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第23話

その日の夜、夕食は豚の生姜焼きだった。

備蓄用に大量購入した肉の一部を消費しようと思っただけなのだが、二郎丸もるかにも大喜びで、結局いつもより多めに焼くことになってしまった。

「お肉だワン!」

「お肉〜。」

二人とも目を輝かせながら皿を見つめている。

昨日は魚だったし、その前は魚だったしその前も魚だった。

考えてみればここ数日は魚率が異常に高かった。

川で獲れるから仕方ないのだけれど、やはり肉には肉の魅力があるらしい。

「ほら、よく噛んで食べるんだよ。」

「ワン!」

返事だけは良い。返事だけは。

案の定、二郎丸は三十秒後には自分の分を食べ終えており、るかにの皿を見つめ始めていた。

るかにはるかにで、一切気付かずのんびり食べている。

危ない。これは危ない。

僕は慌てて二郎丸の前にキャベツを置いた。

「ほら。」

「・・・。」

「野菜も食べよう。」

「・・・ワン。」

露骨にテンションが下がった。

犬なのに顔で分かる。むしろ人間より分かりやすい。

るかにはその様子を見ながらくすくす笑っていた。


その頃。

総理官邸では緊急会議が続いていた。

首相官邸地下にある危機管理センターでは、深夜にも関わらず明かりが消える気配がなかった。


会議室の大型モニターには例の魔核の映像が映し出され、その周囲には防衛大臣、防衛省幹部、警察庁長官、内閣官房副長官、情報機関の責任者達が顔を揃えている。


そして会議室の中央で腕を組んでいた総理大臣は深い溜息を吐いた。

「つまりだ。」

誰も口を開かない。

「この鉱石は何なのか分からない。」

「はい。」

「誰が作ったのかも分からない。」

「はい。」

「どうやって作ったのかも分からない。」

「はい。」

「予言は本当かどうかも分からない。」

「はい。」

「送り主は。」


担当官が資料をめくる。

「千葉県在住の一般人です。」


総理は天井を見上げた。

頭が痛かった。


数十年政治家をやってきたが、宇宙人襲来レベルの案件が持ち込まれるとは夢にも思わなかった。

「誰か説明してくれ。」


誰も説明出来なかった。説明出来るなら最初から苦労していない。

部屋の空気が重い。


研究主任が静かに口を開いた。

「総理。」

「なんだね。」

「個人的な意見になりますが。」

「構わん。」

「この物体は人工物だと思われます。」


会議室の空気が少しだけ変わる。総理も顔を上げた。

「理由は。」

「内部構造です。自然結晶ではあり得ない規則性があります。」

「つまり誰かが作ったと。」

「はい。その可能性が高いかと。」

「・・・。」

「分かることは自然界に存在する物では無いと言うことのみです。」

総理は再び腕を組んだ。

仮に誰かが作ったのだとする。

ならばもっと問題だった。


どこかに日本の科学力を何十年も超える技術を持つ存在がいることになる。国家か。企業か。

あるいは全く別の何かなのか。どれであっても頭痛の種だった。

防衛大臣が口を開く。


「総理。」

「なんだ。」

「最悪のケースを想定する必要があります。」

「聞こう。」


「こちらの手紙の内容が事実だった場合です。」

部屋の温度が下がったような気がした。

ダンジョン。

魔物。

スタンピード。

九十日。


「仮に魔物が出現した場合、自衛隊は対応可能か。」

総理の問いに制服組トップが即答した。

「分かりません。」

「・・・。」

「戦車で倒せるのか、銃弾が効くのか、そもそもどういう存在なのかも分かりません。」

「・・・。」

「ですが準備だけは進めるべきかと。」

 

総理は椅子にもたれ掛かった。政治家として何度も危機対応を経験してきた。

震災。感染症。金融危機。外交問題。

だが今回は違う。

相手が存在するかどうかすら分からない。

分からない未知の相手への対策ほど難しいものはない。

数秒の沈黙の後、総理はゆっくり口を開いた。

「極秘調査チームを設置する。」

全員の視線が集まる。

「内閣官房費から研究予算も出そう。」

「はい。」

「防衛省、自衛隊、警察庁、文科省も協力してくれ。」


「承知しました。」

「ただし国民には伏せる。」

それが当然だった。今の段階で発表すれば大混乱になる。

根拠も無い終末論がネットを駆け巡り、買い占めやデマが発生する未来しか見えない。


会議終了後。誰もいなくなった部屋で総理は一人資料を見つめていた。表紙にはこう書かれている。

 

【ダンジョン出現に関する警告文】

 

総理は静かに呟く。

「頼むから外れてくれ・・・。」

政治家としてではない。一人の人間としての本音だった。

もしこれが本当なら日本だけではない、世界そのものが変わってしまうのだから。


そしてその頃。その原因を送り付けた本人は。

「二郎丸、それ僕のプリン。」

「ワン。」

「いや、食べてるじゃん。」

「ワン。」

「その返事じゃないんだよ。」

冷蔵庫の前で柴犬とプリンを巡る攻防を繰り広げていた。


世界は静かに慌ただしくなり始めていたが、桑名家だけは今日も平常運転なのであった。

台風で時間がありました。皆さまご安全に。

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