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名字マニアの天下取り ~名字が国名の戦国で、俺は47の名を誉めて味方にする~  作者: 無名の権兵衛
第一部・琉球動乱編【集めた名 三/四十七】

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幕間一「見送る者たち」

 ※琉太が中村国へ発った、その夜。彼を送り出した者たちの、それぞれの想い。


 ―― 父王・比嘉盛龍(ひが せいりゅう)


 厄介払いだ、と重臣どもは言った。儂も、そう言うことを許した。


 戦地になるやもしれぬ土地へ、紋も持たぬ三男を使者に立てる。損なわれても王家の痛手にならぬ駒。誰も口には出さぬが、皆そう思うておった。儂も。


 ……いや。


 正直に言えば、儂は迷った。あの子を送り出す軍議のあいだ、ずっと迷うておった。


 七年前、命名の儀で紋の出なんだあの子は、泣かなんだ。母も、儂も、重臣どもも青ざめる中で、あの子だけが妙に静かな目をしておった。まるで、この騒ぎを遠くから眺めておるような。


 あの目が、儂は恐ろしかった。我が子ながら、底が見えぬ。何を見て、何を考えておるのか、まるでわからぬ。だから遠ざけた。書庫に追いやり、好きにさせ、見ぬふりをした。それが一番、楽だったからだ。


 ——父として、恥ずべきことだ。


 今宵、船が出るとき、あの子は一度も振り返らなんだ。真っ直ぐ前だけを見て、海へ出ていった。


 儂は、あの背を、王城の櫓の上から、誰にも見られぬように見送った。


 ……無事で帰れ、とは言えなんだ。言う資格が、儂には無い。


 ―― 母・真鈴(まりん)


 あの子が生まれた日のことを、今でも覚えています。


 三人目の子でしたから、お産にはもう慣れておりました。けれどあの子は、生まれてすぐ、泣かずにきょろきょろと目を動かして——まるで、この世界を値踏みしているようで。産婆が「賢い子におなりですよ」と笑いました。


 賢い子でした。賢すぎる子でした。


 紋が出なかったあの日から、あの子は誰にも甘えなくなりました。母である私にさえ。「大丈夫母上、俺は自由で最高だから」と、いつもへらへら笑って。……あの笑い方が、私にはいちばん辛かった。本当に平気な子は、わざわざ「平気だ」とは言わないのです。


 昨夜、旅の支度をするあの子の部屋を覗いたら、荷物の隅に、幼い頃に私が縫った古いお守りが入っておりました。とうに忘れていると思っていたのに。


 ……あの子は、ちゃんと持っていってくれた。


 それだけで、私は、この子の母でよかったと思えるのです。


 ―― 長兄・盛陽(せいよう)


 正直に言う。俺は、あいつのことがずっと苦手だった。


 俺は太陽の申し子だと持て囃される。紋は濃く、体は頑丈、剣を取れば負け知らず。何ひとつ不自由なく育った。だからこそ、紋ひとつ無いくせに、へこみもせず飄々としているあいつが——理解できなかった。哀れむべきなのか、羨むべきなのか、それすらわからなかった。


 だが今日、軍議で使者の話が出たとき。俺は反対しかけて、口をつぐんだ。


 なぜだ。厄介払いだと、皆が言う。俺も同じことを思っていたはずだ。なのに、いざあいつを死地に送ると決まった瞬間、胸の奥がざわついた。


 ……あいつは、俺の弟だ。


 そんな当たり前のことを、俺は十四年かかって、今夜やっと思い知った。


 次に会ったら、一度くらい、剣の稽古をつけてやろう。あいつが裏庭でこそこそ体を鍛えているのは、実は前から知っている。筋は悪くない。兄として、ちゃんと見てやればよかった。


 ―― 次兄・盛月(せいげつ)


 兄上は「苦手だった」と言うだろう。僕は違う。


 僕はずっと、あいつが一番、賢いと思っていた。


 剣も書も算盤も、僕はそつなくこなす。器用だと褒められる。だが器用というのは、要するに「並の上」でしかない。僕は自分の限界を知っている。


 あいつは違う。あいつの見ているものは、僕らの誰とも違う場所にある。書庫でひとり地図を睨んでいるあいつを、僕は何度か盗み見た。あの目は、遊んでいる目じゃない。この島の、いや、この世界の全部を、頭の中で組み替えているような目だった。


 紋が無いのが幸いだったのかもしれない、と僕は思う。紋があれば、あいつも僕らと同じ「並の上」の枠に、収まってしまっていただろうから。


 ——せいぜい、無事に帰ってこい。


 お前が本気を出したとき、この国が、いや、この世界がどうなるのか。僕はそれを、特等席で見たいんだ。


 ―― 幼馴染・金城真鶴(きんじょう まづる)【船上にて】


 琉太が、船縁で寝てる。


 さっきまで海図を睨んで寧々と難しい話をしてたくせに、糸が切れたみたいにコテンと転がって、寝言で「……佐藤が九カ国……」とか言ってる。名字の夢。ほんと、ぶれないやつ。


 あたしはこいつを、物心ついた頃から知ってる。紋が出なかった日も、そばにいた。皆が暗い顔をする中で、こいつだけが「真鶴、これで俺、自由だぞ」って笑った。あの笑顔、強がりだって、あたしはずっと思ってて。


 ……でも、今日わかった。


 紋も肩書きもない三男が、笑い者になるとわかってて玉座の間で援軍を説いて、追い払われても顔色ひとつ変えないで。それどころか、戦になるかもしれない海へ、自分から出ていく。頭の中にだけある勝ち筋を、誰にも見せないまま。……あの「自由だぞ」は、強がりなんかじゃなかったんだ。こいつはきっと、ずっと前から、いつか誰かのために立つその日のために、ひとりで、誰にも言わずに、準備してた。


 ……ばか。それならそうと、言えばいいのに。


 寝顔を見てたら、なんだか無性に腹が立ってきたので、鼻をつまんでやった。「ふがっ」と起きたので、素知らぬ顔で海を見た。


 ——まあ、いい。これからは、あたしがそばでみててやる。


 こいつが本当は強がってないか、ちゃんと確かめられるのは、たぶん、あたしだけだから。


初めての幕間、家族たちの視点でした。本編は明日20時10分に続きます!

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