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名字マニアの天下取り ~名字が国名の戦国で、俺は47の名を誉めて味方にする~  作者: 無名の権兵衛
第一部・琉球動乱編【集めた名 三/四十七】

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第三話「空紋、玉座にもの申す」

 琉球王城、謁見の間。


 朱塗りの柱に、金の欄間。磨き上げた板の間に、龍を彫った玉座。西の窓の遥か先、甍(いらか)の坂を一里下れば那覇の湊と海が光っているはずだが、この部屋にいると、そんな開けた景色は嘘みたいに遠い。赤瓦のグスクの一番奥、四百五十年分——いや、比嘉に代わってからは三代、百年ばかりだが——の権威を煮詰めたみたいな部屋だ。


 玉座には父上——琉球国王・比嘉盛龍(ひが せいりゅう)。左右には兄たちと、金城・大城の両重臣家が居並ぶ。姓紋の輝きがまぶしい。全員濃い。濃紋の圧がすごい。


 その中央を、空紋の三男がずんずん進む。ざわ、と衣擦れの音がした。七年間ろくに顔を出さなかった末っ子が、急に謁見を申し込んだのだ。そうなる。


「琉太か。書庫の主が、玉座の間に何用か」


 父上の声は低い。怒ってはいない。ただ、期待もしていない声だ。知ってる。七年聞いてきた声だから。


「申し上げます。中村国へ、援軍を送るべきです」


 ざわめきが倍になった。


「海の向こうの戦だぞ」と長兄。

「空紋が軍略を語るか」と次兄。おい次兄、あとで覚えてろよ。


 俺は構わず続けた。


「中村国は九州最南端の武の国。あの国が立っている限り、田中王国の矛先は琉球に向きません。ですが中村が落ちれば——次に田中が海図を広げたとき、そこに描かれているのは我が国です」

「田中王国が、海を渡ってまで攻めると?」

「渡ります。断言します」


 なぜなら田中王国は九カ国。畿内に五、山陰に二、九州に二。これ以上、本土で東に伸びれば鈴木帝国と正面衝突する。西の膨張が止まった大国は、必ず南へ出る。地図がそう言っている。前世の歴史も、だいたいそう言っていた。


「それに——琉球二十万の民が『田中』に改姓すれば、田中の名力は跳ね上がる。海を渡る手間賃としては、破格の実入りです」


 一瞬、謁見の間が静まった。


 我ながらいい演説だったと思う。前世の会議プレゼンの経験がこんなところで活きた。社畜スキル、異世界で輝く。


 だが。


「……下がれ、琉太」


 父上は短くそう言った。目は合わせてもらえなかった。


「本土の戦は本土のもの。琉球は海に守られておる。——紋も持たぬお前が、国の行く末を語るでない」


 紋も持たぬお前が。


 はい、出ました。この世界の絶対の物差し。姓紋のない者の言葉は、加護のない言葉。神に選ばれていない言葉。中身がどれだけ正しくても、器で弾かれる。


 ……まあ、想定通りだ。


 俺は一礼して、玉座に背を向けた。ここで食い下がっても勝ち目はない。会議で正論をゴリ押しして勝てた試しは、前世でも一度もない。


 根回しだ。こういうときは、根回しと外堀埋めに限る。


 ◇


「で、謁見即失敗と。むしろ予定通りみたいな顔してるのが腹立つ」


 城を出た俺の隣を、真鶴が歩いている。護衛だそうだ。空紋の三男に護衛。親子揃って過保護か。


「予定通りだからな、あれは『言った』という事実を作りに行っただけだ。中村が本当に落ちたとき、『あのとき空紋の三男が言っていた』と全員が思い出す。そこからが本番だよ」

「性格わっる」

「戦略と言え」


 と、城門をくぐろうとしたところで、行く手に影が立った。


「よう、空紋の。相変わらず、口だけは達者らしいな」


 大城豪(おおしろ ごう)。大城家の嫡男で、俺より一つ上の十五。右肩に濃い石紋を持つ、次代の武将候補だ。腕組みして、俺を上から下まで舐めるように見ている。


「玉座の間まで出張って、援軍を送れだ? 紋のひとつも出せん者が、よく皆の前で恥をかけるものだ。俺なら舌を噛んで死ぬね」

「かもな」

「大城の名は、初代が王城の石垣を一夜で積み上げて拝領した名だ。石ひとつ、紋ひとつ持たぬお前に、名の重みがわかるか。——王家の血が泣いておるわ」

「へえ。石垣、立派だよな。今度そこの補修、手伝おうか」

「……茶化すな!」


 俺は軽く頷いた。事実、恥はかいた。否定する要素がない。


「……おい。言い返さんのか」

「言い返す材料をくれたら考える。今のところ、あんたの言ってること、全部合ってるからな」


 豪の眉がぴくりと動いた。この手合いは、こっちがムキになるのを待っている。だから乗らない。暖簾に全力で腕押しさせておくのが、一番静かに済む。前世の職場で覚えた処世術だ。


 豪の視線が、俺の隣へ流れた。正確には、俺の護衛に立つ真鶴へ。


「真鶴。お前ほどの姫武者が、なぜこんな紋無しのお守りを。金城家の名が泣くぞ。……俺の隊に来い。お前の腕を、正しく使ってやる」

「お断りします」


 真鶴が即答した。八重歯を見せて、にっこりと。笑顔なのに、目がまったく笑っていない。


「あたしがそばにいるのは、こいつが命令したからじゃない。あたしが決めたからです。それだけ」


 豪の顔が、石垣みたいに固まった。


「……フン。せいぜい、その紋無しが本土の笑い者にならんことを祈るんだな」


 豪は肩を怒らせて去っていった。


「……真鶴。あんまり煽るな。あいつ、根に持つぞ」

「琉太こそ、なんで言い返さないの。あんなに馬鹿にされて」

「言い返して勝つのは、口喧嘩だけだ。俺が勝ちたいのは、そこじゃない」


 真鶴は少し黙って、それから「……ほんと、変なやつ」と小さく言った。前世でも同僚にさんざん言われた台詞だな、と思ったが、口には出さないでおいた。


 さて、気を取り直して、根回しの一件目だ。行き先は、もう決めてある。


 ——この島で一番、比嘉に会いたくないはずの家に。

初日はここまで。明日からも毎日20時10分更新です。続きが気になったら、ぜひブックマークを!

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