第33話
「ですよねぇぇぇぇ!!」
ゴブリンメイジが構えた杖の先に、また赤い光が集まり始めた。さっきより明らかに早い気がする。
「二郎丸、右! るかに左!」
「ワン!」
「は〜い!」
僕も反射的に左へ飛びそうになって、慌てて右へ体を倒した。三人で同じ方向へ逃げたら意味がない。
次の瞬間、杖の先から火球が放たれた。
ブォッ! という低い音と一緒に赤い火の玉が一直線に飛び、今度は僕ではなく二郎丸の方へ向かっていく。
「二郎丸!」
「大丈夫だワン!」
速い。
二郎丸は火球が飛んできてから避けたというより、ゴブリンメイジが杖を向けた時にはもう走り出していたように見えた。赤い火球が二郎丸のいた場所へ叩きつけられ、石床の上でボンッ! と弾ける。
一瞬だけ炎が広がり、少し離れていた僕のところまで熱気が届いた。
「熱っ……!」
あれをまともに食らったらまずい。かなりまずい。
「二郎丸、近付けそう!?」
「行ってみるワン!」
「無理ならすぐ戻って!」
「分かったワン!」
二郎丸が駆け出す。ゴブリンメイジまでは十五メートルほどあったはずなのに、あっという間に十メートルを切った。こういう時、二郎丸の素早さは本当に頼りになる。
「ギギッ!」
ゴブリンメイジが杖を二郎丸へ向ける。
また赤い光。
「火球!」
「ワン!」
二郎丸が横へ跳び、火球がその脇を抜けていく。距離はもう五メートルほど。そのまま一気に飛び掛かれるんじゃないかと思った瞬間、ゴブリンメイジが杖を横へ振った。
今度は赤くない。
白っぽい光だった。
「何それ!?」
杖の先から小さな光の塊が飛び出した。
火球よりずっと速い。
「キャンッ!」
ドンッ!
二郎丸の横腹へ直撃し、その体が横へ転がった。一回、二回、三回と石床の上を転がり、ようやく止まる。
「二郎丸!」
頭が真っ白になった。
「だ、大丈夫だワン!」
すぐに立ち上がったのを見て、胸の奥から一気に息が漏れた。それでも横腹を気にするような仕草をしている。
「戻って!」
「まだ行けるワン!」
「戻れ!」
自分でも驚くくらい強い声が出た。
二郎丸の耳がぺたんと倒れ、そのまま僕のところまで戻ってくる。
「ごめんなさいだワン。」
「謝らなくていい。ちょっと見せて。」
二郎丸は僕みたいにプロテクターを着けていない。毛をかき分けて横腹を見ると血は出ていないし、今のところ目立った腫れもない。
「ここ痛い?」
「ちょっと痛いワン。」
「骨は?」
「分からないワン。」
そりゃそうだ。犬に聞いても分からないか。
「歩ける?」
「走れるワン。」
「走らなくていい。」
るかにも心配そうに近付いてくる。
「二郎丸〜大丈夫〜?」
「大丈夫だワン!」
今度はさっきより元気な声だった。強がっているのか、本当に軽傷なのか分からないので、僕はそのまま鑑定を使う。
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名前:二郎丸(柴犬)
HP:58/70
状態:軽度打撲
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「軽度打撲……。」
少し安心した。
HPは十二減っている。一発で十二。
軽傷で済んではいるものの、何発も受ければ普通に危ない。
「ご主人、オイラ行けるワン。」
「まだ。」
僕はゴブリンメイジへ視線を戻した。
向こうは追って来ない。杖をこちらへ向けたまま、何となく余裕があるような、妙に腹の立つ顔をしている。
「シュウ君〜。」
「うん?」
「あれ、ずっと撃ってこないね〜。」
「……あ。」
言われてみれば確かにそうだ。二郎丸が戻ってきてから数秒、いや十秒近く経っているのに、ゴブリンメイジは攻撃してこない。
杖は構えている。
でも光が集まらない。
「もしかして……。」
MP。
魔法。
ゲームなら当然ある。
鑑定した時にも、こいつは魔法を使うと出ていた。なら撃ち放題ということはないはずだ。
「鑑定。」
今度は詳細表示へ切り替える。
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【ゴブリンメイジ】
Lv8
HP:41/41
MP:18/32
使用魔法:
火球 Lv2
消費MP:6
魔力弾 Lv1
消費MP:2
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「あった!」
「何がだワン?」
「MP! あいつMP減ってる!」
二郎丸は首を傾げた。
「MPって何だワン?」
「魔法を使うための……ええと、元気みたいなもの。」
「オイラの元気もMPだワン?」
「二郎丸は違う気がする。」
「何でだワン?」
今説明する話ではない。
さっき火球を二発撃った。十二消費。魔力弾が一発で二。
合計十四。
初期値三十二なら残り十八で計算も合う。
「あと火球三発か。」
正確には三発撃てばMPはゼロ。魔力弾だけなら九発、もちろん組み合わせて使ってくる可能性もある。
でも勝ち目はある。
というより、こいつは魔法さえ使えなくなれば普通のゴブリンと大差ないんじゃないか。鑑定にも身体能力は通常のゴブリンと大差ないと書いてあった。
「二郎丸、るかに。」
「ワン。」
「な〜に?」
「無理に近付かない。」
二郎丸が露骨に不満そうな顔をする。
「倒さないのかワン?」
「倒す。でもその前に魔法を全部使わせる。」
「どうやって〜?」
「避ける。」
二人が揃って僕を見る。
「地味だワン。」
「地味だね。」
「もっとこう、必殺技みたいなの無いのかワン?」
「無い。」
「毛針あるよ〜。」
「るかにはあるね。」
「オイラも欲しいワン。」
「後で神様にお願いして。」
本当にくれる可能性があるのが、この世界の怖いところだ。
ともかく作戦は単純だ。
「僕が前に出る。るかには僕の後ろから毛針で攻撃してみて。ただし火球が来たらすぐ離れる。二郎丸は横から走って注意を引いて。でも近付き過ぎない。」
「分かった〜。」
「分かったワン!」
「五メートル以内に入らない。」
「ワン!」
「絶対だからね。」
「ワン!」
「……。」
「信用してないワン?」
「今までの実績で判断してるだけ。」
「ひどいワン。」
作戦開始。
僕はゆっくり前へ出る。
ゴブリンメイジが杖を持ち上げ、先端に赤い光が集まり始めた。
「火球!」
僕はすぐ横へ走る。
ブォン!
火球が飛び、僕の横を抜けて壁へ命中した。
ドンッ!
熱風が背中を撫でる。
怖い。でも避けられる。
「あと二発!」
今度は二郎丸が横を走る。
「こっちだワーン!」
「ギギャッ!」
ゴブリンメイジが二郎丸へ杖を向け、再び火球を放つ。二郎丸は直前で急旋回し、赤い火球はそのまま床へ叩き付けられた。
「あと一発!」
「るかに!」
「毛針〜!」
ドドドッ!
しかしまだ少し遠い。
半分くらいは届かず、数本がゴブリンメイジの足元へ刺さる程度だった。
「まだ遠い〜。」
「無理しなくていい!」
ゴブリンメイジが苛立ったように叫んだ。
「ギャァァ!」
今度は白い光。
「魔力弾!」
一直線に僕へ飛んでくる。
速い。
反射的に木刀を前へ出した。
カンッ!
「うおっ!」
光の塊が木刀へ当たり、そのまま弾けた。手に衝撃が走り、腕まで痺れる。
それでも。
「これ、木刀で防げる!」
兎神の霊剣。
魔法にも耐えるのか。
いや、「決して折れない」のだから当然なのかもしれない。理屈は分からないが、少なくともこれで一つ選択肢が増えた。
「ご主人凄いワン!」
「今のは木刀が凄い!」
ゴブリンメイジが続けて魔力弾を放つ。
カンッ!
もう一発。
カンッ!
「ちょっと待て! 連射出来るじゃん!」
火球とは違い、魔力弾は溜めが短い。
一発、二発、三発。
全部木刀で弾く。
そのたびに腕へ衝撃が来て、だんだん握力まで怪しくなってきた。
「るかに! 今!」
「え〜い!」
ドドドドッ!
今度は距離も縮まっていた。
毛針がゴブリンメイジの肩と足へ突き刺さる。
「ギャッ!」
効いている。
ゴブリンメイジがるかにを見る。
そして杖が赤く光った。
「るかに逃げて!」
「は〜い!」
トコトコトコトコ。
遅い。
「二郎丸!」
「任せるワン!」
二郎丸がるかにの前へ飛び込み、そのまま背中ですくい上げるように乗せた。
「出発だワン!」
「わ〜〜〜!」
楽しむな。
火球は二郎丸が走り抜けた直後の床へ直撃した。
ドォン!
炎が一瞬広がる。
「最後の火球!」
……いや、待て。
さっき魔力弾は何発撃った。
最初に一発。
その後三発。
合計四発なら八MP。
残り十八から八を引いて十。
火球で六。
残り四。
「もう火球は撃てない!」
多分。
絶対とは言えないが、計算が合っているなら残っている魔力弾は二発。
「二郎丸!」
「ワン!」
「あと魔力弾二発!」
「分かったワン!」
二郎丸がるかにを下ろす。
そして、そのまま姿勢を低くした。
嫌な予感がする。
「オイラが行くワン!」
「待てって!」
走った。
「五メートル以内禁止!」
「今は大丈夫だワン!」
「作戦変える時は相談しろ!」
言っている間にも距離が縮まる。
ゴブリンメイジが白い光を作る。
一発。
二郎丸へ飛ぶ。
「避けろ!」
横へ。
外れた。
残り一発。
二郎丸は止まらない。
残り五メートル。
「ギギャァ!」
最後の魔力弾。
今度は正面。
二郎丸は走ったまま地面を蹴った。
「え?」
跳んだ。
魔力弾の上を。
そのまま。
「ワァァァン!」
ドゴッ!
二郎丸の体当たりがゴブリンメイジへ直撃し、二匹一緒に床へ転がる。
「二郎丸!」
「噛み付きだワン!」
ガブッ!
杖を持っている腕へ噛み付いた。
「ギャァァァ!」
杖が床へ落ちる。
「るかに!」
「毛針〜!」
「待って! 二郎丸いるから!」
「……あ。」
危ない。
本当に危ない。
「僕が行く!」
木刀を握って走る。
ゴブリンメイジが二郎丸を振り払おうとしていた。
「離れろ二郎丸!」
「ワン!」
二郎丸が飛び退く。
僕はそのまま踏み込んだ。
赤い目。
尖った牙。
目の前まで来るとやっぱり怖い。
でも。
もう魔法は無い。
「せぇい!」
横薙ぎ。
ゴッ!
木刀が脇腹へ入る。
「ギャッ!」
倒れない。
もう一撃。
肩。
ゴンッ!
膝をつく。
最後。
頭。
「終わり!」
ゴッ!!
ゴブリンメイジが床へ倒れ、そのまま黒い煙へ変わった。
小さな魔核が一つ落ちる。
しばらく誰も何も言わなかった。
僕はその場へ座り込み、ようやく大きく息を吐いた。
「疲れたぁ……。」
二郎丸もその横へ伏せ、るかには僕の足元まで来るとぺたんと座り込む。
「魔法怖い〜。」
「うん。」
「オイラは避けたワン!」
「一発食らったけどね。」
「……ワン。」
「でも最後のジャンプ凄かったよ。」
「ワン!」
すぐ元気になる。
「ご主人見たかワン! こう、ヒュッて飛んだんだワン!」
「見てた。」
「忍犬っぽかったワン?」
「かなり忍犬っぽかった。」
二郎丸の尻尾が高速で振られる。
「忍犬だワン!」
「見習いね。」
「もう卒業してもいいと思うワン。」
「誰が卒業させるの?」
「ご主人だワン。」
「じゃあまだ。」
「厳しいワン!」
るかにが横からゆっくり口を挟む。
「二郎丸〜言うこと聞かないから〜。」
「るかにまで!」
二人が言い合っている間に、僕は床へ落ちた魔核を拾った。
普通のゴブリンソルジャーのものより少し大きい。
それに、ほんの僅かだが青白く見える。
「鑑定。」
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【魔核・小】
ゴブリンメイジから生成された魔力結晶。
通常の小型魔核より魔力純度が高い。
属性魔力:火・微量
魔法系魔道具の素材として利用可能。
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「属性魔力……。」
また新しい言葉が出てきた。
魔核にも種類があるらしい。
普通の魔物から取れるもの。
魔法を使う魔物から取れるもの。
さらに属性まである。
これは思ったより奥が深い。
「ご主人。」
「ん?」
「またそれ飴だワン?」
「違う。」
「青いからソーダ味だワン。」
「食べないよ。」
「一回舐めるだけだワン。」
「絶対ダメ。」
「ケチだワン。」
何で魔物の体から出てきた物をそんなに食べたがるんだ。
僕は魔核を袋へ入れる。
その時だった。
ピロン。
目の前にウィンドウが出た。
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【第101ダンジョン】
第一階層攻略条件を満たしました。
階層主への道が開放されます。
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「……階層主。」
忘れていた。
第一階層にもボスがいるんだった。
直後、地面が小さく揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
「何だワン!?」
「地震〜?」
「多分違う。」
部屋の奥を見る。
今までただの石壁だったところに一本の線が入り、そこからゆっくり左右へ開いていく。
巨大な石扉だった。
その向こうには、下へ続く階段が見える。
「隠し扉……。」
完全にゲームだ。
二郎丸が嬉しそうに前へ出ようとする。
「行くワン?」
「行かない。」
「えっ。」
「今日はここまで。」
「ちょっとだけ見るワン。」
「見たら行きたくなるでしょ。」
「なるワン。」
「だから見ない。」
るかにも僕の横で頷く。
「帰ってアイス〜。」
「それが一番正しい。」
「オイラもアイスだワン!」
「二郎丸は帰ったらまず横腹冷やす。」
「アイスで冷やすワン?」
「食べる方じゃない。」
「残念だワン。」
時計を見ると、午後二時を少し回ったくらいだった。まだ時間はある。
でも二郎丸は軽い打撲。
僕も木刀で魔力弾を受け続けたせいで腕が痺れている。
るかにも毛針を何度も使っている。
行こうと思えば行けるのかもしれない。
でも、行けることと行くべきことは違う。
「今日は帰ろう。」
「ワン。」
「は〜い。」
僕たちは来た道を戻り始めた。
魔物が再生成される可能性がある以上、帰り道だって安全とは限らない。
それでも来た時とは少し気分が違っていた。
普通のゴブリン。
武器を持つゴブリン。
魔法を使うゴブリン。
全部倒した。
「……僕たち、結構やれるのかもね。」
「オイラ強いワン!」
「るかにも強い〜。」
「うん。」
でも、あのゴブリンメイジですら第一階層の途中にいた魔物だ。
この先には階層主がいる。
さらに第二階層。
第三階層。
そして最後には、このダンジョンの主である大型のホブゴブリンが待っているはずだ。
そう考えると、まだまだ先は長い。
「全部倒せばいいワン!」
「簡単に言うね。」
「三人なら大丈夫だワン。」
二郎丸は前を歩きながら、当たり前のようにそう言った。
るかにも小さく頷く。
「三人なら〜大丈夫〜。」
僕は二人の背中を見ながら少しだけ笑った。
「そうだね。」
無茶はしない。
強がらない。
危なければ逃げる。
でも、逃げたままにはしない。
休んで、考えて、また来る。
今の僕たちには、それくらいがちょうどいい。
やがてダンジョンの外へ出ると、夕方前の明るい日差しが妙に眩しかった。
風が気持ちいい。
川の音が聞こえる。
鳥も鳴いている。
さっきまで火の玉が飛んできていたなんて、何だか嘘みたいだった。
二郎丸が川を見る。
僕を見る。
また川を見る。
「ダメ。」
「まだ何も言ってないワン。」
「今日は打撲してるから川遊び禁止。」
「もう治ってるワン。」
「鑑定するよ?」
「……少し痛いワン。」
正直でよろしい。
るかには僕を見上げる。
「アイス〜。」
「帰ったらね。」
「プリンも〜?」
「今日はどっちか。」
「じゃあ〜。」
真剣に悩み始めた。
世界がこれからどうなるのかも分からないのに、うちのハリネズミはアイスとプリンのどちらを食べるかで人生最大の選択みたいな顔をしている。
まあ、今はそれでいい。
僕はもう一度、洞穴の入口を振り返った。
第101ダンジョン。
攻略進行度はどのくらいまで進んだのだろう。
次にここへ来た時。
僕たちは初めて、このダンジョンの「階層主」と戦うことになる。
そして、その先。
このダンジョンの一番奥まで辿り着いた時。僕たち三人だけでは済まない何かが起きる。もちろん、この時の僕はまだ知らなかった。
世界中の人間が、同じ瞬間に同じ「声」を聞くことになるなんて。




