謝してくれよ」
ニヤニヤと笑う鈴木を遮るように、女子生徒がエントランスに下がっている大型スクリーンを指さしている。
「ねぇ、もう良いでしょ。かざねちゃんがダンジョン入るみたいだしさ!」
「だそうだ。俺も忙しくてさ、あの明星かざねのアシスタントとして雇われてんだよね。実質、あのチャンネルは俺が育ててやった、みたいなところもあるし」
そしてスクリーンからは、探索者配信者の元気な声が響いてくる。
『はい、皆さんこんにちは! 明星かざねです! 今日は都内にあるこの第三ダンジョンに挑みたいと思います! メンバーはいつも通り――』
「ねぇ、始まっちゃってるよ!? 急がなくていいの!?」
「わかってねぇなぁ。主役は遅れて登場すんだよ」
二人はそのまま、エントランスへと消えていく。
俺のことなど完全に意識から外れていた。
エントランスのスクリーンを背に、出口へと向かう。
初めて迷宮の入り口に来たが、Fランクの俺に必要なものはなにもない。
すぐに立ち去ろうとしたその時――
「サモンカード、か」
エントランスの端にあった、管理局のストアが目に入る。
そこに掛かった巨大なポスターには、サモンカード入荷の文字が大きく記されていた。
◆
なんとなく立ち寄ったストアの店内は、意外と整然としていた。
品ぞろえはダンジョンの攻略に必要なアイテムから日用雑貨までまちまちだ。
そして目玉のように、一つの棚を使って並べられていたサモンカードだったが――
「い、1パック10万円!?」
思わず二度三度と値段を確認する。
どうやら迷宮管理局が探索者から買い取ったサモンカードを再封入して売買しているらしい。
ならばと手元のカードの値段を調べて、さらに首をひねる。
「このノーマルのカードは100円なのに、なんでパックがこんな高いんだ?」
棚の隅に追いやられた、粗悪な品質のカード達。
それらは総じて数百円台で値段が納まっている。
しかし棚の中央に向かうにつれ、値段が跳ね上がっていく。
レアリティによって性能差と値段が切望的なまでに開いているのだ。
「なるほど、高ランクになると値段が跳ね上がるのか」
レアで数千円、SRで数十万円。VRで数百万。そしてUR、SSRと続く。
さすがにVR以上の現物は、店頭には置いていない。
だがカタログを見るに、UR以上のカードは数千万や数億といった値段で取引されるらしい。
つまりこのランダムパックを買って、SR以上を引ければ利益になる。
UR以上を引ければ、それだけで経済的な問題からは解決されるだろう。
だがそこで、ふと気づく。
「いや、待てよ……? そんなギャンブルする必要なくないか? このノーマルのカードを大量に買い込めば……。」
俺には困ったことに、とある固有スキルがある。
物質同士を掛け合わせるだけの、戦闘どころかなんの役にも立たないスキルの『融合』だ。
非常に希少ではあるものの実用性は皆無で、融合に失敗すると素材が消滅するというデメリットも存在する。
このスキルの入学当初からFランクに割り振られている、俺の頭痛の種だった。
だが、もしこのカード同士を融合できたら――?
思い立った俺は、すぐに店員の元へ走った。
「すみません、この一番安いノーマルの『リビング・アーマー』を20枚ください」
店を出て、エントランスの隅にあるテーブルに買ってきたカードを並べる。
心臓を高鳴らせながら、俺は二枚のカードに手をかざした。
「『融合』!」
『……失敗。融合素材を破棄します』
無機質なシステム音声と共に、二枚のカードが光となって消滅した。
「やっぱり融合に失敗すると素材が消滅するのか。だが、素材はまだまだある!」
俺は諦めずに次のカードを手に取った。
「『融合』!」
『……失敗。融合素材を破棄します』
「『融合』!」
『……失敗。融合素材を破棄します』
次々と消えていくカード達。
だが、四度目の挑戦でついに変化が起きた。
「『融合』!」
『成功。レアの『リビング・スケイル・アーマー』が生成されました。融合スキルがレベルアップします。融合成功率アップを獲得します』
手元に、まばゆい光を放つレアカードが出現した。
「よし! 思った通りだ!」
俺は歓喜に震えた。
レベルアップで成功率が上がるなら、試行回数を増やせばさらに上位が狙えるはずだ。
「『融合』!」
『……失敗。融合素材を破棄します』
「『融合』!」
『……失敗。融合素材を破棄します』
「『融合』!」
『成功。レアの『リビング・スケイル・アーマー』が生成されました』
「今回は三回で成功か。となると、これを続けていけば――」
しかし、手元にはもうカードがほとんど残っていない。
最初に買ってきた20枚の素材が尽きてしまったのだ。
「これ以上の出費となると貯金を切り崩すことになるが、仕方ない。全財産を突っ込む!」
覚悟を決め、口座にあったなけなしの生活費を全て引き出し、大量の素材を買い込む。
血を吐くような思いで融合を繰り返し、幾度もの失敗を乗り越え――。
そして、最後の一回の融合を終えた時。
目を焼くような白銀の光がカードから解き放たれた。
『成功。おめでとうございます。SSRの『《天翔ける白銀の戦姫》ルミナス・ヴァルキリア・アーマー』が生成されました』
「で、出来た。SSRの……モンスターカードが」
手の中には、神々しい装飾が施された最高レアリティのカードが収まっていた。
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