第六話「武の国、中村」
五日の航海の末、船は中村国の港に入った。
前世で言う鹿児島。湾の向こうには、噴煙を上げる火の山がそびえている。空気がぴりっとしていて、潮の匂いに硫黄が混じる。
中村国。九州最南端、島津の気風を継いだ武の国だ。田畑は火山灰の痩せ地で豊かとは言えないが、その分、民は骨の髄まで武辺者。少数でも死兵になって大国に噛みつくから、田中もこの国だけは何十年も攻めあぐねてきた。
そして琉球にとって、中村は特別な隣人だった。琉球の海産と、中村の鉄や馬。古くから船が行き交い、荒れた時代には難民が身を寄せ合ってきた仲だ。仲が良いというより、背中を預け合う戦友に近い。……もっとも、当の琉球の重臣どもは「海の向こうの戦」と他人事を決め込んでいるわけだが。
そして港が、すでに戦場の匂いだった。
荷を運ぶ人足に交じって、負傷兵が担がれていく。焦げた帆の船。壊れた櫓。北の戦線から下がってきた人たちだ。
「……戦、してるんだね。本当に」
真鶴の声から、遠足気分が抜けた。姫武者といっても、この世代の琉球人は本物の戦を知らない。海に守られてたから、ずっと。
「ようこそ、地獄の一丁目へ……って顔をしてる場合じゃないな。ほら、お迎えだ」
港には中村家の武者が並んでいた。琉球からの使者、いちおう王子様ご一行なので、体裁は整えてくれるらしい。
通された先、中村城の広間で待っていたのは、岩みたいな男だった。
中村国当主・中村義親。
歳は五十ぐらい。左の頬に古傷。座っているだけで、猛者の貫禄がある。膝の脇には、無造作に立てかけた一振りの太刀——波平行安。薩摩最古の刀工の系譜を汲む、中村家の佩刀だ。「波を平らげる」の銘の通り、荒海を一太刀で凪がせたという逸話を持つ。飾りじゃない。柄がてらてらと手擦れで光っている。使い込まれた、本物の得物だ。
「琉球の使者が来ると聞いて、援軍かと思えば」
義親はじろりと俺たちを眺めた。小僧と姫武者と没落姫と爺や数名。うん、酷い面子だ。自覚はある。
「小童が三人。琉球は儂に、笑って死ねと言うことか」
「援軍は出せませんでした。代わりに、俺が来ました」
「ほう? 小僧一人が千の兵の代わりになると?」
「なりません。ですが千の兵の使いどころなら、わかります」
広間の武者たちが色めき立った。無礼だ、と誰かが言う。当然だ。俺でも言う。
だが義親は、笑った。
「はっはっは! 言うわ、この小僧! 気に入った、比嘉の三男! 姓紋なしの噂は本当か? 見せてみい!」
袖をまくって空っぽの腕を見せたら、余計に笑われた。豪快なのは結構だが、笑い事ではないのだ、こっちは。
笑いの後で、義親は真顔に戻った。戦況の説明は簡潔で、そして重かった。
北の三砦のうち二つが陥落。田中軍は約八千。対する中村は五千を割った。
何より厄介なのは——田中軍が「海の上に道を作る」ことだという。
「海の上に、道?」
「浮地よ。奴ら、海面に土を実らせ、島を浮かべる。田中の名力——大地と豊穣の術の応用だ。水軍で削っても、翌朝には地が浮いとる。もぐら叩きにもならん」
なるほど。俺は内心で唸った。
田中王国が海を渡れる理由がこれか。大地の民のくせに、大地ごと海を渡ってくるわけだ。名力というのはつくづく、名前の解釈ひとつで化ける。
——だとすると。琉球侵攻の日には、あの海にも「道」が架かる。
頭の奥で、警鐘がひとつ鳴った。この時はまだ、小さく。
——さて。義親との軍議はそこそこに、俺にはこの城下で、どうしても訪ねたい家があった。昼に借りた一冊の台帳が、その在り処を教えてくれている。
武の国・中村編、開幕です。ブックマーク・☆評価が更新の励みになります!




