第21話 彼女が暴露するということ
―――私はね……響の両親を殺したの。―――
僕はその秘密が能力に由来すること、そして少なからず僕に関わりがあることを知っていた。だが、ここまであからさまに関わっているとは、いつの自分も考えられないだろう。
『は……は』
僕はまったく理解が追いつかない。追いつこうとする頭も空になって、なんの二の句も継げなくなる。
「おいおい。なに……言っているんだよ」
そう言うと彼女は淡々と人物名を言い出した。冷徹に、しかし確実に……。
どこか聞いたことのあったその名前は、みな魔の日曜日の被害者だった。彼女はその名前を一人も欠かさず覚えている。その狂気と執着が僕を揺さぶる。
「……これで三十人、私がみんな殺したの」
「ど、どうやってあのとき九つだった希奈に殺せるって言うんだよ……?」
「簡単よ。夢を観ればいいだけだから」
彼女はそう言うと俯いて、事の顛末を語り出す。
「……誰にも理解されないって耐え難い孤独だった。親がいる周りは、たとえ私に寄り添うことはできても、共感することは不可能だったから」
『こんな馬鹿な話……さっさと止めさせないと……』
「葛藤した私は明晰夢に飛ばされて、現実世界に迷い込んだわ。家族がいそうな一軒家を狙って、そこにあった何台もの車のタイヤを摩耗させたの。血眼になってね」
『馬鹿な話……さっさと……』
「高速道路で何度も試したの。タイヤがパンクして急ブレーキをかけた車に、後ろの車が衝突してガソリンに引火する光景をね。これでタイヤもろとも跡が残らない。私の悪事も闇に葬られるって思ったのよ」
『……』
彼女は不気味な笑顔を繕う。彼女の暴走を止められる僕は、もうこの場に存在しなかった。
「まさか……まさかよね。朝、施設のテレビを観たら事故のことを報じていて、全員が死亡、しかもみんな親だったなんて」
「……それ、全部嘘だよな」
「全部誠よ。私はあなたの結婚相手以前に、ただの通り魔殺人犯。あなたの人生を破壊した張本人なんだから……」
僕は話を最後まで聞いて、少し憔悴していた。
だが、それは家族を殺された恨みなんてものではない。勝手に今までの献身がすべて贖いによるものだと解釈して、本物の愛との乖離に圧倒されていたからだった。
身体が徐々に蝕まれそうになったタイミングで、僕は確信を得るためにこんな問いかけをする。
「……最初から僕の両親が事故死したことを知っていたのか?」
「ううん、それは違う。上野でデートしたあの日、あのときに初めて知ったわ」
「そうなのか……」
「それで察したの。私たちの出会いは運命、だけど償い償われる運命なんだってね」
少し見当違いだったが、僕は彼女に生じていた不和の正体を知った。
「もしもそれが本当だとして、なんで今になって暴露するんだよ。最悪、墓場まで持っていけばよかったのにさ……」
「……私ね、ついに葛藤しても明晰夢を観れなくなったの。たぶん羽田空港のデートが最後だったわ」
「あれ……もしかして仕組んでいたのか?」
「そうよ。明晰夢の中で響が喜んだ場所に連れて行ったの」
『……僕が主導権を握っているはずなのに答えが分かったのはそういうことか』
「つまりね、事故のことを忘れる機会が失われてしまったの。いつか忘れようと思っていんだけど……」
「……別に明晰夢がなくても忘れられるだろ?」
「忘れられないわ。忘れようと思っても私は響と絶対に結婚するの。そうなったら、あとは償って生きていくしか道筋がないのよ」
「そんな……わけ……」
「もういいの……いいのよ。だから私は主に忠実なポチになるわ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれていいわよ」
「僕がそんなこと求めるわけないだろ……彼氏をなんだと思っているんだよ」
決してそうではないのだが、僕は彼女に小馬鹿にされているような気がした。
プロポーズされたと思えば、親を殺したと言い、最後には自分を捧げると。出来のいい嘘にしか聞こえなかった。それもこれも、彼女が明晰夢の能力を本物だと信じ込んでいる点にあった。
彼女の人生の一部分になるものは、その能力ではなく僕でありたかった。
だから、僕は手を固く握って、改めて彼女に本心を告白することにした。
「……僕はその明晰夢なんてやつ、絶対に信じないから」
「響が信じなくても私は信じる。これが私の生きる価値を作ってくれた存在だから」
「その能力がお前の生きる理由だったことは分かる。だけど、そんなものはきっと最初からないんだよ。なにもかも偶然の連続に過ぎないんだ……」
「それなら、どうして響の顔が夢の中に現れたの? それに、どうして私は響にこうして惹かれているのよ……?」
「たまたますれ違ったときに、僕の顔を覚えていただけかもしれないだろ。惚れているのは境遇のせい……だと思うけど」
ここまで具体性のある話に、僕は彼女の能力が実在するようにも思えてしまった。だが、僕は諦めなかった。僕が彼女より上に立つことは、絶対に阻止したかった。
「……分かった。希奈、今すぐに僕らが結婚することを否定しろ」
「え……?」
「結婚が否定されれば、その能力の信憑性が失われるんだよ。そうすれば僕の両親を殺したのだって、丸々嘘になるんだ」
「……やっぱり暴論ね」
彼女は彼氏である僕の言葉より、能力の存在に心酔している。僕はそんな現実を見ていられなくなった。僕には……今の僕には彼女を救い出す役目があった。
「……能力がなくなったって、希奈の価値は僕が保証するから、頼むよ」
「嫌だ……私はこの能力を捨てたくないの」
……きっと三ヵ月前の僕が、彼女に怒り心頭を食らわせるなんて、
「いいから嘘だと言えよ!! 僕は前にも言ったはずだ……。最期にお前を守れるのはお前自身なんだよ!」
「……守れなくていいのよ。私は一生償い続ける運命なんだもの」
「いいや、今ならまだ間に合う。だから言ってくれよ! 全部嘘だったって!!」
「でも……」
―――そうして、彼女はついにここまでして能力を守る理由を暴露する。―――
「でも、それじゃあ私たちが出会ったことが否定されちゃうわ!」
彼女の懸念はとても最近にできたものだった。やっと心を委任できる相手が現れ、その相手を繋ぎ止める理由がほしかったのだ。
つまり、この能力は心寄り添える人間……一親等をそばに置くための手段に過ぎなかったわけで、それに選ばれた僕には彼女との関係を守る義務があった。
だから、僕は彼女を説得する。説得して理解させるしかないのだ。
「いいや、否定されるのは結婚するっていう未来だけだ! だから、僕らの出会いが運命だってことに変わりはないんだよ!」
「そんなわけないでしょ……」
「あるんだよ! いい加減気づけよ!」
彼女は瞳に熱いものを溜めて、それをぽとぽと落とし始める。
「……自分をポチだと言うんだったら、主の言葉には従うもんじゃないのかよ。僕らが幸せになる方法は結婚以外にもあるんだよ」
「でも、昔の私が……」
「……その能力とは昔の自分と一緒にさよならするべきだ。今は僕との幸せな未来をとってほしい」
彼女には考える時間が必要だった。僕は待った。そして一分が立つ頃、ついに彼女はこんな言葉を返してくれた。
―――私は……私は、勘違いしていたの。きっと自分に能力があるって。―――
彼女は溢れる涙に封をせずそう言葉を絞り出した。
僕が今日知ったことは、家族を殺した犯人でもなければ、彼女の能力が事実だということでもない。僕らの未来に“結婚”の言葉が失われた、その事実だけだった。




