#7 噂になった二人
火曜日。
朝の教室は、いつもより少し騒がしかった。
俺が教室に入ると、陸がこちらへ駆け寄ってくる。
「湊! 聞いたか?」
「何を?」
「昨日の放課後のこと!」
「昨日?」
「天野と一緒に帰ってただろ?」
「……まあ」
「それが噂になってる」
「は?」
思わず聞き返す。
「何の噂だよ」
陸はニヤニヤしながら声を落とした。
「水瀬と天野、付き合ってるんじゃないかって」
「……」
「マジかよ! 青春じゃん!」
「お前は黙ってろ」
俺は頭を抱えた。
「ただ一緒に帰っただけだろ」
「でも、ほぼ毎日一緒に帰ってるじゃん」
翔太が冷静に言う。
「それに昨日は、校門のところで二人で話してたって見た人もいるみたい」
「それだけで?」
「高校生なんてそんなものだよ」
「……面倒くさいな」
俺は席に座る。
その時。
「おはよう、湊」
乃愛が教室に入ってきた。
「おはよう」
「どうしたの?」
「……いや」
言うべきか迷う。
「何かあった?」
「噂になってるらしい」
「噂?」
「俺たちが付き合ってるって」
「――え?」
乃愛が固まった。
そして。
「ええええっ!?」
教室中に響くほどの声を上げた。
「声大きい!」
「だ、だって!」
乃愛の顔が一気に赤くなる。
「私たち、付き合ってないよね?」
「当たり前だろ」
「そ、そうだよね」
乃愛はホッとしたような、少し残念そうな顔をした。
俺はその表情に気づかなかった。
---
休み時間。
「乃愛」
美咲がニヤニヤしながら近づいてくる。
「な、何?」
「付き合ってるって噂になってるんだって?」
「うん……」
「どうする?」
「どうするって?」
「否定する?」
「もちろん!」
乃愛は即答した。
「だって、付き合ってないし」
「へえ」
美咲が意味ありげに笑う。
「でも、ちょっと嬉しそうじゃない?」
「……!」
乃愛は顔を赤くする。
「そ、そんなことない!」
「本当に?」
「本当!」
隣で花音が微笑む。
「乃愛ちゃん」
「なに?」
「顔に出てるよ」
「花音まで!」
「ごめん」
花音は笑いながら謝る。
でも、乃愛の気持ちはよく分かっていた。
そして。
その気持ちを自分も少しずつ理解し始めていた。
---
昼休み。
噂は思った以上に広がっていた。
「水瀬くん、天野さんと付き合ってるって本当?」
「いや、本当じゃない」
「そうなんだ」
女子から聞かれるたびに否定する。
一方、乃愛も同じように聞かれているらしい。
「乃愛ちゃんって水瀬くんと付き合ってるの?」
「違うよ!」
そんな声が聞こえてくる。
昼休みが終わる頃には、俺も乃愛もすっかり疲れていた。
「……疲れた」
「私も」
「なんでこんなことになったんだ」
「分かんない」
乃愛が机に突っ伏す。
「でも……」
「ん?」
「湊と付き合ってるって思われるの、そんなに嫌じゃなかったかも」
「……」
俺は何も言えなかった。
乃愛はすぐに顔を上げる。
「今の忘れて!」
「無理だろ」
「忘れて!」
「はいはい」
笑いながら返す。
でも。
その言葉が、妙に心に残った。
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放課後。
今日は部活見学をする予定だった。
俺は陸と翔太と一緒に廊下を歩いていた。
「なあ、湊」
「何?」
「本当に天野と付き合ってないんだよな?」
「しつこいな」
「いや、俺は応援してるから」
「何を?」
「お前らの恋」
「だから恋じゃないって」
「はいはい」
陸が笑う。
翔太も苦笑する。
「桐生は放っておこう」
「賛成」
「二人ともひどくね?」
そんな会話をしていると、前から隼人が歩いてきた。
「水瀬」
「一ノ瀬」
隼人は俺のところまで来る。
「少し話せる?」
「いいけど」
陸たちは先に行ってくれた。
「噂のこと、聞いた」
「やっぱり知ってるか」
「ああ」
隼人は少しだけ笑う。
「君たちは付き合ってないんだよな?」
「付き合ってない」
「そうか」
隼人は頷く。
「なら、俺にもまだ可能性はあるってことだな」
「……」
俺は何も言わなかった。
隼人は俺を見る。
「別に君と競争したいわけじゃない」
「そうなのか?」
「ああ。ただ、俺は俺の気持ちを大事にしたいだけだ」
「……」
「天野さんともっと仲良くなりたい」
それだけ言って、隼人は歩いていった。
俺はその背中を見つめる。
胸の奥が、またざわついた。
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帰り道。
「湊」
「ん?」
「今日は……一緒に帰れる?」
乃愛が聞いてくる。
「もちろん」
「よかった」
二人で歩く。
しばらくして、乃愛が口を開いた。
「ねえ」
「何?」
「今日の噂……」
「うん」
「もし、本当に私たちが付き合ってたら」
「……?」
乃愛が少しだけ顔を赤くする。
「湊は……どうする?」
「どうするって?」
「だから……」
乃愛は言葉を探す。
「もしもの話」
俺は少し考えた。
「……分からない」
「そっか」
乃愛は少し寂しそうに笑った。
「でも」
「ん?」
「今みたいに一緒にいられたら、それでいいかな」
「……そうだな」
俺も笑う。
まだ、俺たちは友達だ。
恋人じゃない。
そして――
今すぐ関係を変えるつもりもない。
それでも。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつ、互いの存在が大きくなっていく。
そんな気がしていた。
---
その日の夜。
自宅のベッドで、俺はスマホを眺めていた。
乃愛からメッセージが届く。
『今日は一緒に帰れてよかった!』
『俺も』
返信する。
しばらくすると、また通知が鳴った。
『明日も一緒に帰ろうね』
「……明日も、か」
俺は小さく笑った。
『ああ』
送信。
スマホを置く。
窓の外には、春の夜空が広がっていた。
まだ始まったばかりの高校生活。
恋人になるには、きっとまだ早い。
でも。
この距離がいつか変わることを――
俺は、まだ知らなかった。




