第29話
それから一週間ほど、僕たちは毎日のように裏山ダンジョンへ通い続けた。
朝起きて朝食を食べ、装備を整えて山へ入り、夕方になるまで探索して帰ってくる。そんな生活がいつの間にか当たり前になっていた。
最初の頃は洞穴へ近付くだけで胸がざわついていた。あの暗い入口の向こうには命を奪う魔物がいるという事実が、どうしても頭から離れなかったからだ。
でも今は違う。
洞穴へ続く獣道を歩きながら「今日は何匹くらい倒せるかな」と考えている自分がいる。恐怖が消えたわけではない。ただ、恐怖と付き合いながら前へ進めるようになっていた。
「今日はセンチピードを五匹倒すワン!」
「るかには六匹〜。」
「いや、数を競うゲームじゃないからね。」
「「え〜。」」
相変わらず二人は自由だった。
洞穴へ入り、石造りの階段をゆっくり降りていく。
ひんやりとした空気が肌を撫で、湿った土と苔の匂いが鼻をくすぐる。壁に並ぶ松明のような灯りも、最初は不気味にしか見えなかったのに、今では「いつもの灯り」になってしまった。
「罠感知。」
特に反応はない。
「よし、行こう。」
一週間も通っていると、ダンジョンにもある程度の規則性があることが分かってきた。
入口付近は巨大ダンゴムシ。
少し奥へ行くとジャイアントセンチピード。
さらに奥へ続く通路はいくつかあるが、そこから先はまだ踏み込んでいない。
「無理はしない。」
それが今の僕たちのルールだった。
・・・
「カサカサカサ……。」
通路の先から聞こえてくる音にも、以前ほど驚かなくなった。
「センチピードだね。」
「ワン。」
二郎丸が自然と前へ出る。
「るかには後ろ。」
「は〜い。」
言葉を交わさなくても位置取りが決まる。
巨大ムカデがこちらへ気付き、一直線に突っ込んでくる。
「シャァァァッ!!」
「来るよ!」
ガキン!
二郎丸が前足で受け止め、その隙にるかにが毛針を放つ。
ドドドドッ!
背中へ突き刺さった毛針でムカデの動きが鈍る。
「今だ!」
木刀を振り抜く。
ゴッ!!
甲殻が割れ、ムカデは黒い煙となって消えていった。
「勝ったワン!」
「えへへ〜。」
最初の一匹を倒した頃には汗だくになっていたのに、今では息を整えればすぐ次へ進める。
戦うたびに三人の動きが少しずつ洗練されていくのが分かった。
二郎丸は相手の動きを読むのが上手くなった。
るかには毛針の連射速度が明らかに上がっている。
そして僕は、木刀を振るうたびに体が自然と動くようになっていた。
・・・
ある日は巨大ダンゴムシが三匹同時に現れた。
「ご主人!」
「慌てない!」
三匹に囲まれかけた瞬間、二郎丸が一匹を体当たりで弾き飛ばし、るかにが別の一匹へ毛針を集中させる。
僕は最後の一匹へ踏み込み、木刀を横薙ぎに振る。
ゴッ!
一匹。
二匹。
三匹。
以前なら絶対に逃げていた状況だった。
「すごいね。」
「何がだワン?」
「ちゃんと三人で戦えてる。」
二郎丸が照れ臭そうに尻尾を振る。
「オイラ、ご主人の役に立ててるワン?」
「うん。すごく。」
「えへへだワン。」
その笑顔を見るだけで、また頑張ろうと思えた。
・・・
探索の合間には、妙な遊びも増えていった。
「二郎丸、あそこまで競争!」
「負けないワン!」
通路を全力で走る柴犬。
それを追い掛ける僕。
後ろから「待って〜」と言いながら転がるようについて来るるかに。
「ハァ、ハァ……。」
「ご主人遅いワン。」
「いや、君が速すぎるんだよ。」
素早さ24は伊達じゃなかった。
るかには通路の壁に小さく毛針で落書きをして遊び始めた。
「こら。」
「消えない〜。」
「それ落書きだからね。」
「芸術〜。」
「芸術でもダメ。」
結局、毛針で開けた穴を眺めながら「ハリネズミアート展」を開催していた。
平和だった。
ここがダンジョンであることを忘れそうになるくらい平和だった。
・・・
そんな日々を繰り返しているうちに、裏山ダンジョンは僕たちにとって少し特別な場所になっていった。
最初に魔物と戦った場所。
最初に三人で勝った場所。
最初に「家族」として協力した場所。
「このダンジョン、好きだワン。」
帰り道、二郎丸がぽつりと言った。
「そう?」
「怖いけど、安心するワン。」
「分かる気がする。」
るかにも頷く。
「ここ、お家の近くって感じ〜。」
ダンジョンなのに「お家の近く」という表現はどうなんだろうと思ったが、不思議としっくりきた。
「将来さ。」
「ワン?」
「このダンジョンを近所の人たちの修行場にできたら面白いよね。」
「修行場?」
「うん。徳島さんとか、近所のおじいちゃんおばあちゃんとか。少しずつレベルを上げて、体も元気になって、皆でお茶飲みながら『今日はムカデ三匹倒したよ』なんて話してるような場所。」
「徳島さん強そうだワン。」
「鍬でゴブリン倒しそう〜。」
三人で笑う。
本当にそうなりそうだから困る。
・・・
一週間が過ぎた頃、僕たちのステータスも少しずつ変化していた。
名前:クワナ シュウ 性別:男
職業:冒険者
レベル:8
HP:83
MP:40
SP:6
力:15
体力:12
かしこさ:13
素早さ:11
器用さ:17
魅力:10
運の良さ:85
固有スキル:
「従魔の気持ち」「精神耐性」「世界を変えた者」「鑑定」
スキル:
「罠感知1」「剣術3」
称号:
「備えし者」
名前:二郎丸(柴犬) 性別:男
職業:桑名家の忍犬見習い
レベル:8
HP:70
MP:35
SP:6
力:15
体力:12
かしこさ:17
素早さ:24
器用さ:9
魅力:31
運の良さ:17
固有スキル:
「シュウの加護」「忍犬」
スキル:
「噛み付き3」「気配察知1」「遠吠え1」
忍犬:
「軟化2」
名前:るかに(ハリネズミ) 性別:女の子
職業:桑名家のまほ〜使い
レベル:8
HP:67
MP:52
SP:6
力:5
体力:8
かしこさ:34
素早さ:11
器用さ:13
魅力:42
運の良さ:29
固有スキル:
「シュウの加護」「ハリネズミまほ〜」
スキル:
「丸くなる1」「トゲトゲ1」「バランス感覚1」
ハリネズミまほ〜:
「毛針3」
大きく変わったわけではない。
それでも確実に強くなっている。
剣術は3になり、木刀は体の一部のように振れるようになってきた。
二郎丸の噛み付きは一撃の重さが増し、るかにの毛針は連射速度も威力も明らかに上がっている。
「そろそろ……。」
縁側で夕焼けを眺めながら僕は小さく呟いた。
「ワン?」
「第101ダンジョンへ挑戦できるかもしれない。」
二郎丸とるかにが顔を見合わせる。
あのゴブリンがいたダンジョン。
初めて本気で命の危険を感じた場所。
まだ怖い。
でも今の僕たちなら、あの時とは違う。
右では二郎丸が小さく寝息を立て、左ではるかにが丸くなって眠っている。
三人ならきっと大丈夫。
そんな根拠のない自信が、少しだけ芽生え始めていた。




