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孤児院から全力疾走で逃げ出した少女が帰る場所を求めて失われた古代文明を探す話  作者: 高ノ原 麻矢


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5 リーナと地下遺跡

 講義室を出た三人は、元来た道を辿って講義・研究棟を降りていく。

 第一棟に戻ると、アルが受付のお兄さんに声をかけた。私たちを紹介しながら、鳥の彫り込まれたブローチを受付員さんに見せる。受付員さんは、にっこり笑って書類を取り出し、アルが記入して受付員さんに渡す。

「どうぞ、こちらです」

 三人は、受付の奥の廊下を案内されて進んで行く。

「遺跡の見学者なんて、久々ですよ。興味を持ってくれて嬉しいなぁ」

 お兄さんは、アトセルティルス文明の研究生で、学費を稼ぐために研究のかたわら、受付のお仕事もしているらしい。

「へえ、そんなに見学者は少ないんですか」

 アルがそう言って意外そうに首をかしげる。

「そうなんですよ。あ、シュバルト教授だけはよく来られていますけどね。あと私くらいかな」

「僕たち、何か月ぶりくらいですか?」

「えぇと、たぶん、半年以上ぶりなんじゃないかな」

「そんなになんですね」

 そんな雑談をしている間に、階段下の地下一階、遺跡に入る扉の前まで来た。

 お兄さんは、扉を開けながら念を押す。

「くれぐれも、お渡しした地図を見て、迷わないようにしてください。あと、時間もよく見てください。興味があると没頭しがちですが、日付を超えても戻って来なければ捜索隊が出てしまいますので」

「わかりました。ありがとうございます」

 アルがにこやかに会釈して、リーナたちも後に続く。

 リーナたちの目の前には、上下左右が煉瓦で囲まれた廊下が続いていた。廊下の先は闇に包まれている。お兄さんから借りた明かりでは、間近しか照らせない。

「リーナ、はぐれちゃだめだよ。面白いものがあったら、ちゃんと僕に声をかける事」

「はーい……」

 アルに子どもみたいな釘を刺されて、リーナはほおを膨らませながら目線で抗議した。

「眉根を寄せて……どうしたの?」

 伝わらないアルに不思議そうに尋ねられたリーナは、ぐっと苛立ちを抑える。

「な……なんでもない!」

 苛立ちを抑えきれなくて語気が荒くなってしまったリーナに、アルは苦笑する。

 二人のやり取りを聞いていたギルがため息をついた。

 

 三人がしばらく無言で進むと、分かれ道に出くわした。前に進むか、右か、左か。

 アルの手元の地図を、リーナとギルものぞきこむ。

「うーん。この左の壁画なんか面白そうじゃない? アトセルティルス文明の歴史が絵と文字で綴られている壁画があるらしいよ」

「いいわね。是非見たいわ」

 うなずき合って、三人は左に進んだ。


「そろそろこの辺りかな」

 言いながら、アルは壁面を照らしながら進んで行く。

「わ! わぁ……」

 リーナの口から思わず感嘆がもれた。

 壁面を埋め尽くし、上下左右に広がる極彩色の文字と絵。芸術作品だと思った。

 三人は、しばらく声を失って、壁画に見入った。

「……こんなにすごいなんて、聞いていないよ」

 アルは、前髪をかき上げながら、ため息をつく。

「ああ……」

 ギルも、目を釘付けにされたまま、相槌を打つ。

「でしょでしょ! やっぱりアトセルティルス文明はすごいのよ!」

 リーナは、二人の反応に満足気に笑顔をはじけさせた。

 三人で、壁画を順に照らしながら眺めていく。

 書かれている文字は読めないけれど、絵はいろいろな道具や図解のようなものがたくさん並んでいる。奥に進むにつれてだんだんと描かれるものは簡素になっていく。

 そして、壁画が終わった所には、「これより先、立ち入り禁止」と書かれた立て看板があった。

 リーナは、看板と看板の向こうに広がる暗闇を交互に見比べる。

「どうしたの?」

 アルは挙動不審のリーナにくすくすと笑う。

「この壁画ってもっと奥、この先の廊下にもきっと描いてあると思うの」

 リーナは、看板の先を指さす。

「だって、アトセルティルス文明はここに描かれているよりもっと昔からあったはずだもの」

 アルは我が意を得たりと、ニヤリと口の端を持ち上げる。

「実は僕も、この先が気になっていたんだ」

 リーナは満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。

 立ち入り禁止の看板の横をすりぬけ、三人は慎重に歩を進めていく。

 アルは、歩数を数えながら、地図に続きを書き込んでいく。

「迷ったら困るからね」

「アルってすごい!」

 リーナは、何も考えていなかった自分に気づいて、アルに羨望のまなざしを向けた。

「そんなことないよ。当然だよ」

 アルは照れ笑いを浮かべた。


 そんなやり取りをしたり、雑談をしているうちに、やっと次の壁画を見つけた。

 しかし、どうやらさっきの壁画の続きではないようだった。描き方の構成がちがう。

 絵は大きくただ一つ。花の上に座って、手を合わせてお祈りをする美しい女の人が描かれている。その周りに、たくさんの文字がびっしりと書かれていた。

「うわぁ、綺麗な女の人……」

 リーナは、そう言ってうっとりとながめた。にっこり微笑む表情は慈愛に満ちていて、まるでお母さんのようだ。なんだか胸が温かくなって、幸せな気持ちになってくる。

 壁画を隅から隅までじっくりと眺め回していると、リーナはふと気づく。

「あれ、なんか、木箱が落ちてない?」

 リーナが言った瞬間、二人の表情が変わった。アルはリーナの手を取って走り出す。同時にギルも木箱をさらうように拾い上げて、二人に続く。

「えっ!? ちょっと、アル、何?」

「黙って走って」

 訳の分からないまま、走って、走って、行きついた先は回廊の出口だった。

 光に向かって走り抜けると、そこは遺跡の地上部だった。空には、紺から茜色へ美しいグラデーションが描かれている。

「ちょっと、二人とも、いきなり何なのよ!」

 荒い息を整えながら、リーナは抗議する。あの壁画、もっと見ていたかった。

「うん。ごめんごめん。ちょっと事情があってね」

「『事情』って何なのよ! それにあの木箱何だったの!?」

 ギルは、リーナに気づかれないように、後ろ手で木箱を袋に入れてかくした。遺跡にある物を持ち出したなんてばれたら面倒なことになりそうだと、ギルの勘が言っている。

「まあまあ、落ち着いて、リーナ。とりあえず、遺跡から出ようか」

 アルになだめられて我に返ったリーナは、周りを見回す。自分がいるのは柵に囲まれた野ざらしの遺跡。きっと、王都に点在する遺跡公園の一つだ。勿論、柵の中は立ち入り禁止。

「誰かに見られて、警護隊を呼ばれたら面倒だからね」

 アルの言葉にうなずいて、リーナは二人とともに急いで柵の外側に出た。

「痛……」

 落ち着くと、足首がじんじんと痛んだ。さっきの全力疾走で、また足の痛みがぶり返してしまったらしい。体重をかけると更に痛む。

「大丈夫?」

 アルはすまなそうにリーナの顔をのぞきこみ、肩を支えて近くのベンチに座るように促す。ギルの袋を受け取って、薬を取り出し、リーナの足をそっと持ち上げ、足首に優しく薬を塗る。

「ふぇぇ……」

 リーナは、恥ずかしさのあまり、変な声をもらしてしまった。きっと顔も真っ赤に違いない。思わず両手で顔を覆ってしまった。

「ごめんね。手持ちの薬を塗るくらいしかできないけど……。あれ? どうしたの?」

 顔を上げたアルは、きょとんとしてリーナを見た。

 指の隙間からそれを見たリーナは、声にならない雄叫びを上げ、ギルはため息をついた。


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