第22話
一方その頃――。
東京都市ヶ谷、防衛省地下会議室では普段なら表に出ることのない幹部や研究者、自衛隊関係者が集まり、重苦しい空気の中で一つの透明な保管ケースを囲んでいた。その中央には例の魔核が静かに収められており、会議室にいる誰もが同じ感想を抱いていた。
「こんな物は見たことも聞いたこともない。」
白衣姿の研究主任が資料をめくりながら口を開く。
「エックス線透過試験、電子顕微鏡分析、分光分析、熱耐性試験、磁場照射試験など考え得る検査は一通り実施しましたが、既存の鉱物データベースと一致するものはありませんでした。」
「それで結果はどうなんだ。」
防衛大臣の問いに研究主任は少しだけ困った表情を浮かべた。
「分かりません。」
「何が分からないんだね。」
「全てですね。全部です。」
部屋の空気がさらに重くなる。
「切断不可であり削ることもできません。高温炉に入れても変化はありません。強酸にも反応せず放射線も検出されませんが、内部から原因不明のエネルギー反応だけは継続して観測されています。」
「つまり現在の科学では説明不能ということか。」
「はい。その表現が最も適切かと思われます。」
誰かが静かにため息を漏らした。
魔核だけでも十分に頭が痛いというのに、問題は一緒に送られてきた匿名の手紙だった。
ダンジョン。
魔物。
スタンピード。
九十日後の災厄。
普通なら悪質ないたずらとして処理される内容だが、その常識を足元から崩しているのが目の前にある魔核だった。
別室では送り主についての報告も行われていた。
「差出人は桑名秀氏。現在は無職で、近隣住民への聞き取りでは礼儀正しく真面目な人物との証言がほとんどでした。思想団体との関係や海外組織との接触も確認されていません。」
「危険人物ではないと。」
「少なくとも現時点ではそのような情報はありません。」
「普通の人間が未知の物体と世界の終末予言を送ってくるか?」
担当官は返答に困り、小さく首を横に振るしかなかった。
会議が終わった後も結論は出ないまま極秘で調査を継続する方針だけが決まり、研究者達は再び魔核の解析へ自衛隊関係者は万一に備えた対応計画の作成へと散っていった。
当の本人である僕はというと防衛省でそんな大騒ぎになっていることなど知る由もなく、そして既に身元も名前すらも全てバレているとは知らず、倉庫で能天気に缶詰の箱を積み上げながら
「へぇ。こんなものまで缶詰めになってるんだ。日本ってやっぱり凄いなぁ」
と妙なところで感心していた。
段ボールを運び終えて一息つくと、縁側の方から何やら楽しそうな声が聞こえてくる。
顔を向けると、るかにが自分の体ほどもあるスイカを前足で抱え込み小さな口で一生懸命かじっていた。
「シュウ君、スイカ〜、甘いよ〜。」
「るかに、一玉ほとんどるかに専用になってない?」
「えへへ〜。」
口の周りをべちゃべちゃにしながら笑う姿は相変わらず可愛らしく、どう見ても世界の危機とは無縁だった。その横では二郎丸が僕の様子をじっと見つめており、その視線の先には冷凍庫から取り出したばかりのアイスがある。
「ダメだからね、それ僕のだからね。」
「ワン!」
返事だけは素直だったので安心して包装を開け、一口食べようとしたその瞬間、白茶色の影がもの凄い勢いで飛び込み、アイスだけを器用に咥えて庭へと走り去っていった。
「あっ!」
「ワーーン!」
「二郎丸ーー!」
慌てて追い掛ける僕と、楽しそうに逃げ回る二郎丸。
その後ろからはスイカを食べ終えたるかにが「待って〜」と言いながら転がるようについて来て、気が付けば三人で庭をぐるぐる走り回る謎の追いかけっこが始まっていた。
結局アイスは半分ほど二郎丸のお腹に収まり、その残りを返してもらう頃にはすっかり溶けかけていたけれど、腹は立たなかった。
こんな何気ない時間があとどれだけ続くのだろうと思うと、少しくらいなら分けてやってもいいかという気持ちになってしまう。
五月の風が庭を吹き抜け、縁側では食べ散らかしたスイカの種が転がり、遠くの山からは鳥のさえずりが聞こえてくる。
その穏やかな景色の裏側では、防衛省や大学の研究機関、さらには海外の研究施設までもが未知の鉱石を前に頭を抱え、静かにだが、しかし確実に世界は動き始めていた。
その中心人物になってしまっている僕はそんなことは露ほども知らず、
「ストッカーもまだ入りそうだしアイスをいっぱい買っておこう。うん。そうしよう。」
などと、本当にどうでもいいことを真剣に考えていたのである。
台風が接近していますね。皆様どうぞご安全に。




