↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/32

第31話

少しだけ話が動き始めます。どうぞよろしくお願いします。

翌朝。


目が覚めた瞬間、いつもとは少し違う感覚があった。


カーテンの隙間から差し込む朝日はいつもと同じで、庭では鳥が鳴き、遠くからは農作業へ向かう軽トラックの音も聞こえてくる。二郎丸は僕の足元で丸くなり、るかには枕の横で小さな寝息を立てている。


何も変わらない朝だった。


それなのに胸の奥が妙に落ち着かない。


理由は分かっている。


今日は第101ダンジョンへ行く。


以前、たった一匹のゴブリンを相手に三人掛かりでどうにか勝った場所であり、少しでも判断を間違えていたら誰かが死んでいたかもしれない場所。


「……怖いなぁ。」


口に出してみると余計に実感が湧いてきた。


裏山ダンジョンへ通ううちにレベルも上がったし戦いにも慣れてきた。剣術もLv3になり、ジャイアントセンチピード程度なら三人で落ち着いて戦えるようにもなった。


でも、それと怖くないというのは全く別の話だ。


怖いものは怖い。


僕は別に勇者でも英雄でもない。少し前まで会社に行くことさえ出来なくなった普通の人間なのだから、命を賭けて魔物と戦うことに恐怖を感じない方がおかしいと思う。


「ふぅ……。」


小さく息を吐いたところで、足元から声がした。


「ご主人〜。」


「ん?」


「怖いのかワン?」


いつの間にか二郎丸が目を覚ましていた。


「うん。怖いよ。」


「オイラも少し怖いワン。」


意外な言葉だった。


二郎丸なら「ゴブリンなんて倒すワン!」くらい言うと思っていたのに、今日は尻尾も振らず真面目な顔で僕を見ている。


「二郎丸も怖いんだ。」


「この前は本当に怖かったワン。でもご主人が助けに来てくれたから今度はオイラがご主人を助けるんだワン。」


「そっか。」


頭を撫でると、二郎丸は嬉しそうに目を細めた。


その声でるかにも目を覚ましたのか、枕の横でもぞもぞ動き始める。


「るかにも〜怖いよ〜。」


「起きてたの?」


「途中から〜。」


「そっか。」


僕は二人を見ながら少し笑った。


「じゃあ三人とも怖いんだね。」


「ワン。」


「怖い〜。」


「だったら無茶するのはやめよう。危ないと思ったら逃げる、怪我をしたら帰る、誰か一人でも無理だと思ったら帰る。それでいい?」


「ワン!」


「は〜い。」


何だか少し気持ちが楽になった。


怖くてもいい。


三人で帰って来られれば、それでいいんだ。


朝食はしっかり食べることにした。


焼き鮭、卵焼き、ウインナー、豆腐とワカメの味噌汁、それに炊きたてのご飯。


「今日はいっぱい食べるワン!」


「るかにも〜。」


「食べ過ぎて動けなくならない程度にね。」


と言ったそばから二郎丸がおかわりを要求してきたので、結局三人とも普段より多めに食べることになった。


食後は少し休んでから装備を整える。


プロテクトインナーを着込み、その上から胸、肘、膝を守るプロテクターを装着する。グローブをはめて何度か手を握ったり開いたりし、最後に兎神の霊剣――見た目は相変わらず白銀色の木刀――を腰へ差した。


「よし。」


二郎丸とるかにも準備万端だった。


といっても二人は裸である。


「……君たち、防具欲しいね。」


「服着るのかワン?」


「二郎丸に鎧着せたら動けなくなりそうだなぁ。」


「オイラ強いから大丈夫だワン!」


「そういう人が一番危ないんだよ。」


「ワン?」


るかには自分の体を見下ろしてから首を傾げた。


「るかには〜トゲトゲあるよ〜。」


「確かに天然の鎧だね。」


「えへへ〜。」


近いうちに二人の防具も考えよう。


そんな話をしながら車へ乗り込み、第101ダンジョンのある川へ向かった。


以前は三時間近く掛かった道のりも今日は妙に短く感じた。途中のコンビニで飲み物とおにぎりを追加で買い、二郎丸にねだられて唐揚げまで買わされ、るかにはプリンを欲しがったので仕方なく一つだけ購入した。


完全に遠足である。


「ねぇ。」


「ワン?」


「僕たちこれから命懸けでダンジョン行くんだよね?」


「そうだワン。」


「プリン〜。」


「緊張感ないねぇ。」


でも、このくらいでいいのかもしれない。


三人でずっと緊張していたら、ダンジョンへ着く前に疲れてしまう。


やがて以前遊んだ河原が見えてきた。


車を駐車場へ停めて外へ出ると、五月の爽やかな風が川沿いを吹き抜けていた。川面は陽の光を反射してキラキラと輝き、あの日と同じように穏やかな水音が聞こえている。


「遊びたいワン。」


「ダメ。」


「まだ何も言ってないワン。」


「顔に書いてある。」


二郎丸の視線は完全に川へ向いていた。


「帰って来て元気だったら遊ぼう。」


「ワン!」


「るかにも〜。」


「るかにもね。」


荷物を背負い、三人で川沿いを歩いていく。


そして十分ほど歩いたところで、あの洞穴が見えてきた。


高さ二メートルほどの何の変哲もない穴。


知らなければ少し奥行きのある洞穴程度にしか見えないだろう。


でも僕には分かる。


この奥には人間を殺せる魔物がいる。


さっきまでの楽しい気分が一瞬で消えた。


二郎丸も立ち止まり、るかにも僕の足元へ寄ってくる。


「……行こうか。」


「ワン。」


「うん。」


洞穴へ足を踏み入れた。


少し進むと自然の岩肌だった壁が、いつの間にか綺麗に積み上げられた石壁へ変わっていく。


空気も変わった。


外より明らかに冷たい。


壁に等間隔で灯る謎の明かりが長い通路を照らし、その先は薄暗くて見えない。


「罠感知。」


反応なし。


「気配察知は?」


二郎丸が耳を立てる。


「……何かいるワン。」


「近い?」


「そんなに遠くないワン。」


「るかには僕の後ろね。」


「は〜い。」


木刀を抜く。


白銀色の刀身が薄暗いダンジョンの灯りを反射した。


一歩。


また一歩。


ゆっくり進む。


以前来た時とは違う。


あの時は何も分からず入った。


今は罠を警戒し、敵の気配を探り、三人の位置関係を確認しながら進んでいる。


それだけでも成長したと思う。


やがて二郎丸が立ち止まった。


「ご主人。」


「うん。」


「いるワン。」


僕も聞こえた。


ペタ。


ペタ。


何かが裸足で石の床を歩くような音。


曲がり角の向こう側だ。


僕は壁際へ寄り、ゆっくり顔だけを出す。


いた。


緑色の皮膚。


小さな体。


尖った耳と赤い目。


腰には汚れた布を巻いているが武器は持っていない。


「……ゴブリン。」


心臓が大きく鳴った。


あの日の記憶が蘇る。


短剣。


牙。


血。


木刀へ伝わった衝撃。


そして二郎丸の腹へ短剣が振り下ろされそうになった瞬間。


怖い。


やっぱり怖い。


「ご主人?」


二郎丸が小さな声で呼ぶ。


「大丈夫。」


一度だけ深呼吸した。


「鑑定。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ゴブリン】


Lv4


人型の小型魔物。


知能は低いが攻撃性が高く、集団行動を取ることがある。


素手でも人間以上の筋力を持つため注意が必要。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「レベル4……。」


以前戦った個体と同じくらいだろうか。


こちらは三人ともレベル8。


数字だけなら有利なはずだ。


でも油断はしない。


「二郎丸。」


「ワン。」


「最初は僕が行く。」


「ご主人が?」


「うん。今の僕がどのくらい戦えるか確かめたい。」


二郎丸は少し心配そうだったが、やがて頷いた。


「危なくなったらすぐ行くワン。」


「お願い。」


木刀を両手で握る。


ゆっくり近付く。


残り十メートル。


ゴブリンがこちらへ気付いた。


「ギ?」


赤い目が僕を捉える。


次の瞬間。


「ギギャァァァ!!」


叫び声を上げて走ってきた。


速い。


でも。


見える。


以前は突然目の前へ現れたように感じた動きが、今はちゃんと追える。


右足。


左足。


肩。


腕。


ゴブリンが拳を振り上げる。


「ここ!」


一歩横へ。


ブンッ!


拳が顔の横を通り過ぎる。


怖い。


でも避けられた。


体が動く。


剣術Lv3のお陰なのか、何度もダンジョンで戦った経験なのかは分からない。


僕は自然に木刀を横へ振り抜いていた。


「はぁっ!」


ゴッ!!


木刀がゴブリンの脇腹へ直撃する。


「ギャッ!」


軽い。


以前とは全然違う。


ゴブリンの体が横へ吹き飛び、石壁へ激突した。


「えっ。」


僕自身が驚いた。


「ご主人凄いワン!」


「シュウ君強い〜!」


「いや、まだ!」


ゴブリンが立ち上がった。


やっぱり一撃では倒れない。


でも明らかに効いている。


脇腹を押さえ、さっきまでの余裕が消えていた。


「ギ……ギギ……。」


ゴブリンがこちらを睨む。


僕も木刀を構え直す。


今度は待たない。


踏み込む。


一歩。


二歩。


以前なら怖くて出来なかった。


でも今は体が自然に前へ出る。


ゴブリンが殴り掛かってくる。


左へかわす。


そのまま木刀を下から振り上げる。


ゴッ!!


顎へ直撃。


ゴブリンの頭が大きく仰け反った。


「今だワン!」


「えっ。」


二郎丸が飛び出した。


「噛み付きだワーーン!」


「待って!僕一人で――」


ガブッ!!


ゴブリンの尻へ噛み付いた。


「ギャァァァァァァ!!」


「そこ!?」


「柔らかそうだったワン!」


「確かに柔らかそうだけど!」


ゴブリンが尻を押さえながら暴れ回る。


完全に予定が崩れた。


「るかにも〜。」


「待って、るかには待って!」


「毛針〜。」


ドドドドドッ!!


「ギャァァァァ!!」


「だから待ってって!」


もはや三対一の集団暴行である。


ゴブリンが少し可哀想になってきた。


「トドメだワン!」


「二郎丸待って!」


「ワーーン!」


二郎丸が突進し、ゴブリンの足へ体当たりする。


体勢を崩したゴブリンが倒れ込む。


「ああもう!」


僕は木刀を振り上げた。


「ごめん!」


ゴンッ!!


頭へ一撃。


ゴブリンはそのまま動かなくなり、十数秒後には黒い煙となって消えていった。


静寂が戻る。


「……。」


「……ワン。」


「……。」


三人で顔を見合わせた。


「ねぇ。」


「ワン?」


「作戦って知ってる?」


「知ってるワン!」


「じゃあ何で飛び出したの?」


「ご主人が危ないと思ったワン!」


「僕、結構余裕あったよ?」


「でも一緒に戦いたかったワン!」


「そっちが本音でしょ。」


「ワン!」


悪びれない。


るかにも小さな前足を上げた。


「るかにも〜。」


「君もか。」


「えへへ〜。」


ため息を吐きながらも、笑ってしまった。


でも。


勝った。


以前、三人掛かりで死にそうになりながら倒したゴブリンを、今はほとんど危なげなく倒せた。


僕は地面へ落ちた小さな魔核を拾う。


「強くなったね、僕たち。」


「ワン!」


「強くなった〜。」


確かな手応えがあった。


このダンジョンでも戦える。


そう思った瞬間。


奥の通路から音が聞こえた。


カツ。


カツ。


カツ。


今までとは違う。


足音だけではない。


何か硬いものが石床へ当たる音。


僕たちは一斉に黙った。


二郎丸の耳が立つ。


るかにの針も少しだけ逆立った。


「ご主人。」


「うん。」


暗い通路の向こうから、一体のゴブリンが姿を現した。


さっきのゴブリンとは違う。


腰には革のような防具を巻き、左腕には小さな木製の盾。


そして右手には。


「……剣。」


錆びてはいるが、間違いなく金属製の剣だった。


ゴブリンは倒された仲間の魔核を握る僕を見ると、ゆっくり剣を持ち上げた。


「ギギ……。」


僕も木刀を構える。


「二人とも。」


「ワン。」


「うん。」


「今度はちゃんと作戦通りにね。」


「ワン!」


「は〜い。」


返事はいい。


非常にいい。


問題は守るかどうかである。


目の前に新しいウィンドウが浮かび上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ゴブリンソルジャー】


Lv6


武器と簡易防具を装備したゴブリン。


通常のゴブリンより筋力・耐久力が高く、武器を扱う程度の知能を持つ。


集団戦闘を得意とする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……集団戦闘?」


嫌な言葉を見つけた。


その直後。


ゴブリンソルジャーの後ろから、


カツ。


カツ。


もう一つ足音が聞こえた。


さらにその後ろからも。


カツ。


カツ。


「……。」


一体。


二体。


三体。


三匹のゴブリンソルジャーが暗闇からゆっくり姿を現した。


二郎丸が僕を見上げる。


「ご主人。」


「何?」


「作戦はどうするワン?」


僕は少し考えた。


そして答えた。


「……一回、逃げようか。」


「ワン!」


「賛成〜!」


三人同時に踵を返した。


「ギギャァァァァ!!」


背後から三匹の雄叫びが響く。


「走れぇぇぇ!」


「ワーーン!」


「待って〜!」


こうして僕たちの記念すべき第101ダンジョン初攻略は、開始早々とても格好悪い全力疾走から始まったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。