幕間一「見送る者たち」
※琉太が中村国へ発った、その夜。彼を送り出した者たちの、それぞれの想い。
―― 父王・比嘉盛龍
厄介払いだ、と重臣どもは言った。儂も、そう言うことを許した。
戦地になるやもしれぬ土地へ、紋も持たぬ三男を使者に立てる。損なわれても王家の痛手にならぬ駒。誰も口には出さぬが、皆そう思うておった。儂も。
……いや。
正直に言えば、儂は迷った。あの子を送り出す軍議のあいだ、ずっと迷うておった。
七年前、命名の儀で紋の出なんだあの子は、泣かなんだ。母も、儂も、重臣どもも青ざめる中で、あの子だけが妙に静かな目をしておった。まるで、この騒ぎを遠くから眺めておるような。
あの目が、儂は恐ろしかった。我が子ながら、底が見えぬ。何を見て、何を考えておるのか、まるでわからぬ。だから遠ざけた。書庫に追いやり、好きにさせ、見ぬふりをした。それが一番、楽だったからだ。
——父として、恥ずべきことだ。
今宵、船が出るとき、あの子は一度も振り返らなんだ。真っ直ぐ前だけを見て、海へ出ていった。
儂は、あの背を、王城の櫓の上から、誰にも見られぬように見送った。
……無事で帰れ、とは言えなんだ。言う資格が、儂には無い。
―― 母・真鈴
あの子が生まれた日のことを、今でも覚えています。
三人目の子でしたから、お産にはもう慣れておりました。けれどあの子は、生まれてすぐ、泣かずにきょろきょろと目を動かして——まるで、この世界を値踏みしているようで。産婆が「賢い子におなりですよ」と笑いました。
賢い子でした。賢すぎる子でした。
紋が出なかったあの日から、あの子は誰にも甘えなくなりました。母である私にさえ。「大丈夫母上、俺は自由で最高だから」と、いつもへらへら笑って。……あの笑い方が、私にはいちばん辛かった。本当に平気な子は、わざわざ「平気だ」とは言わないのです。
昨夜、旅の支度をするあの子の部屋を覗いたら、荷物の隅に、幼い頃に私が縫った古いお守りが入っておりました。とうに忘れていると思っていたのに。
……あの子は、ちゃんと持っていってくれた。
それだけで、私は、この子の母でよかったと思えるのです。
―― 長兄・盛陽
正直に言う。俺は、あいつのことがずっと苦手だった。
俺は太陽の申し子だと持て囃される。紋は濃く、体は頑丈、剣を取れば負け知らず。何ひとつ不自由なく育った。だからこそ、紋ひとつ無いくせに、へこみもせず飄々としているあいつが——理解できなかった。哀れむべきなのか、羨むべきなのか、それすらわからなかった。
だが今日、軍議で使者の話が出たとき。俺は反対しかけて、口をつぐんだ。
なぜだ。厄介払いだと、皆が言う。俺も同じことを思っていたはずだ。なのに、いざあいつを死地に送ると決まった瞬間、胸の奥がざわついた。
……あいつは、俺の弟だ。
そんな当たり前のことを、俺は十四年かかって、今夜やっと思い知った。
次に会ったら、一度くらい、剣の稽古をつけてやろう。あいつが裏庭でこそこそ体を鍛えているのは、実は前から知っている。筋は悪くない。兄として、ちゃんと見てやればよかった。
―― 次兄・盛月
兄上は「苦手だった」と言うだろう。僕は違う。
僕はずっと、あいつが一番、賢いと思っていた。
剣も書も算盤も、僕はそつなくこなす。器用だと褒められる。だが器用というのは、要するに「並の上」でしかない。僕は自分の限界を知っている。
あいつは違う。あいつの見ているものは、僕らの誰とも違う場所にある。書庫でひとり地図を睨んでいるあいつを、僕は何度か盗み見た。あの目は、遊んでいる目じゃない。この島の、いや、この世界の全部を、頭の中で組み替えているような目だった。
紋が無いのが幸いだったのかもしれない、と僕は思う。紋があれば、あいつも僕らと同じ「並の上」の枠に、収まってしまっていただろうから。
——せいぜい、無事に帰ってこい。
お前が本気を出したとき、この国が、いや、この世界がどうなるのか。僕はそれを、特等席で見たいんだ。
―― 幼馴染・金城真鶴【船上にて】
琉太が、船縁で寝てる。
さっきまで海図を睨んで寧々と難しい話をしてたくせに、糸が切れたみたいにコテンと転がって、寝言で「……佐藤が九カ国……」とか言ってる。名字の夢。ほんと、ぶれないやつ。
あたしはこいつを、物心ついた頃から知ってる。紋が出なかった日も、そばにいた。皆が暗い顔をする中で、こいつだけが「真鶴、これで俺、自由だぞ」って笑った。あの笑顔、強がりだって、あたしはずっと思ってて。
……でも、今日わかった。
紋も肩書きもない三男が、笑い者になるとわかってて玉座の間で援軍を説いて、追い払われても顔色ひとつ変えないで。それどころか、戦になるかもしれない海へ、自分から出ていく。頭の中にだけある勝ち筋を、誰にも見せないまま。……あの「自由だぞ」は、強がりなんかじゃなかったんだ。こいつはきっと、ずっと前から、いつか誰かのために立つその日のために、ひとりで、誰にも言わずに、準備してた。
……ばか。それならそうと、言えばいいのに。
寝顔を見てたら、なんだか無性に腹が立ってきたので、鼻をつまんでやった。「ふがっ」と起きたので、素知らぬ顔で海を見た。
——まあ、いい。これからは、あたしがそばでみててやる。
こいつが本当は強がってないか、ちゃんと確かめられるのは、たぶん、あたしだけだから。
初めての幕間、家族たちの視点でした。本編は明日20時10分に続きます!




