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名字マニアの天下取り ~名字が国名の戦国で、俺は47の名を誉めて味方にする~  作者: 無名の権兵衛
第二部・九州動乱編【集めた名 四/四十七】

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第十八話「武の国の挨拶は木剣で」

 武の国というのは、俺が思っていた以上に、武の国だった。


 中村滞在五日目。城の広場で薩摩揚げの二度目の実演をしていたら、背中に声が飛んできた。


「——琉球の若様に、お伺いしたい」


 振り向くと若い武者が立っていた。歳は十七かそこら。上背があって、まず腕が太い。腰の刀の柄には手が触れていないが、体の重心はもうこちらに向いている。


「魔人と噂に聞いていたが、包丁の腕は確かなようで。……して、剣の腕のほうは?」


 広場が静かになった。


 中村の連中の顔を見て、俺は理解した。これは喧嘩じゃない。この国では、挨拶のうちだとな。


 ◇


「有村隼人(ありむら はやと)と申す」


 名乗られて、内心で「おっ」と声が出た。有村。鹿児島に濃く分布する、いい名字だ。しかも隼人ときた。名字マニアの血が騒ぐが、今はそれどころではない。


「殿は琉球と結ぶと仰せられた。異存はない。だが——」


 隼人の目がまっすぐ俺を射た。


「田中の一万二千を退けた御方が、名力頼みの若様であっては困る。中村は武の国。命を預ける相手の腕は、この目で確かめてみたい」


 筋は通っている。通りすぎているくらいだ。


 断る手はあった。俺は使者であり、客将だ。「そういうのは間に合ってる」と笑って流せば、義親が止めてくれる。現に義親は縁側で、これ以上ないほど面白そうな顔をしてこちらを見ている。止める気は皆無だった。あの親父。


 ……まあ、いいか。


「受けるよ。ただし条件がある」

「なんなりと」

「名力は使わない。俺もあんたも、木剣一本だけだ」


 ざわ、と広場が動いた。隼人の眉が寄る。


「……手加減のつもりか」

「逆だよ。あんたは俺の"武"を見たいんだろ。なら名力を混ぜたら答えにならない。それに——」


 俺は肩をすくめた。


「八尺の鬼が紋を光らせて勝ったって、噂が太るだけだからな。もう身の丈が三尺近くも盛られてるんだ。これ以上盛られてたまるか」


 どっ、と笑いが起きた。隼人だけが笑わずに木剣を受け取っている。生真面目な男らしい。ますますいい。


 ◇


 立ち合いはあっけないほど静かに始まった。


 隼人の踏み込みは速かった。武の国の剣は真っ直ぐで、重い。一撃目を受けた瞬間、骨の髄まで痺れた。


(重っ——受けるな、流せ)


 勝てるか、と一瞬思った。思ったが——体は勝手に動いていた。


 下がらずに半歩、斜めに入る。


 打ち下ろしを木剣の腹で受け流す。相手の力を殺さずに、方向だけ変えてやる。二撃、三撃、四撃。受ける。流す。受ける。攻めない。


 八年、毎朝、夜明け前の裏庭でやってきたのはこれだ。


 ——攻めより受けよ、琉太。攻めの冴えは、生まれ持った才で決まる。だが受けは、振った回数だけ上手くなる。お主には、時間だけはあるだろう。


 あの人の声がそのまま体の中にある。


 五撃目。隼人の呼吸が一瞬乱れた。攻め疲れじゃない。受け続けられる、という手応えのなさに、心が焦れたのだ。


(——焦れた。来る)


 焦れた剣は、必ず伸びる。


 伸びた瞬間、俺は初めて前に出た。


(今だ)


 手首を返そうとした隼人の肘に、こちらの肘を差し込む。関節が返る前に、外側から殺す。体ごと重心の下に潜り込んで、足を割り、押し上げる——


 どさり、と大きな体が広場の土に転がった。


 木剣が隼人の喉元で止まっていた。


 静寂。


 それから、割れるような歓声が上がった。


 ◇


 だが俺の目は、歓声の中でひとつだけ動かないものを見つけていた。


 真鶴だ。


 人垣の端で、口を半分開けたまま、石みたいに固まっている。あの真鶴が、うんともすんとも言わない。


 その顔を見た瞬間、俺は自分が何をやらかしたかを理解した。


 ……あ。しまった。


 ◇


「起きられるか、有村殿」

「……見事だ」


 差し出した手を隼人は素直に掴んだ。案外、負けっぷりのいい男だった。


「名力抜きで、この動きか、、、」

「悔しがってくれてありがとう。ついでに一つ言わせてくれ。あんた、いい名前だな」

「は?」

「有村。『在る村』——人が根を下ろして、代々そこに在り続けた土地の名だ。逃げなかった家の名前なんだよ。んで、隼人。ここらの古い民の呼び名だろ。この土地でいちばん古い名前を、名と姓の両方で背負ってる」


 隼人が目を丸くした。


「んなこと、、、誰にも言われたことねぇ」

「名字マニアだからな、俺は。——中村と結ぶってことは、あんたたちの名を守るってことだ。有村の名も、ちゃんと勘定に入ってる」


 しばらく、隼人は黙っていた。それから深く頭を下げた。


「……有村隼人。琉太様の武、この身で確かめた。以後、なんなりと申しつけを」


 縁側で、義親が満足そうに笑っているのが見えた。あの御仁、最初からこうなると読んでいた顔だ。武の国の同盟の結び方というのは、こういうものらしい。


(第十八話・了)

次回、明日20時10分に更新します。

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