第34話
翌朝。
「二郎丸、痛くない?」
「全然痛くないワン!」
「本当に?」
「全然だワン!」
「じゃあ鑑定。」
「……ほんのちょっとだけ痛いかもしれないワン。」
何で鑑定しようとすると正直になるんだ。
朝食を食べ終えた僕は、リビングの床に寝転がっている二郎丸の横腹をもう一度確認した。昨日ゴブリンメイジの魔力弾をまともに受けた場所だが、幸い腫れもなく触っても嫌がらない。鑑定してみても状態異常の表示は消えていて、HPも一晩寝たら全快していた。
「大丈夫そうだね。でも今日は無茶しないこと。」
「分かってるワン!」
「昨日も聞いたな、それ。」
「今日は昨日より分かってるワン。」
「毎日ちょっとずつ成長するタイプなんだね。」
「そうだワン!」
本人が胸を張っているので、もうそれでいいことにした。
隣では、るかにが朝からヨーグルトを食べている。小さな器へ少しだけ入れてやったのだが、鼻の頭に白いヨーグルトを付けたまま夢中で舐めていた。
「るかに、今日は階層主だよ。」
「うん〜。」
「怖くない?」
「怖いよ〜。」
そう言いながらヨーグルトを舐めているので、あまり緊張感は伝わってこない。
「でもシュウ君と二郎丸いるから〜。」
「オイラもいるワン!」
「うん。だから三人で行こう。」
「ヨーグルトもう少し〜。」
「話聞いてた?」
結局少しだけおかわりをあげた。
僕だって怖い。昨日のゴブリンメイジとの戦いを思い出すだけでも、あの火球の熱や魔力弾を木刀で弾いた時の衝撃が蘇ってくる。それでも、不思議と「もう行きたくない」とは思わなかった。
怖いけれど行ける。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつ強くなればいい。
そんなことを考えながら装備を確認し、僕たちは再び第101ダンジョンへ向かった。
・・・
「……あれ?」
ダンジョンへ入って三十分ほど進んだ頃、僕は足を止めた。
「どうしたワン?」
「敵がいない。」
昨日あれだけ苦労して進んだ第一階層なのに、今日は一匹もゴブリンが出てこない。二郎丸の気配察知にも反応はなく、途中に落ちていた魔核も当然なくなっている。
「昨日倒したからかな?」
「ご主人が全部倒したワン!」
「君たちも一緒に倒したでしょ。」
「オイラが一番倒したワン!」
「それはどうかなぁ。」
「オイラだワン!」
「るかにもいっぱい倒した〜。」
「そうだね。」
「ご主人は三番だワン。」
「何で急に順位付け始めたの?」
二郎丸が得意そうに尻尾を振る。
「一番オイラ、二番るかに、三番ご主人だワン!」
「僕が武器持ってるんだけど。」
「オイラは牙を持ってるワン!」
「るかには針〜。」
「……確かに僕だけ後付けだな。」
妙なところで負けた気分になった。
そんな話をしながら歩いていると、昨日ゴブリンメイジと戦った部屋へ着いた。奥には巨大な石扉が開いたまま残っていて、その先には地下へ続く階段がある。
「やっぱり開いたままだ。」
昨日の表示では「階層主への道が開放されます」となっていた。どうやら一度条件を満たせば、翌日に来てもリセットされないらしい。
「これなら少しずつ攻略出来るね。」
一日で全部攻略しなければならないとなれば相当厳しい。でも途中まで進んだ状態が保存されるなら、僕たちみたいに無理せず何日か掛けて攻略することも出来る。
「ゲームのセーブみたいだワン。」
「二郎丸、セーブ知ってるの?」
「知らないワン。」
「じゃあ何で言った。」
「ご主人が前に言ってたワン!」
僕そんなこと言ったかな。
まあいい。
階段を降りる前に、僕はリュックを下ろした。
「休憩。」
「もうだワン?」
「まだ戦ってないよ〜。」
「だからだよ。戦う前に休むの。」
昨日の経験で学んだ。疲れてから休むのでは遅い。体力に余裕があるうちに休んで、水分と少しの糖分を入れておく。
僕はスポーツドリンクを飲み、二郎丸にも水を出す。るかには小さく切ったリンゴを渡した。
「甘い〜。」
「オイラもリンゴ欲しいワン!」
「はい。」
「美味しいワン!」
……。
階層主へ挑む冒険者の姿として、これでいいのだろうか。
僕たち三人はダンジョンの床へ座り込み、仲良くリンゴを食べている。
「遠足みたいだね。」
「遠足だワン?」
「違うよ。」
「じゃあ何で言ったワン?」
「僕にも分からない。」
十分ほど休んでから立ち上がる。
ここからだ。
「行こうか。」
「ワン!」
「行こ〜。」
石段をゆっくり下りていく。
思っていたより長い。三十段、四十段と下ったところで踊り場があり、そこからさらに下へ続いている。壁に灯る明かりも少なくなり、さっきまでより空気が冷たい。
二郎丸も喋らなくなった。
るかにも僕のすぐ後ろを歩いている。
階段を下り切ると、短い通路の先に巨大な扉があった。
昨日開いた石扉よりずっと立派だ。
高さは三メートル以上ある。
「これだね。」
「何かいるワン。」
二郎丸が扉を見つめる。
「分かる?」
「いるワン。大きいワン。」
「一匹?」
「一匹だと思うワン。」
僕は木刀を抜いた。
白銀色の刀身。
兎神の霊剣。
握るだけで少し気持ちが落ち着く。
「二郎丸、最初は突っ込まない。」
「ワン。」
「るかにもいきなり毛針を全部撃たない。」
「は〜い。」
「まず相手を見る。どんな攻撃をするか分かってから戦おう。」
二人が頷く。
僕は扉へ手を掛けた。
「開けるよ。」
力を入れる。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音を立てながら扉が開いた。
中は広い。
学校の体育館の半分くらいはありそうだ。
そして中央に。
「……でか。」
ゴブリンがいた。
いや、ゴブリンなのか?
普通のゴブリンより明らかに大きい。身長は僕と同じくらい、もしかしたら少し高いかもしれない。緑色の皮膚、尖った耳、赤い目は同じだが、体つきがまるで違う。
筋肉質。
手には大きな棍棒。
腰には革のような防具を巻いている。
「ホブゴブリン?」
「ボスだワン?」
「分からない。鑑定。」
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【ゴブリンウォリアー】
Lv10
第101ダンジョン第一階層・階層主。
通常のゴブリンより大型で、高い筋力と耐久力を持つ。
戦闘経験が豊富で、単純な力だけではなく武器を利用した近接戦闘を得意とする。
スキル:
棍棒術 Lv2
強打 Lv1
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「ホブゴブリンじゃない。」
「違うワン?」
「ゴブリンウォリアーだって。」
「ウォリアーって何〜?」
「戦士かな。」
「戦士だワン!」
二郎丸が何故か嬉しそうだ。
「何で喜んでるの?」
「オイラも忍犬だワン!」
「見習いね。」
「今日は卒業するワン!」
「勝手に卒業制度作らないで。」
そんな話をしているうちに、ゴブリンウォリアーがこちらへ気付いた。
ゆっくり立ち上がる。
「……。」
デカい。
近くで見ると本当にデカい。
棍棒も太い。
あれを食らったら僕のプロテクターでも危ない。
「ギ……。」
ゴブリンウォリアーが棍棒を持ち上げる。
「来るよ!」
「ワン!」
「は〜い!」
ドンッ!
床を蹴った。
速い。
「うそ!」
あの体格でこの速度?
一気に距離を詰めてくる。
棍棒が振り上げられた。
「散って!」
僕は右。
二郎丸は左。
るかには後ろ。
ドォォン!!
棍棒が石床へ叩き付けられた。
音が違う。
床に小さなヒビが入る。
「絶対食らっちゃダメなやつ!」
「痛そうだワン!」
「痛いで済まない!」
ゴブリンウォリアーが棍棒を持ち上げる。
「るかに、足!」
「毛針〜!」
ドドドドッ!
毛針が太腿へ刺さる。
「グギャァ!」
効いた。
でも倒れない。
それどころか、るかにへ顔を向けた。
「るかに下がって!」
「は〜い!」
ゴブリンウォリアーがるかにへ向かう。
「二郎丸!」
「ワン!」
横から二郎丸が飛び込む。
「噛み付きだワン!」
ガブッ!
ふくらはぎへ噛み付いた。
「グギャッ!」
「すぐ離れて!」
「ワン!」
昨日より聞き分けがいい。
二郎丸がすぐ離れる。
棍棒が横薙ぎに振られた。
ブォン!
二郎丸の頭上を通過。
「危なっ!」
僕が怖くなる。
「二郎丸、もう少し下がって!」
「当たってないワン!」
「見てる僕の心臓に悪い!」
「分かったワン!」
ゴブリンウォリアーが僕を見る。
来る。
棍棒を横に構えた。
僕も木刀を握る。
受けるな。
絶対受けるな。
あれと力比べしたら負ける。
ゴブリンウォリアーが踏み込む。
横薙ぎ。
僕は後ろへ跳ぶ。
ブォン!
目の前を棍棒が通過する。
風圧まで感じる。
「怖っ!」
でも。
大振りだ。
振った後に隙がある。
「今!」
一歩踏み込む。
木刀を脇腹へ。
ゴッ!!
「グッ!」
硬い。
普通のゴブリンとは全然違う。
それでも効いた。
もう一撃。
と思った瞬間。
「シュウ君!」
「え?」
ゴブリンウォリアーの左手が来た。
拳。
ドンッ!
「ぐぁっ!」
胸を殴られた。
体が後ろへ飛ぶ。
背中から床へ。
「ご主人!」
息が。
一瞬出来ない。
胸が痛い。
「っ……!」
プロテクターがある。
でも痛い。
鑑定。
そんな余裕ない。
立たないと。
ゴブリンウォリアーが近付いてくる。
「ご主人から離れるワン!」
二郎丸が突っ込んだ。
「二郎丸待て!」
ガブッ!
ゴブリンウォリアーの足へ噛み付く。
「グギャァ!」
棍棒が上がる。
「逃げろ!」
二郎丸が離れる。
棍棒が落ちる。
ドォン!!
間一髪。
その反対側から。
「二郎丸いじめちゃダメ〜!」
るかに。
怒ってる。
背中の針が大きく逆立っている。
「毛針〜!」
ドドドドドドドドッ!!
「ちょっ、るかに!?」
今までで一番多い。
毛針がゴブリンウォリアーの背中、腕、足へ次々突き刺さる。
「グギャァァァ!」
ゴブリンウォリアーが暴れる。
「るかに凄いワン!」
「怒った〜!」
「うん、見れば分かる!」
僕も立ち上がる。
胸は痛い。
でも動ける。
「二郎丸、右から! 僕は左!」
「ワン!」
今度は同時に行く。
ゴブリンウォリアーがどちらを狙うか迷った。
一瞬。
それで十分。
「二郎丸!」
「ワーーン!」
二郎丸が足元へ飛び込む。
棍棒がそちらへ向く。
僕は反対側。
木刀を両手で握る。
膝。
「はぁっ!」
ゴッ!!
膝裏へ一撃。
ゴブリンウォリアーの体勢が崩れた。
「今だワン!」
二郎丸が反対の足へ体当たり。
ドンッ!
「グギャッ!」
片膝をつく。
頭が僕の高さまで下がった。
「るかに!」
「毛針〜!」
「顔はダメ! 僕もいる!」
「じゃあお尻〜。」
「何でお尻!?」
ドドドドッ!
「グギャァァァ!」
効いてる。
非常に効いている。
ゴブリンウォリアーが尻を押さえた。
「二郎丸!」
「呼んだワン!?」
「行かなくていい!」
危ない。
二郎丸まで尻へ行きそうになった。
「ご主人、今だワン!」
「分かってる!」
木刀を上段へ。
ゴブリンウォリアーが僕を見る。
棍棒を持ち上げようとする。
間に合うか。
怖い。
でも。
ここだ。
「せぇぇぇい!」
振り下ろす。
ゴンッ!!
頭へ直撃。
ゴブリンウォリアーが大きく揺れる。
まだ倒れない。
「嘘でしょ!」
棍棒が来る。
横へ。
避ける。
「二郎丸!」
「ワン!」
「るかに!」
「は〜い!」
三人が散る。
棍棒が空振り。
もう一度。
今度は僕が囮。
「こっち!」
ゴブリンウォリアーが僕を追う。
「ご主人逃げるんだワン!」
「逃げてるよ!」
「もっと速くだワン!」
「君と一緒にするな!」
後ろからドスドス追ってくる。
笑えない。
いや、二郎丸は尻尾振ってる。
何が楽しいんだ。
「二郎丸、今!」
「ワーーン!」
横から体当たり。
「グッ!」
ゴブリンウォリアーがよろける。
「るかに!」
「毛針〜!」
ドドドッ!
今度は顔。
ゴブリンウォリアーが腕で目を守る。
見えてない。
「これなら!」
僕は一気に距離を詰める。
木刀を握る。
一撃目。
腹。
ゴッ!
二撃目。
肩。
ゴンッ!
ゴブリンウォリアーが棍棒を振る。
避ける。
そして。
最後。
「三人分!」
頭へ。
ゴォン!!
ゴブリンウォリアーの体が止まった。
棍棒が手から落ちる。
カラン……。
巨体がゆっくり後ろへ倒れた。
ズンッ!
「……。」
動かない。
十秒。
二十秒。
黒い煙が体から出始める。
「……勝った?」
「勝ったワン?」
「勝った〜?」
三人で近付く。
そして。
ゴブリンウォリアーが完全に黒い煙となって消えた。
『レベルアップップップ〜♪』
「うるさい!」
思わず三人同時に言った。
一瞬。
静かになって。
僕たちは顔を見合わせた。
「……勝った。」
「勝ったワン!」
「勝った〜!」
「やったぁぁぁ!」
二郎丸が僕へ飛び付く。
「痛い痛い! 胸痛い!」
「ごめんだワン!」
るかにも足元へ抱き付いてくる。
「シュウ君〜!」
「うんうん。るかにも頑張った。」
「お尻いっぱい刺した〜。」
「そこは誇らなくていい。」
「オイラもお尻噛みたかったワン。」
「だから何で君たちはお尻にこだわるの。」
戦闘は本当にきつかった。
僕は胸が痛いし、腕も重い。二郎丸は舌を出してハァハァしているし、るかにもかなり毛針を使ったせいか、いつもより針が少し寂しく見える。
それでも三人とも立っている。
怪我も大したことはない。
「……よく頑張ったね。」
「ワン。」
「頑張った〜。」
僕は二郎丸とるかにを順番に撫でた。
その時。
ピロン。
ウィンドウが現れる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第101ダンジョン】
第一階層主の討伐を確認しました。
第一階層攻略完了。
第二階層への進行が可能になります。
攻略進行度:36%
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「三十六%。」
まだ三分の一。
「結構あるねぇ。」
「まだ戦えるワン!」
「僕は休みたい。」
「るかにも〜。」
「ほら二対一。」
「じゃあ休むワン。」
階層主がいた部屋の奥には、いつの間にかもう一つ扉が現れていた。
その先に階段。
さらに地下へ。
でも今は行かない。
「ご飯にしよう。」
「ワン!」
「ご飯〜!」
この時だけ返事が異常にいい。
僕は壁際へ移動し、リュックを下ろした。
おにぎり。
唐揚げ。
水。
そして。
「今日は卵焼きもあります。」
「おお〜!」
「ワン!」
何故か拍手みたいな空気になった。
「ご主人、オイラ唐揚げ二個だワン。」
「一個。」
「二個だワン。」
「さっき言うこと聞かなかったから一個。」
「今日は聞いたワン!」
「……確かに。」
今日はかなり聞いた。
「じゃあ二個。」
「やったワン!」
「るかにも〜。」
「るかには卵焼きね。」
「唐揚げも〜。」
「はいはい。」
僕たちはついさっきまで巨大なゴブリンと命懸けで戦っていた部屋で、仲良く昼飯を食べた。
何とも変な話だ。
でも、これが僕たちなのだろう。
勇者でもない。
英雄でもない。
世界を救う使命に燃えているわけでもない。
怖ければ逃げるし、疲れれば休む。
お腹が減ったらご飯を食べる。
それで元気になったら、また少し先へ進む。
「シュウ君〜。」
「ん?」
「卵焼きもう一個〜。」
「さっき食べたでしょ。」
「もう一個〜。」
「しょうがないなぁ。」
「オイラも!」
「二郎丸は唐揚げ食べたでしょ。」
「卵焼きは別腹だワン!」
「犬にも別腹あるの?」
「あるワン!」
「絶対今作ったでしょ。」
そんなくだらない話をしながら食事を終え、僕たちはしばらく横になって休んだ。
三十分ほど経った頃には胸の痛みも少し引いていた。
「……ちょっとだけ第二階層見る?」
「見るワン!」
「見る〜。」
「本当にちょっとだけだからね。」
リュックを背負い直し、奥の階段を下りる。
第二階層。
どんな場所なのか。
また同じ石造りの通路だと思っていた。
ところが。
「……何これ。」
階段を下り切った先には、今までとは全く違う景色が広がっていた。
石壁ではない。
土。
岩。
そして天井から伸びる木の根のようなもの。
洞窟だ。
しかもかなり広い。
遠くから水の流れる音まで聞こえてくる。
「地下なのに川あるのかな。」
「水だワン!」
「二郎丸、飛び込まないでよ。」
「まだ何も言ってないワン!」
昨日も聞いたな、それ。
少しだけ進む。
気温も第一階層より高い。
何となく湿っている。
るかにが僕の横を歩きながら周囲を見回していた。
「森みたい〜。」
「木はないけどね。」
「根っこある〜。」
「上に森があるのかな?」
いや。
ここが地下何メートルなのかも分からない。
ダンジョンに普通の常識を当てはめても意味がない気がする。
その時。
二郎丸が止まった。
「ご主人。」
「……いる?」
「いるワン。」
僕も木刀へ手を掛ける。
「何匹?」
二郎丸が耳を動かす。
「いっぱいだワン。」
「いっぱい?」
嫌な言葉だ。
「どのくらい?」
「分からないワン。でもいっぱいだワン。」
奥から音が聞こえる。
ギャッ。
ギギッ。
何匹もの鳴き声。
それに。
カン。
カン。
何かを叩く音。
僕たちはゆっくり岩陰から覗いた。
「……。」
「……ワン。」
「いっぱい〜。」
いた。
一匹や二匹ではない。
ゴブリン。
ゴブリンソルジャー。
そして、その奥には杖を持ったゴブリンメイジまでいる。
ざっと見ただけで十匹以上。
しかも。
焚き火。
木箱。
簡単な柵。
「……集落?」
小さい。
本当に小さい。
それでも明らかに今までとは違う。
こいつらは、ただ通路をうろついているわけじゃない。
ここで生活している。
「どうするワン?」
二郎丸が小声で聞く。
僕はしばらく考えた。
十匹以上。
武器持ち。
魔法使い。
正面から突っ込む。
無理。
絶対無理。
「帰ろう。」
「ワン。」
「帰ろ〜。」
即決だった。
僕たちは静かに後ろへ下がる。
一歩。
二歩。
三歩。
その時。
二郎丸の腹から。
ぐぅぅぅぅぅ……。
「……。」
「……。」
「……。」
ゴブリンがこちらを向いた。
「ギ?」
僕は二郎丸を見る。
「さっき食べたよね?」
「卵焼き貰ってないワン。」
「それ関係ある!?」
「ギャァァァァァ!!」
集落から叫び声が上がった。
「走れぇぇぇ!」
「ワーーン!」
「待って〜!」
僕たちは全力で階段へ向かって走る。
結局。
第一階層の階層主を倒して少し冒険者らしくなったと思ったその日の締めも、やっぱり三人揃っての全力逃走になった。
まあ。
僕たちらしくていいのかもしれない。




