6 リーナと記憶の真実
夕焼けを背に、立ち上がったアルはリーナの隣に腰を下ろす。
そして、リーナにすまなそうに苦笑する。
「僕たちは、そろそろ行かなきゃいけないんだ。君は、これからどうする?」
「わたし……は……」
(どうする? 町で働く? ううん、絶対見つかって連れて行かれる。街を出る? 門が開くまで、街を出れない。明日までどうしのぐ?)
「いたぞ! リーナだ!!」
突然の、リーナの思考を切断する大声。
自分に向かって走ってくる屈強な男たちを見て、リーナは反射的に逆方向へと駆け出した。
「リーナ! 待ちやがれ!」
怒気をあらわにした声が響き渡る。
(朝、私を引き取りに来た人だ! しかも人数が増えてる!)
「リーナ!?」
アルは驚きつつも、すぐに状況を理解して、追手の一人に足をかけ、転ばせる。ギルも追手に横から攻撃を加えて、二人ほど倒す。そして、アルと一緒に慌ててリーナを追いかける。
リーナは、走りながらどんどん足の痛みが増していく事に危機感を覚えていた。痛みが邪魔をしていつもみたいに足に力が入らない。
追手の一人の手が、ついにリーナの腕にかかる。
リーナは渾身の力で、その手を振りほどいて再び駆け出す。
公園を抜けて飛び出した先には、迫り来る馬車。
(避け切れない!)
馬車を引く馬とぶつかる瞬間が、リーナにはやけにゆっくりに見えた。そして、目の前の景色と重なって、別の映像が目の前に広がる。
やけに黒い、固められた地面。
自分にぶつかったのは、馬車ではなく、車輪で走ってきた、大きくて四角い鉄の塊。
長い間宙を舞った気がした。地面にぶつかる瞬間でさえとても遅く感じた。
おかげで、とっさに受け身を取ろうと試みることができた。
それでも、地面にたたきつけられた衝撃はすさまじく、もう体に力が入らない。
(この感覚、覚えてる……)
リーナの頭の中を、様々な記憶の断片がかけぬけていく。
(そうだ……。私はトラックに跳ね飛ばされて死んだんだ……)
リーナは思い出した。自分がかつて、日本という国で、平凡ながらもそれなりに幸せに暮らしていたこと。不慮の事故でそのまま帰らぬ人となったことを。
「リーナ! リーナ! しっかりして!!」
リーナが目を開けると、青ざめた顔でのぞき込むアルとギル。
アルは、懸命にリーナに呼びかけ続ける。ギルはリーナの意識が戻ったことに気づくと、どこかに行ってしまった。
「ねえ、アル……。ごめん。私、アトセルティルスの末裔じゃなかった……」
「何言ってるの……? そんなことどうでもいいよ。それより……それより、死なないで!」
アルが何か言ってるのはわかるけど、リーナの頭には全然内容が入ってこなかった。
「あのね、私、前は日本っていう国にいてね、死んで生まれ変わってリーナになったんだ……。信じられる?」
アルの涙が、リーナの頬にぽたりぽたりとこぼれた。
「信じる!信じるから、リーナ、死なないで!」
リーナのまぶたが眠るように静かに閉じられていく。
「リーナ! リーナ!」
アルは、リーナの傍らで何度も呼び続けた。
リーナが目を覚ますと、そこはおとぎ話に出てくるような天蓋付きのベッドだった。傍らには、メイド服姿の見慣れない女の人が座っている。その女の人は、リーナの意識が戻ったことに気づくと、慌てて部屋を出て行った。
しばらくしてやってきたのは、医者と思われるおじいさん。そして、診察の終わる頃にアルとギル。
医者が帰っていくと、二人はリーナの顔をのぞきこんだ。
「リーナ……。良かった」
意外なことに、そう言ったのは、黒髪のギル。――とリーナは思ったけど、よく見ると顔はアル。あれえ、おかしい。黒髪のアルと金髪のギルがいる。リーナが困惑している事を察した黒髪のアルは、すまなそうに説明し始める。
「ごめんね。アルって言ってたけど、本当は僕がギル。そっちが主君のアル。お忍びだから、かつらをかぶって入れ替わってたんだ」
「入れ替わり……って、どうして?」
「ああ。知らなかったね。第三皇子なんだよ。アルは。月一回くらいでこっそり街に降りてるんだ。そのときに、万が一、街に降りていることがばれても、アルの身が狙われないように、僕がアルのふりをしてるんだ」
リーナは、開いた口がふさがらなかった。
「完治するまでは、ここにいていいから、今後どうするか考えて」
そう言って、アルじゃなくなったギルは優しく私の頭をなでる。
「さあ、アルロード殿下」
ギルは振り返って、圧の強い微笑みをアルロード殿下に向ける。
「あ……ああ。わるかったな、リーナ」
「い……いえ、こちらこそ!」
リーナは慌てて体を起こそうとしたけど、全然体が持ち上がらない。かわりに、あちこちに電流が走ったように痛みが駆け巡る。痛い。痛すぎる。
「~~!!」
リーナは、声にならない呻き声を上げた。
慌てた本物のギルが、リーナの上でわたわたと手をさまよわせる。
「リーナ、まだ動いちゃだめだよ。あちこち怪我と骨折で、頭も打ってるんだから」
それを聞いて、リーナはぞっとした。もしかしたら、自分は死んでいたかもしれない。
気付けば、全身がめちゃくちゃ痛い。でも、それも生きている証。
「生きてて……良かった」
リーナの瞳から涙があふれた。
「あの時、アルロード殿下が迅速に移送と治療の手はずを整えてくれてね。間一髪で助かったんだよ」
「ありがとう……。アル……ありがとう」
リーナの瞳からぽろぽろと涙がとめどなく零れ落ちる。
「あたりまえだ」
皇子のアルが憮然とそう言って、ギルが小さく笑う。
「また来るから、どうか大事にして早く体を治してね」
そうして、二人は部屋を後にした。
一人、部屋に残されたリーナは、頭の中が大混乱だった。
(アルがギルで、ギルがアルで、アルは実は第三皇子アルロード殿下??? うそでしょ!?)
そして、何だか二人がとても遠い存在になってしまった気がして、寂しさに包まれる。
(いや、もともと遠い存在だから!)
そう自分に言い聞かせて心を落ち着ける。
(次に会ったときには、もっとちゃんとお礼を言おう)
そう思いながら、リーナは眠りに沈んでいった。




