#11 少しだけ気になる
翌朝。
教室に入ると、乃愛はすでに席についていた。
「おはよう、乃愛」
「……おはよう」
「どうした?」
「何が?」
「なんか元気ない」
「そんなことないよ」
乃愛は笑う。
けれど、昨日と同じだった。
どこか無理をしているような笑顔。
「本当に?」
「本当!」
「ならいいけど」
俺が自分の席に向かおうとすると、乃愛が突然声をかけてきた。
「ねえ、湊」
「ん?」
「今日、一緒に帰れる?」
「もちろん」
「……よかった」
乃愛は安心したように笑った。
その瞬間だけは、いつもの乃愛に戻った気がした。
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一時間目と二時間目の間。
俺が席で次の授業の準備をしていると、莉奈がやってきた。
「水瀬くん」
「白石?」
「昨日の話、覚えてる?」
「勉強のこと?」
「うん」
莉奈は一冊のノートを持っていた。
「今日の放課後、少し教えてもらってもいい?」
「別にいいけど」
「ありがとう」
「図書室でいい?」
「うん」
その会話を、乃愛が聞いていた。
「……」
乃愛は何も言わない。
ただ、手にしていたペンを少し強く握った。
「乃愛?」
「え?」
「どうした?」
「何でもない」
そう言って、乃愛は前を向いた。
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昼休み。
美咲が乃愛のところへやってくる。
「乃愛」
「なに?」
「朝からずっと変じゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
美咲は乃愛の顔を覗き込む。
「もしかして……白石さん?」
「……」
乃愛が黙る。
「やっぱり」
「違うよ」
「本当に?」
「……」
「乃愛」
美咲の声が少し優しくなる。
「嫉妬してる?」
「……してない」
「顔が赤いよ」
「……ちょっとだけ」
乃愛は小さく認めた。
「白石さん、すごく可愛いし……湊とも楽しそうに話してるから」
「うん」
「私より、白石さんの方が湊と合うのかなって」
「そんなこと考えなくていいよ」
花音が静かに言った。
「でも……」
「湊くんは乃愛ちゃんといる時が一番自然だと思う」
「……本当?」
「うん」
花音は笑った。
けれど、その言葉を口にするたび、自分の胸も痛んだ。
「だから、大丈夫」
「……ありがとう、花音」
乃愛は少しだけ笑った。
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放課後。
約束通り、俺は図書室へ向かった。
莉奈はすでに席についていた。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たところ」
「じゃあ始めるか」
「お願いします、先生」
「先生じゃない」
莉奈が笑う。
「冗談」
ノートを開き、問題を確認する。
「ここは公式を使えばいい」
「なるほど」
「分からなかったら遠慮なく聞いて」
「じゃあ、ここ」
「ん?」
莉奈が俺のノートを覗き込む。
肩が少し触れた。
「……」
「……」
お互いに一瞬止まる。
「近かったね」
莉奈が笑う。
「ご、ごめん」
「謝らなくていいよ」
莉奈は平然としていた。
「水瀬くんって、意外とこういうところ鈍いよね」
「何が?」
「何でもない」
「?」
その時。
図書室の入り口に人影が見えた。
「……湊?」
乃愛だった。
「あれ、乃愛?」
「……勉強してたんだ」
「うん。白石に教えてた」
「そっか」
乃愛は笑う。
「邪魔しちゃった?」
「いや、もう終わるところ」
莉奈が答える。
「天野さんも一緒に帰る?」
「……うん」
乃愛は頷いた。
「湊、帰ろ」
「ああ」
俺はノートを閉じる。
莉奈も立ち上がった。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
図書室を出る。
その後ろ姿を莉奈が見送っていた。
「……ふふ」
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帰り道。
今日は三人だった。
俺。
乃愛。
そして莉奈。
「白石さんって、数学得意なんだね」
乃愛が言う。
「得意ってほどじゃないよ」
莉奈が笑う。
「水瀬くんに教えてもらったから、少し分かるようになっただけ」
「湊って教えるの上手いからね」
「そうなんだ?」
「うん。昔から」
「へえ」
莉奈が俺を見る。
「じゃあ、昔から天野さんが教えてもらってたんだ」
「まあな」
「羨ましい」
莉奈が何気なく言った。
「……」
乃愛が黙る。
俺はその空気に気づいていなかった。
「また分からないところがあったら教えるよ」
「本当?」
「ああ」
「ありがとう」
莉奈が嬉しそうに笑う。
その瞬間。
乃愛が俺の袖をつまんだ。
「湊」
「ん?」
「ちょっと早く歩こう」
「え?」
「……二人で話したい」
俺は驚いた。
「分かった」
莉奈がその様子を見て、少し笑う。
「じゃあ、私はこっちだから」
「また明日」
「また明日」
莉奈と別れる。
しばらく歩くと、乃愛がようやく口を開いた。
「……ごめん」
「何が?」
「白石さんと一緒にいるところ、見たら……」
乃愛は立ち止まる。
「なんか嫌だった」
「……」
「自分でも、こんなこと思うの変だって分かってる」
「乃愛」
「だって私たち、付き合ってないもんね」
乃愛は少し寂しそうに笑った。
「だから、私が口を出すことじゃないのに」
俺はしばらく考える。
そして。
「……別に、変じゃないと思う」
「え?」
「俺だって、一ノ瀬がお前を誘った時、嫌だったから」
乃愛が目を見開く。
「本当?」
「ああ」
「どうして?」
「それは……」
言葉が出てこない。
俺自身、まだ答えが分からない。
「分からない」
「……そっか」
乃愛は少し笑う。
「じゃあ、私たち似た者同士だね」
「そうかもな」
二人で笑う。
さっきまであった距離が、少しだけ元に戻った。
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駅に着く。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
乃愛が階段を上る。
数段進んだところで振り返る。
「湊!」
「ん?」
「明日も一緒に帰ろうね!」
「分かってるよ」
「約束!」
「はいはい」
乃愛は満足そうに笑って、階段を上っていった。
俺はその背中を見送る。
そして思う。
乃愛が誰かと仲良くするのが嫌だ。
乃愛が他の男子と話していると気になる。
そして、乃愛が俺を必要としてくれると嬉しい。
これが何なのか。
まだ、はっきりとは分からない。
ただ――
少なくとも。
乃愛は俺にとって、普通の友達ではなくなりつつあった。




