#10 体育祭に向けて
体育祭まで、あと三週間。
朝のホームルームでは、クラスの種目決めが進められていた。
「それじゃあ、次は二人三脚」
高瀬先生が名簿を見る。
「水瀬と天野でいいな?」
「はい!」
乃愛が元気よく返事をする。
「俺も大丈夫です」
「よし。決定」
黒板に二人の名前が書かれる。
その瞬間――
「おおー!」
クラスのあちこちから声が上がった。
「また水瀬と天野かよ!」
陸が笑う。
「仲良すぎだろ!」
「うるさい」
俺が睨むと、陸は楽しそうに笑った。
「照れるなって」
「照れてねえよ」
「乃愛は?」
陸が乃愛を見る。
「え?」
「嬉しい?」
「……まあ」
乃愛は小さく答える。
「湊と一緒だから」
「おおお!」
「だから騒ぐな!」
乃愛が顔を真っ赤にする。
教室中が笑いに包まれた。
その様子を、花音は少し離れたところから見ていた。
「……」
笑顔を浮かべている。
けれど、その目は少しだけ寂しそうだった。
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放課後。
今日も俺と乃愛は校庭にいた。
「今日は昨日より速く走ってみよう!」
「いきなり?」
「うん!」
「転ぶぞ」
「大丈夫!」
「昨日転んだの誰だよ」
「……私です」
乃愛が気まずそうに笑う。
「だから今日は大丈夫!」
「信用できないな」
「ひどい!」
二人三脚用の紐を足に結ぶ。
「じゃあ、いくよ」
「おう」
「せーの!」
一歩。
二歩。
三歩。
昨日よりも上手く進める。
「右!」
「右!」
「左!」
「左!」
少しずつ息が合っていく。
「いける!」
乃愛が笑う。
「このまま――」
「うわっ!」
「きゃっ!」
二人同時にバランスを崩した。
俺は反射的に乃愛の肩を支える。
「大丈夫?」
「う、うん……」
顔が近い。
「……」
「……」
二人とも何も言えなくなる。
先に乃愛が顔を逸らした。
「ご、ごめん」
「いや、俺も」
なんとなく気まずい。
その時――
「おーい!」
遠くから声がした。
陸だった。
「何やってんだ、お前ら!」
「練習だよ!」
乃愛が慌てて答える。
「分かってるって!」
陸がニヤニヤしながら近づいてくる。
「いやー、仲良しだな」
「だから違うって」
「まだ何も言ってないぞ?」
「……」
「図星?」
「うるさい!」
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その日の帰り。
俺たちはいつものように二人で歩いていた。
「今日、ちょっと恥ずかしかったね」
乃愛が言う。
「何が?」
「転びそうになったところ」
「ああ」
「陸に見られたし」
「まあ、気にするな」
「うん」
しばらく歩く。
乃愛が突然言った。
「湊ってさ」
「ん?」
「好きな人いる?」
「……」
突然の質問だった。
「なんで?」
「なんとなく」
「いない」
俺は答えた。
「今は」
「そっか」
乃愛が小さく笑う。
「乃愛は?」
「私?」
「うん」
乃愛は少し考える。
「……いるかも」
「え?」
思わず乃愛を見る。
乃愛は前を向いたまま。
「まだ分からないけど」
「誰?」
「秘密」
「なんだそれ」
「いつか分かるかもね」
乃愛が笑う。
俺はなぜか、それ以上聞けなかった。
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翌日。
昼休み。
美咲が乃愛を連れ出した。
「ねえ、昨日の帰り!」
「何?」
「湊くんに好きな人いるか聞いたでしょ?」
「……なんで知ってるの?」
「顔に書いてある」
「そんなに分かりやすい?」
「うん」
花音も二人の会話に加わる。
「それで?」
「……聞いた」
「どうだった?」
「いないって」
「それで?」
「それでって?」
「乃愛は?」
乃愛は少し黙った。
「……私も、まだ分からないって言った」
美咲が笑う。
「それ、ほとんど好きって言ってるようなものじゃん」
「言ってない!」
「でも好きなんでしょ?」
「……」
乃愛は答えない。
花音はその横顔を見る。
そして、自分の気持ちにも気づき始めていた。
「……乃愛ちゃん」
「ん?」
「頑張ってね」
「え?」
「応援してるから」
花音は笑った。
「ありがとう」
乃愛も笑う。
けれど花音は――
自分自身の気持ちを、まだ誰にも言えなかった。
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放課後。
教室に残っていると、莉奈がやってきた。
「水瀬くん」
「白石?」
「ちょっといい?」
「ああ」
莉奈は窓際に立つ。
「体育祭、二人三脚出るんだって?」
「うん」
「天野さんと?」
「そうだけど」
「ふふ」
莉奈が笑う。
「本当に仲いいね」
「幼なじみだからな」
「幼なじみ、か」
莉奈は少し考える。
「じゃあ、私が水瀬くんと仲良くなっても問題ないよね?」
「え?」
「友達として」
莉奈はさらっと言った。
「今度、一緒に勉強しない?」
「勉強?」
「うん。水瀬くん、数学得意でしょ?」
「まあ、人並みには」
「じゃあ教えて」
「別にいいけど」
「約束ね」
莉奈は笑って教室を出ていった。
俺はその背中を見送る。
「……なんだったんだ?」
その時。
教室の入り口に乃愛が立っていた。
「湊」
「乃愛?」
「……帰ろ」
「ああ」
乃愛はいつも通り笑っていた。
だけど――
その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
「どうした?」
「何でもないよ」
「本当に?」
「うん」
乃愛は俺の隣を歩く。
そして、小さな声で呟いた。
「……白石さん、可愛いよね」
「まあ、そうだな」
「……そっか」
それ以上、乃愛は何も言わなかった。
夕方の帰り道。
俺たちはいつものように並んで歩いている。
でも。
少しだけ。
いつもより距離が遠く感じた。
そしてこの日から――
乃愛の中に、小さな嫉妬が芽生え始めることになる。




