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第21話

徳島さんの家を後にして軽トラックを走らせながら窓を少し開けると、五月の風が車内へ流れ込んでくる。

田植えが終わったばかりの水田。山の緑。遠くに見える送電線。いつもと変わらない田舎の風景。


だけど僕の心だけは妙に落ち着かなかった。徳島さんの言葉が頭から離れない。僕は先程の会話を何度も思い返していた。

「山が騒がしい」

「猪も鹿も動きがおかしい」

「熊も見た」

それは偶然かもしれない。

でも、ダンジョンや魔物の存在を知ってしまった今となっては・・・。

山の動物達も何かを感じ取っているのだろうか。

もしそうだとしたら、人間が思っている以上に世界の変化は進んでいるのかもしれない。

そんな事を考えていると、突然頭の中で軽快な音が鳴った。

『ピコン♪』

「あれ?」

慌てて軽トラックを路肩へ寄せる。

最近はこの手の音が鳴る時にろくな事が無い。

いや、良い事もあるんだけど、だいたい心臓に悪い。

目の前に半透明のウィンドウが現れる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

称号獲得

【備えし者】

食糧・医療品・生活物資を一定量以上備蓄した者に与えられる称号

効果

運+5

保存食の劣化速度微減

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いや、そんな称号あるの!?」

思わず声が出た。

保存食の劣化速度微減。

うーーーん。

凄くありがたい気もするし、微妙な気もする。絶妙にコメントしづらい。

「運が上がるのは嬉しいけどさぁ……。」

最近思うんだけどこの世界のシステム。

絶対に誰か楽しんで作ってる。真面目な部分もあるのに、ところどころ変な遊び心がある。そして絶妙に性格が悪い部分がある。そんな気がしてならなかった。

「山が騒がしい。」

あの人は冗談で言うタイプじゃない。七十年以上も山と畑を相手に生きてきた人だ。そんな人が違和感を覚えている。それだけで十分不気味だった。


猪。鹿。猿。そして熊。動物達は人間より遥かに敏感だ。

地震の前に異変を察知する話だって珍しくない。もし魔力のようなものが本当に世界へ流れ始めているなら。最初に気付くのは人間ではなく彼らなのかもしれない。

「考えても仕方ないか・・・。」

ハンドルを握りながら小さく息を吐く。今の僕に出来る事は限られている。備える事。強くなる事。それだけだ。


家へ戻ると、裏山の方から賑やかな声が聞こえてきた。

車を降りた瞬間。

「ドガァァァン!!」

物凄い音が山の方から響いた。

「……。」

嫌な予感しかしない。

僕はゆっくりと裏山へ向かった。

そして見た。杉の木に向かって毛針を連射しているるかにの姿を。

ドドドドドドドドッ!!

杉の幹に無数の穴が開いていく。木屑が辺りに舞い散る。

怖い。普通に怖い。


昨日まで牛乳をチューチュー飲んでいたハリネズミとは思えない。

「るかに……何してるの?」

「あっ、シュウ君〜。」

るかには嬉しそうに振り向いた。

「いっぱい練習してたらね〜。」

その瞬間、目の前にウィンドウが表示された。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【毛針 Lv1 → Lv2】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おぉ!」やっぱり。予想通りだった。スキルは使えば成長する。

レベルだけじゃない。スキル自体にも熟練度が存在している。

これはかなり大きな発見だ。

「おめでとう、るかに。」

「えへへ〜。」

嬉しそうにその場でくるりと回る。可愛い。

やっている事は軍事兵器のようだけど可愛い。

 

さらに奥へ進むと、今度は別の音が聞こえてきた。

「ワンッ!」

「フンッ!」

「ワンッ!」

「セイッ!」

誰だよ。セイッ!って何よ。なかなか使わないよそんな言葉は。いや、誰かは分かる。分かるんだけど、どうして犬が気合いを入れているんだ。

木々の間を抜けると二郎丸が杉の木に体当たりしていた。

ドゴォン!杉が大きく揺れる。

「二郎丸……。」

「ご主人!」

二郎丸は満面の笑みで駆け寄ってきた。そして後ろを見る。

杉の木が一本倒れていた。

「……。」

「……。」

「二郎丸。」

「ワン!」

「倒したの?」

「ワン!」

誇らしげだった。全く反省していない。

鑑定を使う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

噛み付き Lv1 → Lv2

軟化 Lv1 → Lv2

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おぉ……。」こちらも上がっている。

軟化まで上がっているのは意外と言うか何故だろう。

もしかするとスキルは使用回数だけじゃなく、発動時間なんかも関係しているのかもしれない。研究し甲斐があるね。



昼食は三人で縁側に座って食べる事にした。

冷やしうどん。

天ぷら。

麦茶。

風が心地良く、遠くではウグイスが鳴いている。

「平和だねぇ。」

「平和だワン。」

「平和〜。」

 

その後は倉庫へ向かい備蓄の整理を始めたがこれがなかなか大変だった。大量のお米。パスタ。缶詰。レトルト食品。薬。保存食。飲料水。工具。種。ガソリン缶。冷凍ストッカーも続々と搬入され始めている。

倉庫の中は完全におかしくなっていた。

個人宅の備蓄量ではない。

「・・・。」

改めて眺める。冷静になればなるほど思う。ちょっとやり過ぎたかもしれない。

いや。かなりやり過ぎた。だが不思議と後悔は無かった。もし何も起きなければ。数年掛けて消費すれば良いんだ。それだけ。

問題は起きた場合・・・。その時に後悔するくらいなら、今は笑われる方がずっと良かった。

そんな事を考えながら段ボールを運んでいると、ふと居間のパソコンが目に入った。

そういえば。昨日はネットを見ていなかったな。

少しだけ気になり電源を入れる。立ち上がったブラウザには、いつも見ている匿名掲示板である9ちゃんねる、通称Qちゃんが表示された。そして。僕は思わず固まった。

トップページに見慣れないスレッドが大量に並んでいた。



【速報】防衛省に謎の鉱石が届いたらしい。


【画像あり】研究者が困惑してる物体がこちら


【ダンジョン予言】これ本物じゃね?


【誰だよ手紙送った奴】


【世界終了のお知らせ】



「うわ・・・。」思わず声が漏れた。広がってる。思った以上に広がってる。恐る恐るスレを開く。



1 名前:名無し


防衛省が変な鉱石を調査中らしい


2 名前:名無し


ついに始まったな


3 名前:名無し


何がだよ


4 名前:名無し


大冒険時代だろ


5 名前:名無し


お前昨日も同じ事言ってたな


6 名前:名無し


ファンタジー来る?


7 名前:名無し


来たら会社辞める


8 名前:名無し


お前はまず働け。



思わず吹き出した。

世界が終わるかもしれない話をしているのに。相変わらずである。人類は案外たくましい。

だが全てが冗談という訳でもなかった。中には真面目な考察も増え始めていた。

鉱石の正体。送り主の存在。政府の対応。海外の反応。


少しずつ。本当に少しずつ。何かおかしいと感じ始めている人達が増えている。誰も真実には辿り着いていない。だけど火種は確実に落ちた。

僕が送ったたった一つの魔核。それが波紋のように広がり始めている。

 窓の外では二郎丸とるかにが追いかけっこをしていた。

「待つんだワン!」

「捕まえてみて〜。」

我が家は相変わらず平和そのものだ・・・。


その頃。

防衛省 大学研究機関。そして海外の研究施設。世界のほんの一部だけが静かに動き始めていた。

誰もまだ知らない。

あと八十数日後。本当に世界が変わる事を。


そしてその中心にいる人物が今まさに倉庫で缶詰を積み上げながら、

「これ賞味期限長いなぁ。さすがメイドインジャパン」

などと呑気に呟いている事を。


お読みいただきありがとうございました。

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