第十八話「武の国の挨拶は木剣で」
武の国というのは、俺が思っていた以上に、武の国だった。
中村滞在五日目。城の広場で薩摩揚げの二度目の実演をしていたら、背中に声が飛んできた。
「——琉球の若様に、お伺いしたい」
振り向くと若い武者が立っていた。歳は十七かそこら。上背があって、まず腕が太い。腰の刀の柄には手が触れていないが、体の重心はもうこちらに向いている。
「魔人と噂に聞いていたが、包丁の腕は確かなようで。……して、剣の腕のほうは?」
広場が静かになった。
中村の連中の顔を見て、俺は理解した。これは喧嘩じゃない。この国では、挨拶のうちだとな。
◇
「有村隼人と申す」
名乗られて、内心で「おっ」と声が出た。有村。鹿児島に濃く分布する、いい名字だ。しかも隼人ときた。名字マニアの血が騒ぐが、今はそれどころではない。
「殿は琉球と結ぶと仰せられた。異存はない。だが——」
隼人の目がまっすぐ俺を射た。
「田中の一万二千を退けた御方が、名力頼みの若様であっては困る。中村は武の国。命を預ける相手の腕は、この目で確かめてみたい」
筋は通っている。通りすぎているくらいだ。
断る手はあった。俺は使者であり、客将だ。「そういうのは間に合ってる」と笑って流せば、義親が止めてくれる。現に義親は縁側で、これ以上ないほど面白そうな顔をしてこちらを見ている。止める気は皆無だった。あの親父。
……まあ、いいか。
「受けるよ。ただし条件がある」
「なんなりと」
「名力は使わない。俺もあんたも、木剣一本だけだ」
ざわ、と広場が動いた。隼人の眉が寄る。
「……手加減のつもりか」
「逆だよ。あんたは俺の"武"を見たいんだろ。なら名力を混ぜたら答えにならない。それに——」
俺は肩をすくめた。
「八尺の鬼が紋を光らせて勝ったって、噂が太るだけだからな。もう身の丈が三尺近くも盛られてるんだ。これ以上盛られてたまるか」
どっ、と笑いが起きた。隼人だけが笑わずに木剣を受け取っている。生真面目な男らしい。ますますいい。
◇
立ち合いはあっけないほど静かに始まった。
隼人の踏み込みは速かった。武の国の剣は真っ直ぐで、重い。一撃目を受けた瞬間、骨の髄まで痺れた。
(重っ——受けるな、流せ)
勝てるか、と一瞬思った。思ったが——体は勝手に動いていた。
下がらずに半歩、斜めに入る。
打ち下ろしを木剣の腹で受け流す。相手の力を殺さずに、方向だけ変えてやる。二撃、三撃、四撃。受ける。流す。受ける。攻めない。
八年、毎朝、夜明け前の裏庭でやってきたのはこれだ。
——攻めより受けよ、琉太。攻めの冴えは、生まれ持った才で決まる。だが受けは、振った回数だけ上手くなる。お主には、時間だけはあるだろう。
あの人の声がそのまま体の中にある。
五撃目。隼人の呼吸が一瞬乱れた。攻め疲れじゃない。受け続けられる、という手応えのなさに、心が焦れたのだ。
(——焦れた。来る)
焦れた剣は、必ず伸びる。
伸びた瞬間、俺は初めて前に出た。
(今だ)
手首を返そうとした隼人の肘に、こちらの肘を差し込む。関節が返る前に、外側から殺す。体ごと重心の下に潜り込んで、足を割り、押し上げる——
どさり、と大きな体が広場の土に転がった。
木剣が隼人の喉元で止まっていた。
静寂。
それから、割れるような歓声が上がった。
◇
だが俺の目は、歓声の中でひとつだけ動かないものを見つけていた。
真鶴だ。
人垣の端で、口を半分開けたまま、石みたいに固まっている。あの真鶴が、うんともすんとも言わない。
その顔を見た瞬間、俺は自分が何をやらかしたかを理解した。
……あ。しまった。
◇
「起きられるか、有村殿」
「……見事だ」
差し出した手を隼人は素直に掴んだ。案外、負けっぷりのいい男だった。
「名力抜きで、この動きか、、、」
「悔しがってくれてありがとう。ついでに一つ言わせてくれ。あんた、いい名前だな」
「は?」
「有村。『在る村』——人が根を下ろして、代々そこに在り続けた土地の名だ。逃げなかった家の名前なんだよ。んで、隼人。ここらの古い民の呼び名だろ。この土地でいちばん古い名前を、名と姓の両方で背負ってる」
隼人が目を丸くした。
「んなこと、、、誰にも言われたことねぇ」
「名字マニアだからな、俺は。——中村と結ぶってことは、あんたたちの名を守るってことだ。有村の名も、ちゃんと勘定に入ってる」
しばらく、隼人は黙っていた。それから深く頭を下げた。
「……有村隼人。琉太様の武、この身で確かめた。以後、なんなりと申しつけを」
縁側で、義親が満足そうに笑っているのが見えた。あの御仁、最初からこうなると読んでいた顔だ。武の国の同盟の結び方というのは、こういうものらしい。
(第十八話・了)
次回、明日20時10分に更新します。




