第15話 クラスを平定するということ
5月12日、今日のクラスもまた相変わらずギスギスした雰囲気で、男子は男子で、女子は女子で巨大な集団を作っていた。
無論、僕はそのどちらにも属さないわけだが、朝からこの有様だと気も滅入る。
『まぁ、気が滅入るぐらいには興味を持てたってことだけどさ……』
それに、また男女仲に亀裂を生む事件が起きていた。
要約すると、クラスの男子がクラスの女子の悪口を言っていたのがバレてしまったというもので、クラスとしての堤体が崩壊寸前に陥っていた。
どうやら彼女もその圧迫した空気感を読み取っていたようで、心配そうな目をして僕にこんなことを言ってきた。
「このクラス……どうなっちゃうのかしら」
「このままいけば、どうにもならず終わるだろうな」
「……文化祭」
『そういや昨日で二週間だったのか……』
ここ、習志野台高校では初夏の時期に文化祭が行われ、季節外れなこともあってか大勢の人が押し寄せる。
その文化祭は今月の24日と25日に開催されることになっていて、今日12日は既に二週間を割っていた。
一応催し物のテーマは決まっていて、お化け屋敷をやることになっている。だが、教室を見渡しても、何一つとして準備が進んでいる気配はない。
「希奈はこのクラスがどうなってほしい?」
「できれば……文化祭と体育祭ぐらいはどうにかなってほしいの」
「あと一つ忘れているぞ」
「……あ、修学旅行」
二年生は非常に行事ごとが多い年で、こんな年にハズレクラスを引き当てるなんて不運もいいところだ。
とりあえず今日の放課後、僕と彼女で段ボールの一つや二つ運んでくることを約束した。ただ、運動なんてザラにしていない僕と彼女では非効率もいいところだ。
そこで人手が必要ということになり、僕らは誰を誘うべきかじっくり考えていた。
「私、女子の人脈はあるわよ。みんな広く浅くだけどね」
「……できれば屈強な男を連れていきたいんだけど」
「棚田くんは?」
「野球部はこれから夏に向けて頑張る時期だから、ちょっと申し訳ないんだよな……」
「他にはいないの?」
「……すまんが、僕に人脈なんて皆無だ」
「いいのよ別に。私がいるんだから」
彼女はそう言ってドヤってきた。目を瞑って笑顔する姿はなんだか新鮮で、これはこれで秀麗なものだった。
「それは心配していない。だけど、誰か一人連れ出したいな……うーん」
『棚田に直談判するか……』
昼休み、僕は棚田に時間を開けてもらえないか聞いたところ、二言返事で快諾してもらえた。彼女から弁当だけを受け取り、僕らは早速本題に入る。
「響が誘うなんて珍しいこともあるんだな」
「それぐらい切羽詰まっているんだよ……」
「それで、話したいことってなんだ?」
「文化祭が近いのに、これじゃあどうしようもないだろ?」
「気持ちがいいくらいにすっからかんだな」
「だけど……僕に人脈はないんだ」
「それで俺たちに手伝ってほしいと」
「……忙しいのは承知なんだけど、頼むよ」
僕がそう言うと棚田は感情を明らかにしないで、水筒の茶に口をつける。
そうして、本音と本音でぶつかり合う十分間が開幕した。
「俺は今のクラスの雰囲気が好きではない。まぁ、俺はなにもやらかしていないからな」
「僕もだ。勝手に事が悪化していって、本当になにしているんだよ、男ども……」
「それに文化祭の後に打ち上げもやりたいんだけど、女子って花がないとつまらないし」
「それは……そうか」
『誰も風通しの悪いクラスなんて求めていないよな……』
「それでだ、響。明日は監督がいないから部活がオフなんだよ」
「ほう」
「そこで、響。お前は男女を仲介する潤滑油になるんだ」
「じゅ、潤滑油って……そんな面接じゃないんだからさ」
「森さんに頼んで女子を連れてこい。そうしたら俺もクラスの野球部を連れ出すから」
「……いいのか? そんな重役担わせちゃってさ?」
「これでも次期キャプテンなんでな。顔は広いから安心しろ」
「……恩に着るよ」
そのあと、僕が棚田が言っていたことをそっくりそのまま彼女に話すと、彼女は目を輝かせたあとに、少し笑顔を後退させてこう言う。
「……でも、運んでいるときだってまた男女で塊ができちゃうんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、一緒になにかを成し遂げようとすることが肝要なんだ」
「か、肝要なのn……」
「そう、肝要なんだ」
僕は食い気味でそう言った。ここまで躍起になる理由には、彼女の存在があるからに他ならなかった。
「だから頼むよ……」
「分かったわ。どうにかしてみるから」
「……本当にありがとう」
「でも、あんなクラスに無関心だった響がクラスのために行動するなんてね」
「たぶん希奈のおかげなんだけどな」
「そうね。他でもない私のおかげね」
「……河田さんにそっくりだな」
「え?」
5月13日、放課後になって棚田はクラスの屈強な男三人を連れてやって来た。
「す、すごいガタイだな」
「伊達に筋トレしていないからな」
「女子は下で待っているみたいだし、さっさと運びに行こうか」
「まぁ、段ボール運び自体は四人でどうにかなる話なんだけどな」
「まぁな……」
下駄箱を抜けた先に例の女子の群れがあって、その中心には彼女の存在があった。
「あ、響! こっちは全員揃っているわよ」
「……河田さんも来てくれたのか」
「話は聞かせてもらったけど。野球部の人はなにもしていないから、誰も来ること自体は否定していない」
言葉に若干の棘があるものの、まるで自分がしてやったような言い回しだった。
そんな雰囲気にも見えなかったが、一応河田に訊ねてみることにした。
「……河田さんが計らってくれたのか?」
「そうだけど、悪い?」
「最高だと思うけど」
「あと、そろそろさん付けやめてくれない? 仰々しくて腹が立つから」
「分かったから……ちょっと今日ぐらいそういう態度は抑えてくれ」
「なによ。自分を隠せっていうの?」
「隠すんじゃなくて変わるんだよ……」
そうして女子六人、男子五人の十一人で近場のコンビニへと歩みを進める。
ぎこちない雰囲気ではあるが、やらかした当事者がいないこともあり、まったく悪い空気感ではなかった。
ただ懸念していたように、男女間で話が生まれる予兆が一切ない。ということで、彼女が僕に先駆け潤滑油になろうとする。
「ねぇ、野球部って今は何人でやっているんだっけ?」
彼女の問いに棚田が答える。
「部員は全学年で三十二人いるよ。で、そこからレギュラーメンバーになれるのは半分ぐらいだな」
「へぇ。だって!」
彼女はそう言って半ば強引に女子たちを話に引きずり出そうとする。双方に若干の困惑の色が見え隠れする。
「……毎日やっているみたいだけど、どうして続けられるのかな?」
すると効果があったのか、ある一人の女子が棚田にこう訊ねた。
棚田も真摯に答えて、一段落するとまた彼女が棚田や他の野球部員と会話を紡ぎ、気がつくと無事に目的地のコンビニへと辿り着いていた。
『……なんか、すごい無力感を感じるな』
彼女と僕との行動には圧倒的な差が生じていた。僕も潤滑油目的で動員されているはずなので、どうにか話の突破口を見出さないといけない。
「ねぇ、希奈ちゃん」
「なぁに」
「希奈ちゃんは山田くんのどこに惹かれて付き合っているの?」
「おっ、それ俺も知りたいなぁ」
知らない女子に棚田まで加勢して、一気に話は恋愛ムードへと移り変わる。
「そうね。実直で現実主義なところと、誰のことも蔑まないところ。あとはちょっと家庭環境も似ていて……かなり色々あるかな」
「へぇ。だってさ、響」
「う、うるさないな……」
この話題が功を奏したのか、上手いこと男女の間で話が進んでいき、帰る頃には河田も含めて和やかな空気が漂っていた。
「なんか……高校生って単純だな」
僕は彼女の前でそう溢す。
「単純でちょっと複雑だから“青春”って素敵なのよ」
「そうなのかもな」
翌13日、なにも問題を起こしていないクラスの男子に関しては、昨日とは違って男女間で話に花を咲かせていた。
今はまだ微々たるものではあるが、三人の野球部員と棚田の理解が、この状況を作り出したのだ。
『まぁ、野球は馬鹿にはできないもんな』
多少クラスの軋轢は和らいで、来たる文化祭に向けて着実に準備が進んでいた。
問題が残っているとすれば、そのトラブルを起こした野郎の処理……だった。




