第17話 文化の祭りをするということ
それから着々と準備は進んでいき、二日前にはお化け屋敷の構造が完成した。
無論、クラスメイトが一同となって制作したわけだが、何人かは一切制作に手を付けず、黙って毎日をやり過ごしていた。
はじめは野郎たちにも、どうにかして協力してもらえないか画策した。当事者の三人に声をかけて、「最後は手伝ってくれないか」や「打ち上げに行こう」などクラスと歩幅を合わせるように頼んだ。
だが二日目になって、どう足掻いても打破するのは無理だと悟った。三人衆のうち一人、僕に対して明らかに抵抗してくる野郎がいたのだ。
「彼女持ちだからって王様気取り? 馬鹿みたいだな」
「悪いけど僕は王様じゃなくて、女王様の召使いだよ」
「知らねぇよ、死ね」
『ボケの一つも通じないなんて……こりゃあ、僕にはコイツをどうにもできないな』
その一人とは深瀬博という野郎で、坊主で筋肉質で気が強いという特異な男だ。たしか前のクラスで、誰か一人を退学に追い込んだんだとか。極力関わらずにいるに越したことはなかった。
彼がしでかしたのは、最近起きた、女子に対する悪口を当の本人たちに聞かれてしまった事件で、なにも女子の前で堂々と言わなくてもよかったものを、深瀬は侮蔑のような言葉も含めて言い切ってしまった。
残り二人のやらかし野郎も深瀬の言葉に頷いて、僕との間に絶対的な隔絶を生もうとする。もう僕に成す術はなかった。
「お疲れ様、響」
深瀬たちが教室から立ち去っていくと、彼女がそう慰めてきた。
「本来なら打ち上げは人が多いほうが楽しいんだけど……」
「あの男子三人は火に油を注ぐわよ。無理しなくていいのよ」
「既に無理はしたんだんだけど……駄目だったからな。分かったよ、ありがとう」
「明日、心残りも全部忘れて精一杯楽しみましょ!」
「あぁ、そうだな!」
またもや彼女の一言で、やるせなさを打ち払うことができた。彼女の引力というのはやはり途轍もないものだった。
5月24日、念願の文化祭当日を迎えて、クラスでも彼女の鶴の一声で、円陣を組んで始まる団結っぷりを見せていた。
朝の彼女はフルでシフトに入るそうで、逆に僕は彼女の名演技を観たくなり、他の催し返上でお化け屋敷の列に並んでいた。
「……あんたまでどうしてここが一番乗りなの」
聞き馴染みのある声色だったので、僕は横目でちらっと声の主を見る。
「……河田さn」
「ストップ。だから“さん付け”やめてってば」
「ご、ごめん。癖って全然抜けないもんだよな。そういう河田もなんで朝っぱらからここに並んでいるんだ?」
「もちろん、希奈の演技を見に来たのよ」
「あぁ、僕とまったく同じ理由だな」
「いいんじゃないかしら。たぶん彼氏なんだし」
「たぶんって……まだ認めてくれないのかよ」
「えぇ」
『まぁ、一昔前は彼氏として認めらていなかったしな……。これでも十分か』
順番がやってきていざお化け屋敷に入る。勝手知ったる内容ではあるが、ひとまず屋敷の先を気を抜いたまま進む。そうして彼女がいるだろう地点についたところで、真っ白い布を被った彼女がこう言って飛び出してきた。
「う わ あ ぁ ぁ‼」
僕は頭をこつんと叩いて、若干生まれた間に失笑してしまった。
「ちょっとぉ……!」
「可愛いお化けだったよ。ありがとうな」
おそらく彼女の表情は笑顔と恥じらいの混じったなにかだったと思う。彼女の天真爛漫が最大限発揮されるところで、「これは面白くなるだろう」と感じていた。
やがて昼過ぎになって、僕らは屋敷の前で合流する。
「お化けになった気分はどうだ?」
「思っていたよりみんな驚いていたわ」
「まぁ、お化けが横向きで急に飛び出すギミックだしな……肝は冷えるよ」
そうして僕らはいつもの登下校と同じく、隣り合って闊歩する。すると人が密集しているせいもあってか、結構な頻度で僕らのほうに目が向けられる。
「……どうせ見られるんだしさ、もう手、繋いじゃおうよ」
「それ、僕も思った」
僕らは慣れた手つきで掌を固く結び、色々な催しを巡ることにした。その度、彼女は友達と言う友達に声をかけられ、僕との関係性に驚嘆するわけだ。
「お二人さん、いい雰囲気だねぇ」
彼女が他の女子と話していると、横から知っている男が乱入してきた。
「棚田も楽しんでいるか?」
「あぁ。それにしても、なんかこうして見ると思ったよりサマになっているな」
「どう見ているんだよ……」
「“普通に見て”だよ。お似合いだな」
「あぁ、それならいいんだけどさ」
「ありがとう、棚田くん!」
「おう、楽しめよ」
『棚田はこれで彼女がいないんだもんな……本当に宝の持ち腐れだな』
それにしても彼女は研究していたのか、全体的に順番待ちも少なくスムーズに多くの催しに参加できていた。これが彼女の能力なんて思う僕はどこにもいなかった。
二時間ほど学校を回って、僕らは自分のクラスに戻った。無論、シフトが始まるためでそれぞれ持ち場につこうとしていた。
だが、僕は全体的にパーテーションが異常に揺れていることに気づく。足元が教室の高さの六割ぐらいにはなるパーテーションで、倒れる同線上にいる彼女にそのことを告げようと思っていた。
……そのときだった。
彼女が教室を駆けたことでパーテーションが揺れ動き、彼女のいるところから順に倒れそうになる。
「希奈、危ない!」
僕は教室の端まで間に合わないと悟り、彼女に大声でそう告げる。しかし彼女は「え?」と言ってこちらを振り返るので、僕はとっさに飛び込もうとする。
しかし、その必要はなかった。僕の声に気づいた深瀬が裏から飛び出してきて、彼女の頭にこつんと当たったタイミングで、パーテーションを支えだしたのだ。ご丁寧にスチール製のパーテーションで、二人係でも運ぶのに苦労する重さだ。
それなので、僕は急いで彼女と深瀬の元へ向かい、深瀬と共にパーテーションを支える。そして僕は端にあるパーテーションの足場の部分が割れていることを知る。
「お前は支えなくていいから、彼女の治療でもしていろ」
「で、でも……」
「いいから早く彼女をどけろ」
「わ、分かった」
僕は彼女に「大丈夫か」と言って駆け寄る。彼女は動揺していた。はじめは壁が迫ってきた恐怖によるものだと思っていた。だが、彼女はこんなことを口にしていた。
「嘘……なんで」
そう言って彼女は後ずさりすると、目を四方八方にやって身体をふらつかせ、最後には意識を失ったように僕の身体に寄りかかってきた。
「ど、どうしたんだ、希奈、希奈!」
僕は彼女との身体差を考えて、不意に「もしかしたらいけるかもしれない」なんて思ってしまった。居てもたってもいられなかった僕は、遂に貧弱な腕で彼女をお姫様抱っこする。
その姿に手で口を覆う女子、「おぉ」という野郎の野次馬、そんなものが次から次へと耳に入ってくる。
『うるせぇな……やるしかないんだよ』
火事場の馬鹿力と言うのは意外と発揮されるものらしく、僕は腕をパンパンに張らしながらも、無事に保健室まで送り届けた。幸い意識を失っているわけではなく、大事には至らなかった。
この一仕事で疲れ切った僕は、外のベンチに腰かけてシフトそっちのけで休むことにした。
文化祭の初日が終わり解散を迎えたところで、僕は河田からの叱責を受け、「明日のシフトを増やす」と約束させられた。
僕は早く彼女の見舞いに行きたかった。だが、その前に絶対にやらなければいけないことがあった。深瀬の元に向かい、今日のお礼をすることだ。
「……深瀬、さっきはありがとう」
「彼女はどうなったんだ」
「過労でちょっと意識を喪っただけだってさ。おかげで回復しているよ」
「あっそう」
深瀬は僕の顔をいちべつして、すぐに視線を逸らす。僕は助けてもらった身分である以上、踏み込んだ話ができない。
「てか、彼女守れない彼氏とかシャバくね」
「そうだよな、ごめん。でも、本当に今日はありがとう」
「二回目はしつこい。そんなんじゃ彼女にも見限られるぞ」
「それはない」
『なんか……深瀬の正直になれないところ、三月までの僕にそっくりだ』
こういう野郎に投げかけるべき最善の言葉を、僕は知っていた。深瀬に効果があるかは知らなかったが、一応僕には効果があったので言っておくことにする。
「明日もよろしくな」
「……知らねぇよ」
若干の照れが顔面に浮かび上がりつつ、深瀬と他二人は教室をあとにする。それに続いて、僕も彼女のいる保健室へと向かう。
「調子はどうだ?」
僕がそう訊ねると、いつもの半分ぐらいの笑顔をして応じてくれた。まだ本調子には程遠いようで、身体を気怠そうにベットにこすりつけている。
「まぁまぁかしら」
「救急搬送とか大事にならなくてよかったな」
「そうね」
彼女は倒れたときに発した言葉について、なにも言おうとしない。
「それでさ、さっきは一体なにがあったんだ?」
「……なんでもないわよ」
「なんでもなくはないよな……? 現にこうしてぶっ倒れたわけなんだしさ」
彼女は唇を吸うようなしぐさを見せて、一向に口を開かない。そこで僕は一つ間を置いてから、自分の推測を彼女にぶつけることにした。
「……希奈、もしかして明晰夢が機能しなかったんじゃないか?」
「そ、そんなことはない!!」
彼女の大声に辺りの患者がビクンとする。僕らはすぐ四方に向けて頭を下げ、互いに顔を赤く染める。
「ごめん……」
「明晰夢を使おうとはしたんだな?」
「……うん」
「どおりで今日の行程が最高だったわけだな」
しばらく沈黙が流れたのち、僕は彼女にこう頼み込む。彼女を完全に信用するためにもこのフェーズは必要不可欠だった。
「僕はいいんだけどさ、そろそろ正直に教えてくれないか?」
「黙っていたほうが幸せなこともあるのよ」
「なにも教えてもらえない今の僕は、たぶん幸せじゃないと思うんだけど」
「それは我慢して。男でしょ?」
「ジェンダー平等はどこにいったんだよ……」
僕は彼女への詮索を止められなかった。プロポーズの重大性がじわじわ判明して、自分の納得のために舵を切っていた。
『……そんな、ファンタジーがあるわけないんだから』




