第18話 披露宴会場を見るということ
25日は特別なにかあったわけでもなく、文化祭は早々に幕を下ろした。
それに深瀬は学校そのものを休んで、最終的に打ち上げに来ることもなかった。
あんなにも時間を費やしたので残念だったが、特別な配慮をしなくていいというのも変な重責に追われない身軽さがあった。
『……僕なりには奮闘したし、もうこれでいいだろう』
なんというか僕はクラスを平定する呪縛にかかっていた。だからこの文化祭中も、彼女のことを集中して見られなかった。もったいないことをしたとは思う反面、少なからず自分の成長にも繋がったので、これを彼女に還元して相殺しようと決意した。
そうして迎えた5月27日、文化祭後初登校のこの日。お得意の盗聴で朝の時間に女子の会話を盗み聞いていると、「山田」や「響」という単語が飛び交っていた。僕はクラスをまとめた立役者として、なんとなく名前に広がりを見せていたのだ。
それに伴って、ただでさえ既成事実の彼女との交際も広く知れ渡ることになり、これがまた河田の嫉妬を煽るのだった。
『まぁ、希奈の横に立つ男としては嬉しいことなのか……?』
そんな調子で放課後になって、帰宅の目途が付いた頃、彼女は僕にこんな提案をしてきた。
「ねぇ、響。私と賭けをしてみない?」
「馬券でも買うのか?」
「まだ私たち未成年よ」
「未成年なのに未成年相手にプロポーズした人が未成年を語るな……」
「いちいち“未成年”って言わなくてもいいわよ……」
彼女は「またその話題……」と言わんばかりに口をすぼめ不満そうな面持ちをする。少しすると話に戻って、またいつも通りに笑顔を煌めかせるようになった。
「その賭けっていうのはね、次に行くデートの場所を当てるってものよ」
「……僕が選んだ場所を当てるのか?」
「そうよ。だから、響は好きな場所を選んでちょうだい。本当にどこでもいいわよ」
「わ、分かったけど……心を見透かされているとなると、やっぱり恥ずかしいな」
「そこまでは分からないわよ。私が知れるのはあくまでも事実だけだから」
「……そうか」
これこそ彼女に還元する大チャンスだった。そうと決まれば僕も下調べに下調べを重ねて、最高のコンダクターになることを目指すことにした。
だが、僕の目指す先は鉄道網から飲食店まで全ての便がいいところで、かえって多い選択肢に頭を悩まされた。
『費用と珍しさの両立……あぁ、こんなに計画立てるのって難しいんだな』
いざ自分が計画を立てる立場になると、彼女の言う能力が現実味を帯びる。過去二度のデート、それに文化祭では豪運だけでは成し得ない完璧な先導をしていた。
僕にそれを真似るというのは無理難題で、ただひたすらに時間をかけて計画作りに没頭するのだった。
そしてデート当日の5月31日を迎えた。昨夜にようやく完成した計画を携え、僕らは毎度恒例になった電車内での合流をする。
「おはよう、希奈」
「おはよう、響」
僕ら何気ない感じで挨拶をする。今日の彼女は意外にも長ズボンを履いており、今まで存在した少し特異な服装を着るジンクスはなくなっていた。
「紙かなんかに今日の目的地は書いたか?」
「裏ポケットにしまっているわ」
そう言った彼女は裏ポケットをポンと一回叩いて、僕に自信に満ちたドヤ顔を披露する。
「あぁ、だから今日は普通の……いやなんでもない」
「あれれ? なんでもないは禁止じゃなかったっけ?」
「でも希奈、前に一回なんでもない使ったよな?」
「……いつよ?」
「文化祭初日の保健室だな」
「き、記憶にないわね」
「どっかの政治家みたいなこと言うな……」
「えへへ……」
作り笑いで凌ごうとする彼女に、僕は一応渋い顔を見せておく。
「で、でも、これでちょっとは能力のことを信用してくれるかしら……?」
「どうだろう。半信半疑からは脱せるかもな」
「中途半端ね……まぁ、いいわよ」
僕らは電車にモノレールを乗り継ぐ。そこから競馬場の横を通り過ぎ、二十分ぐらいで目的地へと着いた。
関東近辺でモノレールに乗ると言うことは、大体の場合は羽田空港に向かうことを指している。彼女も行先表示を見て目的地に確信を持ったようで、早速モノレールの中で答え合わせをすることになった。
そして彼女は「してやった」というような満面の笑みをして、“羽田空港”の四文字が書かれた紙を手渡してきた。
「……まぐれだな」
「なんでよ! こうやって実際に当たったのよ⁉」
たしかにこれには驚く僕もいた。だが、明らかに明晰夢を正夢にするなんてファンタジーの域を出ない。それなので僕はその可能性を丁寧に否定する。
「そうは言っても、科学がそれを証明できないから……」
「響が科学者にでもなって証明すればいいじゃないの!」
「そんな無茶な……」
「でも、すごいでしょ?」
「あぁ、驚いたと言えば驚いたな……」
ふと僕は彼女にある能力が、“明晰夢を正夢にする能力”ではなく、単に“人の行動心理を見透かすこと”に長けているだけなのではないかと思った。
言われてみれば、文化祭のお化け屋敷でお化けが飛び出すギミックを考えたのは僕だったわけで、彼女はそんなところから感覚値で導き出せるのかもしれない。
『……それでも僕が主導権を握っている事柄まで分かるもんなのか?』
僕は彼女の能力を半信半疑どころかますます否定するほうに舵を切っていた。だがそれらは別の特技に置換できるものであり、僕は彼女が噓つきだなんて端から思っていなかった。
「響、飛行機が好きだったの?」
空港駅のホームに降り立つと、彼女がそう訊ねてきた。
「あぁ。小さい頃、よく父親に連れて行ってもらったんだ。最近は行く機会がなかったから丁度いいかなって」
「……そうだったの」
「この空港の独特な空気と展望デッキで香る燃料のにおいが最高なんだよなぁ」
「たしかに、旅の高揚感があっているだけで気分いいわよね」
すると彼女は聖母のような優しい目つきをして、僕にこう返事する。
「なんか響、小説を書いているときぐらい楽しそうね」
「どっちも楽しいけど、新鮮味はこっちのほうが抜群だからな」
「響は好きなものに触れているときが一番輝いて見えるわ」
「そんなに輝いているか……?」
「そうよ!」
『……他人から見るとそう見えるのか』
「……初めて見た」
「どうしたの?」
「結婚披露宴の会場が解放されているんだ。普段は解放されていないんだけどな」
「今日は何か特別な日なのかしら……」
「明日からジューンブライドだからな。今日は誰も式を挙げないんだろ」
「あぁ、そっか」
6月上旬のこの時期は“ジューンブライド”と言って何度も何度も式が挙行されるわけだが、今日はまだ5月で丁度タイミングのいい時期だった。
デカデカと一般開放の明記があるので、僕らは会場内に潜入してみることにした。
「この場所で何人ものカップルがハレの日を迎えたのね」
「飛行機が画になるって粋だよな」
「そうね」
いくつも並べられた小粋な長椅子に、新郎新婦の立つのだろう、そこだけ大理石かなにかが敷かれた床、そして茶味がかった高級感溢れる内装。
たしかに、ここだけはまさしく結婚披露宴会場だった。
「次は僕らの番かもな」
雰囲気に調子に乗らされて、僕はそんな柄でもないことを言う。
「そうかも……しれないわね」
「なんか微妙に消極的じゃないか?」
「いや……そんなことないわよ。ちょっとこの会場に圧倒されていただけ」
「まぁ、気持ちは分かるかもしれない」
彼女は結婚の言葉にとてもこだわっていたはずだが、今日ばかりはどうもそんな様子ではなかった。彼女は結婚の言葉を重く受け止めていなかったのかもしれない。
「……最近は希奈が僕を選んで正解だったんじゃないかって思うようになってきた」
「誰かに諭されたの?」
「諭されたのかも知れないけど、最後には自分でそう気づいたんだ」
「……嬉しかった?」
「まぁまぁな」
「じゃあ、これでずうっと一緒ね。ずっと、ずっと……」
「なにがあっても僕から振ることはないし、そこは安心してほしい」
「……絶対って言い切れる?」
「もちろんだ」
「そう……嬉しいな」
そう言っている割に、彼女は顔に力が入らないまま歪な笑顔を見せてくる。この顔には見覚えがあって、僕にまた別の隠しごとの存在を彷彿とさせる。
最近の彼女は正直になったのか、この顔を頻繁にするようになった。まるでなにかに必死に耐えているような素振りを見せて……。
『僕に心を寄せてくれているはずなのに、その僕に絶対に言えないことがある……。とすれば、その隠しごとの正体って……
———僕が関わっていることなんじゃないか?———




