第30話
お盆は思ったより忙かったです。
送り火も終わりました。
翌朝は少しだけ静かだった
昨日まで毎日のようにダンジョンへ通っていたせいか、体のあちこちに心地良い疲労が残っている
窓を開けると山の空気が流れ込み、湿った土の匂いと新緑の香りが部屋いっぱいに広がった
縁側へ出ると二郎丸は既に庭で素振りのように木の枝へ体当たりを繰り返しており、るかには朝露のついた葉っぱを眺めながら「きれい〜」と小さく呟いていた
「二人とも朝から元気だね」
「ご主人、おはようだワン!」
「おはよ〜」
朝食は焼き魚と味噌汁、それに納豆とご飯といういつもの和食だった
食べながら僕は何度も第101ダンジョンのことを考えていた
一週間前の僕たちなら話にならなかった
今ならどうだろう
勝てる保証はない
それでも逃げるだけでは終わらないくらいには成長している
「今日はどうするワン?」
「今日は裏山ダンジョンはお休みしようか」
「えっ」
「明日、第101ダンジョンへ行こうと思う」
食卓が一瞬静かになった
二郎丸もるかにも、その意味はちゃんと理解している
あのゴブリンがいた場所
命の危険を初めて感じたダンジョン
「……ワン」
「怖い〜?」
るかにが小さく聞く
「怖いよ」
正直に答えた
「でも今のままじゃスタンピードまでに間に合わない気がするんだ」
二人は顔を見合わせ、それからゆっくりとうなずいた
「オイラも頑張るワン」
「るかにも〜」
「ありがとう」
僕たちは静かに朝食を食べ終えた
一方その頃、防衛省では状況がさらに慌ただしくなっていた
魔核の解析は依然として進展がなく、研究者たちは昼夜を問わず分析を続けていた
しかし異変は魔核だけではなかった
全国各地から集まる報告書に奇妙な共通点が現れ始めていた
北海道では牧場の牛が夜になると山の方角を向いたまま動かなくなり、東北では熊が例年よりも早く里へ下り始め、長野では猿の群れが人を避けるように山奥へ移動し、九州では渡り鳥の飛行ルートが微妙に変化している
一つ一つなら偶然で片付けられる
だが全国規模となると話は別だった
「総理、環境省と農林水産省からも追加報告が届いています」
「読んだ」
総理は分厚い資料を閉じた
「動物だけではありません」
研究主任が新しい資料を机へ置く
「植物にも変化が見られます」
「植物?」
「一部地域で異常な成長速度を示す個体が確認されています」
会議室にざわめきが広がる
「魔核との関連は?」
「現時点では不明です」
「その言葉ばかりだな」
総理は苦笑したが、その表情には疲労が色濃く浮かんでいた
「申し訳ありません」
「いや、責めているわけではない」
本当に分からないのだ
未知の現象を相手にしている以上、分からないことが当たり前だった
「自衛隊の準備はどうなっている」
制服組トップが立ち上がる
「全国の主要駐屯地に対し非常時即応態勢の準備を進めています」
「理由は?」
「災害対応訓練という名目です」
「国民に悟られるな」
「承知しております」
会議が終わり、研究主任は一人実験室へ戻った
透明なケースの中で魔核は今日も静かに紫色の光を放っている
ふと測定器へ目を向けると、微弱だったエネルギー反応が昨日よりもわずかに上昇していた
「……まさか」
彼は慌ててデータを見返した
誤差ではない
確かに増えている
「誰か!」
研究員たちが駆け寄る
「魔核の出力が上がっています」
その言葉で実験室の空気が一変した
その頃、僕は倉庫で明日の準備をしていた
プロテクターの留め具を確認し、木刀を布で丁寧に拭き、リュックへ救急用品や水筒、それに少し多めの食料を詰め込む
「ご主人〜」
振り向くと二郎丸が真剣な顔で座っていた
「どうしたの?」
「オイラ、明日もちゃんとご主人を守るワン」
その言葉に思わず笑ってしまう
「ありがとう、でも守るのはお互いだよ」
「ワン」
るかにも近寄ってきて僕の膝へちょこんと乗った
「るかにも守る〜」
「うん、三人で帰ってこよう」
「ワン!」
「は〜い!」
夕焼けが山を赤く染め始めている。
明日はいよいよ第101ダンジョン
本当の意味での最初の挑戦が始まろうとしていた。




