#8 放課後の寄り道
高校生活が始まって二週間。
最初は長く感じていた一日も、最近ではあっという間に過ぎていくようになった。
授業を受けて、昼休みに友達と話して、放課後になれば帰る。
そんな毎日。
ただ、最近は少しだけ変化がある。
「湊、帰ろ!」
放課後。
乃愛がいつものように俺の席までやってきた。
「今日はどこか寄ってく?」
「寄り道?」
「うん!」
乃愛は楽しそうに笑う。
「高校生になったんだから、ちょっとくらい寄り道してみたい」
「別にいいけど」
「本当?」
「ああ」
「やった!」
乃愛が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ると、断る理由なんて最初からなかった気がしてくる。
「じゃあ、どこ行く?」
「んー……」
乃愛が考える。
「駅前のカフェ!」
「いきなり女子っぽいな」
「女子だもん!」
「それは知ってる」
「もう!」
乃愛が軽く俺の肩を叩いた。
「じゃあ決まり!」
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「ここ、前から気になってたんだ」
駅前の小さなカフェ。
店内は落ち着いた雰囲気で、放課後ということもあって学生の姿も多い。
「何にする?」
「私はこれ!」
乃愛がメニューを指差す。
「季節限定のパフェ」
「甘そうだな」
「美味しそうでしょ?」
「まあ」
「湊は?」
「コーヒー」
「高校生なのに?」
「高校生でもコーヒーくらい飲む」
「苦くない?」
「慣れれば」
「じゃあ私も一口飲んでみたい」
「いいけど」
注文して、窓際の席に座る。
「なんかこういうのいいね」
乃愛が店内を見回す。
「何が?」
「放課後に友達とカフェ」
「まあ、確かに」
「高校生って感じ!」
「また青春か」
「だって青春でしょ!」
「陸みたいになってきたな」
「ひどい!」
二人で笑う。
しばらくして、注文したものが届く。
乃愛は嬉しそうにパフェを食べ始めた。
「美味しい!」
「よかったな」
「湊も食べる?」
「いいのか?」
「うん」
乃愛がスプーンを差し出す。
「ほら」
「……」
俺は一瞬固まった。
「どうしたの?」
「いや……」
「食べないの?」
「食べるけど」
スプーンを受け取る。
「……美味い」
「でしょ?」
乃愛が笑う。
その笑顔が、なんだか妙に近く感じた。
「じゃあ、コーヒー一口」
「はい」
今度は俺がカップを渡す。
乃愛が一口飲む。
「……苦い」
「だろ?」
「これ大人の飲み物だよ」
「大げさだな」
「湊、よく飲めるね」
「慣れだよ」
乃愛は苦そうな顔をしながらも、なぜか笑っていた。
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店を出ると、夕方の風が吹いていた。
「楽しかった!」
乃愛が言う。
「そうだな」
「また来ようね」
「ああ」
駅へ向かって歩いていると、乃愛が突然立ち止まった。
「湊」
「ん?」
「ちょっとだけ寄りたいところがある」
「どこ?」
「こっち」
乃愛に連れていかれたのは、近くの公園だった。
「公園?」
「うん」
「何するんだ?」
「ベンチに座るだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
二人でベンチに座る。
夕焼けが街を赤く染めていた。
「綺麗……」
乃愛が空を見上げる。
「そうだな」
「こういう時間、好き」
「俺も嫌いじゃない」
「……ねえ、湊」
「ん?」
「高校生活って、長いと思う?」
「どうだろうな」
「私は短い気がする」
「始まったばかりだぞ」
「だからこそ」
乃愛は小さく笑った。
「三年間って、あっという間に終わっちゃうかもしれない」
「……」
「だから、いっぱい思い出作りたい」
「この前も言ってたな」
「うん」
乃愛は少しだけ俺を見る。
「湊と一緒に」
胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……ああ」
俺は頷いた。
「いっぱい作ろう」
「約束ね」
「約束」
小指を差し出される。
「……何?」
「指切り」
「子供かよ」
「いいから!」
俺は苦笑しながら小指を絡める。
「約束」
「約束!」
乃愛は嬉しそうに笑った。
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翌日。
「おはよう!」
教室に入った乃愛は、いつも以上に機嫌がよかった。
「おはよう」
「昨日楽しかったね!」
「ああ」
その会話を聞いていた美咲が、すぐにこちらを見る。
「昨日、二人でどこ行ってたの?」
「カフェ」
「二人で?」
「うん」
「……へえ」
美咲がニヤニヤする。
「デートじゃん」
「違う!」
乃愛が即座に否定する。
「ただの寄り道!」
「二人きりで?」
「……うん」
「それを世間ではデートと言います」
「違うってば!」
乃愛の顔が赤くなる。
花音も二人を見ながら微笑んだ。
「楽しそうでよかったね、乃愛ちゃん」
「うん!」
その笑顔を見て、花音も嬉しくなる。
けれど――
胸の奥には、また小さな痛みがあった。
「……」
私は、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
花音は自分でも分からなかった。
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昼休み。
俺たちが昼食を食べていると、陸が突然言った。
「そういやさ、今度の体育の授業、男女混合でやるらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。高瀬先生が言ってた」
「何するんだろうね」
翔太が聞く。
「たぶん球技じゃない?」
陸が答える。
乃愛が俺を見る。
「湊と同じチームになれるかな?」
「先生が決めるだろ」
「一緒がいいな」
「まあ、なれたらいいな」
「……うん!」
乃愛が嬉しそうに笑う。
その時。
「天野さん」
隼人が話しかけてきた。
「一ノ瀬くん?」
「この前の話だけど」
「あ……」
乃愛が少し困った顔をする。
「まだ返事、してなかったよね」
「うん」
「急がなくていいよ」
隼人は優しく笑う。
「ただ、俺は本気だから」
乃愛が黙る。
俺も何も言わなかった。
隼人はそのまま席へ戻っていく。
「……」
俺は隼人の背中を見る。
以前なら、ただのクラスメイトだと思っていた。
今は違う。
隼人が乃愛を見るたびに、少しだけ気になる。
そして、それが何なのか。
俺はもう、薄々気づき始めていた。
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放課後。
「湊、帰ろ」
「おう」
いつものように二人で学校を出る。
「ねえ」
「ん?」
「昨日の約束、覚えてる?」
「もちろん」
「よかった」
乃愛が笑う。
「これからも、たくさん思い出作ろうね」
「ああ」
「高校一年生なんだから!」
「まだ始まったばかりだぞ」
「だから、これからだよ」
乃愛は前を向いて歩く。
俺も隣を歩く。
まだ恋人じゃない。
だけど。
一緒にいることが、少しずつ当たり前になっていく。
そして俺は、そんな日々を――
いつの間にか、大切だと思い始めていた。




