第13話 知り合いが友達になるということ
5月6日、普遍の日常に傾倒しているうちに初夏を迎え、東風は生暖かい別物になっていた。そうして7日、彼女と出会ってから一ヵ月が経過していた。
「おはよう、希奈」
「おはよう、響」
「今日で出会って一ヶ月だな」
「これまで数々の苦難を乗り越えてきたわね」
「なにもしていない……ことはないけど」
僕らの関係がカップルだということは、もはや暗黙の了解というか周知の事実になっていた。ここ一ヶ月は大きなトラブルもなく、僕らは毎日穏やかに、逆に言えば起伏のない生活を送っていた。
ただ、腑に落ちていない人間がゼロというわけでもないようで、その最たる人物こそがこの人だった。
「……本当になんであんたと付き合ったの」
河田はまた彼女がトイレの隙に、僕のところに来てそんな問いかけをした。ただ、今日は前と違って一人で来た様子だった。
「じゃあ聞くけど、河田さんはなんで付き合ったんだと思う?」
「完全に気の迷い」
「僕は河田さんのシビアな性格のほうが気になるんだけど……」
「あんたには関係ないから」
それなりに心をえぐりえぐられた僕は、少ししょげながら河田にこう訊ねる。
「……なぁ、河田さんはどうやったら僕を受け入れてくれるんだよ?」
「来世にならないと分からないと思うけど」
「今世でどうにかならないのか……?」
そもそも僕らは共に彼女の幸せを願っている以上、相容れないはずがない。なので僕は河田の譲らない立ち場を、少しだけうっとおしく思っていた。
すると河田もまた、僕にこんな質問をなげかけてきた。
「ってか、なんであんたもあんたで私を無視しないの?」
「希奈の朋友なんだろ? 少なくとも希奈はそう言っていたな」
「当然ね」
「だったら、交流を深めるのが得策だろ」
「ふーん。私を利用したいと?」
「歪曲しないでさ……」
そのうち手にハンカチを携えた彼女が戻ってきて、違和感の塊な僕らの構図にこう告げてきた。
「……私の話題でもしていたのかしら?」
「していたような、していなかったような」
「そうよ、希奈。私たちは愛のない話をしていたから」
「他愛のない話だろ……」
すると彼女は薄っすら浮かべていた笑みをなくして、ちょっとだけ口をすぼめる。
「……なんか二人、お似合いな気がする」
「それはない」 「それはないわ」
僕らは断固としてその発想を拒絶した。水と油でしかない僕と河田の関係値を勘違いされては困る。
ただ、僕らは同時に同じような言葉で否定してしまったので、彼女はもう一段階冷徹な表情をして「……そう」とだけ発した。
『なるほど。これが嫉妬ってやつか』
どこからどう見ても僕らは純水と石油でしかないのに、彼女は群れていない河田の姿を見て勘違いをしていた。
グループワークでも彼女はいつもより圧倒的に口数が少なく、僕が話しかけにいっても会話が続かない。彼女は明らかに季節外れな抜け殻と化していた。
『……まぁ、環境が環境だからな』
その様子を河田も眺めていたようで、次の授業が始まった途端、タブレットに河田からこんなトークが送られてきた。
「希奈、元から嫉妬深いから」 「あれが普通だと思えばいいの」
「そうなのか」
「うん」
「流石は僕より長く絡んでいるだけあるな」
「当たり前だから」
この助言はおそらく僕のためという意味合いより、自分の優位性を誇示する面のほうが高いだろう。
そう言う河田も彼女に関与する僕の存在を邪悪に思っているはずなので、相当嫉妬深い類だ。つまり彼女と河田は軽い相互依存みたいなものなのだろう。
そうして僕は、授業そっちのけで打開策を思案していると、結局は次のような安牌に落ち着いた。
最後の授業が終わってすぐのこと、僕は彼女と会話を紡ごうとする。
「なぁ、希奈」
「……なに、どうしたの」
「今日で付き合ってから一週間だし、明日の帰りにお茶していかないか? さっき河田さんにも店を紹介してもらったからさ」
「そうだったの……?」
そう言うと彼女は真偽をたしかめたくなったのか、河田を見つめ始めたので、僕は河田に頷くよう全力で訴えかける。
僕の目力が伝わったのか、河田は僕らのそばにやってきて、彼女にこう告げた。
「あー本当、私にお店を聞いてくるなんて、山田くんは彼女想いの素敵な彼氏さんねー」
河田はお手本のような棒読みでそう言いやがった。すると彼女はいつもの八割ぐらいの笑顔を復活させて、だいぶ平常運転に戻った。
『……やっぱり、初期対応って重要だな』
「カフェに連れて行くなんて粋ね」
彼女が他の女子の元へ話に行くと、河田が今度は群れを作ってやって来た。
「わりと普通だと思うんだけど……」
「根暗くんにしてはって話」
「なんだよその呼び名」 「ちょうどいい機会だし行ってみるよ」
「そう」
そうするとなにがあったのか、河田はちょっと態度を緩めて僕にこう告げてきた。
「……店、紹介するわ。とっておきのね」
「え、きゅ、急にどうしたんだ?」
「希奈が変な店に行ってほしくないから。別にあんたのためじゃない」
「それ……素でそう言っているのか?」
「そうに決まっているでしょ」
「それ、世間では一応“ツンデレ”って言うんだけど……」
「だ ま り な さ い !」
流石に他の女子を前にしていると河田の覇気も違ってくる。
ただ、河田の態度はある程度軟化していた。きっかけがあったとすれば、僕はさっきから自分を謙遜して、彼女と河田の関係を持ち上げていた。それが河田のプライドを守ることで、僕が取るべき最善策だった。
『……本当は同性じゃないんだから気にしなくていいと思うんだけど』
ここまで来たら僕と河田はもう友達も同然で、それが確かになる場面が生まれた。
帰宅後、僕は気になったことがあったのでトークアプリで河田に問うことにした。
「河田さんはなんで希奈に固執するんだ?」
「悪いって言うの?」
「悪くはないけど根本を知りたいんだよ」
「あそう」
五分ぐらい時間が経過して、ようやく河田から一通のトークが送られてきた。
「私の立場を守ってくれるから」
「立場?」
「語気が強くて人から好かれない私の立場を守ってくれる」
『自覚あったのかよ……』
「だから私は希奈を慕っているし希奈を守るの。私が強気でいるのも希奈がいるから」
「そうか」 「ありがとう」
「希奈にバラしたら普通に殺すわよ?」
「そのバラすは殺すの関連語か?」
「違うし」 「とにかく言わないで」
「はい」
たとえ僕が女だとして、周りに自分のために動いてくれる美少女がいたら、それは手放したくもない。
そうして無事に会話を終えようとしたところで、河田からこんな言葉がきた。
「希奈があんたを選んだ意味が分かった気がする」 「案外面白いかも」
「案外は余計だよ」
水と油にも乳化といって、混ざっているように見える状態がある。僕と河田の関係性はそんな感じで、完全には分かりあえないもののなんとなく分かりあえている感じだった。
ここで僕はあることにも気がついた。自分には“関わろうと思えば人と上手く関われる能力”があったのだ。
根暗だった僕は彼女という導線によって瞬く間に成長を遂げていた。その酵素としての意味でやはり河田の存在も必須で、そうなると改めてこんな課題が浮上した。
『まずはこのクラスの男女仲をどうにかしないとなぁ……』
僕のクラスでの立場は男子と女子の中間に位置しているだろう。それも男女共にクラスで頭角を成す人間との友好関係が紡がれてきた。
彼女に僕の有志とやらを見せる良い機会だ。ということで、僕は翌日から行動に移すことにした。




