↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
登校初日から天真爛漫な美少女にプロポーズされましたが、僕は彼女と結婚しないで一親等になることを決めました。【長編小説】  作者: 金森 亮
第七章 行動が物語るもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/26

最終話 “いらないこと”が必要だった

「なにもないから……放っておいてくれ」

「それなら、なにもないのに教室で泣かないでよね。心配して見に来ているのに」


『……本当に根っから優しい人間なんだな。よかった。縁が切れて』


 僕は黙ってやりすごそうと画策する。周囲の視線も浴びつつ、僕は十何秒と黙りこくって、しびれを切らした彼女がこう言葉を紡いでくる。


「ねぇ、私たちが付き合っていたって本当なの……?」

「君の友人が君を誑かしているだけだ。大体、こんなみすぼらしい男と君が付き合うわけないだろ」

「別にそんなことないけど……」

「あぁあ。せっかく感傷に浸っていたのに」

「そうだったの?」

「なにもないから。もう僕に絡まないでくれるか?」

「……ごめん」


 僕は彼女に悪い印象を与えておいた。これで二度と関わる機会も失せて、あとはいつもの生活に逆行する、そんな観念で頭が満たされていた。僕は勝機が見え始め、顔色をすこし明るい方にもっていった。




 6月26日、今日の彼女は一言も僕に語り掛けてはこない。もう僕の存在に一切の関心がなくなったのだろう。僕はようやっと戻った平穏に、一つあくびをした。



 そうして何事もなく下校の時刻を迎えた。すると、下駄箱を過ぎたあたりで「ねぇ」という一言が聞こえる。


『……僕じゃないだろうな』


 そう思ってその場をそそくさと立ち去ろうとするが、もう一度放たれた「ねぇ!」という強い声に、身体が身動みじろぎする。振り返るとそこには、等身大で僕と目線を合わせてくる、一人の少女の姿があった。


「話しかけるなって言っただろ?」


 彼女は僕の言葉を聞き入れてはくれなかった。だが、彼女にも反論するだけの余地があった。


「私にはまだ振ったつもりなんてないから」

「……僕がいつ振ったって言うんだよ?」

「はぐらかさないで」

「はぐらかすもなにも、事実がないんだから……」


 そう言うと、彼女は僕のほうをほんの少し睨むように見て、カバンから一冊の薄い本を取り出す。


『……本当になんなんだよ』


 なんの変哲もないような学習帳を見せつけて、彼女は一言こう言ってくる。


「ここに全部載っているわ。響くんとの思い出と、響くんが抱えている現実が」


 彼女がぺらぺらとめくるノートには、何らかの意味のあるような文字で埋め尽くされている。


「君が書いたのか?」

「分からない。でも、これは私の字で私なりの書き方をしているわ」

「そんなの、何の根拠にも……」

「なるわ。いまの私は、私のことを一番に信頼しているから。これを見て」


 彼女は僕にそのノートを手渡してくる。そこにあった文章はノートの枠に囚われない、大きくも丁寧な字で次のように書かれていた。




―——どこまで記憶が消えるか知らないけど、とりあえず今日までのことを文字に起こそうと思う。私は森希奈。これを読んでいるあなたは、もしかしたら知らないと思うけど、私には大好きな人がいる。


 その人は山田響と言って、同じクラスの男子。根暗なところはあるけど、私と一緒でちょっとお人好しなところがある優しい人。それに彼もまた両親を亡くして、孤児という境遇にある。そんな私たちは惹かれ合って、やがて交際に至った。


 だけどいま、響は葛藤している。きっといつよりも葛藤している。彼には明晰夢を正夢にする能力がある。断定はできないけど、もしこれを見たあなたに過去の記憶の一部がなかったら、つまりそういうことだから。


 彼はもしかすると私との記憶を消し飛ばしてしまうかもしれない。それも都合よく私の過去と一緒に。

 その理由は一つ、彼が捻くれているから。今日、振られたとき、彼は私のことを苦しめると言った。そんなことないのに、彼はとんだ解釈違いを起こしていたの。



 過去が消えることは、私の望みじゃない。だからこれだけは覚えていてほしい。


 私は彼の両親を含む三十人を、自分だけ両親がいないという境遇への恨みから、さっき言った能力で殺してしまった。そんなこと、科学的に証明なんてできないけど、私はその事実と向き合わなきゃならない。絶対に忘れてはいけないことだから。


 今までは私のことを守ってくれた彼に、次は私が恩返ししなくちゃいけないの。だから絶対に彼を離さないで。彼を孤独にさせないで。そして……。 ———




 ここで彼女がノートを取り上げる。最後の数ページは読ませてくれなかった。


「ここから先は私同士の秘密だから」

「……全部、読まれていたんだな。しかもちょっと脚色してある」

「もういいでしょ。何度でも言うわ。私はこの文章を信じているから」

「僕は……僕は君を一度突き放したんだ」

「私は“君”じゃない。私は“森希奈”」

「……希奈を見捨てた人間に関わる必要なんてないんだよ」

「見捨てるなら、どうして私の過去も一緒に消したの?」

「それは……」


 僕は言葉が詰まって、絶対に彼女ではない街路樹の幹に目を移す。こんな薄っぺらな男に彼女の幸せを語る資格なんてなかった。


「見捨てたんじゃなくて、救おうとしてくれたんでしょ?」

「……でも、結果的に見捨てたんだから」

「そんなこと聞いていないわ。響、響は私の過去を消して、私を地獄の果てから救い出してくれたのよ」

「そんなこと……」

「……お願いよ。せめてそれだけは認めてほしいの」


 彼女の切実なお願いは、遂に僕の心を打ち破った。


「救うに……救うに決まっているだろ!」


 僕の中身は思っていた以上に最悪な男だった。こんなところで激高して、彼女を人目にさらすような真似をしたのだから。


「そう」


 彼女がそう呟いた次の瞬間、彼女は人の目なぞ気にも留めず、ただ一途に僕の身体を抱擁してきた。記憶のうちには何も知らないはずの彼女が、僕を孤独から救ってくれたのだ。


「なに……するんだよ……」

「分からない。なにも記憶がない。でもどうしてかしら……。あなたが近くにいると、ちょっとだけ世界が晴れやかになるの」


 彼女は僕の首筋に水を垂らす。彼女を泣かせることが二度となくて喜んでいた僕にとって、この仕打ちというのはとんだ皮肉だった。


 彼女のすすり泣く声は、明らかに僕への信頼の声だった。僕は明晰夢の力をもってしても、その《《信頼》》と彼女にもたらした《《感動》》を打ち破ることができなかったのだ。


「……ごめんね。もっと早く抱きしめてあげられなくて」

「謝らなくていいんだよ……。僕がしでかしたことだから」

「なら、この世界は私たち《《が》》しでかした世界ってことね」

「そうなる……のかもな」



 僕らはそのまま近くにある中くらいの規模の公園へと向かう。そこでこれからのことをじっくり話そうという流れになったのだ。


「あ、ちょっとそこで待っていて。お手洗いに行ってくるから」


 そう言った彼女はノートの件もあって、流石にカバンを丸ごと持って行った。


『それにしても……あそこには一体どんなことが書いてあるんだろう』


 僕がそうして頭を巡らせていると、彼女のカバンについているキーホルダーが落っこちてしまった。急いでトイレに向かう彼女は、そのことに一切気づかない。


 僕はそのキーホルダーを拾い、砂を軽く払っておく。そうすると、何秒か経過してそれが写真を入れられる形式のキーホルダーだと気づいた。僕は「これぐらいは許してくれるだろう」という慢心を元に、その中身を開いてしまった。



……開いてしまったのだ。



「あぁ、見ちゃったか」

「……は、なんで」


 そこにあったのは、僕が生前の両親と撮った家族写真だった。


「お互いに心が落ち着いたら言おうと思っていたんだけどね」

「……どうしてこれを持っているんだよ」

「それはね……」






―——————————私があなたのママだからよ———————————






 彼女の瞳は瞬く間に潤んでいき、真実に気づいた僕に対して、ちょっとばかり笑い顔を送ってくれた。まるで本物の母親のように……いや、《《独り》》の母親として。


『そうか。全部、なにもかも、嘘だったのか』


 そうすると彼女はどうしてか、にっこりとこちらを覗いてこんなことを呟く。


「どう? 私の小説は」

「……転生している時点で普通じゃないけど。面白かったと思う」

「そう」


 次の瞬間、彼女は僕の身体をさっきよりも強く、きつく、愛情の溢れる抱擁をしだして、僕にこんなことを言った。


「私はね……山田千絵。転生して生まれ変わった、響の……響のママなのよ……」


 僕の一親等は、まだ立ち消えてなどいなかった。この嘘は、僕を苦しませ、そして涙に繋げた。もうすぐ、時期は夏を迎えようとしていた。





―——つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。