7 リーナのこれから
温かな光がリーナの部屋を満たす。
ぼんやりと目を開けたリーナは、見慣れない天井に一瞬驚き、自分の置かれている状況を思い出す。
「あ……そうだった」
寝返りをうとうとして、あちこちの激痛にやっぱり諦める。
あおむけに寝転がったまま、思い出すのはあの日の事。
二人に助けられて、アトセルティルス文明のことを調べて……。
「ちょっと待って」
博物館棟で見た、あれは飛行機の模型だった。そして、石板の文字のいくつかはひらがなだ。あと、鬼のようなお面もどこかで見たことがある。アトセルティルス大全に載っていたものも、思い返してみれば見たことがある物がいくつもあった。
「どういうこと?」
アトセルティルス文明の遺産は、日本での記憶の中にある物とあまりにも似ている。
リーナが困惑していると、ノックの音が鳴り響いた。
メイド服のお姉さんに導かれてやってきたのは黒髪のアル……じゃなくて、ギル。まだ慣れない。
「調子はどう?」
お姉さんを退出させると、ギルは軽やかな笑顔でそう言って、ベッドの隣の椅子に腰を下ろす。
「ねえ、ギル、聞いて!」
返事もせず、唐突に勢い込んで飛び出てきたリーナの言葉に、ギルは面食らう。
「何? 突然どうしたの?」
リーナの顔をのぞきこむギルに、リーナはさっき気付いたことを急いで話す。
「ふうん……。もしかして、アトセルティルス文明を作ったのも、君みたいに『ニホン』?から来た人なのかもしれないね」
ギルは顎に手を当ててしばし考え込む。
「おもしろいな……」
「え? ギル、今なんて?」
「ううん。何でもないよ。それより、もしかして、リーナはアトセルティルス文明の文字が読めたり、絵や図の意味が分かるってこと?」
「え……?うん。全部は無理かもしれないけど、けっこうわかる……かもしれない」
改めて確認されると、リーナは何だかちょっと自信が無くなってきた。
「へえ。すごいな。じゃあ今度、アトセルティルス文明の本を持ってくるから、いろいろ教えてよ」
リーナは思いがけない言葉に、瞳を見開いた。そしてその瞳が輝き始める。二人の為に何かできることがあるのかもしれないと思うと、とても嬉しかった。
「うん。わかった! ……わかりました!」
勢いよく返事したと思いきや、ハッとして言い直したリーナに、ギルは噴き出した。
「えっ? 何? どうしたの? 今更だよ」
バツの悪そうなリーナを見て、ギルは更に笑う。
「笑わないでよ! だって、二人とも偉い人だもん!」
リーナの悲しそうな声に、ギルは笑いをひっこめてきょとんとする。
「偉い人……。まあ、僕は大したことないけど、アルバート殿下は確かに偉いかな。何せ皇子だから」
少し考え込んだギルは、リーナの目に浮かんだ涙をぬぐって、真面目な顔を向ける。
「そうだね。確かにリーナとは身分差があるから、他の人がいるときはちゃんと丁寧に話した方がいいね。でも、そうでないときは、今まで通りでいいよ」
「本当……?」
「うん。リーナに丁寧語でなんかしゃべられたら調子狂っちゃうよ」
ギルは肩をすくめてため息をつく。
「それはそれで、なんかひどくない?」
リーナはギルに、じとっとした視線を向ける。
「そんなことないよ。あはは」
茶化すように笑うギルにつられて、リーナも表情が緩む。
「ありがとう、ギル」
「いえいえ。まあ、まずは体をしっかりと直してね」
ギルは、リーナの頭を優しくなでて、部屋を後にした。
その数日後には、アトセルティルス文明の本が何冊か届いた。しかし、二人がリーナの部屋に来ることは無かった。
「久しぶり」
一か月ぶりに、にこやかに姿を現したのは、ギル。
ベッドで上半身を起こしてアトセルティルス文明の本を見ていたリーナは驚く。今日はアルバート殿下もいる。
リーナは、あれからずっと、二人を待っていた。その間、ギルたちはよっぽど忙しいのか、それとも、気にもとめられていないのかと複雑な気分でやきもきしていた。
けれども今、二人を前にして気づいた。相手は皇子と側近なのだ。忙しくないわけがない。たまたま半日過ごしただけの孤児なんかを構っているほど暇じゃない。
それでも、こうしてまた来てくれた。それに大切に治療もしてくれている。これ以上を望むだなんて、図々しいじゃないか。
リーナは満面の笑みを浮かべて頭を下げる。
「お久しぶりです。来てくださってありがとうございます」
リーナの話し方に、アルバートは目を丸くし、ギルは笑いをこらえながら侍女を下がらせた。
「体の具合はどう?」
人払いがされてほっとしたリーナは、ギルの問いかけに笑みを返す。
「うん。だいぶん動けるようになったよ」
「そっか。良かった」
ギルも朗らかに笑みを返し、アルバートは特に表情を変えることもなく椅子に腰を下ろす。
リーナは居住まいを正した。
「その節は、暴漢から助けていただいたり、アトセルティルス文明を一緒に探してくださり、ありがとうございました。そして、アトセルティルス文明の末裔じゃなくてごめんなさい。あんなにたくさん手伝ってもらったのに……」
深々と頭を下げるリーナに、ギルはあっけらかんと返す。
「ううん。全然。僕たちの用事と行き先がたまたま一緒だったから、ついでみたいなものだよ」
「用事?」
リーナは顔を上げて、ギルの言葉の続きを待つ。
「ああ。言ってなかったね。僕たちはシュバルト教授の摘発に動いてたんだ」
「摘……発……?」
不穏な言葉に、リーナはどきっとする。
「シュバルト教授は、孤児院の少年少女を人身売買する仲介をしていたんだ。実は君も売られた一人」
指をさされたリーナは、驚きで声が出なかった。まさか、自分が商品として売られていく所だったなんて。あの日、あのまま大人しく馬車に乗っていたらどんな目にあっていただろう。おぞましくて寒気がする。
「手口はこうだ。まず、図書館棟二階受付で『アトセルティルス考 第二版』を借りる。そこに挟んであるリストを見ながら、一階で本を探す君たちを見下ろして品定めをする。買い取りたい子が決まったら、その旨を書いた紙とお金を木箱に入れて、遺跡の立入り禁止区域の決められた所に置く。あとは教授が木箱を回収して、手筈を整える。孤児たちは、教授に引き取られたのを装って、孤児の引き取りが許されていない身分の者たちの所へと引き渡されていく。――と、まあ、そういうわけ」
「じゃあ、私たちは本を選んでいる間、そんな風に見られていたってこと?」
「そうなるね」
「どうして……そんなことを……」
「ああ、研究費が欲しかったそうだよ。実益の無い研究に、予算はどんどん削られて、研究が立ち行かなくなっていたんだって。それで研究費を補うためには仕方なかったとさ」
「何それ……そんなものの為に!」
そんなもののために、自分の人生が売られるところだったなんて、リーナには許せなかった。悔しい。胸の中を強い感情が渦巻く。握りしめた手のひらに爪が食い込んでいく。
しばらくの沈黙の後、そっとその手に優しく触れられて、リーナは我に返る。顔を上げると、ギルが労わるような表情を浮かべていた。
「落ち着いて。教授も関わった奴らも一網打尽にしたから、もう大丈夫。リーナを追いかけ回す輩はもういないよ」
リーナは、ギルの顔をじっと見て、つめていた息を吐き出した。
「うん……。ありがとう……」
リーナは目をつぶって、再び何度か深呼吸をした。
「うん。もう大丈夫。じゃあ、私は元気になったら孤児院に戻れるってことね」
リーナは精一杯の笑顔を張り付けて、強がってみせた。ここを出たら、きっともう、二人とは二度と会えない。
けれども、ギルの反応は微妙なものだった。
「あー……それなんだけどね、ちょっといいかい?」
ギルは、自分たちが来てから傍らに置きっぱなしにされていた本を持ち上げて、リーナに渡す。
「この本の中で、何かわかった事ある? 僕たちに説明できる事」
「え? えぇっと……?」
突然、思ってもみない話をふられて、何を話していいかリーナは困惑した。
「何でもいいよ」
ギルの笑顔に勇気をもらって、リーナは本をパラパラめくりながら考え始める。
「あ、文字。全部はわかんないけど、縦五文字と横九列はわかる。んーと、あ、い、う、え、お……」
リーナは、文字の表をわかる範囲で読み上げていく。
「うん。ほかには?」
ギルにうながされて、再びページをめくって探す。
「んーと……。あ、これ、望遠鏡。レンズ二枚の距離を調節して、すごく遠くが見れるの」
「『ボウエンキョウ』?『レンズ』?」
「うん。レンズは平面じゃなくて、丸くなってるガラスのことだよ。中を黒くした筒の両端にそれをつけて組み合わせて、レンズ同士の距離を調節するの。上手くいけば、数カロメ先までよく見えるはず……」
そう、中学校の理科のお楽しみ授業で作ったときは、屋上から遠くのマンションとかタワーがよく見えた。今は懐かしい。
「へえ……。すごいね。他には?」
「えぇ!? もっと!? えー……」
一生懸命にページをめくるリーナの横で、ギルとアルバートは無言で目を見交わす。
「じゃあ、これ。火じゃない明かり。フィラメントに電気を流して光るやつ」
「『フィラメント』? 『デンキ』? 火じゃないのに光るの?」
「えぇっと……フィラメントは、確か特別な金属の針金で、電気は、二種類の金属を導線でつないで水溶液につけると流れるエネルギーで……。そのエネルギーをたくさんフィラメントに流すと光るの……」
リーナは、日本での授業や受験勉強と、科学部での知識を総動員して、何とか説明しようと試みる。しかし、この国に電気などは無く、いまいち伝わらない。それに、科学法則がどこまで同じかもわからない。これ以上はお手上げだ。
「うーん。よくはわからないけど、なんだかすごそうだね」
ギルは我が意を得たりと満足げに、アルバートを振り返る。
「そういうわけだけど、どう? アルバート殿下」
腕を組みながら、ずっと黙って耳を傾けていたアルバートは、不敵な笑みを浮かべる。
「いいだろう。俺たちには無い知識を持っているのはわかった。他に奪われるのも惜しい」
アルバートは、きょとんとするリーナをまっすぐ見据える。
「体調が戻ったら、俺の元へ来い。その知識を俺と国の為に生かせ」
「へ?」
リーナは訳が分からず、間抜けな声を漏らした。
ギルが噴き出して、アルバートがため息をつく。
「リーナ、僕と一緒にアルバート殿下の元で働こうってこと! どう?」
リーナは、ギルとアルバートの顔を交互に見る。
(これからも、二人といられるってこと?)
「うん!」
リーナは力いっぱいうなずいた。




